カルト
霞ヶ浦が五月蝿い。荒唐無稽な野次と罵詈雑言で、吐き気がしそうなほどだ。国会議事堂の前では、色んな人が騒いでいる。
「幸求教をぶっ潰せー!」
「俺達の生活を返せー!」
「政府は国民の声を取り入れろー!」
姿を見ていると、コイツらが嫌っている民族と相違がない様に思えた。そう言えば、世界史で異端として忌み嫌われるのは、近しい存在だと言っていた。
コイツらは忌み嫌いたい民族の嫌な所を探して、一生懸命叩いているだけに過ぎない、そう考えると憐れみすら覚えてくる。国会議事堂まで行って、憐れまれたい残念な集団に感じてきた。
物見遊山で来ている自分も国会議事堂の中の人に取っては憐れみの対象なのだろう。全然構わないが、コイツらと同列なのが少し癪に障った。
突然マイク音が響く。吃驚して、マイク音のした方向を向く。そこには、丸坊主の40代後半の男が立っていた。
見たことないわけでは無い。TVでもSNSでも大量に見てきた。幸求教の悪事を告発し、注目を浴びた幸求教元幹部だ。
『幸求教は我々の文化、労働資産を奪ってきました!。それどころか! 政治すらも奪おうとしてきている!。私の良心は痛みました!。その為に私は告発した訳であります!。さあ、皆様! 我々の生活や自由を守るために! 戦おうではありませんか!』
うおー! と歓声が鳴り響く。これだけで歓声が響くのか、と少し引く。興が冷めないものなのか。具体性もなにもない。何の文化、労働資産を奪ったのかは誰も話してない。
そう言えば、どこかで読んだ漫画に、日本人は騙されて利用されやすい、と書いてあった。人間誰しもそうだと思うが、そういう感情が何倍も強いのかもしれない。俺も、コイツらも妥当な答えが出せないんだろう。
より一層、コイツらの声が騒がしくなる。動物園の猿みたいだ。猿を見ながら食べる梅おにぎりが、抜群に美味しい。
カルトだ。カルトの猿だ、コイツらは。自分達の正義や思想を、押し付けたいが為に騒ぎ立てている。馬鹿は騙される運命なのだろう。
目の前を『幸求教解体!』と書いているハチマキを付けたおばさんが通る。
「あの、幸求教は何の文化と労働資産を奪ったんですか?」
おばさんは少しキョトンとした目で俺を見る。そして、さも当然の様な口調でこう語った。
「全部よ、全部。幸求教を批判する書物や人は全て検閲されたし、粛清されたの。そして、国から税金を中抜きして肥やしにしたのよ? 許せるかしら」
まるで馬鹿みたいな発言だった。本当に、あそこにいる太達は馬鹿猿だったのだ。馬も鹿も猿もあるのに、人になれていない。
「検閲も粛清も別にそんな情報無いじゃないですか。大体、政教分離で幾ら大手の宗教でも税金の中抜きは無理ですよ」
おばさんは顔を真っ赤にして、口調を激しくする。
「日本の政治家は腐ってるのよ!? そんなわけ無いじゃない! 幸求教の闇を世間に話そうとした人は交通事故で殺されたし、批判的だと判断された新聞社やテレビ局は次々潰れていったのよ!? 東帝新聞の前例とかまさにそうじゃない!」
「腐った政治家は一部です。交通事故多発地域で話そうとした人は死んでます。東帝新聞はシンプルに不況です」
「何よアンタ!? さては、幸求教の諜報部隊ね!? ぶっ殺してやる!!」
そう言うと、俺に向かって拳を振り下ろしてくる。物見遊山で来たつもりが襲撃されるとは思わなかった。
そのおばさんから逃げるように、反対方向へ向かっていく。物騒な新興宗教団体だった。
夕暮れ、再び丸坊主の幸求教元幹部が壇上に上がる。それと同時に、薄気味悪い若そうな男達が3名壇上に上がる。
『次の東京地区の衆議院選挙にて、出馬表明している3名でございます!。我々は同志を募り、これから腐った政治家共に叛逆を行います!。どうか、皆様の力を、我々にお貸し下さい!。今日はありがとうございました!。次回は、来週の日曜日を予定しております!。国民の声を、届けましょう!。』
再び、大きな歓声が起こる。近所の池の鯉に餌をあげた時、こんな風に群がって口を開けていたのを思い出した。
満足そうに帰っていく群衆に狂気を覚える。もっと怒っているなら、
『俺はずっと居残ってやる!』
とか叫んで居座って良いのにも関わらず、一人残らず国民の声が届いたと誤認している。
自己満足の暇潰しだ、こんな物は。幸求教の前で空海VS最澄の演劇をする方がまだ効果がある。
滑稽に思いながら、家路に着いた。
−国会議事堂内−
「これ放置で良いんですか?」
「良いよ、良いよ。どうせコイツら馬鹿だから。他の物見つけたらそっち行くもん」
「いやでも…」
「そりゃね、ここに500人位真夜中まで居残ってたら考えるよ? でも、一切そんなの無いもん」
老獪な議員は、若手議員に笑いながら話す。
「結局、あそこの国民は皆騙されてるんだよ。政府叩きっていう、新しいカルト宗教に入信して、通る筈ない自分の主張を繰り返してるだけなんだよ」
「ですが…」
「ろくに調べもしない。取り敢えず政府は叩く。やって欲しい事をギャーギャー叫ぶ。俺等は子供の為に政治をしてるんじゃないんだ。仏も神は居ないだの言われたら動かないのに、政治家の様な人間が動くと思ってるのかねえ」