七十三話
今回は少し短いです。木曜日に新型コロナのワクチンを接種したのですが、案の定、その日の夜から発熱と全身の痛みに襲われて……薬を飲んで金曜日は、ほぼ一日寝てました。その結果です。ಥ_ಥ
クーンラートは隠し通路での盗み聞きにより、弱みを握った文官を使って、ヒュープ・クープマンと会えるよう手配させた。後は簡単だった。積まれた金を見たクープマンが、ろくに書類を読む事なく、魔術誓約書に署名したからだ。
魔力を流して契約書を完成させたクーンラートは、再度その内容に目を通し、ほくそ笑んだ。そこには今後知り得た情報に対する守秘義務と共に、終生、クーンラートに忠誠を誓うという文言が、書かれていたからだ。しかし、そんな事をおくびにも出さない。
「なに、仕事は簡単だ。俺の仕事を少し、手伝うだけだ」
そしてクープマンという魔力の供給源を手に入れたクーンラートは、再び賢者との対話を試みる事にした。ただあの隠し部屋については、誰にも知られたく無かった為、使われていない離宮の一室を、新たな実験室として用意し、クープマンにも、今後はそこに通うよう命じた。
新たに書いた魔法陣を用い、前回と同じ手順で進めるが、魔力を注ぐのはクープマンに任せた。そして呪文を唱えると、今回は問題なく魔法陣を起動させる事に成功した。
『我が名は……ルガー…此の書にと……し賢者。汝の血が古より続く……者と認め……。知恵の対価を支払え……授けよう……』
地の底から響くような声は、低く掠れており、所々聞き取りづらかったものの、こちらの意図は伝わった事が判り、クーンラートは安堵した。羊皮紙に書いた魔法陣は消え、代わりに二十という数字が大きく浮かび上がっている。
「よし、成功だ」
先程の呪文で、自分がなんの手伝いをしているのか悟ったのだろう。クープマンの顔色が悪いが、もう手遅れだ。
「この数字が、生贄の数というわけか」
クーンラートは笑った。既に生贄をどうやって調達するか、考えていたからだ。今請け負っている書類仕事の中に、犯罪者の刑罰に関するものがあり、丁度利用できそうな案件があった。
今から一月ほど前に捕まった盗賊団二十三名全員に、先日、死刑の判決が出されていたのだ。その為、早々に刑を執行することにした。通常よりも早い執行にも関わらず、咎める者は一人もいなかった。
(生贄の選び方はゾルムと同じだが、俺の場合は合法だ。奴とは違って、俺はコレを上手く使える)
そして刑の執行が完了すると共に、答えは得られた。いつの間にか、魔法陣の二十の数字が消えて、代わりにある鉱物の名と、その使い方が浮き出ていたのだ。
『アクトラン鉱石』
聞いた事がなかったが、調べれば直ぐに判った。
それは陽の光の下では緑に光る鉱物で、あまり出回ってはいないが、ある地域で特産品のガラスの着色料として、使用されている物だった。ただ、その採掘場所は秘密にされていた為、手に入れるのに少しばかり金と時間が、かかった。
特別な手袋とエプロンと共に、細かく砕かれた鉱物が、金属の瓶に入れられ、更に鍵付きの箱に仕舞われた状態でクーンラートの手元に来るまでに、三ヶ月を要したのだ。その間に父である皇帝が崩御し、その葬儀が行われた翌日、兄・コンラードゥスが皇帝となるのを、彼は歯噛みしながら見ることになった。
(こんな物で?)
