6. 【本物の友達】
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光は驚いた目で俺の前に立っていた。
「勇、どうしてここにいるの?」
「見れば分かるだろ……見舞いに……あ……」
涙が溢れ出した。
俺は世界中に対して、彼の両親に対して、そして何よりもヒカルに対して、罪悪感でいっぱいだった。
「光、ヒカ……ヒカル、ごめん!全部俺のせいなんだ!これも……これも全部……」
「おいおいおい、落ち着けって。」
光は俺の肩に手を置いた。
「大丈夫だよ。とりあえず、うちに来て、全部話してくれないか?」
光が笑った。
涙越しに見るその笑顔は、まるで太陽そのものだった。あまりにも眩しくて、優しかった。
「う、うん……」
光は地面に落ちていた買い物袋を拾い上げ、俺たちは歩き出した。
秋葉原に来るのは久しぶりだった。たぶん二年ぶりだ。
でも、俺が知っていた秋葉原じゃなかった。
新宿でも死体はたくさん見たけど、ここはその比じゃない。
ここで死んだ人たちの多くは、窓から落ちて亡くなったらしく、所々に遺体の小さな山ができていた。
本当に……ものすごい数の死体だった。
俺たちは十分くらい黙ったまま歩いていた。
もし、あの女性を見かけなかったら、そのまま沈黙の中を歩き続けていたかもしれない。
三十歳くらいの女性が、アスファルトの上に座っていた。だが、彼女の足は見えなかった。その上には、五十代くらいの男が倒れていた。
女性は空を見上げていた。
光は迷うことなく彼女のもとへ駆け寄った。俺もすぐに後を追った。
「すみません、大丈夫ですか?助けが必要ですか?」
女性は空から視線を下ろし、光を見つめた。
「……あ、ありがとう。助かるわ。」
俺たちはその男を持ち上げて、少し離れたところに移動させた。百キロ近くはありそうで、かなり大変だった。
「本当にありがとうございます。」
「どうされたんですか?」
「揺れた瞬間に転んで……それで、人が窓から落ちてきたの。その男性がちょうど私の足の上に……たぶん、骨が折れてると思う。」
「心配しないでください。僕たちが家まで運びます。ね、勇?」
「も、もちろん。」
「ご自宅はどちらですか?」
女性は、少し離れた百メートルほど先の建物を指差した。
「あの建物の五階です。」
光は女性を背負い、前を歩き始めた。
俺は彼の落とした買い物袋を拾って、後に続いた。
光は苦労しながらも、なんとか五階まで上がった。
俺が手伝おうと何度も言ったけど、彼は頑として拒んだ。
玄関の前に着くと、女性は鍵をヒカルに渡し、彼がそれでドアを開けた。
中は予想通りの惨状だった。
棚やベッドこそ元の位置にあったが、そこに入っていたものはすべて床に散らばっていた。
光は女性をベッドに寝かせ、キッチンへ向かった。
俺は買い物袋をベッドの横に置いた。
光は少しキッチンを探ってから戻ってきた。
「やっぱり、食べられそうな物はもう残ってないな。だからこの袋、あなたにあげるよ。」
彼は店で買った食品の入った袋を指差して、にこっと笑った。
「な、何てお礼を言えばいいか……」
「お礼なんていらないよ。本当に。お大事にね。僕はこれだけもらうから。」
光は大きな袋から、小さなリンゴの袋と水のボトルを取り出した。
「それだけでいいんですか?」
「もちろん。本当はそんなにお腹空いてないし……」
そのとき、彼のお腹がグゥっと鳴った。
「……なかったはずなんだけどな。」
「でも……そんなにたくさんいただけません。」
「大丈夫、僕はこのリンゴで十分だよ。じゃあ……さようなら。」
彼はあっという間に姿を消した。
俺もその後に続き、部屋を後にした。
階段を降りながら、ずっと気になっていたことを彼に聞いた。
「なんで助けたの? 君たちだって、食料が必要だったんじゃないの?」
