16話 六魔星ヴァルグラン
「ようこそ、ザルベック城へ。君とは初めましてだな。」
エリシアはずっとヴァルグランを睨んでいる。
「ザイモンを倒したそうだな。彼は強かった。だから君の力は認める。
だがザイモンを倒したからといって図に乗るな。彼と俺とでは力の差がありすぎる。」
「世界最強の火属性魔法使い‥‥‥あなたのことは噂でしか聞いたことがないわ。
とんでもないマナがあなたに流れている。でも負けない。私はこの世から六魔星と新魔王を粛清する。」
「やれるものならやってみろ。君の兄でもできなかったことだ。果たして君にできるだろうか?」
「やってみせる。粛清を始めるわ。」
エリシアは聖剣を握って踏み込んだ。その速さは凄まじい。腰の回転と同時、白い弧が描かれる。
「聖刃一閃!」
鋭い白弧が玉座まで一直線に走った。するとヴァルグランが指を弾いた。
「紅蓮界域。」
半径二十メートルの陽炎が立ち、斬光は三割ほど痩せて柱を浅く削るだけで止まった。刃の縁が焦げる。
間髪入れず、エリシアの背に光輪が七つ並ぶ。
「聖滅七光!」
白金の巨矢が七条、ヴァルグランに向かって一直線に走る。
ヴァルグランは掌を伏せ、低く呟く。
「白焔天。」
彼の前に薄い白焔が面となって滲む。音が消えた。
最前の矢が触れた瞬間、穂先から無音で欠け、芯が霧のように蒸散する。
二本、三本と触れるたび、矢は接触点から短くなり、五本目で束がぷつりと断たれた。
減衰した残り二本の余波だけが階段に届き、段鼻がさらさらと砂化して崩れる。
白焔は痕跡を残さず消え、掌の前に熱の揺らぎだけが残った。
エリシアは側面へ滑り込み、足元の輪光を爆ぜる低姿勢突進をする。唱えた魔法は、聖輪破突。
だがヴァルグランの高熱魔法によって、床がガラスみたいに溶けて固まっている。そのために床が靴に絡んで半歩の失速。
その刹那、ヴァルグランの掌から炎鎖皇掌が放たれた。
赤熱の鎖がエリシアの手首と足首を貫き、焼き締める。
エリシアの全身を流れる光のマナが、鎖の高熱から彼女を守る。しかし焼き締まる鎖の威力は強く、エリシアは悶え苦しむ。
そして苦悶しながらも彼女は魔法を唱えた。
エリシアは柄の根元を光らせる。
「聖光解鎖。」
米粒ほどの閃きが結び目だけをはじき、赤熱の鎖が落ちた。
ふと天井の一点が白く点いた。空気が「キン」と鳴る。熾天焦雷。
直径三メートルの白い雷柱が、真上からまっすぐ落ちる。
エリシアは剣を盾に、聖環多重を六枚重ねた。重なった透白円盤が現れる。
そして一枚目が砕けた。二、三、四、五、六――受けきれず、エリシアは残った衝撃で壁まで吹き飛んだ。
エリシアは膝をつく。掌は焼け、聖剣の輝きが一段落ちる。
ヴァルグランは一歩だけ進む。足跡の周りに焔が花のように開いていた。
激しい魔法の戦いが続く。刃と焔が交錯。光と焔が衝突する。激しい音が玉座の間を走った。
ヴァルグランは手刀を横に払った。
「紅蓮衝波。」
床面の赤い波が押し寄せ、エリシアの足を前から削る。
彼女は剣で受けて一歩下がる。二度目、三度目――受け切れず、肩が揺れた。
掌が静かに伏せられる。
「白焔天・点刻。」
白い焔点が肩口を刺し、外套に小穴が開く。熱が皮膚を焼き、力が抜ける。
エリシアは踏み直し、角度を変えて三弧の連撃を試みた。
「聖刃連鎖!」
一撃目でヴァルグランの肩布を焦がす。二撃目はすぐさま発動された紅蓮界域の魔法で薄まり、三撃目は焔の低い押し波に弾かれた。
激しい戦いが繰り広げられる。そして時間と共にエリシアは劣勢になっていく。
ヴァルグランの涼しい表情に比べて、エリシアの体に積もるゆくダメージは対照的すぎた。そしてエリシアはヴァルグランの魔法に吹き飛ばされた。
「見事だな。だがその力では六魔星は倒せない。まだまだ未熟だ。俺の足元にも及ばない。諦めて国に帰れ。命まで奪おうとは思わんからな。」
エリシアは立ち上がる。剣先が僅かに震えていた。
もう一撃――と踏み込むが、動きがあからさまに遅くなっている。
ヴァルグランが数々の強力な魔法を放つ。エリシアは彼の攻撃を防ぎきれない。このまま戦いを続けてもエリシアに勝ち目はなかった。
ヴァルグランはトドメを急がない。掌を下ろし、ただ視線で圧をかける。
「ここで終わりにしておけ。別に君を殺したくはない。生きながらえれば良い。もっと強くなってから挑んでこい。」
エリシアは歯を食いしばり、白い弧を一つ。
「聖刃一閃。」
正面ではなく床へ。飛沫のような光で間合いを切り、距離を取る。
扉まで数歩。肩で息をしながら、剣を胸前に戻す。
圧倒されている。
これが六魔星の実力。でも退けられない。このまま諦めるくらいなら死ぬほうがマシだ。
焦げた息を吐き、エリシアは柄を握り直した。劣勢――それでも退かない光が、細く、確かに残っている。
「このまま引かないならもう次で死んで貰う。」
「死ぬのはあなたよ。」
ヴァルグランが指を鳴らす。床一面に紅蓮の輪、中心が白く潰れて無音になった。
「熾印縛解――白焔魔人、降臨。」
白い核が立ち上がり、紅蓮の甲殻が鎧のように噛み合う。
十メートルの影が玉座の間を覆い、熱だけが音になる。魔人がエリシアに向かう。
エリシアはその強大な魔力に恐れを抱いた。これが世界最強の火属性魔法使いと言われる者の実力。
強大な白焔の魔人がエリシアに襲いかかろうとした。その時――魔人が突如現れた黒焔によって燃え上がる。魔人は悲鳴を上げながら、黒焔によって塵となった。魔人の保つ強大な焔さえ、黒焔は容赦なく焦がしてしまった。
「久しぶりじゃないか、ノクト。生きていたのか。」
「ひさしぶりだな。ヴァルグラン‥‥‥」
二人は真剣な眼差しで睨み合う。六魔星と魔王の子。元師弟同士関係のぶつかり合いが始まる。場は激しい爆発で風が吹いたのだった。




