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8. 祈り

過去五日間の生活はずっと同じだった。

朝起きて、朝食を食べて、修理職人を探しに行き、家に帰って夕食を食べて、眠る。

秋葉原のほとんどを歩き回ったが、目的の人物には出会えなかった。

最後の探索中、最初に口を開いたのは光だった。


「よし、まとめよう。三日間探して誰も見つからなかった。それが意味することは?」

「秋葉原には僕たちを助けられる人がいないってこと?」

「いや、そうじゃない。つまり、自分たちでピアノを修理するしかないってことさ。」

「うん、そうだね。」


夕食の時に、吉田さんが突然話しかけてきた。


「それで、どうだ? 探してた人は見つかったか?」

「いや、全然ダメだった。明日、店に行って、自分たちで修理を始めるつもり。」

「修理なんてできるのか?」

「修理のパンフレットを見かけたから、それを見ながら試してみるよ。」

「手伝おうか?」

「いや、父さん、ありがとう。でも母さんとのことで手一杯だって分かってるから。」


そういえば、前にそんな話を聞いたような気がする。

光の両親は、災害で亡くなった人々の遺体を片付けて埋葬する、小さなボランティア団体に参加したらしい。


「では、祈りましょう。」


テーブルについていた全員が手をつなぎ、目を閉じた。

その後、家長である吉田さんが感謝の祈りを始めた。


「天にいます全能の神よ、我らに与えられた食事に感謝します。

我らの数々の罪にもかかわらず、あなたは我らに慈悲の果実を味わうことを許してくださった。

救いを求めはしません。あなたが我らに下された罰の理由を理解しているからです。

だからこそ、死後には、このような恩知らずな我らが、永遠に地獄の業火で焼かれることを願います。アーメン。」

「アーメン。」

「アーメン。」

「アーメン。」


少し奇妙な祈りだった。

光が以前に語っていたこととは、少し違っていた。

それでも、僕は友の言葉を信じ続ける。たとえ何があろうと。


吉田さんがこの祈りを始めたのは、僕たちの探索の二日目だった。

彼がボランティア団体に加わった次の日のことだ。

でも、それも今では特別なことではない。

あの出来事の後、人々の多くが信仰を持つようになった。

打ちのめされた彼らは、信仰の中に慰めを見つけている。


夕食後、僕たちは光の部屋に戻って、それぞれの布団に入った。

眠ろうとすることさえせず、ただ天井を見つめていた。

二人とも分かっていた。いずれ会話が始まることを。


最初に話し出したのは光だった。


「宗教について、どう思う?」


僕は彼の方を見た。

彼は真剣な表情で天井を見ていた。

あの陽気な光にしては珍しい顔だった。


「僕は信じてない。あの時君が言ってたことを、まだ信じてる……」


彼は僕の方を向いた。

その瞬間、僕たちはまるで昼間のように、いや、それ以上にはっきりとお互いを見ていた。


「……でも、君があの祈りの言葉を信じているなら、僕はついていくよ。だって、僕たちは友達だから。」


その言葉の後、光は微笑んだ。

その笑顔は、暗闇の中でもはっきり見えた。


「心配しないで。僕の考えは変わってない。」


彼の瞳は夜の中で輝いていた。

その目に、偽りのかけらもなかった。


「そ、そうか。おやすみ。」

「おやすみ。」




翌日、僕たちは『音楽の世界』へ向かった。

入口にはゴミが散らばっていて、扉を開けるのも一苦労だった。

これからこの場所に長く滞在することになるだろうし、まずは掃除から始めることにした。

ゴミを捨てる場所もなかったので、どんなに破れていたカードでも、壊たパイプでも、全て元の場所に戻すことにした。

光はアクセサリーコーナーを、僕は楽器コーナーを担当した。


「光、サックスが変形して入らないんだけど、どうしよう?」

「適当な場所を見つけて、入らないものはそこにまとめて置いて。」

「了解。」


僕は掃除が好きではなかったけれど、友達と一緒にやると不思議と落ち着くものだった。


僕は鍵盤楽器のコーナーに移動した。

床には、かつて壁に掛かっていたシンセサイザーがたくさん転がっていた。

それらを戻すために、僕は別の楽器の上に乗って作業を進めた。

そのせいで、僕の足音はぐちゃぐちゃなメロディーのように聞こえた。


掃除を終えたあと、数日前に選んだピアノの前に座り、試しに弾いてみた。

もしピアノが正常だったら、ただの意味不明な音の塊だっただろう。

まるで五歳児が無意識に鍵盤を叩いているようだった。

でもこのピアノは壊れていて、僕の演奏はただ酷いだけじゃなく、聞くに堪えないほどだった。


「なんで無意識に鍵盤を叩いてるんだろう? 簡単な曲くらいは覚えてるのに。」


ピアノをもらったばかりの頃、少しだけ練習して、簡単な曲を覚えていた。

僕の指が正しい鍵に触れ、演奏が始まった。


「きらきら ひかる……」


リズムを取ろうと右足で拍を刻んだけれど、それでも全然ダメだった。

故障のせいで多くの鍵が音を外し、中には全く鳴らないものもあった。

そして僕自身も、正直なところ、決して歌が上手いわけじゃなかった。

サビの終わりまで弾いたあと、僕は鍵から手を離し、深く息を吐いて別のコーナーへ向かった。


弦楽器のコーナーの状況は、それよりも悪かったかもしれない。

ギターは床に散乱しており、シンセサイザーと同じ運命をたどっていた。

さらに、ちぎれた弦があちこちに散らばっていた。

僕の目は、ショーケースの中のギターに向いた。

それは普通のアコースティックの6弦ギターだったが、黒のマーカーで描かれた独特な模様があった。

まるで誰かを待っているようだった。

ガラスの檻から救い出され、もう一度音を奏でてほしいと。


そのとき――ドアノブが回る音がした。


誰かが店に入ってきた。


光はまだ棚の整理をしていたはずなので、彼ではない。


僕たちは動きを止め、息を殺した。

その人物の姿が角から見えた。

長く、濃い青の髪――


そして、その手には――ナイフ。


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