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八十五話

 余りに皇帝に急かされた為に、帝国軍は設営していた天幕もそのままに、出陣する事となった。

 軍の先頭を駆けるのは副将軍達二騎で、その直ぐ後ろを皇帝と魔術師の馬がゆき、二人を護る様に騎馬隊が付き従う。

 しかし軍の大半を占める歩兵達は、その遙か後方を必死の思いで走らされていた。



 **



 王宮を出た香菜姫が最初に向かったのは、『フェンリルの森』だった。オルドリッジからの信書を預かっていたのと、ウィリアムには、事の次第を伝える必要があると考えたからだ。


 信書に目を通したウィリアムは、暫し瞑目した後、何か言おうとしたものの、結局口にしたのは、


「聖女様の望みの侭に」


 それだけだった。『駒』である彼には、香菜姫の意思決定に口を挟む術はない。しかし何を危惧しているかは、姫にも察しがつく。


「心配は不要じゃ。既に動いておる策の邪魔をするほど、妾は阿呆ではない」


 言いおき、天幕を後にする。後に残されたウィリアムは束の間、安堵の表情を浮かべたものの、直ぐに各所に伝令を走らせた。


『聖女様、参戦。策に関しては、一切の変更なし』




「先ずは回収じゃ。あれは色々と使えそうじゃからの」


「「姫様、アレとは?」」


 周王と華王が、首を傾げる。


「信長公の、馬鹿でかい鉄板じゃ」


 それを聞いて、白狐達がにたりと笑う。


「是非、奴等の頭上に降らせてやりましょう」


 姫達は森の上空を駆け抜け、信長隊が使用した鉄板のうち、特大九枚を不思議収納箱に回収すると、次にサイモン達の目的地である水門を目指した。




 無事、ケンドリック隊と合流を果たしたサイモン達は、共に街道沿いの施設や橋を破壊しながら進み、ついに水門の近く迄、来ることが出来た。


 遠目に見た水門は巨大なレンガ造りで、補強の為であろう鉄板が、随所に取り付けられている。三枚あるゲート(落とし扉)は、水圧に耐えられるよう、かなりの厚みのある鉄板が使われているのが見て取れた。

 ゲートの真ん中辺には、それぞれ小さな開口部があり、そこから申しわけ程度の水が、ティグス川へと流れ落ちている。


「あれを壊すのだな……」


 感慨深げなハアティム・アルサリエの言葉に、爺達が声を上げる。 


「今こそ、積年の恨みを晴らす時!」


「はっ、朦朧爺が。手が震えておるぞ」


「ふんっ、これは武者震いだ」 


 ケンドリック隊の面々も、行動を共にしたこの数日の間で、爺達のやり取りは見慣れたものとなり、彼らの力量に疑問を持つものは一人もいない。

 実際、爺等は弩の扱いにも直ぐに慣れ、戦力として何ら問題は無かった。それどころか馬を走らせると、ケンドリック隊の方がついていくのに苦労するほど、長けていた。


「さて、若い御仁達よ。我等はこの様な構造物の仕組みには些か弱くてな。どこを攻撃すれば良いか、教えてくれるか」 


 ハアティムの質問に、サイモンは困った顔でケンドリックを見る。ケンドリックはしばらく水門を眺めた後、


「先ずはこちらの邪魔をされないよう、水門上部に設置されている管理橋を壊しましょう。次に門柱とゲートの境を狙って攻撃するのが良いかと」 


 水門の上部を歩き回っている、見張りらしき兵を指差す。


「なるほど、あそこか」



 しかし流石に重要な場所だけあって、これまでの橋の様には、いかなかった。見張り達は攻撃を受けると直ぐに、炎を纏った弓矢で反撃してきたのだ。

 なんとか管理橋部分の一部を壊せたものの、反撃の手が止むことはなく、次々に矢が飛んで来る。

 しかし爺達は、炎を避ける為に動き回る馬の上で、弩での攻撃を行ってみせた。そして。


 バンッ、ガン!


