37話 紅蓮の獅子
お読み頂きありがとうございます。
カルディオスは、もはや本能のままに暴れていた。
自らの外殻を砕き、無数の黒い破片を周囲へ放ち続ける。
一つ一つが鋭い刃だった。
瓦礫を削り、地面を穿ち、暁の隊員たちへ襲いかかる。
「みんな、僕の後ろに!」
ノエルが両手を前へ突き出した。
透明な氷が一気に広がり、巨大な盾となる。
黒い破片が次々と氷へ突き刺さった。
甲高い音が何度も響く。
氷の表面にひびが走った。
「くっ……!」
ノエルは歯を食いしばる。
砕かれた場所を、新しい氷で何度も塞いでいく。
だがカルディオスの攻撃は、あまりにも激しかった。
氷の盾だけでは、すべてを防ぎ切れない。
盾をすり抜けた破片が、暁の隊員たちの腕や足を切り裂いていく。
「ノエル、無理しないで!」
ライナが叫ぶ。
「大丈夫……まだ守れる!」
ノエルは両手を下ろさなかった。
カルディオスは何度も外殻を飛ばしている。
それなのに、その巨体はほとんど傷ついていないように見えた。
剥がれたはずの外殻も、いつの間にか元の厚さへ戻っている。
「このままじゃ、ノエルの魔力が先になくなるよ!」
ライナは焦っていた。
ノエルは周囲を見渡す。
戦える者たちの数は、すでに大きく減っている。
このまま守り続けるだけでは勝てない。
ノエルは氷の盾を維持したまま、静かに息を吸った。
「雪精同調」
淡い光をまとった雪の精が、ノエルの周囲に現れた。
一体。
二体。
次々と生まれた小さな精霊が、ライナやユリウス、暁の隊員たちのもとへ飛んでいく。
精霊は背後から寄り添うように、それぞれの体へ重なった。
冷たい感覚はなかった。
むしろ体の奥が、ゆっくりと温まっていく。
乱れていた魔力の流れが整い、意識が澄んでいった。
「何だか、体がポカポカしてきたよ!」
ライナが自分の拳を見る。
まとっている炎が、先ほどよりも強く燃えていた。
「魔法の威力も上がってる!」
「みんなの魔力を整えたんだ」
ノエルは氷の盾を支えながら答える。
「これなら、さっきよりも強く戦えると思う」
「ありがとう、ノエル!」
ライナは両手を前へ出した。
燃え上がる炎が集まり、巨大な獅子の姿へと変わる。
炎の獅子が咆哮を上げた。
ノエルの魔法によって強化された炎は、いつもよりも大きく、激しく揺らめいている。
「行けぇぇぇ!」
ライナが腕を振る。
炎の獅子が、地面を蹴ってカルディオスへ突進した。
カルディオスは正面から受け止めようと両腕を構える。
獅子の頭が、その胸へ激突した。
炎が爆発する。
カルディオスの巨体が、大きく後ろへ倒れた。
「効いてる!」
だが魔物は、すぐに地面へ爪を立てた。
力任せに体を起こす。
そして大きく裂けた口から、怒りに満ちた咆哮を放った。
カルディオスは防御を捨てた。
回避もしない。
ただ目の前にいる者を破壊するため、一直線に突進を始める。
「来るぞ!」
ユリウスが叫んだ。
瓦礫の兵士たちが、カルディオスの前へ立ちはだかる。
だが止まらない。
巨大な肩が瓦礫の兵士を砕き、そのまま暁の隊員たちへ突っ込んでいく。
一人の男が避けきれず、カルディオスの巨体に押し潰された。
地面に血が広がる。
「そんな……!」
ノエルが駆け寄ろうとする。
だが、一目で分かった。
もう回復魔法では助けられない。
カルディオスは足を止めなかった。
腕を振り回し、周囲にいる者を無差別に襲う。
暁の隊員が一人、拳をまともに受けた。
