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5 試合開始

 二人は十メートルほど離れ、相対して正座した。

 新陰流に防具は無く、両人とも稽古着のままで試合をするのだ。


 竹刀を前に縦に置くと、伸ばした親指と輪にした人差し指を床に付ける形で礼をした。そして右手から竹刀を取り上げ、左手を付けてゆっくりと右足から立ち上がった。


 高田が鋭い目で林太郎を睨む。


 お互い、まだ竹刀を前に両手で持って垂らしている。新陰流の『無形の位』という自然体だ。この構えから縦横無尽な構えに入って行く。


 片や、あいつは悠然と高田を見ていた。


 目は高田の後ろのもっと遠くを眺めている様だった。

 筋肉質の高田は自然体になっていても、どこか猪首でいきんだ様な感じである。対して、華奢に見える林太郎は静かに仏像の様に佇んでいる。


 お互い動かず、どう攻めるか考えている様だ。

 最初に高田の竹刀が上に上がり、高い上段となった。

 すると林太郎の竹刀もすると持ち上がり、同じく高い上段を取る。ごくと生唾を呑む音がまわりでする。


(上段に上段!・・・あいつが前に教えてくれた合撃がっし打ちの戦いか!)


 合撃打ちとは、お互い雷刀(上段)から殆ど同時に打ち合う技である。『殆ど』と言ったのは、敵に先に打ち出させて、遅れて打ち出し、勝つ、という信じられない技なのだ。


 俺は最初、林太郎から聞いた時、耳を疑った。

「え・・・遅れて打ち出した方が勝てるのかい?」

「うん、新陰流の極意の一つなんだ。打ち出させる前に勝っているという事なんだ。『先々の先の位』っていうんだ」

「?・・・?」

 俺には分けが分からなかった。


「兵法では後手必勝が普通なんだ。相手の出方によって対処の仕方を変えることが出来るから。孫子にあるだろ。『奇は無形なり』って」

 あいつはコーヒーを啜りながら、くすくす笑って話していた。古武道の神髄を聞こうとする俺を、けむに巻くのが楽しいのだ。

「双方とも合撃を狙ってたらどうするんだよ?」

「ああ、そこは難しいね。稽古では、教える人が先に撃ってくれるけど、真剣で戦う時にはそんな決まりはないよね」


 俺は一本取ったと思って、得意になって聞いた。

「そりゃ、そうだろう!どうするんだ、そんな時?」

「お互い、牽制して相手を打ち出させようとするだろうな。でも虚を突いて正確に早く打ち出せば、合撃させないで勝つ事も出来る」

「つまり・・・」

「相手にすきを作らせるか、誘い出した方が勝つのさ」

「一方的に攻めて一本勝ちってのはないのかい?」

「それは必ず相手を殺す事になるだろう?それを新陰流では『殺人刀せつにんとう』と言うんだ。相手を先に動かすのは、彼に戦いを思いとどまらせる時間を与えるって意味がある。それを『活人剣かつにんけん』と言うのさ。新陰流は活人剣を重んじるんだ」


 俺には、林太郎が敢えて言わない事が、この試合を見ていて分かった。

 あくまでも、冷静に瞬時の判断を行う事が剣の戦いの勝負を決めるという事を。

 そして、それを生死の境で行う『勇気』が新陰流の本当の極意だということを。


 『生きたい』という望みさえも全て捨て去る『勇気』とは・・・人間が本当にそのようなものを持てるのだろうか?


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