 一番端のゲートと門柱の間に、焙烙火矢が続けざまに命中した時、ゲートがほんの少しだが、(かし)げた。すると、そこから水が溢れ出し、徐々にその量が増えると共に、傾きも大きくなる。

 やがて大きな音を立てながら、門柱の一部を巻き込んでゲートが倒れ、一気に川の水嵩が増えた。


「やったぞ!ティグス川に水が戻った!」


 小川は瞬く間に、元の姿を取り戻していた。爺達から歓声が上がる。


「あぁ。だが、この程度では、直ぐに修繕される。もっと、徹底的に壊すぞ!」


「「おう!」」


「しまった!先ほど、ちょっと調子に乗って撃ち過ぎたか。残りの玉が少ないわ」


「良いから、あるだけ撃ってしまえ。無くなったら、その時に考えればええ」


「それも、そうだ」


 


 香菜姫が水門の上空に着いた時、眼下では爺達が軽口を交わしながら、敵の矢を避け、弩による攻撃を続けていた。


「何じゃ。えらく楽しそうじゃな」


「姫様、策の邪魔はせぬのでは?」


「邪魔などせん。ちぃとばかり手伝うだけじゃ。さて、ニ枚もあれば十分じゃろうて」


 不思議収納箱から特大鉄板の札を取り出すと、そのうちの二枚を、水門目掛けて落とした。勿論、十分な神力を込めて。




 突然空中に現れた鉄の大板は、残っていた二枚のゲートに真上から突き刺ささる。


 ズゥウン、ズドゥウン!


 轟音と共に、レンガが飛び散り、土煙と水煙が辺りを覆う。それらが収まったとき、そこにあったのは、流れる川の中に積み上がった瓦礫と、ひしゃげ倒れたゲート、そして大きく曲がった二枚の鉄板だった。

 

 爺達から、再び歓声が上がった。

   


 **



「爺ちゃん達、大丈夫かな」


「張り切りすぎて、怪我とかしてないと良いけど」


「きっと、大丈夫だよ」


 川の土手沿いには、今回の計画を伝え聞いた者達によって、幾つか足場が組まれ、見張り番が立っていた。万が一の増水に備えての事だ。

 その姿を横目に、子ども達が日課である水くみの為に、川へと下りて行く。その腰には丈夫な紐が巻かれ、紐の先は、かつて川岸だった場所に立つ木に、括り付けられている。


 その時。ガンガンと平金が叩かれ、直ぐに上がれと叫ぶ声が響いた。危険を知らせる狼煙が上がり、水くみしていた者達は、慌てて土手を駆け上がった。


「出来るだけ、離れろ!」


 ドドドッドーンッ!


 地を震わす音がして、一気に水煙が立つ。

 瞬く間に水量を増した川を目の当たりにした人々は、息を呑んだ。大半の者は初めて見る光景に、声さえ出ない。暫くしてから、漸く歓声が上がった。


「爺ちゃん達が、やったの?!」「そうだよ!やったんだ!」


「凄い、凄い、凄い!」「やったー!」


 はしゃぐ子供たちの横では祖母達が、本懐を遂げた夫君たちの無事の帰還を願うと共に、女神への感謝の言葉を捧げていた。



 **



 その頃、突然アルダ運河の水位が下がったペルギニ王国では、大騒ぎとなっていた。

 急いで海側の水門を全て開き、海水を入れるが、下がった水位が完全に戻る筈もなく、航行していた多くの船が、水が流れなくなった運河の中で横倒しとなり、膨大な被害を出したのだ。


 しかもその原因が、ガニラ自治区の氏族達を含む連合軍による、水門破壊だと判ると、友好国である帝国が、この度の戦いで負けるかも知れないという噂が、一気に広まりだしていた。


