58話 革命の後
2章も残り僅かです!ぜひ最後までお楽しみ下さい!
戦いは終わった。暁は大いなる犠牲を払って、ベルナールを魔王軍から取り戻すことができた。暁の生き残りはノクトを合わせて数人しかいなかった。
ベルナールの王宮は王家の血を継ぐ長女エレーヌに返された。主要な建物はヴァルグランとの戦闘で破壊されたが、まだ無事である建物もあった。そしてこれから王宮は大きな復旧作業に向かおうとしてちた。だが王宮には以前のような人の賑わいはない。エレーヌは救護室でずっと意識を失っているユリウスにつきっきりだった。更にアルマンさえも急に姿を消してしまった。弟のテオもアルマンの行方が知れないことに大変な不安を抱いていた。最後にアルマンを見たのはノエルだった。だがユリウスが発見された場所にアルマンの姿はなかった。
ノクト達は怪我が癒えるまで王宮にいそうろうをさせて貰うことにした。1番に重傷を負っていたのはライナだった。だが意識はあったので、ずっとベッドで横たわっていた。ノクトとエリシアも魔力の使いすぎでずっと安静にしていた。ノエルが全員の回復のために尽力している。
革命の日から二週間ちょっとが経った。革命で亡くなった者の遺体は簡易的な墓地に埋葬された。ユリウスは数日前に意識を取り戻した。しかし自分以外のほぼ全員が死んでしまった現実を知って、余りにも莫大な憂鬱に犯されていた。
「俺だけが生き残ってしまった。」
ユリウスは象のように巨大な罪悪感に背中を押し潰されていた。しかしもう仲間も帰ってこなければ、自分が誰かの代わりに死ぬこともできない。時間は戻ることもできなければ、決まったリズムでしか進むこともできない。ユリウスに許されたのは、王宮のベッドで絶望することだけだった。
更に数日が経って、今回の革命によって亡くなった者を弔うための式典が催された。主催者はエレーヌ・ラヴォワによるもので、多くの国民が暁の者達が眠る簡易墓地に集まった。
簡易墓地は、王都レンデルの外れ――運河の先、かつて畑だった平地に作られていた。
石畳は途中で途切れ、踏み固められた土の道が続く。周囲には低い草と、焼け焦げた木の切り株が点々と残っていた。革命の日の煙と熱が、この土地の匂いをまだ拭い切れていない。
墓地は立派とは言えなかった。
ひとつひとつの墓標は、整った石ではなく、街の瓦礫から拾い出した板や割れた柱の欠片、折れた槍の柄で代用されている。名が刻まれているものもあれば、刻む道具すらなく、炭で書いただけのものもあった。雨に滲んで読めない墓標もあった。
墓地の奥には、いちばん大きな盛り土がある。そこだけは個人の墓ではない。名も刻まれていない。遺体の判別がつかなかった者、焼けて形が残らなかった者、瓦礫の下から掘り出せなかった者――彼らのための共同墓だった。
盛り土の前には、暁の旗が一本だけ立っていた。
赤みを帯びた布に、“明けの星”が一つ。風に揺れるたび、布が擦れる音がする。それはまるで、誰かの呼吸みたいに弱かった。
式典の日、空は薄い灰色だった。雨は降っていないのに、空気だけが湿っていて、喉の奥に土の味が残る。
国民が集まり始める。ノクトたちも出席していた。豪奢な服の者はいない。皆、黒か、灰か、土色。手には花ではなく、畑の白い小さな草花や、庭で咲いた名も知らない花を束ねて持っていた。
泣く者は決して多くなかった。泣き尽くして、涙の出し方を忘れた顔が多かった。
ただ、黙って立つ。その沈黙の重さだけで、ここが勝利の場所じゃないと分かる。奪われたものの数が、あまりにも多すぎた。
やがて、人々の間に道が開いた。
王宮からの一団――護衛というより、支える者たちに囲まれながら、エレーヌ・ラヴォワが歩いてくる。
