3話
「この数・・・」
冷や汗を流すグリウス
「間違いない。100はいる」
「・・・」
後方を見つめるレオル
腹は括ったが、正直自信は無い。
それより・・・なるべく遠くへ逃げてくれよ。
「グリウス」
「はい」
「お前も行け」
「ですが・・・」
「頼む」
「・・・分かりました」
しぶしぶ歩くグリウスを横目にため息をつくレオル
許せ・・・
少しでも皆の生存率を上げなければならない。
「・・・冷静に願いますね」
そんな信用無い?
まぁ、あの頃の自分を考えれば・・・
!!
「悪いな。今回、全員がターゲットらしいんで」
聞き覚えの無い第三者の声
グリウスは突然現れた金髪の男性に剣を突きつけられていた
なっ!? いつの間に!?
この男、たしか“あの男”の部下の・・・
「よう、大将」
「・・・くっ」
また新たに、今度は無精髭の生えた黒髪の男性が姿を現す
帝国騎士団、第一部隊の隊長。
その名もギルバート
俺は奴を知っている
「初めまして、かな? 帝国騎士団、第一部隊隊長、ギルバートだ」
顔をしかめるグリウス
「へぇ。わざわざ俺なんかのために隊長様が出向いてくるなんて・・・今回はどのような件で?」
レオルはギルバートの胸あたりに目をやる
伝説のペガサスを模った紋章・・・帝国騎士団の【聖クラス】を示す。
戦闘じゃ最前線を任されるエリート。奴の強さは本物・・・
前世で何度か対峙したが、すべて防御一択のままやむを得ず逃走を繰り返すだけ。
勝利と呼べた戦闘など一度も・・・
(良かった。ここを離れた仲間には気付いて無いみたいだ・・・)
安堵するグリウスに、心の内を読んだかのようにギルバートはニヤついた
「まず色々と聞きたいんだけどね・・・お仲間は1人?」
「・・・あぁ」
「なるほど。闇討ちね・・・」
「な、何?」
「たくさんいるじゃん」
「!!?」
ジェイとその他数人の亜人は陰で目を見開いた
「気付いてないとでも?」
あんの馬鹿・・・!
「隊長。亜人って芝居うつんすね。おーこわっ」
「・・・」
しばらく無言でレオルの反応を見つめていたギルバート
その様子を見た金髪の騎士、リックは首を傾げた
「どうやら、この茶番には別の意図があったみたいだな」
「え?」
「まぁ、そんなことはいい」
帝国騎士団の部隊長から突然放たれるオーラにグリウスは息を呑む
「今日はおしゃべりしに来た訳じゃない」
「みたいだな。聞こう」
「・・・」
違和感に目を片目を細めるギルバート
(なんだ、コイツ。まるで俺が何を言うか知ってるような落ち着きだ)
ここだ
この後のコイツの発言で俺は理性を失い、拳に力を入れた・・・
俺たちの負の連鎖の始まりが・・・
「えー、お前たちが西の集落を襲った集団として認定された」
目を見開くグリウス
「ば、馬鹿な」
「正直に言ったほうがいいぞ?抵抗なく同行すれば罪を軽く、と、頼んでやらんことも無いが?」
「・・・」
「今までは形だけでも調査をしてきただろう!何故今回はいつにも増して決めつけてくるのだ!?」
「形だけ・・・ね。まぁ聞けトカゲさん。証拠ならある」
「な、何っ?」
「今正直に言えばそこの長の首ひとつで引き上げてやるぞ」
(これは・・・まずい!)