 これまで帝国の威を借り、ガニラ自治区に対して勝手を通していた王家の面々は顔色を変え、己達の短慮を呪った。彼等は帝国の勝利を疑わなかったからこそ、ある計画を進めていたからだ。


「今直ぐアレを、中止しろ!」


 王が命令を出すが、その判断は既に遅かった。





「姫様。あちらは、まだ良いのですか?」


 華王のいうあちらとは、信長が向かっている敵の大本陣の事だ。


「まだ、よい。あれは、最後のお楽しみじゃ」


「しかし信長殿がおられもす故、奴らがそれ程長く持つとは思えませぬ」


「ならば、さっさと片付けようぞ」


 周王の言葉に眉をしかめると、ロウェイ王国の最南に位置する港に向かう。ガレリアを通じて、サリア王女から知らされていた事を、確かめる為だ。


「漁夫の利を狙う卑怯者が居るなら、其奴(そやつ)等にも仕置をせねばな」


 


 香菜姫は、港近くに錨を下ろしている、五隻の船を見下ろしていた。それ等はペルギニ王国の交易旗を掲げてはいるが、その甲板をうろついている者の大半は、腰には剣を差し、鎧を着けている者も数名いた。


「船乗りにも、商人にも見えぬの。どうやら王女が危惧しておった通りか」


 サリア王女は開戦前に全ての港の封鎖と、南側にある港での武器の使用許可を出すよう、ラウルに命じていた。それと同時にペルギニ王国の動向に気をつけるよう、ガレリアに手紙を寄越していた。


「姫様。あそこから僅かですが、力を感じもす」


 華王が示したのは、真ん中の帆柱の先端に括り付けられた、木の枝の様な物だった。見ると、似た物が全ての船に付いている。


「守札であれば、術の邪魔になるやもしれん。外せるか?」


「容易い御用で!」


 直ぐに周王が帆柱から切り離し、風を操り姫の手元へと運ぶ。


「確かに力を感じるが、悪いものでは無さそうじゃ」


 姫はそれ等を不思議収納箱にしまうと、現れた札には『世界樹の枝 五本』と明記される。


「これで問題無かろう。では、周王、華王。參るぞ!」


「「畏まり!」」




 その五隻の船は、それぞれ千騎の騎馬兵団を乗せて四日前にペルギニ王国を出発していた。

 予定では、ロウェイ王国が帝国との戦争に気を取られている隙に、交易船を装い入港、上陸した後、王城に向けて進軍する手筈になっていた。

 目的はサリア王女と、彼女の持つ魔導書だ。


 ロウェイ王国とは、それなりに交易がある上に、戦中なら、食料等の物資は喉から手が出るほど欲しいだろうから、食料を積んでいると言えば、直ぐに接岸出来ると彼等は考えていた。


 しかし予想に反し、戦を理由に港は封鎖されており、それでも無理に入港しようとすると、小型の投石機で攻撃してきた。

 しかも飛んで来たのは、ただの石や鉄玉ではなく、当たると爆発し、船に火災を起こす代物だった。仕方なく一旦、沖へと離れたものの、その後も接岸の許可は出る事なく、ただ、時間だけが過ぎていった。


 既に沖に足止めされたまま、二日経っている。元々、少しでも多く兵を乗せるのと、すぐに上陸出来る想定だった為、水も食料も大して積んでおらず、おまけに狭い中に押し込められている兵や馬達は皆、疲弊し始めていた。 


 そんな中、厄災は訪れた。突如五隻全ての帆に火が付き、瞬く間に船全体に燃え広がっていったのだ。しかも逃げ出そうにも、脱出用の小船は綱が切れたのか、離れた場所に漂っている。


 焼け死ぬか、溺れ死ぬか。その選択肢の中で、多くの者が海へと飛び込んだ。皆、必死で小舟目指して泳いだものの、辿り着く事なく、その姿は波に飲まれ消えていった。

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