53話 瓦礫の上で
いつとありがとうございます!
ノクトが腕を動かすと、瓦礫がガラリと崩れて、かすかな光が差した。
崩れた天井の隙間から、赤い空が見える。
レンデルの方角が燃えている。
王城は、もう“城”じゃない。
巨大な瓦礫の山だった。
その頂で、ノクトとエリシアが、互いを支えるように立ち上がる。
エリシアは咳き込みながらも、剣を手放していない。
「……生きてる?」
「生きてる」
ノクトは短く答え、視線を下へ向ける。
瓦礫の谷間。
そこに――“一人”いた。
まるで、崩壊の中心に座っていたみたいに。
ヴァルグラン。
全身が煤け、肩口には瓦礫が刺さっているのに、立っている。
しかも、笑っている。
「素晴らしい」
ヴァルグランが、喉を鳴らすように笑った。
「城ごと落としても、お前は生き残る。……お前はもう、昔のノクトじゃない」
エリシアが歯を食いしばり、剣を構える。
「まだ……立てるのね……!」
ヴァルグランは、一歩踏み出す。
瓦礫が溶け、赤く光った。
足元の石が、灰になる。
「立てるさ」
そして、ゆっくりと腕を広げた。
まるで、瓦礫の山を“玉座”に見立てるみたいに。
「さあ――ここからが本番だ。ノクト‥‥‥この国を救ってみろ!」
ヴァルグランがノクトらに接近する。そして体全身がマグマと化す。マグマの湧き立つ拳でノクトを殴る。エリシアが聖剣で防御する。
「炎鎖皇掌」
赤熱の鎖がノクトらの両手両足を縛る。その隙に再びヴァルグランがノクトに殴り掛かった。だが黒焔が二つの鎖を燃やし尽くす。自由になったノクトはヴァルグランの攻撃をかわした。
エリシアが聖剣を握って突っ込む。何度もヴァルグランに振りかざすか、マグマと化した男は聖剣を全てかわした。
「聖刃一閃!」
エリシアが白い斬波を飛ばす。するとヴァルグランは片手でそれを受け止めてしまった。
「紅蓮界域。」
巨大な陽炎が三人を囲む。外の空気が遠のき、瓦礫の山も、燃える街も、景色ごと薄く滲んでいく。
熱が、肌ではなく魂に触れてくる。吸い込んだ息が肺で灼け、吐いた息が喉で焦げた。
「もう逃げ場はないってわけか。」
ノクトが苦笑いをする。ヴァルグランを殺すか自分が陽炎に焼かれて死ぬか。その二択しか自分たちの未来には選択肢がない。
ヴァルグランは、陽炎の中で笑う。マグマの皮膚が脈打ち、呼吸に合わせて赤い光が強まる。まるで心臓が火でできているみたいに。
「俺をここまで本気にさせたんだ。死ぬことで償え。ノクト。お前は少し死に急ぎすぎた。」
彼は足元の瓦礫を一歩踏んだ。
ジュウゥ……ッ。
石が溶け、足跡が赤い溶岩となって残る。そして紅蓮界域が、脈動した。
陽炎の壁の内側で、空気の密度が変わる。熱の流れが渦を巻き、足元の瓦礫がじわじわと赤く染まっていく。
立っているだけで、足裏が焼ける。
エリシアが歯を食いしばり、聖剣を地面に突き立てて自分の周囲に光の膜を張った。
「ノクト、近づいて!」
ノクトは一瞬だけ頷き、エリシアの光の膜へ飛び込む。熱が一段軽くなる。だが、代わりに――光が焼かれて削れていく感覚があった。
この領域は、光すら燃料にする。
ヴァルグランが指を鳴らした。
「熾印縛解――白焔魔人、降臨。」
白い炎でできた人型の災厄が現れる。
輪郭は人間に近いのに、肌も鎧もなく、全身が白い火で形作られている。炎なのに揺らぎは少なく、熱よりも存在が削れるような圧が先に来る。顔は無表情で、眼窩だけが黒く抜け落ち、その奥に小さな白い火が灯っている。
魔人がノクトに向かう。紅蓮界域に囲まれた空間は魔人の出現によって更に熱くなった。
エリシアが魔人に連続で魔法を使って剣を切り込む。
「聖刃一閃!」
白い線が走った。魔人の胸元――溶岩の皮膚に、細い切れ目が刻まれる。だが赤熱が即座に盛り上がり、裂け目を埋めようとする。
エリシアは止まらない。手首だけで剣を返し、次の術式を重ねた。
「聖刃連鎖!」
一閃の“線”が、鎖のように増える。肩、肋、腹へ。白い斬光が連続して繋がり、再生の速度より早く、魔人の焔を削り続けた。
「天裂連華」!