「キング!これは仕掛けてます!聞いちゃいけない!」
「ほら、あきらめてその首差し出せ。その・・・」
より一層真剣な表情を見せるレオルとギルバート
「何も詰まってない軽い頭。存在価値の無い頭を・・・な」
言いやがった
と、言わんばかりに顔をしかめるグリウス
恐る恐るレオルの顔を見たグリウスは、予想外の表情に思考を停止させた
ギルバートの隣でため息をつく金髪の騎士
(亜人共が元凶なら、あれだけ人を殺めておいてあいつの首ひとつで済むわけがない。強引な誘導だ。まぁ、奴らが襲ってきたとしても隊長1人で・・・)
「リック」
「隊長?」
「構えろ。来るぞ」
(この目・・・本気っすね)
“やっと・・・人間に手を出したか”
ギルバートの言葉を思い出し、「はっ」とするリック
(あー、この騎士たちの数も挑発的態度も・・・なるほど)
真剣な表情を見せるギルバート
(さぁ、手を出してこい。白銀獅子さん)
レオルは下げていた視線を、ギルバートの怪しい笑顔へと向ける
不思議だ
分かっている出来事といえ、こんなにも俺は冷静にいられるなんて・・・
(なんだ?この、怖いくらいに穏やかな目は・・・)
「そう。お前の言う通り。俺の首は仲間の命と比較するに値しないほど軽いモノだ」
「なっ」
「キン・・・グ?」
「挑発は無駄だ。お前には勝てん。真剣に話さないか?」
ピクっ、と眉を動かすギルバート
「理不尽に蹂躙してこなかったのは、帝国にも太陽神の教えがあるからだろう」
「・・・」
「いかなる生物でも理由無き殺生は禁ずる。騎士は太陽神の教えを大事にするからな」
「・・・」
「俺の目を見て答えろ。これは、確たる理由があっての決定か?それとも、単なる処遇か」
「・・・」
「犯人が俺たちでないという弁明を聞いてから、結論を出してはくれないか」
ギルバートは表情を変えず、じっとレオルの顔を見つめ・・・
小さな声で笑った
「なんだあいつ?」
「何故、太陽神の教えを・・・?」
ギルバートは部下のざわめきを手の合図で沈める
「はっ・・・おもしろい」
「隊長・・・?」
「今までは鬼の表情で“やってない”の一点張りだったらしいが、今見せた冷静な返しは報告書にひとつも無い。何故いきなりそんな態度を示したか興味があるな」
前世?でコイツと何度か剣を交わして判明したことだが、この男は亜人を相当憎んでいる
その理由までは分からなかったが・・・
ひとつだけ自信を持って言える
この男は純粋に人の道から外れた行動は出来ない。
だが、そんな奴が戦闘を誘い、俺たちを殲滅しようとした。
いや、戦闘になるよう望んでいたようにも思えた。
一体何が?
だが、結局のところ彼の人物像はあくまで予想でしかない。
危機的状況は変わらん。
ふむ
まぁ、とりあえずやるべきことは・・・
「どう弁明してくれる?」
「・・・」
「銀獅子、答えろ」
「俺はその事件について詳細を一切知らない」
「・・・」
「現地に行かせてくれ。そこで俺も調査する。犯人探しに協力し、襲ったのが俺たちでは無いことを証明する」
空気が変わる一帯
顔を歪めながら髪を掻くギルバート
(おいおい・・・“すぐに激昂し、自身を見失う”だと? 誰の報告書か知らんが、どう観察してそのまとめに至ったのか問い詰めたい)
「心配なら拘束しても構わん」
「・・・」
(【無実の自信】、【企み】・・・どちらの意味としても取れるが)
ゆっくりと前に出るレオル
そしてギルバートの部下は慌てて武器を構え、レオルを囲んだ
「拘束の種類は任せる。調査を許可してくれたら、の話であるが」
「・・・許可しないなら?」
「さぁ。他の助かる選択肢はくれるのか?」
一瞬
時間で言えば人が瞬きをする、わずかな時間。
ギルバートはレオルの首元に剣を突きつけていた。
そして、動じないレオルの表情に眉を動かす
(コイツ・・・)
「・・・」
「っ!」
ギルバートは何者かに背後を取られたことに気づき、硬直した
「動かないで。剣を捨てて」
ギルバートの首筋に突きつけられた一本の短刀がギラリと光る。
その短刀の先に映る影の正体
「その方を殺されたら困る」
「ダークエルフ・・・!?」
レオルと同色に近い銀髪、褐色肌、長耳・・・
【ダークエルフ】の子供が姿を現した
「なっ・・!」
そうか・・・お前も生きているのか
ルカ
この子も、俺が実質殺した仲間の1人
道具として扱い・・・死に追いやった
あの子は俺の命令で・・・
命令で?
「ぐっ!!」
くそっ、頭が・・・
「主様・・・?」
頭を押さえ、膝をつくレオル
それを見てダークエルフの子供は動揺し、ギルバートはその瞬間を逃さなかった
「うっっ!」
「俺の背後を取るとはやるな、小僧」
背負い投げし、奪った短刀をそのままルカの喉へと押し付けるギルバート
「ルカっっっ!!」
飛び出したレオルはギルバートの部下たちによって、地面へと押さえつけられた
ルカと呼ばれた子供は、レオルの呼び声にボーっと、放心状態になる
「る・・・か?」
レオルを睨むギルバート
「台無しだな、銀獅子。これはいい作戦だったぞ」
「ち、違う!その子は俺のために!」
「どっちにしろ騎士に刃を向けた。重罪だ」
押し込まれる短刀
褐色の細い首から血が浮き出てくる
「か、はっ」
待て・・・
待ってくれ
また、皆に会えたんだ
もう仲間を死なせるのか?
