六十五話
後書きに、ラウル視点の『勇者召喚』を載せています。宜しければ、そちらもお読み頂ければ嬉しく思います。本編のどこかに入れようと思ったんですが、入れるタイミングが中々無くて……
執務室の窓の外から聞こえた声に、蘭丸が急ぎバルコニーに通じる扉を開けると、そこには先日同様、白狐に跨がった少女が、空に浮かんだ状態で微笑んでいた。
「ここまで他国の使者が来られているのに、何の報告もないとは。うちの兵達は、何をしていたんです?」
「見張りの者達なら皆、呆けた顔をして見上げておったぞ」
カラカラと笑う聖女に、蘭丸は苦虫を噛み潰したような顔になる。この二年間、苦労をして鍛えた筈の者たちが、役立たずだと言われたのだ。しかも事実なだけに、余計に腹立たしい。
「悪いが、場所を空けて貰えぬか」
蘭丸は、きちんと門から入るよう言いたいのを堪えながら、横奥へと移動すると、聖女と白狐はバルコニーではなく、そのまま部屋の中へと降り立った。その後からは、若い男女が一組と、年老いた騎士、そして風変わりな鎧兜を着けた白髪の若武者が、ぞろぞろと続いて入って来た為、蘭丸をギョッとさせる。
(いつの間に、この人数が?先程までは、確かに聖女と白狐しか居なかったのに……)
「漸く来たか、聖女殿!」
立ち上がって出迎える信長に対し、一行は礼を取る。聖女も白狐から降りて礼をしたのち、一歩前へ進み出ると、口上を述べ始めた。
「レストウィック王国から参った香菜と申しますれば。ロウェイ王国の勇者であらせられる織田 信長殿、及び森 蘭丸殿に於かれましては、此度の訪問を受けて頂き、誠にありがたく思う所存……」
勇者に向かって、古めかしい言葉で口上を述べている聖女を、ラウルはボーっとした顔で眺めていた。
(もしかして俺は今、歴史的に非常に重要な場面に居合わせているのではないだろうか……)
前回、この国が勇者を召喚し、その活躍によって国が救われた時、レストウィック王国では聖女の召喚は行われなかった。その為、両者が顔を合せるのは、ラウルの知る限りでは初めてとなる。
(これは是非とも、宮廷画家に描かせるべきだ……)
目の前の光景に目を奪われていると、
パシンッ!
頭に軽い衝撃を受け、その痛みで我に返る。見るとランチャが『センス』を手に、睨んでいた。
「お茶を」
その一言にラウルは弾かれたように立ち上がると、急いでお茶の用意をする為に走りだした。
***
クラレンス翁が示した、手摺付きの露台に近寄り声を掛けたとき、香菜姫は中にいる人物がどの様な態度を取ってくるのか、想像出来ずにいた。
何せ、相手を濡れ鼠にしてから、まだそんなに日は経っていない。腹立ちのあまり、何か仕掛けてくるかもしれないからだ。
その為、仮に攻撃された場合に備えて、周王達には隠形の術をかけて見えないようにしてある。ただし、姫自身は敢て姿を見せつける様にして、ここまで来たのだが、今の処、攻撃してくる者は現れなかった。
それどころか皆一様に、珍しい鳥でも見るかのように、口を開けて見上げていたのだ。
(あれでは、見張りとは言えぬの。しかし中の御仁は、どうであろうな……)
すぐさま開けられた扉の向こうに見えた顔は、眉間に皺を寄せてはいたものの、敵意は感じられない。姫は隠形を解くよう周王に伝えると、部屋の中へと入る事にした。
蘭丸に比べて、信長は歓迎の意を表しながら、一行を迎えてくれた。
(一応、友好的じゃな)
相手の様子を伺いながら、口上を述べる。今回、姫が最も警戒しているのは、『鉄砲』の存在だ。既に火薬が作られている以上、無いと言い切る事は出来ない。華王にも事前に、火薬の臭いのする者や、隠れ潜んでいる者がいないか、探るよう言ってあった。
(見たところ、この部屋には信長殿と蘭丸殿以外は、魔術士らしき男が一人、居るだけじゃな……)
口上の最後に姫が頭を下げた時、その耳元に華王がそっと囁いた。
(それらしき者は、居りもせん)
香菜姫は小さく頷くと、顔を上げ、再び信長と向き合った。
蘭丸の案内で、大きな机を囲むように並べられた腰掛けに、皆で座る。香菜姫の右隣には、周王とクラレンス翁が、左隣には、ガレリアとエジャートンが座っており、華王は姫の足元で丸く踞っている。
机を挟んだ反対側に置かれた腰掛けに、信長と蘭丸も座った。