蜂蜜色の髪は低い位置でまとめられ、淡い碧の瞳は少しだけ赤い。服は白ではない。喪の色――深い紺。だが胸元には、小さく金の糸で縫われたベルナールの旧紋があった。消されたはずの紋章を、彼女は自分の手で戻していた。
エレーヌは共同墓の前に立つと、しばらく言葉を探すように唇を結んだ。
風が吹き、旗が一度だけ大きく揺れた。
「――集まってくださり、ありがとうございます」
声は震えていない。震えると、ここに立てなくなるのが分かっている声だった。
「今日、私たちは弔います。……そして、誓います」
彼女は一歩、前へ出る。
墓標の列を見つめる。名前があるもの、ないもの、読めないもの――それら全部を等しく見つめた。
「この国は、取り戻されました。けれど……ここに眠る人たちは、戻りません」
国民の中で、誰かが小さく息を呑んだ。
エレーヌは、共同墓の前に膝をつき、花束を置いた。白い花が土の色に沈む。だが不思議と、汚れには見えなかった。
「暁は……国を救いました。国を救うために、自分の未来を差し出しました」
彼女の声が、少しだけ低くなる。
「私は、王族として、この国を治め直す立場に戻りました。けれど――ここから先、王族が国民の上に立つ国に、戻すつもりはありません」
人々のざわめきが、ほんのわずかに動いた。
「暁が掲げたものを、私が引き継ぎます。主権は国民へ。恐怖の支配を終わらせる。……それが、ここに眠る人たちへの、最低限の報いだからです」
エレーヌは立ち上がり、静かに頭を下げた。
深く。長く。
その瞬間、国民も同じように頭を垂れる。誰に言われたわけでもない。祈りの形だけが、自然に揃った。
そして――少し遅れて、足音がした。
墓地の端。王宮の簡易医療班に支えられるように、ユリウスが立っていた。
顔色はまだ悪い。目の下は濃く、肩は落ちている。生きているのに、生き残った重さに押し潰されている姿だった。
ユリウスは共同墓の前へ、一歩、また一歩と近づく。足が震える。進むたびに膝が折れそうになる。だが止まらない。
彼は墓標を見た。
ルネの名。マルクの名。名もない杭。
そして――ミレイユの墓標。炭で書かれた文字が、雨で少し滲んでいた。
ユリウスの喉が、一度だけ鳴った。言葉が出ない。出せば、崩れてしまう。
代わりに、彼は膝をついた。
土に手をつく。指先が震え、爪の間に土が入る。まるで、彼自身がここに埋まるべきだったみたいに。
「……俺だけが、生き残った」
声が、かすれて落ちた。
誰も返事をしない。返事ができない。だから墓地は、また沈黙を取り戻した。
その沈黙の中で、ユリウスは、やっと顔を上げた。
視線は、墓標の列じゃない。
旗だった。
明けの星がひとつだけ描かれた、暁の旗。
それが、風に揺れている。
まるで「まだ終わってない」と言うみたいに。
ユリウスは唇を噛み、立ち上がろうとする。だが足が言うことを聞かない。支えが必要だ。それが悔しい。生き残ったくせに、立てない自分が。
その時――人混みの奥で、別の影が動いた。
背の高い男が、墓地へ入ってくる。
顔は煤け、服は擦り切れ、腕には包帯が巻かれている。だが、その体躯は異様に大きい。戦場で鍛えた男の体だ。
国民が、ざわめく。
「あれは……誰だ?」
男は無言で、共同墓の前まで歩いてきた。そして、土の上に片膝をつく。
――アルマンに似ている。
だが、違う。
アルマンは行方不明だった。エレーヌやテオは彼を探し続けていた。けれどこの男は、確かにアルマンの背を持っている。
彼は墓標の一本に手を伸ばした。それは、名のない杭だった。 男の指が、杭をそっと撫でる。
そして、低く呟く。
「……すまん」
誰に向けた言葉か分からない。だが、その場の全員が息を呑んだ。
ユリウスが、ゆっくり振り向く。エレーヌも、顔色を変えて男を見る。墓地の空気が一段と冷えたのだった。
いつも読んでいただきありがとうございます♪




