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六十八話 

 その最も眩い箇所が微かに揺らいだかと思うと、女神ドラーラが神獸プルートを従え、姿を現した。


 灼熱の炎の色が幾筋か混じる金の髪は、急ぎ時空を渡った為か大きく広がり、苛立ちを宿した金色の瞳は、トゥルーを見据えている。


『干渉する事は、許されぬ』


 女神の指先から放たれた光が、白く輝く鎖の枷となり、トゥルーの手足に巻き付きつく。横を見るとムーンも又、同じ様に囚われていた。


「何故です、ドラーラ様!既に多くの者が犠牲となり、彼等はそれを食い止めるために、聖女召喚を決意したのです。なのに、そんな彼等が贄となる必要が、どこにあるのでしょう!」


 何とか縛めから逃れようと、もがきながらも叫ぶ。


『他世界の力ある者を、己が都合だけで、時空の理を歪めてまで呼ぶのだ。対価を払うのは当然の事!』


「彼等は勝手な都合ではなく、民を、国を守るために行うのです!それに召喚された者達は、こちらに来なければ、どのみち命を落として……」 


 召喚で呼べるのは、近い将来において、死の可能性を強く持つ者だけだと、トゥルーは教えられていた。出来るだけ、召喚される側の世界の流れに影響が出ない様、双方の神々によって、取り決められていると。


 だからこそトゥルーは、聖女にその事を伝え、時間をかけて説得すれば、悲劇は回避出来ると考えていた。死の運命から逃れ、この世界で生きられるのだ。その事実が判れば、不要な争いは起こる事なく、力を貸してくれる筈だと。しかし。


『国が滅びようか、世界が崩壊しようが、それらは総て、この世界の事象であって、異世界で生きる者達には、何の関係もない。聖人・トゥルーよ。彼等には召喚自体、迷惑でしかないのだ』


「ならば、なぜ、あれらの魔導書を授けられたのです!」


『極稀に、その世界の理に縛られぬ者の力が必要となる事があると、私も含め、多くの神々が認知しているからだ。魔導書を与えたのは、その判断を人に委ねてみようと思ったからだ』


「気まぐれで、与えたと言われるのか?」


 女神に向かって牙を剥き、唸るムーンに対して、プルートが腕を振り上げ威嚇するが、その姿はまだ幼体の為、なんだか可愛らしい。ドラーラはプルートを抱きかかえ、宥める様にその背を撫でながら、


『一つの魂には一つの贄を。それも、その地で最も力を持つ者が贄となる事が、相互の神々が求める対価。聖人でしかないお主や、その守護獣程度が、どうにか出来る事では無い』


 まるで幼子に言い聞かせる様な口調で、動けずにいるトゥルーに向かって、話し続けた。


『それに今回、あの者達は魔法陣に、勝手に文言を書き足しよった。聖女の条件を示す【強い力を持つ女】の箇所を、【最も強い力を持つ若い女】としたのだ。その為、召喚の条件が、些か変わっておる。もしかすると、死すべき定めの無い者が、召喚されるかもしれん。おまけに贄まで無くなれば、他世界との関係に、どれ程悪影響を及ぼす事になるか……』


 女神は目を閉じ、首を振る。神が与えた魔法陣に手を加え、他世界の神々との約束事を、蔑ろにしたのだ。


『故に、贄は絶対に必要だ。このような由々しき事態を招いた者達が、その責を負うのは当然!』


 女神の言葉に、トゥルーが項垂れる。しかし枷から逃れようとするのは止めなかった。


「それでも、それでも僕は……」


 それを見たムーンが、己の枷を壊す振りをしながら、トゥルーの枷の鎖へと近づき、目立たぬように後ろ足に力を込めるが、その足元に雷が飛んで来て阻害する。


『小賢しい事をするでない。しかし、いくら言い聞かせても、無駄のようだな。ならば、双方ともに、しばし頭を冷やすが良い!』

 

 更に大きな雷が飛んで来たかと思うと、空を切り裂いて光の渦となり、トゥルーとムーン巻き込んで、地上へと落ちていった。



(ここは、どこだろう。それに、ぼくは……)


 気がつけば、小さな街の神殿の前に、ボロを纏った姿で、一人座り込んでいた。自分が誰なのか、なぜここに居るのかも判らず、ぼんやりしていると、神官見習いだという若い男に声をかけられ、そのまま神殿横の建物に連れて行かれた。


 そこでパンと水を与えられ、食べると、今度は身体を拭かれ、新しい服を着せられた。

 そこは親からはぐれたり、親を亡くした孤児を集めた施設で、赤ん坊から大人に近い年頃の者まで、多くの子供が暮らしていた。

 一部屋に十数台並ぶベッドの一つを充てがわれ、纒っていたボロ布に、トゥルーと縫い取りがあった為、それが名だろうと告げられると、孤児としての生活が始まった。


 自分に関する記憶は無いものの、日常の生活に支障はなかった。起きて食事をし、神殿の清掃や簡単な作業を手伝い、食事をして寝る。そんな生活を三日ほど繰り返した日の夜、ふと、目が覚めたトゥルーは、大きな犬が自分を覗き込んでいる事に気づいて、声を上げた。


「うわぁ!」


 かなり大きな声だったが、十人以上いる部屋の中で、誰一人起きることなく、皆、ぐっすりと眠ったままだ。


(えっ、何が起きてるの……)