体が宙へ浮き、壁へ叩きつけられる。
そのまま動かなくなった。
「やめろぉぉぉ!」
ユリウスが雄叫びを上げた。
目の前で、仲間たちが次々と殺されていく。
怒りが、ユリウスの冷静さを焼き尽くしていた。
「これ以上……誰も殺させない!」
ユリウスは右手を高く掲げる。
周囲の地面が激しく揺れた。
「廃骸巨神・魂縫い(たまぬい)!」
散らばっていた瓦礫が、一斉に浮かび上がった。
崩れた壁。
砕けた柱。
壊れた武器。
カルディオスに破壊された瓦礫の兵士たち。
そのすべてが、激しい音を立てながら空中で組み上がっていく。
巨大な足。
太い腕。
分厚い胴体。
やがてカルディオスさえ見上げるほどの、巨大な人型が完成した。
巨人の胸の中央に、赤黒い光が灯る。
魂核。
光が脈打った瞬間、巨人の目に確かな意思が宿った。
ただ作られた人形ではない。
生きているかのように、周囲を見渡している。
ユリウスは掲げた手を握りしめた。
「……起きろ」
巨人の体が、激しく軋んだ。
そして一歩、足を踏み出す。
地面が大きく沈んだ。
その迫力に、少し離れた場所でエル=シェイドと戦っていたノクトとエリシアも目を向ける。
エルさえも一度剣を止め、巨大な兵士を見上げていた。
「これは……興味深い魔法ですね」
エルは笑顔のまま呟いた。
ユリウスの巨人が、カルディオスへ向かって突進する。
巨大な拳が振り下ろされた。
カルディオスは両腕を交差させて受け止める。
凄まじい衝撃が周囲へ広がった。
地面が揺れ、瓦礫が跳ね上がる。
力では誰にも負けなかったカルディオスが、初めて後ろへ押された。
巨人は止まらない。
カルディオスの腹を殴る。
続けて足を蹴り払う。
巨大な体には似合わない、素早い動きだった。
カルディオスも爪を振り上げ、巨人の胸を切り裂く。
瓦礫が砕け散る。
だが巨人は怯まない。
残った腕で、カルディオスの頭を殴りつけた。
「すごい……」
ライナが戦いを見上げる。
ユリウスの巨人は、カルディオスの力と互角以上に渡り合っていた。
「ライナ!」
ユリウスが叫ぶ。
「このままでは長く持たない!今のうちに決めてくれ!」
ユリウスの額から、大量の汗が流れていた。
巨人を動かし続けるたびに、膨大な魔力を消耗している。
足も震え始めていた。
それでもユリウスは、掲げた手を下ろさなかった。
「分かった!」
ライナは大きく息を吸う。
巨人がカルディオスの両腕を掴み、その動きを止めた。
カルディオスは暴れ、巨人の体を何度も蹴りつける。
そのたびに瓦礫が崩れ落ちた。
だが巨人は手を離さない。
「今だ!」
ライナは拳を胸元へ引き寄せた。
指先から溢れた炎が、拳の周囲を渦巻く。
炎は次第に一頭の獅子の輪郭へ変わった。
赤橙色の霊火。
それが咆哮を上げ、ライナの拳へ吸い込まれていく。
「紅蓮獅霊宿……!」
拳の奥で、獅子の鼓動が響いた。
次の瞬間。
ライナの右腕が、炎そのものへ変わった。
熱が空気を歪ませる。
足元の砂が溶け、赤く輝く。
カルディオスが巨人を振りほどこうとする。
だがもう遅い。
ライナは地面を蹴った。
足元が砕け、その姿が一瞬でカルディオスの目の前へ現れる。
「これで終わりだぁぁぁ!」
拳を振り抜く。
獅子の咆哮が、爆音へ変わった。
「烈焔轟拳!」
一撃。
炎は拳の形を保ったまま、カルディオスの胸を貫いた。
その直後。
遅れて衝撃が炸裂する。
ライナの拳から解き放たれた紅蓮の獅子が、カルディオスの体へ喰らいついた。
