第二話 少年の夢
本部芥には叶えたい夢があった。そのきっかけになったのは他でもない彼の父親である。
名は本部啓二。彼は真面目で優しい性格の持ち主であり、これ以上にないほど息子の芥を愛していた。
そんなある日、芥が落ち込んだ様子で家にいた。仕事から帰ってきた啓二はそれを不思議に思い、理由を尋ねる。
「芥、どうしたんだ? 何か嫌なことでもあったのか?」
「パパ。ぼくね学校で能力を使っちゃったんだ。それでみんなぼくのことを怖いって言ったり、あっちいけとか言われたり。なんでぼくだけみんなと違うの? どうしてみんなに嫌われるの?」
芥は涙をこぼしながらそう答えた。
そんな息子を目にした啓二は嫌な予感が頭を過った。それは息子の人格形成に今回の出来事が悪影響を及ぼすかもしれないということだった。
息子の特殊な境遇は誰かに理解されることが少ないうえ、異能力者の世間のイメージは悪いものとして浸透していた。
そんな世界で果たして息子は立派に成長できるのだろうか? 最悪の場合犯罪を犯してしまうかもしれない。それだけは阻止しなくてはならない。
そこで啓二はある約束事をする。
「いいや芥、お前は嫌われていない。みんなが怖がっているのはその能力なんだ。他の誰かがそれでたくさんの人を傷つけた。だからみんな能力を嫌う。でもその力には人を助けることもできる。だから芥はみんなを助けるためにその力を使うんだ。約束できるか?」
腫れた目をこすりながら頷く息子を見て安心する。
そしてこの日を境に芥は父親との約束を実行するようになった。
結果的にこの約束は彼の人生に大きな影響を与え、良い方向へ働きかけることとなった。その後の学校生活では親しい友人こそできなかったが、学年内での評判は決して悪くはなく、教師からの信頼も得ていた。
そうして父との約束事はいつしか彼の行動の指針に変わっていき、人を助けて人から感謝されるという成功体験が彼に自信と勇気を与えたのだ。
そして齢15にして彼はある夢を決意する。
その夢こそ異能力者が冷遇されない、健やかに暮らせる世界を手に入れることだったのだ。
そして場面は変わって、本部は月に一度の面談のため市役所に来ていた。
つい先ほど起きたトイレでの一件はあっけなく幕を閉じた。どうやら荒井は俺の話に全く興味がないのか、冷たくあしらいどこかへ消えていった。そして市役所へ向かうため学校を後にし、今に至る。
市役所の自動ドアを通過し、まっすぐ発券機に向かった。
しばらく順番が来るまで携帯でも触りながら待っていると、若い女性職員に呼ばれる。
「こんにちは。面談に行きました、本部です」
「本部芥様ですね。担当の持田先生が部屋でお待ちですよ。すぐに向かってください」
「ありがとうございます」
軽く会釈して、いつもの面談室へ向かった。
面談室の扉をノックし返事を待つ。
「どうぞー」
「失礼します」
扉を開けるとそこには、笑顔で出迎えてくれる持田先生の姿があった。
「一か月ぶりだね。ささ好きなところに座っていいからね」
先生に促されるまま、近くのソファに腰を下ろす。
「持田先生もお久しぶりですね。先生が元気そうで何よりです」
「当然。カウンセラーたるもの自分のメンタルケアは欠かさないよ。それより何か飲む?」
「いつもの紅茶で」
「おっけー」
そういうと先生は茶葉を取り出し、事前に温めていたであろう電気ポットのお湯を湯呑に注ぎテーブルに置いた。実に用意周到である。
「さて、恒例の近況報告でも聞いてみようかな。芥くんは最近変わったことはあった?」
「何も変わらない一か月でしたよ。いつも通り、勉強したり悪い生徒を懲らしめたりしたそんな一か月でした」
「そっか。それなら先生は安心だ。まあ君は一度も面談の約束を破らない真面目な子だし不安なんてこれっぽっちもないけど、これじゃあ面談のしがいがないよー」
「何もないことに越したことないでしょう。それに俺は先生と話すこの時間が好きなので、一か月の楽しみなんですよ」
「私もこの時間は大切にしてるよ。でも芥くんから弱音とか、それこそ相談事とか滅多に聞かないから先生的に自分の中で溜め込んでないか心配になるのよ」
「確かに言われてみれば、そういうことは話してこなかったですね。じゃあ最近困っていることがあるので、先生の意見を聞かせてください」
すると先生はいかにも興味津々とばかりに聞かせてくれと催促する。
そして俺は荒井と御山のことについて話した。
「先生はどうすれば彼の嫌がらせを止めさせられると思いますか?」
「確かに難しい問題だね。私から何かアドバイスするとしたら、芥くんは彼が嫌がらせしたくなくなるように働きかければいいんだ」
「例えばどうやって?」
