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プライドが高い、能力は低い。そのギャップを一体、どう処理するか?

 彼はプライドが高かった。しかし、そのプライドを満足させられる程の高い能力は持ってはいなかった。むしろ、能力は低いと言わざるを得ないかもしれない。

 このギャップを埋める為の手段は大きく二つ。一つは努力をして、高い能力を獲得する事。もう一つは、高いプライドを低くする事。

 だが、努力をする為には、それなりの精神力が必要で、高いプライドを低くする為には感情のコントロール能力が必要だ。そのどちらもが彼にはなかった。だから、高いプライドと低い能力という歪な特性を持ち続けてしまったのだ。

 

 ――もちろん、そんな状態では彼の心身は不安定になってしまう。

 

 彼は安定を手に入れる為に、外罰的思考に頼った。自分がこんななのは、親が悪かったからだ。遺伝子が悪かったからだ。つまりは運が悪かったからだ。

 自分の所為ではない。

 それはもちろんある程度は事実だった。子供の成長に気を遣う事ができる優しく聡明で金持ちな親がいる家庭に生まれ育つのと、アルコール依存症で暴力を振るい、子供の金を盗むような親がいる家庭で生まれ育つのが同じ条件なはずがない。

 そう考えるのはとても楽だ。世の中は全て運で決まり、もし運さえ良ければ素晴らしい人生が待っている。

 が、それは危険な思考でもある。

 あなたの運が悪いのは事実かもしれない。だけど、全てを運の所為にして、怠けてしまっていたのなら何にも変わらない。努力ができない。感情のコントロールもできない。

 “他の何かの所為”

 という夢から覚めてしまったのなら、高いプライドと低い能力のギャップが埋められない辛い現実を突きつけられる。不安定なままだ。

 

 ――ただし、一つだけ、大した努力もせず、低い能力のまま、高いプライドを簡単に満足させられるかもしれない方法がある。

 それは多くの人が本能的に知っている方法かもしれないが実践する人は少ない。何故なら、それは同時に破滅への道でもあるからだ。

 

 彼は刃物を握っていた。

 電車の中、たくさんの乗客がいる。

 誰でも良い。

 そう。

 誰でも良い。

 誰かを傷つけなくてはならない。殺す事ができればそれが一番良い。

 彼が狙ったのは女性だった。力が弱いだろうからだ。だが刃物で一度切りつけたところで他の乗客、男性から止められてしまった。逆上した彼は今度は男性を狙う。

 「かっこつけているんじゃねぇぇ!」

 それは或いは半ば嫉妬も含んでいたのかもしれない。本当なら自分も、悪役ではなく彼のようなヒーロー役になりたかったのだ。彼は男性を滅多切りにし、その男性は出血多量で死んでしまった。その後、彼は他の乗客から取り押さえられて警察に捕まった。

 

 自分が危険な存在であることを示す事。

 それはプライドを満足させる手段の一つだ。入れ墨をしたり、モヒカンにしたり、派手な服を身に纏ったり。それらは全て“自分は何をするか分からない危ない奴だ”という事を周囲に示して威嚇する行為であり、つまりは自分のプライドを誇示する行為でもある。そしてこの行為には、能力の低さはあまり関係がない。

 “凶暴である”

 それを示せさえすれば良いからだ。

 努力せずに、自身のプライドを満足させる簡単な方法。

 

 ――もっとも、それが本当に本人の望む姿とは限らないのだが。

 

 もし、仮に他人から怖がられる自分を目指していたのなら、嫌われている自分を目指していたのなら、彼は満足を得られていたのかもしれない。だけど、その姿は本来の自身の理想からはかけ離れていた。刑務所に入れられた彼はだから不安定なままだった。結果として奇行に走った。自身の排泄物を身体中に塗りたくったり、看守に襲いかかったり。仕合せなはずがない。しかし、高いプライドの所為で彼はそれを認められなかった。だから、自分は幸せだと周囲に訴えた。もちろん、嘘である。プライドを満足させる為の。プライドに囚われているが故の。

 

 プライドが高い、能力は低い。そのギャップを一体、どう処理するか?

 

 或いは、高名な学者ならば、彼のような症状に対し、何かしら難解な考察をし、ペダントに富んだ解決案を提示するのかもしれない。しかしここでは、そのような事は述べない。代わりに分かり切った当たり前の事を述べる。

 努力をするのにも、プライドを下げるのにも健康的な精神が必要だ。そして、健康的な精神を得る為には、健康的な食事と十分な睡眠時間と適度な運動、朝起きて夜に寝るという、つまりは健康的な生活が必要だ。

 不健康な状態で苛立っていれば、努力も感情のコントロール能力を身に付けるのも難しいのは分かり切っている。

 アメリカの話だが、暴力で捕まった刑務所の囚人を調査したところ、栄養バランスが悪い者が多かったそうだ。

 

 もしかしたら、彼にも、食事が偏っているなどの生活習慣上の問題があったのかもしれない。そして、それを是正するような何かがあったのなら、そのような人生は歩んでいなかったのかもしれない。

 

 もちろん、このような解決案が万人にとって有効であるとは言えない。しかしそれでも、例えば10人中、2人や3人にとっては効果的である可能性はあるだろう。一度では無理でも、試行錯誤を繰り返していけば、何かしら成果を出せるかもしれない。そしてもちろん、このようなケアは、その人物の年齢が若ければ若い程良い。

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