「誰かを助けると、心が温かくなるんだ。それに、食べ物はまた手に入る。今日はもう無理だけど、ちょっと疲れたし、両親も待ってるから。」
光はまた笑った。
その笑顔は、太陽よりも明るく輝いていた。
本当に、心から優しい人間だと思った。
俺たちが建物を出たとき、俺は空を見上げてみた。
あの女性がずっと見ていた空を。
けれど、そこに空はなかった。
青い空は、黒く渦巻く煙に覆われていて、太陽の光すら届かない。
「俺の家まであと二十分くらいだよ。で、何を話したかったの?」
「……ごめん。」
「何が?」
「全部……全部、俺のせいなんだ。分かってるんだ。俺はいつも……俺は……」
光は俺の前に立って、進むのを止めた。
「おい。お前は何も悪くない。分かるか? ほら、空を見てみろ。」
彼に言われて、俺は上を見上げた。
でも、やっぱり空は見えなかった。
「煙と埃しか見えないだろ?」
「……う、うん。」
「そうだ。じゃあ、なぜ見えないと思う? それは、雲の上にいる神様が、俺たちの顔を見るのが恥ずかしいからさ。全部、あいつのせいだ。お前のせいじゃない。」
彼は俺の頭を両手で包み込み、まっすぐに目を見てきた。
「な? そう思うだろ?」
「そ、そう言われると……そんな気もしてくる……」
「そうそう。だから、もう自分を責めるなよ?」
その瞬間、また彼が笑った。
その笑顔を見て、俺ははっきりと悟った。
この人についていこう。どこへでも。
彼は、本当の友達だ。
「……うん」
二十分はあっという間に過ぎた。今度は俺たちは黙っていなかったからだ。
彼は時々、作曲をしていることを教えてくれた。
そして高校を卒業したら、音楽大学に進学するつもりだったことも。
俺はというと、何でも「あとでやればいい」と思ってきたことを話し、彼がそうではなかったことを本当に嬉しく思った。
そんな話をしているうちに、いつの間にか彼の家の前に着いていた。
彼は秋葉原に来てから、引っ越していなかったのだ。
俺たちは同じ八階にある、彼の部屋の前に立っていた。
光はためらうことなくドアを開けた。
「ただいま、母さん、父さん! お客さんが来たよ! 覚えてる? 黒田勇!」
俺たちはキッチンに向かった。
テーブルの前には、ヒカルの両親が座っていた。
光はテーブルの上にリンゴの袋と水のボトルを置いた。
両親はそれを見てから、ヒカルの顔を見て、父親が尋ねた。
「……これだけか?」
光は頭をかいて、照れ笑いを浮かべた。
「はは、うん。とりあえずね。でも、二人にはこれで十分だと思う。明日また買ってくるよ。」
今度は母親が話し始めた。
「あなたは? 何も食べないの?」
「ううん、僕はいいや。イサムと部屋で過ごすよ。」
「こ、こんにちは。」
それから数秒後、俺たちはヒカルの部屋にいた。
光はすぐに机の方へ行き、何か紙を引き寄せて、俺を呼んだ。
俺が近づくと、その紙には彼の「やりたいことリスト」が書かれていた。
『やりたいことリスト:
1.作曲家になること
2.困っている人を助けること』
「この二つしか思い浮かばなかった。けど、たぶんそれで十分なんだと思う。
隕石が落ちてきた時、夢って一瞬で消えるんだって気づいた。
だからこそ、今、生きているうちに、後悔しないように全部やりたいって思った。」
彼の言葉を聞いて、俺も同じようにリストを作ろうと決意した。
もう、自分の過ちを繰り返したくなかった。
「紙とペン、もう一組ある?」
「もちろん。はい、どうぞ。」
彼が紙を差し出すと、俺はすぐに書き始めた。
『やりたいことリスト:
1.ピアニストになること』
書き終えたあと、俺はヒカルを見てから、紙にもう一つ書き足した。
『2.誰かの希望になること』
「君も二つか?」
「みたいだな。」
「じゃあ、決まりだね。ピアノを探しに行こう。見つけたら、必死に練習して、夢を叶えよう!」
「うん!」




