ミント
三題噺もどき―にひゃくななじゅうよん。
ガラ―と、閉め切られていた窓を開ける。
同時に、バサ―と、鳥の羽音が聞こえた。
おっと、近くに止まっていたのだろうか。申し訳ないことをしたな。
「……」
日中は暑い日が続く様になってきたとは言え、早朝のこの時間はまだひんやりとしている。
済んだ空気が、肺を満たす。
「……」
まだあまり人が動き出していない時間。
まだ、薄汚いあれやこれやが混じる前の、凛とした空気。
無意識に、すーと深呼吸をする。
「……」
静かに肌を撫で、室内へと入ってくる風。
汚れ切った中身から綺麗にしてやろうと、してくれているようで。
なんだかいい気分だった。
「……」
朝日が昇り始めていて、目に痛い。
ジワリと広がるあの光は、徹夜明けの目には少々毒だ。
パソコンの画面とにらめっこして。見づらい紙にプリントされた文字に目を凝らしながら。
老体に鞭打って……実年齢的には老体という程でもないはずなのだけど。心身ともに老いぼれと化している気がするので、そう言わせてほしい。
本物の御老体の人たちは、さっさと帰るから「老体に鞭打って」とはならなさそうだし。
いの一番に返るしなぁ。
「……」
が、まぁ、若い人たちはそのおかげで帰りやすくていいと言っていたから、いい事なのかもしれない。
そのしわ寄せが、こっちに来ていることは別として。
「……」
風が行き来する室内では、つい先頬までにらめっこしていた紙の資料の束が、ぱたぱたと蠢いている。
さっさと続きをしろと言っているようで、面倒な気分だ。
「……」
今日までに必要な分はほぼ終わらせたし、今から急ぐものでもないから、少しは休ませてほしいものだ。
「……」
あーしっかし。
ここ最近常に寝不足状態なのは、そろそろどうにかしたいなぁ。
実は、社内に残ることが許されていないから、かえって仕事をして。徹夜をして。次の日の朝早くに出勤して、会社でしかできない残りの作業を済ませて。それが終われば別の作業も進めて。新しい子達の面倒も任されているので、それも見つつ……。とかしていると、当然のようにサービス残業状態だ。
他の人にでも回してほしいのだが……「できるだろう?」という謎の信頼を寄せてもらっていて。その上、断ることも出来ない性分なのがよくない。
「……」
こうやって、最終的には自分でどうにかしてしまうからよくないんだろうか。
他の人にでも頼ってしまえば、限界だと言うことに気づいてもらえるのだろうか。
「……」
しかしなぁ、正直言うと。
頼るよりは、自分で回してしまった方が楽なのは確かだから。こう、頼む気にもなれないんだよなぁ。他に頼ると、ミスがあった場合の対処とか、変更があったときの対処とか、その他諸々の対処が、面倒だなぁと思ってしまって、いけない。
「……」
しかし、一応自分も人間ではあるので。
そういうことをやり遂げはしても、まぁ色々と溜まるものはあって。
「……ん」
その溜まったものを少しでも紛らわすために、それと休憩も兼ねて……とおもい、ポケットをさぐったが、いつもあるものがそこになかった。
「……」
……そういえば、禁煙をしていたのだった。
いやなに、特別な理由はないが。
少々健康面で、正真正銘の老体になっていたので、気を付けようと思ったまでだ。
「……」
代わりにと、別のポケットに1つの飴を入れていたのを思い出す。
ミント味のノド飴だ。
よくアニメとか漫画では、棒キャンディーを咥えていたりするのを見るが、どうもあれは味が甘くて無理だった。そういう理由で、その他のフルーツ系の飴も無理。コーヒーとかキャラメル系も試してはみたが、難しかった。
で、最終的にノド飴に落ち着いたのだ。
まぁ、もっといいものはあるんだろうが、今はこれでいいかなという感じで。
「……」
ピッ―と、袋を破り、そのまま口に放り込む。
ミントの香りが、疲労で熱くなった脳を冷やしてくれているようで、これもまた気分が良い。
空気が上手く吸えるような気もするし。
やはり、ミント味のノド飴っていいモノだな。
「……」
ころころと、口の中で、それと遊びながら。
ぼぅと、外を眺める。
遠くで電車の音が鳴っているのが聞こえた。
あぁ、もうそんな時間か。
「……」
あと何時間かしたら、他の社員が来る頃だろう。
それまでに少しだけ今日の業務を進めておこう。
今日くらいは、早めに家に帰してほしいものだが。
お題:紙・のど飴・鳥