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六十三話  

 『突き進むしか知らない、単純頭』、『頭の中まで筋肉の、力馬鹿』。サイモンは己の事を、陰でそう言っている者達が居る事を承知していた。


 それどころか、次期アベケット伯爵としては、些か学や思慮が足らないのではと危惧されている事や、令嬢に人気がなく、未だ婚約者もいないサイモンではなく、ガレリアに婿を取って、後を継がせたほうが良いのではと、言う者までいる。


(どうせぼんくら息子を充てがって、うまい汁でも吸おうかという魂胆なんだろうが、うちの親父殿が、そんな事を許す筈ないのに)


 武を重んじるアベケット家は、同時に戦略、策略についても長年研究しており、その為の蔵書や資料も多く所有している。当然、サイモンも幼い頃から、徹底的に学ばされた。地図上で何十通りも布陣やの兵の動かし方を学び、剣技や対戦時の駆け引きを、身体中のアザと引き換えに習得していた。


 その上で、敢えて、突き進む戦法を取っているのだ。理由は単純で、それが性に合っているからだ。先頭を切って戦いに挑み、ただひたすらに前へ、より激しい戦いの場へと、己を追い込むような戦いの中で感じる高揚感が、彼を魅了していた。もっとも、そんな戦い方は、今しか出来ない事も理解している。


(親父殿に代わって、兵を率いるようになれば、こういう事は出来なくなる)


 だからこそ、サイモンは徹底的に己を鍛え、今を楽しむつもりでいた。


(しかし、未だに婚約者がいないのは、確かに問題かもしれん。今回の騒動にケリが付いたら、本気で考えてみるか……) 


 

  **


 どうやら国境の隣国側で、呪いの壷が作られているらしく、聖女自らが確認に行くと聞いたサイモンは、即座に同行を願い出た。

 圧倒的な力を持つ聖女と聖獣にとって、自分程度の同行者など、むしろ足手まといなのは自覚している。それでも、彼にはその場に行って、確かめたい事があった。


(あれ程の被害を産む物を作る時、人は何を思い、どんな顔をするのか)


 しかも、指名手配となっている商人バビジが、その場にいるかもしれないという。出来れば生け捕りにしたいとの聖女の意向で、サイモンの同行は認められたものの、剣を持って行くことは禁じられた。代わりにと、ガレリアが笑顔で丸太を手渡してくる。


 せめて木剣か、棍棒にして欲しいと思っていると、


「隠密行動です。静かに、そして生け捕りです」


 小さい子に言い聞かせるように、言い含める。


「判っている。静かに、生け捕り、だな」


 繰り返してみせ、頷く。だが、いざ現場を前にすると、そんな事はどこかに消し飛んだ。


『急げ。今夜中に向こうへ運ばないと、ならないんだ』 


 その言葉はサイモンの耳には、単に、納期の近い商品の話をしているように聞こえた。


(あぁ、そうか。こいつらには罪悪感なぞ、欠片もないんだ!)


 怒りが一気に膨らむ。


「させるかぁ!」


 雄叫びを上げながら、小屋へと踏み込む。まず目に入ったのは、簡素な鎧を身に付けた男。ロウェイ国の兵を装っているが、偽物だと瞬時に判断し、薙ぎ払う様に頭を叩き潰す。 


 男の身体が崩れ落ちると同時に、小屋の中に悲鳴が響くが、そのまま一人として逃がさぬよう入り口を背に、丸太を両手でしっかりと握る。

 鎧を着けた者はもう一人おり、粗末な剣を振りかぶり、向かってくるが、狭い小屋の中では悪手でしか無い。剣先が天井に擦れ、動きが遅れる。

 そこを狙い、正面から突く。


 グシャッ。


 鼻骨と頭蓋の砕ける感触が、丸太ごしに伝わる。


 残った者達の中で、どれがバビジか判らないため、全員、死なない程度に殴る事にした。利き手と思われる腕と、逃げ出せぬ様に足を狙い、潰していく。


「お前、騎士だろうが!き、騎士のくせに、武器を持たない者を襲うなんグギャア!」


「抵抗していないのに、殴るなギヒィ!」


 そんな言葉でサイモンが躊躇する筈もなく、次々に殴り倒していく。視界に大きな壷が入ると、怒りは更に増し、殴る腕にも力が加わる。


(コレのせいで、どれほどの領民や兵達が傷つき、命を失ったか。殺さないだけ、感謝しろ!)




  ***



 冷たい床に転がされた衝撃が、バビジの意識を取り戻させた。ぼんやりとした頭で、彼が最初に思ったのは『痛い』だった。特に右肩と左脚が痛くて堪らない。熱もあるのだろう。床の冷たさが、気持ち良く感じる。

 

「随分と人相書きと異なるように見えるが、バビジ本人で間違いないのか?」


 よく響く男の声に、そちらに目線を向ける。壮年だが、筋骨逞しい男が椅子に座り、こちらを睨んでいた。息をするだけでも押し寄せてくる痛みの中、バビジは必死に頭を働かせ、今の状態を理解しようとした。


(確か、小屋で呪毒壷の準備をしている時に、男が飛び込んできて……俺は捕まったのか?ここはどこだ?)