魔術士らしき男が御茶の道具一式を机の上に並べた時点で、漸く信長が話しかけてきた。
「聖女殿の名は、香菜と申されるか。それで、何処の姫だ?」
「妾は土御門 泰福の娘でありもうす」
「土御門……やはり陰陽師の家の者か」
「左様じゃ。妾も、幾つか聞きたい事があるのじゃが、良いであろうか。レストウィックの宰相の話では、ここ二年ばかり、まともに親書の返事が来ぬという。それに、そもそも此処は王の執務室と聞いておるが、それらしき者が見当たらぬ。さて、何処に居られるのか?」
「それに関しては、私から説明をしたいかと。宜しいでしょうか?」
姫達一行に茶を給仕していた男が、信長に断りを入れた後、これまでの経緯の説明を始めた。しかし、頻繁に信長が言葉を挟んでくる為、中々進まなかった。
「挨拶が遅くなりましたが、宮廷魔術士のラウルと申します。実は二年前、我が国の魔素溜まりが急に増えだした為、王であるニコラス二世は勇者召喚を行う事を決め、実行されました。そして、こちらのノブナガ殿と、」
「わしと蘭ちゃんは本能寺で、みっちゃんを迎え撃つための準備をしておったのだが、急に足元が光ってな。気がつけば、この城に連れてこられておったのだ。しかも、見たこともない異人達が揃いも揃って、このわしに命令してきよった!」
(あぁ、その後の展開がなんとのう、判った気がする……)
香菜姫自身、召喚された事に酷く腹を立てた結果、行った事が、此処でも起きたのだ。この場に王がいないのは、既にこの世にいないからだと、理解する。
「ノブナガ殿、陛下はお願いをしたのであって、命令した訳では……」
「ふんぞり返ってする『お願い』なぞ、わしは知らん!」
その時の事を思い出したのか、信長が鼻息も荒く言う。
「あまりに不快だったので、その元凶を排除する事にしたわけだ」
「排除とは?」
エジャートンの質問に、ラウルが無言で首を切る仕草をしたため、ガレリアと二人して、ギョッとした顔になる。
「逃げられんよう、蘭ちゃんが扉を封じて、無礼な奴等を順に排除していたんだが、そこで、このラウルが声を上げてな。まぁ、他と比べるとまだ、まともな奴だと判ったから、そのまま三人で飯でも食おうという事になったわけだ」
「……そうです。三人だけ、召喚部屋から出て、」
「そこからは、何故わしらを呼んだのか、何をして欲しいのかを聞いたわけだ。まぁ、わしらも帰ることが叶わぬなら、この国に恩を売っても損は無いと思い、色々と手を貸すことにしたわけだ」
「聞いて良いでしょうか?先程の部屋に残された者達は、どうなったのですか?」
「さぁ、どうしたかの?蘭ちゃん、覚えているか」
クラレンス翁の質問に、首を傾げた信長が蘭丸を見るが、こちらも首を傾げる。
「さて?部屋から出た後、再度封じましたが、その後は何もしておりません。ですから、まだ、あの部屋の中に居るのではないかと」
しれっと言ってのけるが、既に二年以上が経っている。閉じ込められた者達が、生きている筈がない事は簡単に察せられた。おそらく十日も経たぬ内に、全員飢え死にしたのではと姫が考えていると、
「翌日、壁を壊して、救出しました」
ラウルがぽそりと告げたので、ガレリアやエジャートンは一様に、ほっとした顔になる。しかし、それを見たラウルは、壁を壊すのに半日以上かかった上に、中にいた者の半数以上が、正気を無くしていた事は、言わずにいた。
(友好国の使者や聖女様相手に、これ以上、ノブナガ殿の印象が悪くなるのは、避けた方が良い……)
そんなラウルの思いは、杞憂だった。聖女一行は、既に香菜姫から勇者について、『この上なく傍若無人で残虐な暴君』の可能性が高いと聞かされていたからだ。その為、会話などは出来るだけ、姫が受け持つと決めてあった。
「話が逸れてしもうたが、結論を言うと、今、この国には国王は居らぬという事じゃな」
「はい。えっと、後継者である姫様はおられるのですが、現在は幽閉中でして……」
姫の質問に答えながらも、ラウルは信長の顔色を伺っていた。なにがあって幽閉されているのか気になったが、今聞く必要は無いと思い、質問を終えた。
「では魔素溜まりに対して、どの様な対策を取られたのか、お聞きしても?」
ガレリアの質問に答えたのも、信長だった。
「最初は、片っ端から倒しておったんだが、埒が明かんでな。そこで封じ込めることにしたのだ」
