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八十四話

 レストウィック王国、王城。


「王太后様、お久しぶりでございます」


 戦場にいるウィリアムに代わり、執務を執り行っているシャイラが、息抜きの為に庭園を散策していると、バムフォード公爵未亡人であるシャルレイが、挨拶して来た。後ろには娘チャンテルがおり、同様に礼をとっている。 


「シャルレイ夫人に、チャンテル嬢。この様な時に、わざわざ来られるとは。いったい、どの様な要件で?」


「バムフォード公爵家としては、更に兵の増援をと思いまして。その事をお伝えすべく、こうして登城致しました」


「それは有り難い申し出ではありますが、その様な報告はわたくしではなく、宰相にされるのが筋かと」  


「実はそれとは別に、ウィリアム陛下の事で、内密にお話したい事がありましたので」


 言いながら、側に控えているクラレンスとガレリアを見る。暗に席を外せと言いたげな視線を向けられた二人だが、シャルレイはもとよりシャイラに敵対心を持つ事で知られる人物だ。その指図に従う筈もない。


 二人の態度に眉をしかめながらも、シャルレイは二歩程シャイラに近づくと、扇を使い内緒話をする様な仕草をとった。その時、シャルレイの持つ扇に光る物を見たクラレンスは、即座に二人の間に手を差し出した。


 シャッ!


 間一髪の所で、扇から突き出た刃はシャイラではなく、クラレンスの掌に傷を付けるが、そんな傷に構う事なく、扇を捨てて逃げようとするシャルレイの腕を掴むと、その顔を殴り、昏倒させる。

 だがしかし、クラレンスはそのまま膝を付くと、その場に倒れ込んでしまった。


「毒か……」 


 クラレンスから漏れ出た言葉に、シャイラが助けを求め叫ぶ。


「誰か、直ぐに医者を!」


「謀反だ!王太后様が襲われた!」


 ガレリアが叫びながら、後退り逃げようとするチャンテルを地面に押し倒し、取り押さえる。


「わ、私は、何も知らないわ!関係ないのよ、信じて!」


「黙れ!首を刎ねられたいか?」


 直ぐに兵達と共に、シャイラの兄、ダルウィンとドワイトの二人も、庭園へと駆け込んできた。


「親父!」


「親父どの!」


「直ぐに聖女様を呼び戻して!聖女様なら!」


 クラレンスの身体を抱きかかえ、シャイラが叫び、数人の兵がそれに応える様に動きかける。しかし、それを止めたのはクラレンス、本人だった。


「止めなさい。今、聖女様は戦の真っ只中に居られる。たかだか老兵一人の為に、呼び戻すでない」  


「ですが!」 


「うろたえるな!考えてみろ。この国の王太后を護ったのだ。これ程名誉な事が、あろうか。しかも、それが愛する娘なのだから」


 震える手で、シャイラの頬を撫でる。既に顔色は真っ青で、呼吸も荒い。


「しかもこの年になって、若き友ができ、幼き頃よりの夢も叶った。人生の最後に、大きな贈り物をもらったようのものだ」


 ダルウィンがシャイラごと、父の身体を支えると、その横では、ドワイトが倒れている未亡人の頬を叩いて意識を取り戻させ、計画を聞き出していた。


 シャルレイは最初は黙っていたものの、直ぐに脅されてした事だと言い訳をしながら、話始めた。


 それによると、王太后を毒刃で傷つけ、解毒剤が欲しければ城門を開けるよう、要求する予定だったらしい。事前に公爵家の私兵のふりをして、王都に入り込んでいた帝国兵二千が、既に城門前に待機しているという。


「その解毒剤は、誰が持っている?」


「無いわよ、そんなもの。だって帝国兵が入って来た時点で、殺す予定だったんだから、必要ないでしょう!」


「最悪だ……」


 未亡人の言葉に、その場に居た者達全員の顔色が変わり、動きが止まる。


「敵を撃たねば……」


 その時、息も絶え絶えのクラレンスが発した言葉によって、漸くダルウィンが動いた。


「すぐさま宰相に連絡を!敵を迎え撃つぞ!」


 しかし既に異変を察知した香菜姫の式が、オルドリッジの元へと飛んでいた。


「あのお方は預言者か、なにかか?」 


 指示を出す為に執務室を飛び出した宰相は、直ぐにダルウィン達と合流すると、現場を取仕切ると同時に、敵兵への対応をダルウィンに委ねた。


 敵は門を開けた途端に傾れ込んで来ると予測したダルウィンは、門から少し離れた場所に兵を集め、退路を塞ぐ為の人員を密かに配備した後、開門した。案の定、一気に駆け込んでくる。


 迎え撃つ兵の先頭には、いつの間にか前鬼が陣取っていた。最初に足を踏み入れた者を、斧の一閃で乗っていた馬ごと真っ二つに切り倒すと、すぐ後ろにいた後鬼が跳躍して大鎌を振るい、二番手、三番手の首を同時に切り飛ばす。その凄まじさに、帝国兵達が怯む。


「お、お前ら、解毒剤が欲しければ…」


 隊長らしき男が薬瓶らしき物を掲げると、その腕は前鬼によって肩から切り落とされ、後鬼がその首を刎ねる。その後に続けとばかりに、キャラダインの兵達も剣を振り、敵兵へと向って行った。


