ファック来るべきもの
ズボンのポケットに手を入れると、10cmほどにまで縮んだ直線のオーロラが埃にまみれて出てきた。こんなもの汚いから道に捨ててしまおう。ポイッ。オーロラは地面にへたり込み、その瞬間、ボムッ! スー……。元の姿への拡大も兼ねて空へと昇って行く。きっとああやって北極かフィンランドの空まで帰るのだろう。僕には僕で帰るべき場所があった。
ウィンドウショッピングウィンドウショッピング。さっと幕を引いた曇天で天井が低い。等身の高いマネキンの着こなす洋服が輝いて見える連続した道のりの、その途中に挟まれて座り込む、湿度600kg越えの青色をした肉塊がゲーミングノートに向かい、指先から汁が吹き出すほど精細なタッチでキーボードを叩いていた。こちらから画面は見えないが、なるほど。ゲームを制作中とみえる。どうせつまらないんでしょう? え、おもしろい? じゃあ買おうかな。え、ソウルライクメトロイドヴァニア? 暗くておどろおどろしい雰囲気が特徴? ああ、そのジャンルもういいよ。僕はいきなり肉塊からPCをひったくり、そのまま地面に叩きつけて壊した。近年増えすぎたジャンルに関しては、こうやって根っこの部分から殲滅する必要があった。青色の肉塊は涙にもならない顔と声をして、僕は帰るべき場所があって急いでいたからその様子をよく見ていなかった。
とにかく僕は小さな神社へと来ていた。参拝者ゼロの神社、マリンの恰好をした神社。それは竜宮城にも似た趣を備えていたが、ここは紛れもなく地上に建てられた小さな神社。何よりもまず、頬を撫でる風が乾いていた。突然に『うー、コンコンコン!』と狐耳の女の子が登場しそうもないほどの現実感で、ひりついた風が静かに吹いていた。
境内につっ立っていると、奥から箒を持った巫女服の女の子が出てくる。
「うー、コンコンコン! わー、参拝者さんだー!」
驚いた僕は彼女の頭から狐耳を引っこ抜いて走りだしていた。本当に帰るべき場所へ向かって……。
……ルールオブサム 100ml
……ロードオブザリング 半個
……ゲームオブスローンズ 300g
面白いレシピだ。今夜試そう。ブクマブクマ。
……家に着くころには、ドアの前で眠ってしまいたくなるほど疲れ果てていた。本当に僕はどうしようもない。鍵を差し込んで回す。鍵を抜いてドアノブも回す。ドアの支柱が回転して開く。回転して閉じる。回転して靴を脱ぐ。回転しながら廊下を渡り回転しながらソファにもたれ込む。よじった身体の動きで腹の辺りに追いやられた狐耳がまだ温かい。窓には太陽がうまく沈まないままずっと、地平線の海から5分の1くらい顔を出して空に残っている。夜と夕暮れが層を成して、その上に満遍なく降りかかった厚い雲が風に押されてオーロラを北へ運び、そうやって全員が帰ろうとする景色に胸を打たれるよりもずっと以前から、僕は家に帰ってもまだ帰り足りない気持ちでいっぱいで回転が失速してきていた。分かりやすいところで言えば毎日乗る自転車のタイヤだし、もっと言えば日常のグルーヴそのものだよ。この狐耳だって、血流という回転があって初めて温かいのだ。ソファから身体を起こして、狐耳を床に叩きつけてみる。結構いい音が響く。ああ、さっき見つけたレシピでも作るか。ブクマブクマ。
……ルールオブサム 100ml
……ロードオブザリング 半個
……ゲームオブスローンズ 300g
経験則100mlって、なんか説教臭いな。ロードオブザリングが半分ってそれでも途方もないだろ。こういう疲れた時に見るふざけた料理レシピが一番ムカつくんだよな。なんか料理する気まで失せたわ。ガー、全部クソレシピのせいだー。
そうやってもう一度ソファの上に倒れ込んだ。視界の端に、ひとりでに歩いて帰ろうとする狐耳が留まり、このまま目を閉じてしまうのに忙しかった僕はそれを無視した。そしてあの背丈で一体どうやったのか知らないが、うちの玄関が開いて閉じる音が聞こえてきた。