 何でも良いから情報が欲しいと辺りを見ると、先程の男の直ぐ後ろに、若い娘が座っているのが見えた。初めて見る風変わりな衣服で、それが噂に聞いていた聖女だと推測する。


(聖女がいるなら、レストウィック側か。なら、ここはアベケット辺りだな。すると、こっちは領主で間違いない。どうする?取り敢えず、人違いを装うか、それとも同情を誘うか……)


「間違いありません。他の者達にも、既に確認済みです」


「判った」


(同情確定か。まぁ、聖女といっても、所詮は若い娘だ。あいつらは人前では、『心優しい善人』のふりをしたがる者が多い。哀れを装えば、こちらに都合よく話を進める事が、出来るかもしれない)


 そう決めてしまえば、早かった。痛む手足をなんとか動かし、出来るだけ聖女の方を向いて、ひれ伏す。


「領主様、聖女さま。確かに私は帝国の策略に手を貸しましたが、それは全て、私の本意ではありません。無理やり命じられたのです。考えてみて下さい。一介の商人が、皇帝陛下や、公爵様の命令に逆らえるはずもなく、仕方なく」


「ほう。脅され、無理やりやらされたと申すか」


「その通りです」


「その割には、強気な契約を結んでおったの。なんじゃったかの。全てうまく行った暁には、どこぞの公爵未亡人とその娘を貰い受ける、じゃったか?それに自治区との交易の権利を全て欲しいとも、書かれてあったの」


 聖女の言葉に、バビジは愕然とした。


(まさか、あの契約書を?しかしあれは、備品倉庫の隠し部屋にしまっていたのに。しかも、あの場所の開け方は俺しか知らないはず。なのに、どうして……)


「そちの隠し部屋なぞ、とっくにバレておるぞ。先程の契約書だけではなく、多額の金品もな。大層溜め込んでいたようじゃな」


 既に没収済みじゃと、笑う。


「欲に走った者ほど、物事を己の都合良く考えがちじゃな。あれほどの被害をこの国にもたらし、私財を溜め込んだ者が、今更被害者面しても、通じぬぞ。妾をあまり侮るでない」


「わ、私は確かに報酬は頂きましたし、書面も交わしました。しかし、それは商人ですから、契約や報酬も無しに、危ない仕事を引き受ける事は出来ず、やむを得ず交わし、受け取ったにすぎません」


 直ぐ様方針を変える。有用な情報を持つものは、恩赦の対象になりやすい。元から、ここ最近の待遇には不満しか無い。乗り換え時だ。


「しかし、私はまだ帝国や皇帝に関する情報を持っております。必ずお役に立てると」


「では、一つ聞こう。隣国で、火薬を使用した事は?」


「カヤク?爆炎粒のことでしたら、私は材料の持ち込みはしましたが、完成品は持ち込んではおりません」


「では、持ちこんだ材料はどこに?」


「……これ以上の情報は、陛下の御前でお話ししたいと思います」


「まぁ、良い」


 聖女は何か考えているようだったが、直ぐに納得したようで、バビジは上手くいったと思った。


「聖女様。この者の処遇は、いかが致しましょう」


「向うも、利用できるうちは利用しておこうと思うただけであろう。じゃが、これは既に捨てゴマじゃ」


 しかし、これがあるから、ここで裁くわけにもいくまいと、バビジの手配書を領主に手渡す。

 暫くそれを眺めた領主は、バビジの王都護送を決めた。他の者たちは、領主の権限で明日、裁かれる事も。 



 翌朝早くに、バビジは怪我の治療もされること無く、荷馬車に取り付けられた木製の檻に入れらた。水の入った瓶と硬いパンの朝食を渡され、それをボソボソと噛りながら、これからの事を考えていた。


(とりあえず、生きていさえすれば、なんとかなる。王都ならば、恩のある貴族も少なからずいるし。情報を小出しにしながら、好機を伺えば……)



「魔獣が出たぞ!」


 兵士の声に周りを見回すと、右前方に六体程の魔獣の群れが近づいて来るのが見えた。まだ遠いが、逃げても直ぐに追いつかれそうな距離だ。


(護送の兵士は五名か。だが、アベケットの兵なら、問題なく倒せるだろう)


 バビジは、ぼんやりと考えていたが、


「それは大変だ。急いで逃げるぞ!」


 言うが早いか、兵達は荷馬車から馬を外し、自分の馬に繋ぎ始めた。


(何をしている?まさか、俺だけここに置いて逃げる気か?)


「おい、俺を護送するのが、お前らの仕事だろうが!」


「ああ。だが、領主さまからは、自分達の安全を最優先にするよう言われていてな」


「なら、せめて俺も馬に乗せて」


「囚人を檻から出すわけには、いかない。それに、こいつは俺の持ち馬でな。お前なんか乗せたくないのさ」


「し、しかし俺を王都に連れて行かないと、困るのはお前達だぞ!」


「大丈夫だ。手配書には、生死を問わずと書かれてある」


「後で応援を連れて戻るから、それまで頑張るんだな」


 兵士達の顔に、薄ら笑いが見えた時点で、ようやく覚った。


 (こいつ等、最初から護送する気などなかった……)


 傾いた荷車の上で、バビジは呆然としていた。


 魔獣達は、ほんの一瞬、兵達を追いかけたが、直ぐにこちらに狙いを定めたようだった。当然だろう。逃げる獲物をわざわざ追わなくとも、手に入る餌があるのだ。しかも手負いの。バビジは脚に巻かれた、血が滲んだ包帯を見る。


 あっという間に、取り囲まれた。


 ガンッ、バンッ


 この地特有のヌメリとした舌を持つ魔獣が、体当たりで、木の檻を破壊していく。バビジは檻の真ん中で縮こまりながら、恐ろしさに震え上がっていた。


「ひっ……」


 魔獣の長い舌が脚をかすめ、思わずそちらを見る。その顔が、ニタリと笑ったように見えた……

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