 前を行く者達が、余りに呆気なくやられていくのを見て、逃げようとする者もいたが、後ろから現れた敵に城内に追い立てられた上に、門を閉じられてしまった。


 逃げる事さえ出来ぬまま、二千の帝国兵は、僅かな時間で全滅する事となった。その大半が、香菜姫の式の手によるもので、その疲れを知らぬ鬼神の働きは、キャラダインの兵達の目に強く焼き付いた。



『王太后襲われるが無事。庇ったキャラダイン前辺境伯、倒れる』


 オルドリッジからの知らせを読んだ香菜姫は、即時にウィリアムにその事を告げ、急ぎ王城へと戻った。

 しかし、姫が到着した時には、全てが終わった後だった。


「妾は又、間に合わんかったのか……」


 棺に横たえられたクラレンス翁の、毒により青黒く変色した顔を見た姫は、その場に座り込んでしまった。


 見た目は全く異なっているものの、クラレンス翁には、不思議と次郎爺と居た時の様な、そんな安心感があったのだ。それは神使達も同じだったようで、特に周王はクラレンス翁に懐いていた。


「事が起きて直ぐに宰相様が式を飛ばされたのですが、その時には既に毒が全身に回っており……」


 棺を護るように立つキャラダインの兵が、香菜姫に説明する。その横では疲れ切った顔のオルドリッジが、肘掛けに寄り掛かる様に腰掛けていた。


「シャイラは?」


「ご無事でしたが、心痛のあまり倒れられ、今はお休みになられています」


「そうか」


 姫は棺に手を伸ばすと、既に冷たくなった翁の身体に触れる。


「オン シュダ シュダ、オン シュダ シュダ、オン シュダ シュダ」


 浄化の呪文を唱えると、遺体の青黒さが僅かに薄まる。それでもまだ青白いが、幾分穏やかなものとなった顔を見ていると、周王の化けたペガススに乗った時の笑い声や、多くの約束を交わした夜を思い出され、更に涙が溢れてきた。姫の両脇では、白狐達も、ホロホロと涙を流している。


(好みの屋敷を建てる為に、大工を紹介すると言うたではないか……共に魚を釣ろうという約束も、果たしておらぬのに……)


 香菜姫は溢れる涙を袂で押えると、一つ、大きく息を吸う。そして。


「今をもって、此度の戦は『妾の戦』となった。オルドリッジ、悪いが好きにやらせてもらうぞ」


「「姫様、何なりとお申し付けを!」」


 怒気を燻らせた白狐達も、声を揃える。


 裏方に徹するつもりでいた聖女が、戦の表舞台に出る事を決めるのを、オルドリッジはただ頷いて、了解するしかなかった。



 ***



 ゲートヘルム帝国軍、大本陣。


 クラーセン将軍が兵を率いて進軍して半日。漸く機嫌を治したクーンラート三世は、再度、副将軍達と共に酒宴のテーブルを囲んでいた。


「上手く行けば、明後日辺りには、良い知らせが届くのではありませんか」


「はっ、あれだけの数を率いて行ったのだ。届いてもらわねば困るわ」


「陛下、帝都から早馬の使者が参りました!」


「なに?」


 顎でブーデイン副将軍に受け取るよう示す。受け取ったブーデインは箱から信書を出し広げ、その内容を見た途端に、顔色を失った。


「早く読め!」


「帝都が……襲撃されました」


 その報告に、天幕の中は凍りついた。全く想定していなかったのだ。レストウィック王国との国境はその大半が険しい山々で、唯一の平地がフェンリルの森だからだ。それ以外だと、今ロウェイ国軍と対自している南側の国境近くだが、それだとかなり距離がある。

 仮に山越えの道を使ったとしても、帝都を襲撃出来る程の大軍が街道を行けば、必ず目に付く。しかし、その様な報告は一切無かったのだ。


「しかも、敵は武器庫を狙って来た為に、その被害は甚大となり……」 


「武器庫を襲撃だと?!あれは城の直ぐ側に、建てたばかりだぞ!」


 ハールマン副将軍が、驚きの声をあげる。


「はい。その為城にも被害が及び、その大半が……」


 ブーデイン副将軍はそれ以上、読むことは出来なかった。目の前にいる皇帝の顔が怒りのあまり、悪鬼の様な形相となっていたからだ。


「ぐぎ、ぐぅ……レストウィック如きが、我が城を攻撃しただと!」


 ガンッ、ガシャン!


 クーンラート三世がテーブルを蹴倒し、グラスや酒瓶が破れ、床に酒が染み込んでいくが、誰も何も言えず、動く事さえ出来ずに居た。皇帝の荒い息だけが、その場の音の全てとなった。


 やがて、さらに醜悪な形相となった皇帝が、命令を下した。


「全軍出陣だ!レストウィックもロウェイも、一人残らず、吹き飛ばしてやる。直ぐに準備しろ!」 


 横に立つ魔術師クープマンの腕を掴むと、その胸元に魔導書をぶつける様に渡す。


「常にコレを持って、横にいろ。いつでも使えるようにしておけ!」


「仰せのとおりに」


「グズグズするな!馬をもて!」


 先ずは先行しているクラーセン将軍達と、合流する必要があると判断したハールマン副将軍は、将軍に早馬を走らせた。

 直ちに進軍の速度を緩め、皇帝の合流に備える様にと。

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