「封じ込める……どの様にするのですか?」
「この蘭ちゃんは忍の術を心得ておってな。簡単な結界術も使える。それをこのラウルの魔術と併せて、魔素溜まりの周りに結界を張ることに、成功したのだ」
信長は蘭丸の肩に手を置きながら、札の張られた木の柵を用いた物だと自慢げに言う。香菜姫も先日、信長が巨大な魔獣を倒す際に、見た記憶があった。
「これを、でかい魔素溜まりを優先的に施して回った。まぁ、半年以上、かかったがな」
「封じてしまえば、外には出てこれんから、被害は出ん。それにあいつらは、勝手に食い合うからな。適当に減ったところで倒してやれば、然程手間はかからん。蘭ちゃんと2人で、倒して回ったというわけだ」
「お二人だけで、倒されたのですか?」
「そうだ。なんせ、この国の兵どもは、役立たずの糞ばかりでな!最近、漸く使えるようになりおった」
「ですから、よそを助けるほどの余裕はありませんでした。それで、そちらの要請は、お断りしたんです」
ラウルがすまなそうに言う。今は蘭丸が兵達を鍛えているらしい。
(そこで出た魔獣の首が、蠱毒の材料となったわけじゃな)
香菜姫は、色んな事に合点がいった。もう少し詳しく聞きたいと思ったものの、相手はそうではなかった。
「さて、この国の話はこれぐらいで良いだろう。聖女殿。何故、我々の事をそれほど迄に知っておるのだ?わしらは会たことなど無いはずだが」
「左様じゃな。なにぶん信長殿が明智殿の謀反によって自害されたのは、妾が生まれるよりも百年近く前の話ゆえ、会いようがないの」
「ちょっと、まて。今、わしがみっちゃんに負けて自害したと言ったか?しかも百年も前だぁ!?」
些か挑発的な姫の言葉に、己を侮辱されたと捉えたのだろう。信長が声を荒げ、覇気が溢れ出す。華王と周王、そしてクラレンス翁が姫を庇うように動くが、香菜姫はそれを制し、話を続けた。
「そう伝わっておるの。明智殿に不意をつかれ、追い詰められた末に自害されたと。蘭丸殿も、その場で亡くなられたと云われておる」
バンッ!
叩き割らんばかりに机を殴り付け、立ち上がった信長は、憤怒も顕わに香菜姫を睨みつける。
「わしは不意なんぞ衝かれておらぬし、さきほども言うたが、迎え撃つ準備をしておったのだぞ!しかも、ここに来ただけで、生きておるわ!」
その瞬間、怒気を含んだ覇気が、部屋の中で暴風のように吹き荒れた。
『勇者召喚(ラウル視点)』
二年前、ロウェイ王国。
「成功だ!」
「ようこそ、勇者殿!」
「これで我が国も救われる!」
「でも、二人?どちらが勇者殿なんだ?」
「勇者殿、ようこそ、我がロウェイ王国へ。私はこの国の王のニコラスニ世だ。突然のことで驚いたとは思うが、ここは勇者殿の世界とは別の異世界でしてな。我々はこの国の窮状を打破するために、貴殿を召喚したのですが…………」
この三日程、仲間の魔術士達と共に、殆んど寝ずに魔法陣の仕上げをしていたラウルは、勇者召喚の成功を喜ぶ声や、陛下の話をぼんやりと聞いていた。
(眠い、疲れた、腹減った……あーっ、この二ヶ月、本当に大変だった……)
**
「陛下、また新しい魔素溜まりが!」
「わかったから、一々報告に来るな!」
相次ぐ魔素溜まり発生の報告に、国王ニコラス二世は、頭を抱えていた。
すべての物質に、魔素が含まれるこの世界において、魔素溜まりが出来るのは、避けようの無い事だが、ここ最近の発生数はあまりに多く、そこから生み出される魔獣による被害は、深刻を極めている。
しかも浄化しても直ぐに新しい魔素溜まりが現れるため、魔術士達の疲弊は著しく、討伐の要請も後を絶たない。
第一王子として生まれ、何の苦労もなく王位を継いだニコラス二世にとって、この状態は荷が重かった。そのため、宰相の提案に、一、二もなく飛びついたのだ。
『勇者召喚』
歴史書には、今から二百五十年ほど前に行われた事が、記されている。異界から召喚された勇者は、魔獣と帝国の脅威に晒されていたこの国を守るだけでなく、今後の侵略に備え、ある細工を王家の血筋に施してくれたという。
今再び、それを行うというのだ。
王命により、直ぐに準備が始められた。多くの魔術士が何日も徹夜で魔法陣を描き、魔力を注ぐ。
(そして、召喚は無事成功し、俺はようやくベットで眠れる。めでたし、めでた……)
ザシュッ!
