動き出した鼓動
翌朝、俺は普段通りの時間に目を覚ました。
階段を降りると、リビングではめぐりんが朝食の準備をしていた。
「おはよう、うめちゃん!」
「おはよう。今日は、何するの?」
「私は畑仕事!最近、サボってたから野菜たちに謝らなきゃ!」
めぐりんは、いつも通り明るく笑った。
俺は、ホッとした。
(良かった……普段通りだ)
朝食後、土方がスマホを確認していた。
「あら……」
「どうしたんですか?」
「動画、昨日の夜から今朝までで……300回くらい再生されてるわ」
俺は、首を傾げた。
「300回……それって、多いんですか?」
さくらが、黒いパンダの人形を抱きながら答えた。
「……いつもは、1週間で100回くらいだから。まあ、悪くないペースね」
「コメントも、いくつか来てるわ」
土方が、コメント欄を読み上げた。
「『いい動画でした』『癒されました』『最後の歌声、素敵ですね』……あら、これは」
「何ですか?」
「『この事務所、初めて知りました。他の動画も見てみます』ですって」
めぐりんが、嬉しそうに飛び跳ねた。
「わぁ!新しい人が見てくれてる!」
ユキも、小さく微笑んだ。
土方は、腕を組んで考え込んだ。
「……まだ小さな波だけど、確実に広がり始めてるわね」
俺も、少し嬉しくなった。
(少しずつだけど……届いてるんだな)
その日の午後、俺は一人で散歩に出かけた。
近所のコンビニで買い物をしていると、レジの若い店員が俺を見つめていた。
「あの……もしかして、YouTubeの?」
俺は、驚いて顔を上げた。
「え?」
「近くで可愛い子達の撮影があったって聞いて…ルーチェ・エンターテインメントの動画、昨日見ました!めっちゃ良かったです!」
「あ、ありがとうございます……」
俺は、照れくさそうに頭を下げた。
「友達にも教えちゃいました!これから、応援します!」
店員は、満面の笑みでそう言った。
俺は、コンビニを出た後、不思議な気持ちになった。
(誰かが、俺たちの動画を見てくれてる……)
それは、小さな、でも確かな手応えだった。
46年間、誰にも必要とされなかった俺が——
今、誰かに届いている。
その実感が、少しずつ湧いてきた。
夕方、事務所に戻ると、土方が少し驚いた顔で全員を呼び集めた。
「みんな、ちょっと来て」
全員がリビングに集まる。
土方は、スマホの画面を見せた。
「動画の再生回数、1000回を超えたわ」
「1000回!?」
めぐりんが、目を輝かせた。
「それに、チャンネル登録者も50人増えてる」
さくらが、少し驚いた顔で言った。
「……1日で50人?それ、今までで一番のペースよ」
土方は、満足そうに頷いた。
「そうね。まだ小さな数字だけど、確実に何かが変わり始めてる」
俺は、その言葉に胸が熱くなった。
(俺の歌が……少しずつ、届いてる)
ユキが、小さく呟いた。
「嬉しい」
めぐりんが、ユキの手を握った。
「ね!私たち、少しずつ前に進んでるんだね!」
さくらも、珍しく微笑んだ。
「……まあ、悪くないわね」
土方は、全員を見渡した。
「みんな、焦らなくていいわ。これは、まだ始まりに過ぎない。でも、確実に、私たちの歌声は届き始めてる」
俺は、仲間たちの笑顔を見て、心から思った。
(ここに来て、良かった)




