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八十六話

 ペルギニの騎馬団が上陸を果たした際、彼等を城まで手引する為に、港で商人のふりをしながら潜んでいた男達は、この数日の間、物資を積んだ船だけでも受け入れるべきだと、周りを説得し続けてきた。

 (しか)し王女からの命令は絶対だと、頑として聞き入れて貰えないまま、今、男達は五隻の船が燃え落ちて行くのを見ていた。


 沖に停泊してからは、港からの攻撃は行われていない。そもそも、この地にある小型の投石機では、あの場所までは届かないのだ。

 その為、港の警備兵や荷役労働者達も、まさかの火災に驚いていた。港を封鎖していても救助は別なのか、何艘もの小舟が、沖へと向っている。しかし、その進みは遅く、その上海に飛び込んだ者達は、何故か小舟とは逆方向へと泳いでいるのが、確認出来た。


(何かが、起きている。それもペルギニにとって、非常に拙い事が……)


 悪い予感に急かされる様に、男達はその場を静かに離れると、騎馬兵団五千の全滅を知らせるべく、ペルギニ王国へと馬車を走らせた。



 **



「姫様、一旦戻りませぬか。色々と報告もありもすゆえ」 


 周王の炎に、華王が乾燥させた『しびれ茸』と『紅天狗茸』を焚べた結果、多くの兵士が幻覚に惑わされて海へと飛び込み、命を落としていた。

 その様子を眺めていた香菜姫に、周王が声をかけると、華王も首を捻り、背上の主を見上げる。


「じき、陽も暮れもす」


「それも、そうじゃの。暗うなれば、それ程動きはあるまい。腹も空いたし、戻るか」


(この様な時でも、腹は減るのじゃな)


 朝から起きた様々な事を思い起こし、沈み込むような喪失感を抱えたまま、姫達はフェンリルの森へと向きを変えた。


 本陣へと戻った香菜姫は、ウィリアムに今日の事を軽く伝えると、専用の天幕へと向かった。中には既に小麦まんじゅうと汁物、そして果物が置かれている。 


「オン シュダ シュダ、オン シュダ シュダ、オン シュダ シュダ」


 食事の前の習慣となっている浄化の真言を唱え、食べ始めるが、いつになく静かな食事となった。

 いつもなら引っ切りなしに来る伝令や、見張りの報告等で物騒がしいのだが、今日はそんな者達でさえ、足音を潜ませ、小声で話しているようだ。


 香菜姫は蘭丸とオルドリッジにも報告の式を飛ばした後、早々に寝台へと潜り込んだのだが、寝付けないまま、つらつらと考え事をしていた。


(妾はいつも肝心な時に、間に合わぬ……)


 数年前の兄の死と、今回の翁の死を重ね思う。もし、戦に関わらず、城に残っていたら。せめてもっと頻繁に城に戻っていれば、そんな思いがジワジワと湧いてくる。


(この様に思うのは、傲慢で強欲じゃと次郎爺ならば言うのであろうな)


 大火の後に師が掛けてくれた言葉を思い出し、苦笑が漏れた。その時。


「姫様。御側に行っても良いでありもすか」


 姫が頷くと、周王は己の座布団を寝台の横に引っ張ってきて、そこで丸くなる。


「眠れぬのか?」


 周王は姫の問いには応えず、ダルウィンから聞いたという話をポソリ、ポソリと語り出した。


「毒に侵されながらも、己の為されたことを、誉れと言われたと聞きもした」


「そうか……」


 皇太后であり、娘でもあるシャイラを、身を挺して護ったのだ。翁らしいと、姫は思った。


「我の事も、若き友が出来たと。それに、夢を叶えて貰ったと……」


「あぁ、憶えておる。ペガススの話をされておったの」


「背に乗せて空を駆けた時など、ほんに愉しげに笑うておられて……」


 語らう声に起きたのか、華王も同じ様に座布団を持ってきて、周王に寄り添う様に丸くなるが、話に混ざることなく目を閉じた。たまに尻尾が揺れるているので、起きているのが判る。


「我の拙い変化も、殊の外喜ばれて……」


「そんな事も、あったの」


 月に照らされた翼の動かないペガススと、翁の笑い声を思い出すと、新たな悲しみが湧いて来る。それを(こら)える為に、香菜姫は上掛けをきつく握った。


「散歩しながら、沢山の話を聞きもした。若い頃の武勇や、失敗譚等、ほんに色々と……例えば……」


 それは夜が更けて、姫が睡魔に捕まる迄、続いた。



 ***



 翌朝。夜明けと共に出立した香菜姫達は、蘭丸軍が対峙している帝国軍の真上にいた。

 対峙して既に数日経つにも関わらず、未だ戦闘が行われていないのは、帝国が決して壁の内側から出て来ない為だと、先ほど蘭丸から聞いたところだ。


 双方の間には国境を守るための壁と門塔があり、塔の両脇は半円形に突出していて、多くの矢狭間が開けられている。

 帝国軍は、そこから頻繁に弓矢や火球を飛ばして来るものの、それ以上は手を出して来ない為、蘭丸達は少しばかり、手を(こまね)いているのだ。

 


