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悠久の五百星霜(ゆうきゅうのごひゃくせいそう)  作者: うさぎ
第1章~栄光の初日、影に潜む震え
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第1話~初舞台の輝きと最初の孤独

深海の底から湧き上がる原始の意志が、地上の空へと達した時、それは生を受けた。純粋なる世界の摂理を纏いながらも、その魂はあまりにも幼く、ひどく脆かった。彼女は、自らを「統治者の象徴」たる神性と、やがて来るべき試練を欺くための「人間の姿」とに、その存在を分かたれた。それは、この世界を守るという使命のために、彼女自身が選んだ、あるいは定められた、あまりにも過酷な道だった。

最初の瞬間、彼女は何も知らなかった。ただ、目の前には、途方もない重圧と、理解しがたい「終わり」の予言が横たわっていた。この世界は、原始の混沌へと還る運命にある。人々は、その本質を審判され、消え去るだろう。その絶対的な未来を回避するため、彼女は演じ続けなければならなかった。完璧な統治者として、偉大なる神として。

今日から、500年の長きにわたる、孤独な舞台が幕を開ける。

それは、想像を絶する歳月だった。

悠久の五百星霜。

星が天を五百度巡り、霜が大地を五百度降り積もる。その間に、世界は何度その姿を変え、人々はどれほどの生と死を繰り返しただろうか。しかし、華やかな劇場の中心で、あるいは人々の視線が届かぬ奥深くで、彼女は決して変わることなく、ただひたすらに、その役割を演じ続けた。

「素晴らしい!まさに、これぞ水神様!」

喝采が、劇場の高い天井から降り注ぐ。幾重にも重なった煌めく光が、舞台中央に立つフリーナの純白の衣装に反射し、眩いばかりの輝きを放っていた。その表情は自信に満ち、瞳は輝き、仕草の一つ一つが完璧な「神」を体現している。人々は歓喜し、彼女の言葉の一つに耳を傾け、その存在に熱狂した。

これが、彼女が初めて人々の前に姿を現した日の光景だった。

彼女はまだ、その身に宿る神性が持つ途方もない意味を、そして、その一方で分け与えられた人間性がこれから経験するであろう苦痛の深さを、正確には理解していなかった。ただ、本能的に分かっていたのは、自分がこの舞台の上で、誰よりも輝き、誰よりも強くあらねばならないということ。そして、その演技が、この世界の運命を左右するということだけだった。

最初の数週間、数ヶ月……。

彼女は、与えられた役柄を懸命に演じた。朝には謁見の間で人々の訴えを聞き、昼には裁判を主宰し、その公正な裁きで人々の信頼を得た。午後は各地の視察に赴き、時には市井の人々と語らい、彼らの生活に寄り添う姿勢を見せた。夕方には劇場で催される公演に姿を現し、その優雅な振る舞いで喝采を浴びた。彼女の演技は、誰にも見破られることのない、完璧なものだった。

昼間、大衆の前に立つ彼女は、まさに神そのものだった。彼女の言葉は法となり、彼女の命令は絶対であった。人々は彼女を崇め、信じ、その存在に希望を見出した。彼女の心は、人々の純粋な信仰によって満たされるように感じた。その瞬間は、確かに心地よく、孤独を忘れさせてくれるものだった。

だが、夜が来ると、彼女はひっそりと神殿の奥にある、誰も知らない私室へと戻った。煌びやかな衣装を脱ぎ捨て、鏡の前に立つと、そこにはただ、小さな体が震える、一人の少女がいるだけだった。

「これで……よかったの、かしら?」

自らに問いかける声は、ひどくか細い。昼間の自信はどこへやら、その瞳には不安が色濃く浮かんでいた。完璧な演技の裏で、心臓は狂ったように鼓動を打つ。胸の奥底から込み上げる、言いようのない恐怖。それは、未来への漠然とした不安か、それとも己の欺瞞に対する罪悪感か。

彼女は、まだ鮮明に覚えていた。分け与えられた「神性」が、自分に与えた使命を。そして、「人間性」が、その重みに悲鳴を上げ始めていることも。この舞台は、たった一人で演じなければならない。誰にも頼れず、誰にも打ち明けられない。

この500年の幕開けは、栄光と、そして深い影を同時に抱えていた。

彼女は、まだ知らなかった。この「震え」が、これからどれほど深く、長く、彼女の魂を苛むことになるのかを。

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