番外編 ムーンの後悔
(失敗だった……)
王都への帰路について僅か半日で、ムーンは強い後悔の念に駆られていた。
一日の移動を終えた今、皆は簡易天幕の下で夕食を摂っているが、それにも手を付けず、踞る。
(皆の言葉に踊らされたとはいえ、余りにも浅慮であった……)
ちらりと夕食の中身を見て、溜息をつく。
(あれほど張り切る必要は、無かったのだ。おそらく、あと二、三日遅れたとしても、なんら問題にはならなかった筈だ。なのに、なぜ我は……)
ムーンは横穴を掘り始めた時を、思い返していた。
ガッ、バン、ガシッ、ドン!
勢いよく掘り進めていくムーンを見て、
「すごいじゃないか、ムーン」
「さすがは神獣様だ!」
皆が口々に誉めるものだから、つい調子に乗って、穴を掘り進めていったのだ。その後も、毎日誉められるので、それに呼応するように掘り進めた。当然ながら、作業はどんどん前倒しに進んで行き、その結果、横穴は予定よりもずっと早くに完成した。
その為、早々に王都に戻る運びとなったのだが、まさかそれがこの様な事態になるとは、ムーンは想像していなかった。
食堂のおばさん達や、バートを含む護衛役の魔術師達は、楽しげに食事をしているし、トゥルーは自分の器の中身を、きれいに平らげている。それを見ながら、幾つ目か判らない溜め息をついた。
(我だけか。現状を憂いてるのは……)
ムーンはいつしか、過ぎ去った日々に思いを馳せていた。それは余りにも輝きに満ちた、幸せな日々だった。なにせ、昼、夜の食事の度に、器にたっぷりと好物のブッシュカウルの肉が盛られていたのだから。
(なのに、今はどうだ……)
マジックボックス持ちは戦に必要な為、同行出来ないので、移動中の食事は色々と制限がある事は、ムーンも判っている。
それでも夕食では、少しは出るだろうと思っていたのだ。
しかし出てきたのは、干し肉と野菜の煮込みだった。
ムーンの落胆は大きく、それはすぐに後悔となった。
せっかく作ってくれた物に、文句を言ってはいけないと思いならも、ついつい、大きな肉を出されていた時を思い出してしまい、ため息がでるのだ。
「ハフーン……」
「なんだか、ムーンの元気がないねぇ」
移動二日目を過ぎると、おばさん達もムーンを心配し始めた。
「運動不足じゃないかい。馬車の中は狭いし、あまり動けないから」
「なら夕食後にでも運動出来るよう、魔術師さん達にお願いしてみるかね」
おばさん達の会話を聞いていたトゥルーは、ムーンの不調の原因が判っていたが、あえて何も言わずにいた。
本来、神獣は食事を摂る必要はない。それなのに、神獣であるムーンが、食事に肉が出ない事に拗ねているなどと、さすがに言いづらかったのだ。
その為、いくら運動時間を作ったところで、ムーンの元気は戻るはずもなく、結局そのまま王都へと戻る事になった。
勝利の知らせが届き、国中が祝勝に湧いて少しした頃、各地からムーン宛に、いろいろな品が届くようになった。
ムーンの活躍を知った者達が、送ってきたのだ。果物の入った樽や、塩漬けの魚の他、酒等もあったが、一番多かったのはブッシュカウルの肉だった。
魔術師達と協力して横穴を掘った話と共に、ムーンの好物として、広く知れ渡っていたからだ。
積み上げられた肉を前に、ムーンは歓喜に震えていた。口に溜まった、タップリの涎をゴクリと飲み込む。
横ではトゥルーが黄色い果物を樽から取り出しては、食堂のおばさん達に渡している。
(一度に食べるには些か量が多いが、三、四日に分ければ問題なかろう。何より食べずに置いておけば、これも皆に分けられてしまうかもしれない。いや、我は聖獣で、そんなさもしい考えをしてはいけない!だが……)
「こんなに沢山、どうしようかね。食堂の貯蔵庫には、入りきれないよ」
「いくら凍らしてあっても、外に置いとけば、すぐに溶けて傷むしねぇ」
おばさん達も、肉の扱いに頭を悩ませているようだ。皆で分けるという案が出る前にと、ムーンが焦る。
「いや、我はこれくらい、三、四日もあれば、食べきることが……」
その時、ムーンやトゥルーと仲の良い、魔術師のバートが解決案を出してくれた。
「大丈夫ですよ。軍の貯蔵庫に少し空きがあるから、そこに入れておきましょう。氷魔法の得意な者が管理しているので、この状態で保存出来るし。なに、少しばかり肉を分けてやれば、喜んで置かせてくれますよ」
ムーンは『肉を分ける』という言葉に、少々引っかかりはしたものの、その提案を受け入れることにした。
バートが「この後も、肉は贈られてくるだろうから」と、言ったからだ。そして一日に食べる量を、ムーンの要望のままに決めたのだった。
実際、翌日も、その翌日にも肉は届けられ、保管庫へと運ばれて行った。しかし日が経つに連れ、徐々に届く量も回数も減っていき、合同葬儀が終わる頃には、全く届かなくなっていた。
だが、その事を誰もムーンには伝えないまま、葬儀から十日後、遂に最後の日が訪れた。
「これが贈られた肉の、最後の塊だよ」
食堂のおばさんが、炙り肉を出しながら言った言葉に、ムーンは愕然とする。
「あれ程あった肉が、もう無い?」
「そりゃあ毎日、この量を食べてたからねぇ。最近は、贈り物も無かったし」
『毎日、この量、毎日、この量、毎日、この量……』
おばさんの言葉が、頭の中で繰り返される。最後の晩餐を前にして、ムーンは再び後悔していた。
(なぜもう少し、小さな塊にするよう、言わなかったのだろ。そう、せめてあと二口分だけでも小さな塊にしておけば、まだ数日は楽しめただろうに……)
串焼き、鉄板焼き、炙り焼きに煮込み。幸せだった日々に、思いを馳せる。
(今更、後悔しても遅いか……)
しょんぼりしながらも、好物にかぶりつく。口中に広がる肉の旨味と肉汁が、素晴らしく美味い。
(半分、明日に残しておこうか……)
そう思いながらも、気がつけは全部を食べ切ったばかりか、皿まで舐めていた。
(あっ、しまった!)
空の器を前にして、ムーンは何度目か判らない後悔したのだった。
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次作の投稿は5月4日午前6時を予定しています。
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