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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

てのひら

作者: 南下八夏

「レイア、君の行いは王妃に相応(ふさわ)しくない。ここで婚約を破棄させてもらう!」

 とある大陸のとある王国、貴族の子女だけが入学を許された学園の、とある年の卒業式にて。

 令和日本のネット小説にありがちな婚約破棄劇が展開されていた。

 卒業式の最後に行われる在校生や来賓(らいひん)との交流を目的とした中庭でのパーティ、まさにその時のことである。正装した男女がなんだなんだと注目する先では、この国の王子が片手で美しい令嬢の肩を抱き、もう片手で彼らの前に立つ別の令嬢を指さしていた。

 我々には典型的な状況だが、この場にいる人々にとっては前代未聞の大事件である。

 娯楽に(とぼ)しいこともあり、その場の誰もが状況を見守った。

 王子はふんすふんすと鼻息荒く、声高(こわだか)に宣言した。

「男爵家の出でありながら成績優秀で見目(みめ)(うるわ)しく、皆に慕われるこのヒナカ・ロンレイン嬢に嫉妬し、陰湿な嫌がらせや犯罪まがいの脅迫を行ったことは許しがたい!

 いくら公爵家の令嬢とはいえ、君をこのまま私の婚約者として王家に迎えるわけにはいかない!

 よって、私はレイア・クク・ジョーヤ嬢との婚約を解消し、王妃に相応しいヒナカを新たな婚約者として迎えることを、ここに宣言する!」

 どよめく観衆、小鼻が限界まで広がって得意げな顔をしている王子、その腕の中でうっとりしている可憐な令嬢。彼らは一斉に、レイア嬢を見た。

 レイアは彫りの薄い顔立ちをしかめ――その場に両膝をつき、(もも)に拳を添えて、背筋をぴんと伸ばしてまっすぐに王子を見上げた。

「身に覚えのない罪状(ざいじょう)なれど、主君たる王子殿下に罪人(ざいにん)(だん)じられ、家名を汚したことは事実。しからば、腹を切って我が父にお詫び申し上げ(そうろう)!」

 言うや否や、レイアは懐から取り出した短剣で躊躇なく腹を突き刺した。


 幸いレイアは一命をとりとめたが、その後の騒乱たるや。

 王家が火消しに多大な労力と賄賂(わいろ)(つい)やしたため、王家の力を衰退させて後の民主化の間接的なきっかけになったと言われるほどだった。


 レイアには前世の記憶があった。

 前世のレイアは肌の色の濃いのっぺりした顔立ちの民族で、弱小領主に仕える騎士だった。ホージョーが、トクガワが、と敵勢力の侵攻の噂が絶えない国で、レイアは領主と領土を守るために戦場を駆け回った。

 奇妙な形の鎧を着て、大きな弓を持ち、細い片刃の剣を携え、血と(あぶら)の臭いにまみれて馬を駆り続け、とある戦で矢に眼球と脳を貫かれて死んだ。

 主に対しての忠義は狂信的なほどで、主の命令と家名の誇りを守ることだけが生きがいだった。

 そういう男の魂が目覚めたのは、レイアが12歳になった時。

 病に倒れ、三日三晩熱にうなされたレイアが目覚めた時だった。

 公爵家の末娘(すえむすめ)として大事に大事に育てられ、この世の全てを自分のものだと信じる少女と、命より主君と誇りを優先した血塗(ちまみ)れの騎士は、対立することなくレイアの中で溶け合った。

 その結果、貴族らしい傲慢(ごうまん)気高(けだか)さを持ち、質実剛健(しつじつごうけん)かつ勤勉な忠義者という、忠臣の権化(ごんげ)のような令嬢が誕生したのである。

 現世の主君である王家の人間に、衆人環視(しゅうじんかんし)の中で、真偽(しんぎ)はともあれ汚名(おめい)を着せられた結果が、件の騒動であった。レイアにとっては、家名を汚した事実だけでも充分耐え難いことだったのである。


