46歳、人生終了のお知らせ
俺の名前は三島隆弘。46歳。
妻も子どももいない。身寄りは薄い。
世間で言う「氷河期世代」のど真ん中で社会に出た。
働き場所も選べず辿り着いたのが、しがない事務員だ。
気が付けば20年以上働いていた。
当たり前だが、誰にも見向きもされない、ただの冴えないオッサン。
それが、俺のすべてだった。
しかし、その「すべて」が今、ガラガラと音を立てて崩れていった。
先週、いきなり上司に呼ばれた。
「三島くん、君はデジタルやAIに疎い。この会社にはもう必要ない」
バッサリと切り捨てられた。
46歳にして、まさかのリストラ。
孤独なオッサンには、何の後ろ盾もない。
会社を出た時、俺は何も感じなかった。
悲しくも、悔しくもなかった。
ただ、空っぽだった。
20年以上働いた会社。
だが、誰も見送りに来なかった。
同僚たちは、俺の目を見ることなく、それぞれの仕事に戻っていった。
(ああ、俺は……誰にも必要とされていなかったんだな)
そう思った瞬間、初めて涙が出た。
途方もない気分で街を歩いていた。
この先、俺はどうなる?
46歳で、スキルもない。
再就職なんて、できるわけがない。
貯金も、あと半年持つかどうか。
(このまま、消えていくのかな……)
そんなことを考えながら、繁華街をぼんやりと歩いていた。
その時、一枚のチラシが俺の手に押し込まれた。
「身寄りの少ない方、限定!無料健康診断キャンペーン実施中!」
若い女性が、愛想よく笑いながら次々とチラシを配っている。
俺は、そのチラシをぼんやりと眺めた。
(健康診断……そういえば、会社の健診、今年は受けてないな)
就職活動には健康診断書が必要だ。
無料なら、受けておいて損はない。
それに——今の俺には、やることもない。
俺は、チラシに書かれた住所を頼りに、その日のうちにクリニックを訪れた。
場所は、駅から徒歩15分ほどの古びた雑居ビルの3階。
エレベーターもなく、薄暗い階段を上っていく。
壁には落書きがあり、階段には埃が積もっていた。
(こんなところに、クリニックが?)
不安になったが、もう引き返すのも面倒だった。
3階に着くと、扉には「健康サポートクリニック」という小さなプレートが掲げられていた。
俺は、恐る恐るドアを開けた。
中に入ると、待合室には誰もいなかった。
古びたソファが並び、壁には健康に関するポスターが貼られている。
だが、どこか違和感があった。
ポスターの内容が、妙に古い。
10年以上前のデザインだ。
受付には、白衣を着た若い女性が座っていた。
彼女は、俺を見ると、にっこりと笑った。
「いらっしゃいませ。健康診断ですね?」
「あ、はい……」
女性は、タブレットを取り出し、何か操作した。
「まず、こちらの問診票にご記入ください」
渡された問診票は、やけに細かかった。
年齢、職業、家族構成、持病の有無——
そして、「身寄りの有無」「現在の生活状況」「緊急連絡先」という項目。
(なんで、健康診断でこんなこと聞くんだ?)
俺は、少し違和感を覚えたが、部屋に漂うアロマが心地良く、深く考えず正直に記入していった。
年齢:46歳
職業:無職(先週までは事務員)
家族構成:独身、家族なし
身寄り:なし
緊急連絡先:なし
問診票を提出すると、女性はそれをじっくりと読み、何かをタブレットに入力した。
その視線が、妙に真剣だった。
「お待たせしました。では、診察室へどうぞ」
案内された診察室は、妙に設備が整っていた。
大きなモニター、見慣れない医療機器、そして——
注射器が並んだトレイ。
白衣を着た中年の男性医師が、椅子に座っていた。
彼は、俺を見ると、無表情に頷いた。
「三島さんですね。まずは血液検査をしましょう」
「あ、はい……」
俺は、腕まくりをして、椅子に座った。
医師は、注射器を手に取り、俺の腕に針を刺した。
「少しチクッとしますよ」
針が刺さった瞬間、俺の体に妙な感覚が走った。
(あれ……?これ、普通の採血とは違う……?)
急激な眠気が襲ってくる。
視界がぼやけ、体が重くなる。
「ちょ、ちょっと……これ……」
俺は、抵抗しようとしたが、体が全く動かなかった。
医師の声が、遠くから聞こえた。
「データは順調です。適合率98%。Phase1、開始します」
受付の女性の声も聞こえた。
「被験体No.47。三島隆弘。身寄りなし、緊急連絡先なし。条件、完全にクリアしています」
(実験……?被験体……?何を言ってるんだ……?)
俺は、必死に抵抗しようとした。
だが、体は鉛のように重く、指一本動かせなかった。
意識が、ゆっくりと暗闇に沈んでいった。
最後に聞こえたのは——
「若返り実験、開始。成功率は……未知数です」
そして、俺の意識は完全に途絶えた。




