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第二話

 結迦(ユイカ)は、山の奥にある星莱(せいらい)(やしろ)神呼(みこ)で、宗埜(ソウヤ)はその社の頭であった。

 だが約二年前、社は盗賊たちの襲撃に遭い、人からの攻撃など想定していない聖域ともいえる地は、成す術もなく陥落してしまった。

 殺害と自害の地獄絵の果てに、宗埜と結迦のみが生き残り、社から少し離れた、修行や休憩の場として使っていた小屋に逃げ込んだものの、結迦はあまりの凄惨な経験に声を失い、神呼としての能力──森羅万象の声ならぬ声を捉えることも出来なくなった。

 人に会うことを極端に恐れるようになった結迦を残すわけにもいかず、宗埜は頭の責任として、集落には下りずに、あの小屋で二人ひっそりと暮らしていたのだ。


 そこへ、右前腕を失う大怪我をして倒れていたダリュスカインが加わったのが、秋の始まりのこと。


 戦いに敗れ利き腕を失い、絶望と復讐の念に喘ぐダリュスカインの胸の内は、結迦にだけは隠し通すことができなかった。神呼としての能力をなくした彼女にすら感知できるほど、ダリュスカインの波動が強かったのだ。

 自身も壮絶な経験をしている結迦が、触れた瞬間に思いがけず捉えてしまった心の悲痛な叫びを、看過できるはずがない。いつしか彼女は心身共に彼に傍に添い、腕を失ったばかりのダリュスカインの手助けをするようになった。彼もまた、声を失った彼女の心傷を思うと、無下に断れはしない。そうして互いの存在が、それぞれの拠り所になっていったのは自然なことだった。

 さりとて、ダリュスカインの中に(くすぶ)る、右腕を奪った相手への憎悪が消えることはなかった。彼はある程度動けるようになると、振り切れぬ執念に決着をつけるべく旅立ちを決めた。

 自らも目を逸らしたくなるほどの闇の情念を抱え、無事に抜けた者はいないと言われる祠へ向かうからには、もう戻ってくることはないだろう。結迦はその覚悟すら感じ取っているようで、表面的には止める素振りを見せなかった。

 しかし別れを迎えたあの日──結迦はついに、言葉を発したのだ。


 ただ一言、「お帰りを、お待ちしています」と。


 それが、ダリュスカインが結迦の声を初めて聞いた瞬間だった。

 だが結果として、そのたった一言が闇を照らす道標となり、彼は奇跡的な生還を果たした。


 再会を果たした結迦は、言葉をすっかり取り戻していた。再びその口から紡がれるようになった声は鈴の音のように耳心地が良く、二十歳という年頃も相まって、ふんわりとした可憐さすら纏うようになっていた。

 それだけではない。人のいる場所に出ることへの恐れも克服し、今まで宗埜(ソウヤ)が担っていた砂來(シャナク)の集落の往来に同行し始めてもいた。その変わりようは、ダリュスカインをただただ驚かせた。

 一時は死の淵を彷徨うほどの状況だった彼が、今や日常生活に支障がないほどまでに回復できたのも、結迦の献身的な看護があってこそだ。

 年明け間近、ダリュスカインは誰に告げるでもなく生誕日を迎え二十八になったが、ほどなくして齢七十を超える宗埜が体調を崩した。

 そうして先月初めて、ダリュスカインは結迦の護衛的な役割でこの集落へ同行することになったのだが──


「兄さん、ええと……カインだっけ?」

 隼斗が、結迦が呼んでいた名を思い出すように呼びかけた。それは、彼が幼い頃の呼称であり、今は結迦のみが口にしている。ダリュスカインは本当に反射的に、「ダリュスカインだ」と訂正していた。

「じゃあ、ダリュスカイン。さっき話した雑貨屋に、結迦と二人で行ってもいいですか?」

 彼は臆面もなく切り出した。ダリュスカインの紅い瞳が、隼斗の天真爛漫な瞳に向く。

「あ、いや。結迦に見せたい品があって」

 ダリュスカインの無言の視線を受け、隼人は言葉を付け足した。

 結迦と同い年の青年は、自分たちより八歳も上の自分を、結迦の何とも思っていないようだ。強いていうなら、護衛というだけか──間違ってはいないが。

 結迦の目が、僅かな戸惑いを浮かべながらダリュスカインを捉えている。

 

<どうしろと言うのだ>


 結迦が、何かあるごとに、それとなく確認のようにダリュスカインの目を見るのはいつものことだ。なのに、ダリュスカインは初めて、無意識に苛立ちを覚えた。しかし、それを態度に出すほど浅はかではない。


「俺は、近くで待っている」

 努めて冷静に、彼は答えた。

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