 上空から見下ろす帝国軍は、蘭丸軍の倍程の数を揃えており、投石機も三台ある。しかしその数と、壁と門で護られている為か、兵達の気が些か緩んでいるように、姫の目には映った。


 おまけに、背後から迫って来ているケンドリック隊やサイモンと爺達の存在には、まだ気づいていないようだ。  


「あの者達がもう少し近づいたら、我等も動こうぞ」


「「畏まり!」」


「鉄板は、使われもすか?」


 華王に聞かれ、姫は少し思案した。回収した鉄板は、水門で二枚使用したが、まだ七枚残っている。


「そうじゃな。それより、アレが見えるか」


 蘭丸軍が陣を構えている側の林で、怪しい一団を見付けたのだ。百名程だが、コソコソと蘭丸軍の横手に向っている様子から、どうやら奇襲をかけるつもりらしい。しかも各々が、鎖で繋いだ魔獣を連れていた。


「アレを放って、混乱した隙を突くつもりか。しかし、アレは飼い慣らせるものだとは、知らなんだの」


「首輪から、何やら不快な物を感じもす。なんぞ仕掛けがあるのやも」


 華王の言葉に、姫は眉を顰めるも、


「まぁ良い。先手を打てば済む話じゃ」


 矢立を取り出すと、蘭丸へと式を飛ばした。




 香菜姫からの式で敵の奇襲を知った蘭丸は、直ぐにラウル達魔術師団に、それらの動きを封じるよう指示を出した。

 敵の狙っている辺は、一般の歩兵達で構成されており、その多くが剣を所持しているものの魔力が少ない為、戦闘に有効な魔術は使えない者達だ。

 そんな彼等が突然魔獣に襲われたら、ひとたまりもない。


 その為ラウル達は先ず敵が狙っている辺で、魔獣避けの燻し玉を大量に焚く事で、魔獣が近くに来ないよう対策を取った後、攻撃を始めた。

 敵の潜む林に向って、火炎や水弾が次々に繰り出され、魔獣や兵士を倒していく。

 それを援護するのは、ガニラの騎馬隊だ。彼等は馬上で弓を巧みに扱って矢を打ち込み、逃れてきた者には、槍や長剣で止めを差していった。 


「一人、一頭たりとも逃すな!でないと死にぞこないの爺達に、死ぬまで威張り散らされるぞ!」


「クソ親父に、これ以上偉そうにされてたまるか!」


「ジジィのドヤ顔なんざ、金輪際、見たくねえ!」


 伝令から父親や祖父達が遣り遂げた事を知っている彼等は、少しばかり独特な言葉と内容ながらも、爺達に負けじと己達を鼓舞しながら、次々に敵を倒していく。


「さて。いつまでも、隠れて居られると思うでないぞ」


 奇襲の失敗に慌てだす帝国兵を眺めながら、姫は不思議収納箱から『特大鉄板』の札を取り出すと、中の一枚を門塔目がけて、普通に落とした。


 ズッドーン! 


 煉瓦の破片が飛び散り、土埃が舞い上がる。一瞬で瓦礫となった門塔に、蘭丸軍から歓声が上がった。



 皇帝から特別に貸し出された魔獣百頭を用いて、奇襲を仕掛けたものの、失敗に終った上に、突然落ちてきた巨大な鉄板により、頼みの壁が破壊された帝国軍は、途端に浮足立った。

 隊列が乱れ、今にも逃げ出そうとする者もいる中、後退しろとの隊長命令が叫ばれる。


 しかしその時点で、既にケンドリックやサイモン達の射程内に入っていた。


「残しておいても、しょうがない。撃て撃て!」


「小僧ども、わしの勇姿を目に刻め!」


 馬上から遠慮なく撃ち込まれる焙烙火矢が、帝国軍に降り注ぐ。すると反対側からも、


「ジジィどもが、さっさと引退しろ!」


「年寄りは大人しく、家で茶でも飲んでろ!」


「クソ親父。その武器、こっちに寄こせ!」


 怒鳴り声と共に、矢が打ち込まれる。


 前後から次々に放たれる攻撃に、身動きが取れないまま、帝国兵は次々に倒れていった。

 隊長達は、なんとか投石機を用いて状況を打破しようとするが、肝心の爆炎玉がいつの間にか全て水浸しとなっており、一切使えないまま、気付けば取り囲まれていた。


「どうやらここから先は、妾達は必要なさそうじゃ」


「では、信長殿の方に向かいますか」


「その前に、帝都に潜入したケンドリック達の成果を見に行こうぞ。もし仮に皇帝とやらが都に戻った時に、その目に入るものを見てみたいと思うてな」


 行先を地図で確認した香菜姫達は、先に帝都へと向かう事にした。

お読みいただき、ありがとうございます。

次作の投稿は3月2日午前6時を予定しています。


評価及びブックマーク、ありがとうございます。

感謝しかありません。

また、<いいね>での応援、ありがとうございます!何よりの励みとなります。


誤字報告、ありがとうございます。

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