幼馴染と映画デートで俺は。
「明日暇でしょ? 映画観に行こうよ。朝八時ね」
「はいはい、俺の返事は聞かないのね」
上着のポケットから映画のチケットが二枚。
得意気な顔でVの字に広げてみせた。
昔流行った映画のリバイバル上映で、タイトルは『ローマの休日返上』。
「行かないわけないよね? 暇だもんね?」
「いやいや暇でも行くかどうかは別問題でしょーが」
「あ、そう。なら明日の朝まで予定が入らなければ行く事で決定!」
「今の話を聞いてましたかね、君」
鬼の首を取ったかの様に、彼女は八重歯を見せて笑い、そして駆け出した。
「じゃ、そういう事で」
「予定、絶対入れておきますからねー」
それでもなお、彼女は俺の暇を確信しているのか、柔らかい笑顔で振り向き、手を振ってくれた。
「幼馴染みからの誘いを断る奴は、漏れなく死刑で良いと思うんですがね、裁判長」
「主文、被告をモヒカンにする。以上!」
「やめぇ!」
クラスに入るなり友人二人にとっ捕まり、あえなく御用となった。
「今のご時世に幼馴染みとか……!」
「俺ならもうセだね! セッ!」
「指をこう卑猥な形にするな」
友人の卑猥指をへし折る。
「あ゛っ!! 保健室! 美人の保健室の先生に診て貰う! ついでにセッ!」
「ずるいぞ俺のもへし折れ!!」
ついでにへし折り、静かになった所で席に着いた。
さて、どう予定を入れたものか……。
「なんも予定無かった……」
夜、俺はベッドの中で自らの暇さ加減を嘆いた。
仕方ないというか、そもそも活動的でも無いし、先週も暇だったし。
だが、こんな俺にも秘密兵器がある。
「そう! 何を隠そう俺は、フォロワー1万人越えの有名人なのだ……!! ……なのだ……なのだ……」
一人エコーを存分に利かし、SNSを開いた。
ちょっと前にアップした猫画像がバズったお陰で俺も一躍有名人。いやあ、人生って分からないもんだねぇ。
と、SNSに不思議な通知が来ていた。
──明日の映画デート頑張って下さい
「……え?」
何故か書き込んだ覚えの無い、明日の事があった。
しかも通知は250件。
履歴を追うと、それは今朝書き込まれた物だった。
ちょっと気味が悪くなったが、きっと友人二人によるいたずらだろうと思うことにした。
映画が終わり、何気なくスマホを覗くと、SNSの通知が500件を超えていた。
──映画デート羨ましいです。
──リア充死ね!
またもや身に覚えの無い通知に首をかしげたが、俺の投稿履歴に映画館と薄暗い館内の写真があったので、すぐにそれが本物だと分かった。
「……」
しかもよく見れば自分の来ているズボンの色がチラリと写っていて、角度的に隣の人物が撮った様な感じになっていた。
となると犯人は一人しか居ない。
「──これから可愛い彼女とカフェデート、と……」
「何してますの?」
「おわぁっ!!」
影でコソコソとスマホをいじっている所に声をかけると、彼女は酷く驚いた。チラリと見えた画面には俺のSNSのアイコンが写っていた。犯人はコイツだ。
「自分の知らないウチに何やら投稿されていると思ったら、犯人はお前さんでしたか」
「……てへっ♪」
アカウントを乗っ取って何になるのか不明だが、彼女は何食わぬ顔でまたもや何かを投稿した。
──今日、彼女に告白します!!
「…………」
呆れて言葉も出ない。
──タワマンの最上階で告白します!
「しないってば」
──フラれたらタワマンの最上階で服脱ぎます!!
「やめなさいってば」
──安心してください、履いてます!
「ほんとにやめて?」
なんやかやと、いつの間にか夜になっていた。
歩きながら遠くに見える夜景が綺麗だった。
「どしたの、急に止まったりして……」
ガードレールに手を付いて、ちょっとノスタルジックな気分に浸ってみる。
「あ、夜景が……」
彼女は同じ景色を眺め、そしてすぐに恥ずかしそうに一歩引いた。
「まさかココで!?」
「…………」
俺は黙ってスマホを取り出し、文字を入れた。
──今から告白します。
投稿ボタンを押すにはかなりの勇気が必要だったが、最後は自分の意思でその想いを伝えた。
「好きです……いや、好きでした」
「知ってる……いや、知ってた」
彼女もスマホを取り出し、凄い勢いで何か文字を打ち始めた。
──五兆億カラットのダイヤで告白成功しました!!
「ひっど」
「にひひ」
──彼女も自分の事がずっと好きだったらしく、晴れて両想いになれました!!
「えっ、そうなの……?」
「少しでも浮気したら、五兆億カラットのダイヤで殴るから覚悟してよ?」
彼女は笑いながら、俺の手を引いて歩き始めた。
──まったく、彼女の裏垢見つけて、捨て垢でフォローして。
趣味のラクロスの話に食い付いたふりで。
だんだんと打ち解けていって。
「幼馴染カップルって、良いよね?」
ソレをコッソリ忍ばして。
いかに幼馴染カップルが結婚してるのか、なんてデータ語ったりして。
「デートの定石は、映画だって」
投稿ボタン押すだけの、誘導。
何もなくて暇だったから、出来たことだった。
──ラクロス女子は、ソッコーってマジだったなぁ。
ぐいぐい引っ張る彼女のもう片手が、俺のフォロワーの、女子アカっぽいのをどんどんブロックする。
「ねぇ? 幼馴染カップル誕生だね?」
彼女がどんどん、さっき見た夜景の、ネオンの怪しげな道を進む。
──結婚式は、五兆億カラットのダイヤみたいな、ケーキ入刀しよう。
SNSは祝福と呪いの言葉で燃えていて、スマホの通知が止まらない中、俺の妄想は未来へと加速していった。
大変勉強になりました!
しいたけ様、ありがとうございました!!