地元商店街からの正式オファー
合宿から戻って3日が経った。
動画の再生回数は、ゆっくりと伸び続け、5000回を突破していた。
チャンネル登録者も、200人を超えた。
「うめちゃん、見て見て!また新しいコメント来てる!」
めぐりんが、嬉しそうにスマホを見せてくれた。
「『この事務所、なんか応援したくなる』『次の動画が楽しみ』『UMEKOの歌声、もっと聞きたい』……わぁ、嬉しいね!」
俺は、その反応に少しずつ慣れてきていた。
(少しずつ、でも確実に……届いてるんだな)
さくらが、ノートパソコンを開きながら呟いた。
「……私の配信でも、『ルーチェに新しい子が入って来たの?』ってコメントが増えてきたわ」
「それって、うめちゃんの事?」
「そうね。まあ、悪くはないわね。おかげで私のアカウントにも新しい視聴者が増えてるから」
ユキも、小さく頷いた。
「私の学校でも友達が動画のこと話してた」
俺は、ユキの言葉に少し驚いた。
「え、ユキの学校で?」
「うん。『知ってる?ルーチェ・エンターテインメントって事務所』って。私が『多分知ってる』って言ったら、びっくりしてた」
その時、土方がリビングに入ってきた。
手には、一通の封筒が握られていた。
「みんな、集まって」
土方の声には、どこか真剣な響きがあった。
全員が、テーブルを囲む。
「今日、地元の商店街連合会から、正式なオファーが届いたわ」
土方は、封筒から書類を取り出した。
「『秋の収穫祭』。来週の日曜日、商店街の特設ステージで、ルーチェ・エンターテインメント全員でのライブパフォーマンスをお願いしたいって」
全員が、顔を見合わせた。
「ライブ……」
俺は、その言葉に緊張した。
めぐりんが、少し不安そうに尋ねた。
「ママ、どのくらいの規模なんですか?」
「観客は、だいたい200人くらいかしら。地元の人たちが中心ね。ステージの時間はせいぜい30分」
「30分……!?」
俺は、思わず声を上げた。
土方は、全員を見渡した。
「みんなの意見を聞きたいわ。これは、私たちにとって初めての『全員でのライブ』になる。やるか、やらないか。アナタたちが決めなさい」
しばらく、沈黙が続いた。
最初に口を開いたのは、めぐりんだった。
「……私、やりたい!地元の人たちに、私たちの歌を聞いてもらいたい!」
さくらが、黒いパンダの人形を抱きしめながら呟いた。
「……私は、ステージに立つのは無理。でも、裏方で手伝うことはできるわ」
土方は、優しく微笑んだ。
「さくら、それで十分よ。無理はしなくていいの」
ユキが、小さく手を挙げた。
「私も、やりたい。ピアノ、弾きたい」
土方は、俺を見つめた。
「UMEKO、アナタは?」
俺は、迷った。
(人前で歌う……それも、200人の前で……)
46年間、誰の前でも目立つことなく生きてきた三島隆弘。
だが、今は——
俺は、仲間たちの顔を見つめた。
めぐりんの期待に満ちた目。
ユキの静かな決意。
さくらの不器用な優しさ。
そして、土方の信頼の眼差し。
「……やります」
俺は、ゆっくりと頷いた。
「みんなと一緒なら、やれる気がします」
土方は、満足そうに微笑んだ。
「よし、決まりね。じゃあ、今日から特訓よ」
めぐりんが、嬉しそうに拍手した。
「やったー!みんなでライブだ!」
ユキも、わずかに微笑んだ。
さくらは、そっぽを向いたまま呟いた。
「……まあ、私にできることは少ないけど、全力でサポートするわ」
俺は、その言葉に胸が熱くなった。
(みんな、それぞれのやり方で頑張ろうとしてるんだな)
土方は、ホワイトボードを取り出した。
「じゃあ、早速セットリストを考えましょう」
その夜、俺は一人で部屋にいた。
窓の外を見ると、満月が輝いていた。
(初めてのライブか……)
不安もある。
だが、それ以上に——
(みんなと一緒に、何かを作り上げる)
その期待感が、俺の心を満たしていた。
46年間、一度も感じたことのない感情。
仲間と共に、目標に向かって進む喜び。
俺は、小さく呟いた。
「……頑張ろう」
その声は、もう震えていなかった。
翌朝、リビングには全員が集まっていた。
土方が、スケジュール表を見せた。
「ライブまで、あと1週間。毎日練習よ。覚悟しなさい」
めぐりんが、元気よく返事をした。
「はい!」
ユキも、静かに頷いた。
さくらは、ノートパソコンを開きながら言った。
「……音響と照明の確認、私がやるわ」
そして、俺は——
深呼吸をして、決意した。
(ここから、本当の勝負だ)
三島隆弘、46歳の元事務員は——
UMEKOとして、初めての大舞台に向けて、動き始めた。