今度は誰も死なせない
そう、思ったんじゃないのか・・・!?
「やめろぉお!!!!!!!」
雄叫びと共に吹き飛ぶ帝国騎士団員達
「!!!!?」
ギルバートは全力で回避行動を取り、雑な着地を強いられた。
そして何かに気付いたよう、身体のあちこちを触り始める。
(・・・今、なぜ俺は五体満足でいられたことに疑問を抱いている?)
「はぁ・・・はぁ」
(確かに見た。奴の・・・熱く、火山のように・・・それが爆発的に噴き出して周辺全体を覆うような・・・何かを)
「ひ、ひぃー!」
後退りする兵士を横目に舌打ちするレオル
マズい・・・!
敵意を放ってしまった!
しかし今の感覚は・・・
「主様・・・?」
「っ! 来い、ルカ!」
レオルの方へ駆けるルカ
レオルの腕に抱えられたルカは目を見開き、ある記憶を脳裏に浮かべた
-------------
“気安く近づくな”
-------------
「・・・」
「グリウス!このまま仲間を連れて逃げろ!俺が全力で止める!」
「し、しかし!」
「ジェイ!!お前も聞こえたな!?」
「・・・!」
「主様」
「何だ!?」
「危ないですよ?」
「何がだ!?」
「私の能力は・・・危険。知ってるはず」
はっ、と俯くルカへ視線を送る
そういえば、俺はこの子に・・・
「そこまでだ」
帝国兵に囲まれたグリウスが目に入り、顔をしかめるレオル
「さて、どうしたもんか」
レオルへと歩み寄るギルバート
「・・・」
「そいつは?」
「俺の・・・仲間だ」
ルカは不思議そうにレオルを見上げた
それを見て、レオルはとある出来事が映像として脳裏に浮かぶ
-------------
“え?キング、連れて行くんですかい?”
“コイツは秘めた能力を持つ。役に立つ”
“でも、きっぱりとこいつのツレを見捨てたんですよ?ほら、今でも睨んでる。言葉が分からずとも旦那がツレに何をしたか理解してる感じが・・・”
“わかってる”
“物好きですね・・・こんなのを仲間になんて”
“仲間じゃない、道具だ。そう思えば・・・いつでも切り捨てれるさ”
-------------
この子には、わざと突き放すよう、きつく当たっていた
勝手な理由で・・・
その“理由”を伝えることなく、俺は・・・
この子を殺してしまった
ルカの頭を撫でるレオル
「・・・!?」
仲間
俺が放ったその言葉と、今の行動に対して困惑しているはず
「今の反応、本当に予想外の介入らしいが・・・」
「・・・」
「どうする?この状況」
「・・・」
「先ほどの言葉は嘘か?」
「違う・・・」
ギルバートは部下に拘束を指示し、剣を拾って構える
2人は再び拘束され、地面へと叩きつけられた
「なら不始末を起こしたそのダークエルフの命だけ頂こう」
「なっ」
ダークエルフの子供は何故かこの状況で不適な笑みを浮かべた。
そして・・・ギルバートでも、後方の騎士達でもなく、森の茂みへ向けて足先に力を込める。
それは、“逃走”を目論んだ力の込め方だった。
しかし、その笑みも目論みも、レオルの言葉によって消えることとなる。
「俺の腕一本で勘弁してくれないか?」
目を見開くギルバートと幼いダークエルフ
「俺にはしなければいけないことがある。仲間も殺されたく無い。無茶苦茶を言っているのは理解しているつもりだが、これしか思いつかないのだ・・・」
「・・・はっ」
「頼む」
「笑わせるな。この件がお前の腕一本で済むくらい、その腕に価値があると?」
「ぐっ・・・」
冷や汗をかくダークエルフの子供
(嘘だ・・・)
「ま、いいだろう」
「っ」
「だが、利き腕をもらうぞ」
「構わない」
まだ道は繋がっている・・・はず
だから・・・簡単な答えだ
目つきを変えるルカが視界に入る
何かの作戦だと思っているのだろう。
目を見て何かを訴えているように見えたため、レオルは静かに首を横に振った
“力では何も解決しない”
はっ、としたレオルは過去の自分のせいで、その言葉が口に出来ないことに気付く
今更この子にこんなことを言う資格はない
(嘘だ。何かある。絶対、何かあるはずだ)
「すまなかった・・・」
「・・・!?」
目を見開くルカと呼ばれる少女
