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逃げられない現実と、運命の出会い

それから3日間、俺はアパートに引きこもった。


食事は、部屋にあった100万円で買ったコンビニ弁当。

鏡を見るたび、自分じゃない誰かが映っていて、現実感が湧かなかった。


トイレに行くのも、風呂に入るのも——全てが、恥ずかしかった。


座って用を足す時、顔が真っ赤になる。

(こんなの……恥ずかしすぎる……)


風呂では、自分の体を見ないようにしながら洗った。

白くて細い腕、華奢な肩、そして——

(見たくない……これは俺じゃない……)


鏡を避け、目を閉じながら、急いで体を洗った。

その度に、自分が自分じゃなくなっていく感覚に襲われた。




だが、4日目——食料が尽きかけた。

このまま餓死するわけにもいかない。


(出るしかない……)


俺は、部屋にあった古いスーツを着た。

おそらく、実験前に着ていたものだろう。


ブカブカで、袖も裾も余る。

肩幅も合わず、ズボンの裾は床に引きずるほどだった。


だが、他に着るものがない。


俺は、鏡の前に立った。

そこには——ブカブカのスーツを着た、滑稽な少女が映っていた。


(……情けない)


だが、行くしかない。

意を決して、アパートを出た。




街を歩く。

周囲の視線が、痛いほど突き刺さる。


(何だよ……見るなよ……)


若い男たちが、俺を見てクスクスと笑っている。

中年の女性が、俺を見て眉をひそめている。

子供が、「ママ、あの人変だよ」と指をさしている。


俺は、ただコンビニに行くだけで、精神的に消耗した。


コンビニで弁当を買う時、店員の若い男が、俺をジロジロと見てきた。


「お客さん、大丈夫ですか?」

「あ、はい……」


俺は、小さく頷いて、急いで店を出た。




(このスーツ姿じゃ、いつまでも目立つ……)


俺は、仕方なく、若者向けのファッション店に入った。


店内は、明るくて、音楽が流れていて——俺には場違いすぎる場所だった。


マネキンには、可愛らしい服が着せられている。

女性客たちが、楽しそうに服を選んでいる。


俺は、その光景に圧倒された。


「いらっしゃいませ!」


若い女性店員が、笑顔で近づいてくる。


「あ、あの……服を……」

「はい!どんな感じのをお探しですか?」

「その……普通の……」


店員は、俺のブカブカのスーツ姿を見て、少し困った顔をした。


「あの……サイズ、測りましょうか?」

「え、あ、はい……」




その時——


「違う!違う違う違う!」


店の奥から、鋭い声が飛んできた。


バタン!と音を立てて、一人の女性が近づいてきた。


30代後半くらいだろうか。

黒いスーツを着た、鋭い目つきの女性だ。

長い髪を一つにまとめ、凛とした雰囲気を纏っている。


「そのスーツ、誰が選んだの?全然似合ってないわよ」

「え、あ、これは……」


女性は、俺の顔をじっと見つめた。

その目は、まるで何かを見抜くような——鋭い光を宿していた。


数秒間、沈黙が続いた。


そして、女性は小さくため息をついた。


「……ねえ、アナタ。何か、困ってるでしょ?」

「え?」

「私には分かるの。アナタ、行く場所がないんでしょ?」




俺は、思わず息を呑んだ。


(なんで……そんなこと分かるんだ?)


女性は、店員に向かって言った。


「この子の服、私が選ぶわ。全部、私のカードで」

「え、でも……」

「いいから」


女性は、次々と服を選び始めた。


シャツ、スカート、ジャケット、靴——全てを、俺のサイズに合わせて選んでいく。


「試着室、入って」

「あ、はい……」


俺は、言われるがままに試着室に入った。




服を着替えると、鏡に映る自分が——初めて「普通の女の子」に見えた。


淡いブルーのシャツに、黒いスカート。

シンプルだが、清潔感があって、年相応に見える。


試着室から出ると、女性は満足そうに頷いた。


「いいわね。これなら、街を歩いても大丈夫」

「あの……なんで、こんなことを……?」


女性は、一枚の名刺を俺の手に握らせた。


『ルーチェ・エンターテインメント

代表 土方法子』


「もし、行く場所がないなら、うちに来なさい。住み込みで働ける場所があるわ」

「え……」


土方は、真っ直ぐに俺を見つめた。


「アナタ、何か事情があるんでしょ?無理に聞かないわ。でも、ここにいたら、きっともっと辛くなる」


土方は、少し真剣な顔になった。


「私のところに来れば、少なくとも屋根と食事はある。それに——」


土方は、小さく微笑んだ。


「アナタには、何か光るものがある気がするの」




俺は、その言葉に——何か、救われた気がした。


46年間、誰にも必要とされなかった。

だが、今——初めて、誰かが俺を「必要だ」と言ってくれた。


「……考えさせてください」


「いいわ。でも、あんまり長く考えすぎないでね」


土方は、少し真剣な顔になった。


「アナタを見つけたのは、私だけじゃないかもしれないから」


その言葉の意味が、俺にはまだ分からなかった。

だが——この女性は、何かを知っている。


そんな予感がした。


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