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第五話

「どうしたんじゃ」

 汁物を啜っていた宗埜(ソウヤ)が顔を上げ、結迦(ユイカ)とダリュスカインを交互に見た。が、二人とも特に返事をするでもなく、黙々と食事に勤しんでいる。

「うむ……変な空気じゃのう」

 普段から寡黙ではあるが、前回、砂來(シャナク)から戻った時は、食事の際に様々な報告を受けた。それが今夜は、ひとまず品物がちゃんと届いたことと、引き換えてきた金品の話を事務的にした後、二人は会話らしい会話を交わしていない。

 宗埜の目が、伺うようにダリュスカインに向く。気づいたダリュスカインが、小さくため息をついて答えた。

「何も、ありません」

 その平たい口調こそが、二人の間に何かがあったことを証明するようなものだ。宗埜は目を細めた。


<喧嘩でもしたのかの>


 ダリュスカインを初めて助けた当初、稀に見るほどの眉目秀麗、かつ若い男でもある彼が、結迦に間違いを犯すようなことだけは避けねばと、宗埜は密かに案じてもいた。

 宗埜には、人の背負う業を捉える能力がある。それが、彼が星莱(せいらい)(やしろ)に召し抱えられた所以でもあった。

 そして、助けたダリュスカインは良からぬ業の気配を背負ってもいた。宗埜の予想通り、彼はその業に突き動かされるように一度はこの小屋を去ったものの、半月ほどして、またしても血(まみ)れで倒れているのを結迦が見つけ、九死に一生を得たダリュスカインと、再び三人での生活が始まった。


<今は、まるで憑き物が落ちたかのように、業は見えんが>


 離れている間に何があったのか、ダリュスカインは相変わらず多くは語らない。ただ、自らの背負う業と向き合い、死の覚悟をもって彼なりの決着をつけてきたのは、間違いがないようだった。


 片や結迦は、星莱の社が襲撃に遭って心に深い傷を負って以来、神呼(みこ)としての能力と、自らの声も失ったが、ダリュスカインの存在によって、一年半もの沈黙を破って声を取り戻すまでに至った。


 一度は離れた二人が再会を果たした今、互いが惹かれ合っていることは、宗埜から見てあまりに明確な事実でもある。


<まあ、そのわりに何もないようでもあるがの>

 最初こそ危惧していたが、ダリュスカインはどうやらそう軽薄な男ではない。それどころか、結迦に対しては、老齢の自分ですら歯痒いほどに慎重に接している。

 この数ヶ月、日々はつつがなく平和に流れているが、思いを寄せ合う二人の関係が、そろそろ何かしらの変化を迎えてもおかしくはない。



 結迦が居間の奥の自室に去り、ダリュスカインと共に寝床にしている反対側の部屋に入った宗埜は、座敷に胡座をかくとあらためてダリュスカインに問うた。

「結迦と、何かあったかね?」

 ダリュスカインは壁際に座り、固い表情を宗埜に向けた。

「お前さん方があんな空気なのは、初めて見たわい」

 どこか面白そうな宗埜を一瞥し、ダリュスカインは今度は大きくため息をつく。わざわざここに来てまで聞いてくるからには、宗埜に自分を逃す気はないのだろう。

「──隼斗(ハヤト)という青年を、ご存じですか?」

 観念してその名を口にした途端、宗埜は「ほう」と楽しげに目を見開いた。

「あの、爽やかで面倒見のいい若者じゃな」

 宗埜の反応は、思った通り好感触だ。

「結迦とは……お似合いですね」

 ダリュスカインの言葉に、宗埜は目を(またた)いた。彼はしばし、本人が意識せずも痛ましげな横顔を凝視したあと、「なんじゃなんじゃ、そういうことか」と、声は抑え気味ながら、愉快そうにカッカと笑い出した。

 一方、笑い声に驚いて老爺を振り向いたダリュスカインは、見たこともないような狼狽えた顔をしている。

「お前さんから、よもやそんな台詞が出るとはな。まさか、それを結迦に言ったのかね?」

 そうは言っていない。しかし、内容としては同じことを言ったのかも知れないと思い当たったダリュスカインは、否定もできずに、宗埜の視線を避けるように目を伏せた。

「お前さんは、結迦のなんのつもりでここにおるのかの?」

 続けて聞かれ、ダリュスカインは言葉に詰まった。

「なんのつもり……とは?」

 動揺のままに尋ねると、宗埜は探るように彼の目を覗き込み、「あれだけ世話をさせておいて、しらばっくれるでない」とやや抗議めいた口調で言った。

「儂とて正直、お前さんを認めたくはない気持ちはまだある。けれど、あの子は残念ながら、お前さん以外の男を選ぶ気などなかろうて」

 ダリュスカインは耳を疑った。自分の背負った業を見抜き、ゆえにここを──結迦の元を離れることを望んだ宗埜が、そんなことを言い出すなど。

 だが──

「俺は、結迦には相応しくありません」

 今日、自分の立ち位置を痛感したからこそ、宗埜の言葉を素直に受け入れる気になどなれない。


 死の淵から目覚めて数ヶ月、緩やかな日々に夢を見た。

 けれど身体に残る貫通痕はしばしば軋み、その度に、本当はぎりぎりで長らえている命なのだと、否が応でも思い知らされる。利き手を失い、両の手で紋を切る魔術は使えなくなった。ただでさえそんな身体で、八も歳上の自分は、どう考えても隼斗のように結迦と並ぶことは出来ない。

 

「逝くべきはずが繋がった命と思うなら、腰を据えて、一人ぐらい幸せにせえ」

 宗埜は片眉を上げて朗々と言うと、返事も待たずにさっさと背を向け、布団に横になってしまった。


<幸せに?>

 ダリュスカインの頭の中に、今日の帰り道での結迦の言葉が響いた。


『私は、そんなつもりはありません』


 彼女の言葉が、本心では嬉しかったのだ。

 結迦が声を取り戻したのが、自分の存在あってのことなのは間違いない。それどころか、彼女の傍らにいることこそ、自身の存在価値のように感じてすらいた。先ほどまでは。

 けれど、ここを離れている間に自身が犯した殺戮を思い起こせば、幸せや穏やかな日々を過ごせる資格などあるはずがない。自我を封じられ利用された結果とは言え、罪なき命を摘み去った自分の所業を結迦が知れば、きっと考えも変わるだろう。

 ならばこのまま、結迦が隼斗の元へ向かうのを見届けるのが、今の自分に出来る唯一のことではないのか。

 ダリュスカインは鎮痛な思いに駆られながら、肩にかかる自身の金の髪に触れた。右前腕を失って自分で結けなくなり、一度は切ろうとしたそれを、彼女が結くと言ってくれたからそのままにしていたのだ。

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