 怖くて、薄い上掛けをギュッと握る。すると、大きな犬は、徐ろに口を開け、


「遅くなってすまない、トゥルー。だが、」


「犬が、しゃべった……」


「い、犬とは……」


「犬でなかったら、何?なんで僕の事を知っているの?」


「もしかして、記憶に何か問題が生じたのか?我はムーンだ。わからぬか?フェンリルで、お主の……」


 フェンリルは、森の守護者と呼ばれる神獸だ。よく見ると、確かに犬とは少し違い、少し狼に近く、その毛は白銀に輝いている。

 ムーンと名乗ったフェンリルは、それ以上何も言わず、項垂れていたが、不思議な事にトゥルーは、ムーンが自分を迎えに来たのだと判った。


「ムーンは、僕の……友達なの?」


 顔を上げたフェンリルが、頷く。


「もしかして、迎えに来てくれたの?」


「そうだ」


 嬉しげに頷くムーンを見ながら、トゥルーはベッドから降りて、靴を履いた。少しばかり不安はあったものの、ムーンと共に建物の外に出る。

 月明かりの中を歩きながら、不思議と、これが正しい事だとトゥルーは思った。

 


 そうして二人で旅をしていて、香菜姫達と出合ったのだ。




「僕は……聖女と勇者に、会いに行かないと……」


「今更会いに行ってどうする?既に贄は捧げられ、失われた命は戻せない。それとも、彼等のした事を、責める為か?」


「そんなつもりでは……」


「ならば今は止めておけ。これから起きるのは、帝国との戦争だ。この国の者たちは、王を失っても国が生き残る事を選んだ。そして聖女は、それに手を貸すと、決めたのだ」


 ムーンの言うことは、もっともだった。先日、既に国王と側妃、そして第二王子の葬儀が行われていた。

 召喚でこの国に来たのは、聖女と二匹の神獣。三つの魂だ。


 『一つの魂に一つの贄』、女神の言葉がよみがえる。


(今回三つの魂がこちらに来たため、三人の命が失われたのか。それも、おそらくは聖女の手によって……)


 トゥルーは、幼い自分に何かと気を配り、面倒を見てくれた少女・香菜を思い出し、同じ少女が三人の命を奪ったのだと思うと、居た堪れない思いになる。


(僕は、どうすれば……)


 トゥルーはベッドに寝転がると、小さくなった手をながめた。子供の身体で過ごしていたせいか、昨日まで安全な場所で、きちんと食事と寝る場所のある今の生活に満足しきっていたせいか、これからどうすればいいのか、全く判らずにいた。


(直に聖女達は戻ってくる。それまでに……)



  ***



 聖女の神獸・周王と、隣国の勇者の武器談義を聞きながら、デリノ・エジャートンはこれまでに判った事を、頭の中で整理していた。


【二年前、我が国と同じ時期に、魔素溜まりが大量発生しており、直ぐに勇者を召喚した。その後、国王は亡くなり、王女は幽閉中。その理由は不明。今は実質、勇者が王の代わりを務めている】


【魔獣の制圧には成功していたが、その遺骸を帝国と繋がりのある商人に悪用されていた。その事実には気づいていなかった】


【火薬は作っているが、武器用ではなく、『ハナビ』のため】

 

【軍専用の新たな剣を開発した。その性能は不明だが、かなり良い物と思われる】


 

 聞いた事全てが事実として受け入れる気はないが、疑う根拠もないので、デリノはこれらを、『聞き出せた事実』として持ち帰る事にした。


 ただ、少しばかり気になったのは、この部屋に侍女や侍従が居ない事だった。雑事は全て、ラウルという男がこなしており、茶器を運んできたのも、彼だ。

 しかし、その身に纒っているのは、この国の魔術士団の制服のため、デリノは違和感を感じていた。


(書記官ならば、まだ判るが、魔術士の彼が、なぜここまでするのだろう?)


 先程の話からは、ノブナガや、ランマルに人望が無いという印象は受けなかった為、余計にそう思える。こちらに来る前に聖女から聞かされた、ノブナガの人となりも、実際に会ってみると、それほど酷い性格をしているようには、見えなかった。


 (どちらかと言うと、ノブナガは、兄と似ている。歳はかなり上だが、自由奔放で、豪快で……)


 それは、デリノが幼い頃から憧れると同時に、妬ましくてしかたのない資質だった。




「流石、若様」


「これでエジャートンは安泰ですな」


 それは、デリノが何度も耳にした言葉だった。七つ年上の兄・クリントは、病気ばかりしている自分とは違い、頑健な上に容姿も良く、しかも機知に富み、何をするにしても、常に皆の中心にいた。


 いずれは兄のようになりたい。そう願っていたが、背は期待したほど伸びず、筋力や体力も、些かお粗末なものだった。出来る限りの努力はしたのだが、直ぐに疲れる身体は、少し走れば息切れし、根を詰めて運動すると、必ず熱を出すというありさまだった。


 だから、せめて学問だけでもと、必死で学んだ。斬新な発想などは端から望まず、より広く、多くを学ぶ事に重きを置いた。その努力が、宰相であるオルドリッジの目に留まり、先々代の王に認められて、ウィリアムの側近となれた。


(もし兄ならば、もっと楽々と、側近になれたのだろうな……)


 他の側近三人もデリノから見ると、皆、飛び抜けて優秀に見えた。子供の頃から、大人顔負けの力を誇るサイモンに、他大陸の言葉までも、流暢に話すガレリア、若くして侯爵位を継ぎ、剣技と策略を得意とするケンドリック。彼は容姿にも恵まれていて、年若い娘達の噂の的だ。


(それに比べて……)


 ガシャーン!


 その時、遠くから何かが壊れる音がして、デリノの思考を遮った。

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[一言] 一話からの疑問の答えはここで出されましたか? 聖女の条件を【最も強い力を持つ若い女】としたため召喚の条件が変わり、ジャンヌや信長と違い、香菜は元の世界では存在しなかった事になった、ということ…
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