黒い外殻。
骨。
その奥にあるすべてを、まとめて噛み砕く。
巨大な火柱が立ち上がった。
カルディオスの巨体が宙へ浮く。
背中から炎を噴き上げながら、遠くの瓦礫へ吹き飛んだ。
轟音。
地面が大きく揺れた。
ライナは着地しても拳を下ろさなかった。
拳の中では、まだ獅子の霊火が吠えている。
やがてその声は小さくなり、赤黒い煙となって風へ消えていった。
瓦礫の中で、カルディオスが動いた。
片膝をつく。
最後の力で、ライナへ爪を伸ばそうとする。
だが腕は途中で止まった。
巨体がゆっくりと崩れ落ちる。
赤黒く脈打っていた光も消えた。
もう動かない。
ライナは燃え残る拳を強く握った。
「……勝った」
その言葉と同時に、ユリウスの作り出した巨人が崩れ始めた。
全身を構成していた瓦礫が、次々と地面へ落ちていく。
ユリウスもまた、全身から力が抜けたように膝をついた。
「ユリウス!」
ノエルが急いで駆け寄り、その体を支える。
ライナもすぐに二人のもとへ向かった。
「大丈夫!?」
「ああ……大丈夫だ」
ユリウスは苦しそうに息をしながら答える。
「魔力を使いすぎただけだ」
「今、治すよ」
ノエルが回復魔法を使おうとする。
だがユリウスは、ゆっくりと首を振った。
「俺より、向こうへ行ってくれ」
ユリウスの視線の先。
ノクトとエリシアが、エル=シェイドと激しく斬り結んでいる。
「二人とも苦戦している」
「でも、ユリウスが……」
「少し休めば動ける」
ユリウスは地面へ片手をつき、どうにか体を起こそうとした。
「俺は大丈夫だ。それより仲間を助けてくれ」
ライナは迷った。
だがユリウスの目は、まだしっかりと前を向いている。
「分かった」
ライナは頷いた。
「でも絶対に無理しないでね!」
「ああ」
ノエルもユリウスの体をゆっくりと地面へ座らせた。
「ここで休んでいて。終わったら、すぐに戻ってくるから」
「頼んだ」
ライナとノエルは立ち上がった。
二人は、少し離れた場所で続いている戦いへ向かう。
そこではノクトとエリシアが、エル=シェイド一人を相手に戦っていた。
ノクトが黒い炎を放つ。
エルは風をまとった剣で、炎を切り裂く。
すぐさまエリシアの聖剣が迫る。
エルは体をわずかに傾けるだけで斬撃をかわし、そのまま二人の間をすり抜けていった。
あまりにも速い。
姿が見えた時には、すでに別の場所へ移動している。
ノクトとエリシアの二人を相手にしても、まったく押されていなかった。
「嘘でしょ……」
ライナは目の前の戦いに圧倒された。
最年少の黒翼将。
エル=シェイド。
その強さは、これまで戦ってきた黒翼将とはまるで違う。
六魔星にさえ引けを取らない。
そう思えるほどだった。
エルの剣が振るわれる。
見えない風の斬撃が、ノクトとエリシアを襲った。
二人は左右へ跳んで避ける。
斬撃は背後の瓦礫を、音もなく切断した。
「一歩も入る隙がない……」
ライナが拳を握る。
「それでも行くよ」
隣に立つノエルが言った。
声は穏やかだった。
だが、その目には迷いがない。
「ノクトたちを助けないと」
「うん!」
ライナは再び体へ炎をまとった。
ノエルも両手へ冷気を集める。
二人は、エル=シェイドとの戦いへ加わった。
黒翼将一人に対し、ノクト、エリシア、ライナ、ノエル。
四人で挑む戦いが、始まろうとしていた。
読んで頂きありがとうございます!評価点数がモチベーションに繋がるのでぜひよろしくお願いします!