踏み込みと同時に、剣が消えたように見えた。
一閃ではない。閃光が連続して咲く。花弁が開くみたいに、斬撃が重なり、重なり、重なって――白焔魔人の輪郭を線に変えていく。
ズン、と遅れて衝撃が来る。
空が裂けたような音。熱の壁が一瞬だけ割れ、白い炎の胴体に無数の切れ目が走った。腕が千切れ、胸が裂け、頭部の炎が散り飛ぶ。だが切り落としたはずの断面は、すぐに白焔が泡立って再生しようと蠢いた。
エリシアは着地と同時に最上級魔法を放つ。
「熾祈連環・聖印合致――天輝護将、降臨。」
巨大な光溢れる戦士が現れる。ノクトもエリシアの肩に手を置く。そして黒焔魔人を出現させた。三人の魔法が衝突し合って爆発をする。その隙を見てエリシアはヴァルグランに剣を切り込む。ノクトもエリシアの剣撃をサポートするように黒焔を次々と渦巻かせる。彼らはいつでも触れ合えるようにできるだけ離れずに攻撃を続けた。そしてノクトが必要なときにエリシアの体に触れる。そして闇魔法を発動させた。そのコンビネーションの良さは、前回のヴァルグラン戦とは比べ物にもならないほどだった。
次々と渦巻く黒焔を嫌がるヴァルグランにエリシアが迫る。ヴァルグランも負けずに自前の炎でエリシアを焼き尽くそうとする。地面が赤く染まり、溶けた光と炎が渦を巻いた。熱の奔流が、エリシアの足元を喰いに来る。
ノクトが低く言う。
「エリシア、今だ。俺が道を作る」
黒焔が地を這い、赤熱の流れを切り分ける。一瞬だけ生まれた冷たい通路。
エリシアは迷わず踏み込んだ。剣を引くのではなく、胸の前で円を描くように構え直す。光が刃から溢れ、輪郭を持ち始める。
「熾祈連環――」
彼女の足元に、淡金の円陣が浮かぶ。円陣の縁が回転し、光の“輪”が複数、剣の周囲に生まれる。刃の延長ではない。断つための輪――切断そのものを具現化した形。
「聖滅断輪!」
放たれたのは、斬撃ではなく“輪”だった。
白金の円が、空間を滑る。回転しながら進むたび、触れたものの境界を無慈悲に断っていく。熱の壁は輪に触れた瞬間、円形に抜かれて穴が開き、炎が「形」を失って崩れ落ちる。
ヴァルグランが腕を振るい、紅蓮の圧で押し返そうとする。
――だが輪は止まらない。
第一の断輪が、再生しかけた胸の裂け目へ吸い込まれるように入り、内側から“輪切り”にした。赤熱の肉が円形に落ちる。続いて第二、第三の断輪が重なり、再生の芯を探り当てるみたいに食い込んでいく。
ヴァルグランの身体が一瞬だけ、形を保てなくなる。溶岩の巨体が、輪の軌道に沿って分解されかけた。
「……っ!」
初めて、ヴァルグランが後退した。
エリシアはそこで終わらせない。輪を放つだけじゃない。輪が作った“空白”へ、剣ごと滑り込む。至近距離。呼吸がぶつかる距離。
「――今度は、ここで終わらせる!」
剣が光を纏い、輪の残光と噛み合う。切断の円と、聖剣の直線が交差して――ヴァルグランの中心へ、一直線に落ちていった。更にノクトはすぐさまエリシアに接近して、闇魔法を放った。
「黒焔燼砕!」
ノクトが杖先を床へ落とすと、黒焔が“粉”みたいに散って広がった。
炎なのに燃え上がらず、黒い燃え滓だけが静かに舞う。
次の瞬間、その燼が一斉に反転する。
内側へ潰れ、圧縮され――
ドン、と遅れて爆ぜた。
黒い衝撃が地を割り、瓦礫と熱をまとめて砕き散らし、黒い灰の雨が降ったのだった。