「なんと馬鹿なことを」

 ジョーヤ公爵、つまりレイアの父は青ざめた顔でため息を付いた。

 ジョーヤ公爵領にある館の一室、レイアの寝室で、末娘がようやく起き上がれるようになったと聞いて駆けつけたところだった。

 (ちょう)よ花よと育てたはずの末娘は、何故か武芸と馬術に特化した王家の狂信者になっていた。

 そんな娘が、王子にあのような仕打ちを受ければ、ショックで世を(はかな)みもしたくなるだろう。

 公爵はあくまでこの時代この国の高位貴族なので、家名のために腹を切るような精神は理解できない。そもそも何があろうと腹は切らない。

 いささかの勘違いをしたまま、公爵は娘の華奢(きゃしゃ)な手を握った。

「レイア、安心して体を休めなさい。君の冤罪(えんざい)は既に証明されている」

 世間知らずの王子が練った冤罪計画など、陰謀策略百戦錬磨(ひゃくせんれんま)の貴族たちにかかれば容易(たやす)く暴かれる。

 よくある話、要は容姿が好みで身分の低い娘を手に入れるため、地味な容貌(ようぼう)の婚約者を悪役に仕立てて自分の不貞を正当化しようとしたのである。

「あの馬鹿王子は除籍された。男爵家で面倒を見るようだが、ロンレイン家は長男が継ぐそうだから、離れで飼われることになるだろう」

 前代未聞の醜聞(しゅうぶん)ではあったが、除籍とまでなったのは公爵家の力が大きい。

 可愛い可愛い末娘を侮辱(ぶじょく)され追い詰められて、怒髪(どはつ)(てん)()くとはまさにこのこと。

 公爵はあらゆる伝手(つて)と手段を用いて容赦なく王家を追い詰めた。

 レイアは左様(さよう)ですか、と小さく(うなず)いた。

 彼女の忠誠は王家に捧げられているのであって、王子個人ではない。今となっては王子は男爵家の食客、公爵令嬢たる彼女にとっては遥かに格下に成り下がったのである。

 そんなことより、レイアには気になることがあった。

「父上、我がジョーヤ家の汚名は(そそ)がれましたか…?」

「もちろんだ。王家から直々に謝罪があった」

左様(さよう)ですか!」

 レイアはぱっと顔を輝かせた。この瞬間、王子のことは脳から消え去った。

 公爵は娘の笑顔に満足そうに頷き、

「君の次の婚約もできるだけ早く整えよう。今度こそは君を心底大事にしてくれる男を選ぶからな。今はとにかく傷を()やすことに集中しなさい」

 公爵が部屋を出るのを視線で見送って、レイアはふむと息を吐いた。

 腹を切って生き延びるは恥、しかし家族に生きていてくれてよかったと泣いて抱き締められてはそうも言っていられない。レイアは騎士ではあるが、それ以前に家族を愛し家族に愛された17歳の子供だった。

 騎士だった時は、家族を思いやる気持ちは薄かった。妻子(さいし)があったはずだが、ろくに顔を合わせた記憶がない。親兄弟とは陣営が違えば(やいば)(まじ)えることもあった。

 レイアは前世とは比べ物にならないほど頼りない己の手を見た。

 かつてこの手にあったもの。

 血の臭い。(あぶら)の臭い。焼ける集落。怒号(どごう)罵声(ばせい)。剣の感触。冷たい雨に()じるぬるい汗。

 今は。

 侍女が飾った花の香り。母がくれた香水の香り。静かで温かい我が家。小鳥のさえずり。清潔なシーツの感触。抱き締めてくれた親兄弟の体温。

 (そこ)なわれることがあってはならない。

 レイアは静かに決意した。

 主君、家名、誇り。かつて守るべきはそれだけだった。

 だが、今は違う。

 この、あたたかくてやわらかいものを守るのだ。


 レイア・クク・ジョーヤ。

 彼女は後に王国史上初の女将軍に任ぜられ、隣国の侵攻を四度にわたって退けた。

 同時に愛妻家としても知られ、周囲の反発を押し切って結婚した第六王女とは最期まで仲睦(なかむつ)まじかったという。

 養子にとった子供にも愛情深く接し、武芸を惜しみなく伝授した結果、ジョーヤ家は優れた武官を数多く輩出(はいしゅつ)する名門として知られるようになった。

 学生時代に大怪我をしたことが大きな転機になったと後に語っている。




※この作品はファンタジーです。主人公の価値観や喋り方については完全なフィクションであり、時代考証はしておりません。



歴史&恋愛シミュレーションゲーム「くろにくる」(R15)

レイア・クク・ジョーヤ…悪役令嬢、だったはずの少女。ゲームの世界に転生した中世日本の武士。

アレル・マジー・サオザ…ざまあされる王子。その後は男爵家で冷や飯喰らいのまま、ある意味悠々自適に生涯を過ごす。

ヒナカ・ロンレイン…可憐なヒロイン。ゲームの世界に転生した令和日本の女子高生。本来はレイアを断罪して王妃になり、夫や側近たちと協力して隣国の侵攻を食い止めるはずだった。

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2025.2.12. 誤字を修正しました。

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