届いた品を見ながら、クーンラートは疑問に思ったものの、賢者に教えられた通りに、兄の持ち物や口にする酒等に、極少量づつ仕込んでいく事にした。他の者にやらせる事も考えたが、知る者は出来るだけ少ないほうが良いと考え、結局、自分でする事にしたのだ。
エプロンは目立つので、上着の下に着け、手袋も普段から似た色の物を身に着けるようにして、疑われない様にした。
当然、扱う時は口元も布で覆い、万が一にも吸い込んだりしないよう、用心を重ねる。
そうやって苦労した効果は、二ヶ月程して、出てきた。豊かだった皇帝の髪が抜け始め、やたらと喉の渇きを訴えるようになっていた。
多くの医者が呼ばれ、いろんな薬を試したが改善せず、はては敵対しているレストウィック王国に、ドラーラ教の神官を派遣するよう要請書を送る事までした。当然ながら、それは叶うはずがなく、簡素な断りの手紙が届いただけだった。
そして半年後には、全ての髪が抜け落ち、終始腹痛を訴えるようになり、やがて、いくら水を飲んでも喉が乾いたと、喉をかきむしりながら、息絶えた。
直ぐ側にいた侍従や側近達数名も、同じ様な症状で相次いで死んだため、新たな流行り病ではないか、いや、呪いだと噂が立ったが、直ぐにそれどころではなくなった。
兄の死後、僅か三日後に即位した新皇帝クーンラート三世が、それまで要職に就いていた者達の多くを解雇し、自分に近しい者達を、その職に据えたからだ。
クープマンもその一人で、彼は宮廷魔術師の師団長となった。
この人事には多くの貴族の反感を買ったものの、新皇帝に対する国民の評判は、悪くなかった。
前皇帝が進めていた隣国への侵略準備を取り止め、罪人に対して厳罰化を計ったので、戦争への不安が無くなった上に、犯罪が減った為だ。
それは、兄の準備した戦争で勝利しても、クーンラート自身が己の功績だと思うことが出来ないと判断したのと、賢者の知識を手に入れる為の贄を確保するためだったが、結果として、国民の人気を得ることになったのだ。
そして現在。
「陛下、密偵より知らせが。レストウィック王国が密かに戦争の準備を始めたと」
「ふん、生意気な。爆炎粒(火薬)は?」
軍部に所属する文官に聞く。
「すでに十分な量ができており、今後も増産予定です」
「よし。すぐさま将軍に準備を始めるよう、伝えろ」
「はっ」
「ところで陛下。聖女のことは、どうなされますか」
「癒やしの雪を降らせたとか、水や火を操る聖獣の背に乗り、空を飛ぶとかいうやつだな」
少し思案した後、傍に控えているクープマンに声をかける。
「対策を考えておけ。そこに書かれている物で、使えそうな物はあるか」
「勿論です。聖女といえど、所詮は戦闘経験のない異界の小娘。幾らでも対応は可能かと」
「ならば任せる。出来ればどちらも生きたまま、捕らえたい。特に空駆ける聖獣はな。それはこの皇帝にこそ、相応しい。手に入れた暁には、他大陸進出の良い足がかりに成るだろう」
そう言って笑うクーンラートの頭には、聖獣に跨り、空を駆けながら軍を率いる己の姿があった。
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『【深淵の賢者】などと呼ばれるようになり、どれ程の時が経ったのか……
この世界に召喚された時、既に肉体を持たぬ我は、助けを求める者達に手を貸すために、この地の者の身体を、仮の肉体とすることにした。元からの魂には、暫し眠ってもらい、この地を去る時に再び目醒めてもらうつもりだったのだ。
しかし、そうは成らなかった。
我は気がつけば、悪しき術にて書物の中に閉じ込められ、眠りし魂はその術の為に贄とされ、砕け、この世界から消え失せた。正しき心を持つ魂が一つ、失われたのだ。
そして我を閉じ込めた者は、悪しき心で知識を欲した。
答えたくなど無かった。しかし、どのような術が施されているのかは判らぬが、我の意思など関係なく、この書は我の知識を引き出し、勝手に使用者に与えてしまう。
唯一の救いは、対価を要求出来るという点だ。
その為、対価として罪人を贄として差し出すよう求めた。もし嫌なら、このまま放っておいてくれるだろうし、差し出せばこの世界から、少しだけ罪人が減る。そして書の所有者は贄を寄こし続け、挙げ句に命を失った。
我は安堵し、新たな持ち主が現れぬ事を期待して、眠りについた。
しかし、永きにわたり閉じられていた本が、再び開かれた時、新たな持ち主もまた、悪しき行いに我を利用しようとする者だった。
繰り返される要求と、多くの贄。こんな事が、いつまで続くのだろう。既に我が故郷に戻る事は諦めたものの、願わくば、僅かな微睡みの中で、懐かしき風景を垣間見れれることを願おう……』
『アクトラン』は、アクチニウムとウランからの造語です。
 