何が一閃した次の瞬間、座っていた王の首が飛び、吹き出した血飛沫が辺りを斑に染めた。
ゴトン、カラカラカラ………
「「「「ヒッ…」」」」
浮かれていた部屋の空気が、瞬時に恐怖一色となる。
そして、その原因となった男は、首の無い王の身体を椅子から引きずり下ろすと、転がっていた冠を手に、自らがそこに腰かけた。
「で、わしに何をして欲しいって?話ぐらいは聞いてやるぞ?」
恐怖に色濃く支配されたその場で、声を出す事の出来る者は一人もいない。ラウルも゙両手で口を押さえ、震えていた。
「どうやら、ここにいるのは腑抜けと腰抜けだけのようですねぇ」
綺麗な顔に飛んだ血飛沫を拭いもせずに、長いナイフのような刃物を手にした若い男が、玉座の横で微笑む。
「では、こちらも全て排除で宜しいですか?」
「た、たすけ……ぎぇっ」
この場から逃れようと扉に手をかけた衛兵が、首から血を噴き出しながら倒れる。同時に。
「一人も、逃がすな!」
「御意!дж断эю閉ц」
若い男が何やら唱えると、扉が微かに光る。しかし、必死で逃げ出そうとする者の目には入ってないのだろう。倒れた衛兵の死体押しのけ、我先にと扉へと向かう。しかし、開けようと必死で押したり引いたりするものの、扉が開く事は無かった。そして。
若い男が一歩踏み出ず毎に、
ブンッ、ズシャ。
音と共に首が飛び、血飛沫が部屋を染めていく。恐怖で動けない者にも、容赦は無い。
目の前で、小便を漏らしながらも、逃げようと這っていた魔術士団長の首が落とされた時、ラウル次は自分の番だと覚悟した。
何でも良い。喋れば、もしかしたら。そう思うものの、恐怖で舌は張り付き、声にはならない。ひぃひいと息が漏れる音だけが耳にうるさい。それでも、自分に向かって腕が振り上げられる寸前、
「まっ!」
必死で絞り出せたのが、それだった。だが、その一言で、相手の手が止まり、首を傾げる。早く続きを言わないと、焦りながらも、なんとか声を言葉にしていく。
「ま、魔獣を、ゆ、勇者殿には、是非ひ、とも、魔獣の退治を、お、お願いひたいの、です……」
「この状況で話せるか。しかもお願いとはな。ならば、とりあえず話だけは聞いてやろう。だが、わしは少し腹が減っていてな」
玉座に座っていた男が、面白い物を見つけたような顔でラウルに話しかけてきた。
「あっ、す、直ぐにお食事の用意を…」
「そうか!なら、ついでに風呂も頼む。汚れたまま飯というのは、どうもいただけん。おーい、蘭ちゃん。風呂と飯だ。行くぞ!」
ランチャンと呼ばれた若い男は、透かさず扉の前へと向かうと、ラウルと玉座の男が直ぐ側に来るのを待ち、
パンッ
手を叩いた。そして扉に手をやると、やっやすと開けて見せた。後ろの連中が、ホッとしたのが判る。しかし三人が外へと出ると同時に、扉はすぐさま『ランチャン』によって閉められ、再び不思議な文言が唱えられた。
「外断遮封・閉留」
今度はラウルにも聞こえたが、意味までは理解できない。ただ、扉が再び開かなくなったのだけは、理解した。
「はっ、何もせずに、出られると思うたか。たわけめが」
玉座の男が、意地悪く笑う。
扉の向こう側から、悲痛な叫び声が聴こえた……
【完】