ずっと言いたかったこの言葉
今なら何のためらいもなく口にできる
「何があってもお前を死なせない」
「?・・・???」
「さ、跪いて腕を出せ」
「分かった」
「待って下さい。どこまで冗談を重ねれば・・・!」
「・・・」
(罠か?いや、あのダークエルフは明らかに困惑している。それより・・・この状況で変わらず真っ直ぐな目を・・・気に入らんな)
ギルバートはゆっくりと構え、呼吸を整えた
「信じるぞ、ギルバート」
「・・・」
「キング!!くそっ!」
「そんなっ!待って!」
(さぁ、その化けの皮を剥いでやる。来いっ)
右腕に刀が入り、宙に舞う鮮血
誰もが口を閉ざし、短い静寂が訪れる
「・・・・・・・・・え?」
目の前の光景に困惑するルカ
ギルバートは剣の向きを変え、レオルの喉元へと突きつけ、先程と似たような場面が再び訪れていた
「話が違うぞ。そこを切ればさすがに死ぬ」
「黙れ。何故・・・来ない?」
白銀の獣毛が真っ赤に染まった右腕
だが刀身は骨まで到達しておらず、その腕はレオルから切り離されることはなかった
「お前が言ったのだろう。腕を出せば仲間の非を不問にしてくれると」
「・・・ははっ」
「?」
「笑えねぇ・・・」
(これではどちらが騎士か分からんな・・・)
「お前を・・・試した。ここまでして相手を傷つけず、仲間を守ろうとするその姿勢。本当に集落を襲ってないんだな?」
「隊長?」
「いや、そうだが・・・お前と闘っても俺たちに勝ち目はない。こうするしか無かった」
「理不尽に殺されても?」
「お前はそんなことしないさ」
「・・・」
「そ、そう感じただけで深い意味は無い」
「へっ、ざまぁ」
「おいおい、今日はやけに大人しいな」
「なんだよ、隊長の前じゃただの腰抜けじゃねーか」
後ろでつぶやく兵士たち
それを見て金髪の騎士団員が兵士達を睨む。
睨まれた兵士たちは、何故睨まれたのか理解出来ず首を傾げるのだった。
(脳が全力で『逃走』を命令した“あれ”は・・・なんだったのか)
額の汗をさりげなく拭うギルバート
「分かってるな?もし、無罪の確証が得られない場合は」
「・・・?」
「容疑が再びお前たちに戻るだけだと・・・」
「・・・!」
さりげなく微笑むレオル
戻る“だけ“・・・か
部下へ、ルカの解放を促すギルバート
「感謝・・・する」
「はっ。その返しはおかしいだろ」
「そうだな」
「勘違いするな。俺はまだお前を疑っている」
「・・・ありがとう。話を聞いてくれて」
「・・・」
レオルは安堵する様子を隠し、あとは任せた、との意味を込めた合図をグリウスへ送る
「理解・・・出来ない。もう一度直接・・・!」
「よせっ!ここで下手をすればキングの想いを踏みにじるぞ」
「しかし!」
グリウスの表情に言葉が詰まるルカ
「思うことは分かる。私も疑問しか出てこない。同じさ。だが今は耐えてほしい」
「・・・」
(違う。私が言いたいのは・・・)
そして肩の力が抜け、先程のレオルの言葉を思い出す
「グリウス様」
「ん?」
「ルカとは・・・私のことですか?」
ルカと叫んでいたレオルの映像を思い出すグリウス
(どう答える?この子には・・・名前が無いはず。あれは名前だったのか?)
「おそらく、な」
「・・・」
(むぅ。肯定・・・するような返しをしてしまった。キング、すみません)
レオルの背中を見つめるルカ
その目は・・・
自分の主を守れなかった悔しさでは無く
何故、ルカという名があるのかという疑問の目だった
睨みに近い目で・・・
馬車の荷台に乗せられ、その場を後にするレオル
これで上手くいったのだろうか
この後、別の部隊がグリウスたちを襲わないよな?
コイツを信じていいんだよな?
後ろで拘束された両手、震える両ひざ
レオルは戦闘を避けられたことに対し安堵の息を漏らした
まだ安心するには早い
俺はこの状況から脱し、これから不幸になる奴らを救わなければ・・・
ギルバート
帝国騎士団、聖級 第一部隊、隊長
32歳 180cm、81kg
黒髪
リック
帝国騎士団、ゴールド級 ギルバートの部下
27歳 171cm 65kg
金髪
ルカ
ダークエルフ
12歳 150cm 38kg
銀髪、褐色