「もし彼が生徒に嫌がらせをするとします。それを君が何らかの手段で阻止します。阻止する手段は様々だけど、とりあえずそれが彼にとって不快であればあるほど効果的なんだ。そういう条件付けを何回も繰り返すことで、彼は誰かに嫌がらせをすると自分が不快な思いになるから嫌がらせをやめる。理屈としてはこんな感じ」
「なるほど。でもそれを言うなら俺もあいつには同じことをしているはずなんですけど」
「なるほど。もしかしたら彼にとって君の行動はそれほど不快と感じていないのか、あるいはその逆なのかも」
「その逆って…まさか」
「うん。ただの憶測だけど君に会うためにわざと生徒に嫌がらせしているのかも」
「いやいや流石にそれはないですって!」
あまりの衝撃に思わず立ち上がってしまう。
「それになんで俺と会うためにわざわざ人を攻撃するんですか? 仲良くなりたいなら素直に話しかけてくれればいいのに」
「まあそういうことができない不器用な人も中にはいるからね。今の話は別に真に受けなくてもいいけど、少し彼との接し方を変えてみたらどうかな? もしかしたら彼も行動を改めるかもよ?」
「わかりました。一応考えてみます」
そして少し冷めた紅茶を口に運んだ。
それからしばし先生と談笑し、時計は面談の終了時間を指していた。
「今日もありがとうございました。先生に相談してよかったです」
「うん、大変だと思うけど頑張ってね。それから来月の面談で進捗教えてね、先生楽しみにしてるから」
「はい。それじゃ失礼します」
先生は笑顔で手を振り、俺も別れを告げ市役所を後にした。
帰り道の途中、ずっと荒井との接し方について考えていた。
俺と荒井の相性は言うまでもなく最悪だ。荒井が俺を親しい友人として認めないことは分かりきっている。そして俺個人としてはあいつ程ではないにしても友人として付き合う中で相当量の努力が必要になるだろう。
そんな条件の中で何が最適解だろう。やっぱり素直を話しかけることだろうか。
今にして思えば荒井との出会いは、今日のような嫌がらせの現場だった。その時も一方的に咎めるだけだった。碌に対話もせず、ただ力で解決しようとした。そんな俺のエゴが彼の加害行為を増長させてしまったのかもしれない。
なら俺がとるべき行動はただ一つ。今度は面と向かって話し合う。
ようやく考えがまとまると考え事で今まで気づかなかったが、いつの間に帰り道とは違う方向へ歩いていたようだ。
すかさず携帯の地図アプリを立ち上げる。
「あちゃー。家と逆の方に歩いてたのか。通りで見覚えのない場所だと思った」
再び来た道を戻るのかと想像してため息が出る。
仕方ないと踵を返し歩き出そうとした時、路地に向かって走る女子生徒と自分と背丈が同じ男の姿を発見する。
何か胸騒ぎがした。もしやあの女子生徒は男に襲われているのでは。そんな嫌な予感が頭を過り全力疾走で二人の跡を追うことにした。
二人が入ったであろう路地の手前までくると彼らの話し声が聞こえてくる。
「やっと見つけた。来未ずっと探してたんだぜ? なあまた前みたいに一緒に手を組もう。お前だってその体のままじゃ不便だろ」
「いやよ。あなたたちとは手を組まない。だからもう私に関わらないで」
「なんだよつまんねぇの。でもせっかく会えたんだ。あいつらにも顔見せるぐらいはしようぜ? なあ!」
「そう、やる気なのね。じゃあ私も…」
危機を察知し路地の中に身を乗り出した。
「その子から離れろ!」
声に気づいた男はこちらに身体を向け、ばつの悪そうな顔になる。
「ちぇ邪魔が入ったか。これ以上誰かの目に触れられるわけにもいかないし、一度出直すか。じゃあなまた来るよ」
するとその男は路地の闇へと消えていった。
「何だったんだ。それより君、大丈夫か?」
「特に怪我とかはないわ。あいつのこと追っ払ってくれてありがと」
すぐさま帰ろうとする彼女を呼び止める。
「ちょっと待って。あいつまた君のところにくるみたいだけど大丈夫なのか? もしまた襲われでもしたら今度は助けてあげられないかもしれない」
「どうしてあんたがそんなことを心配するのよ。あなたには関係ないことでしょ」
「いいや俺は君を守るのに十分な理由がある。その制服青ヶ峰の子だろ? 俺もそこの生徒だ。それに学校と契約を結んでいる」
「あーあんたが契約入学したって噂の。でも心配いらないわ、何も能力を持っているのはあんただけじゃないのよ?」
彼女の言葉の意味をなんとなく理解した俺はその事実に驚きを隠せなかった。
「それって…まさか」
「そう、私も同じ異能力者」
まさかの二人目の能力者――!?
最後まで読んでくださりありがとうございます。いよいよ次回は戦闘回です! 執筆している僕自身早く戦闘シーンが書きたくてうずうずしていたのでとても楽しみです。読んでくださるみなさんをワクワクさせられるように頑張りたいと思います! それではまた。