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五十九話

「さて、参ろうぞ」


 今回の討伐の参加者達は、既に巨大化した周王に乗り込んでいる。何度か共に討伐に出かけた者が大半の為、空へと駆け上がった時も、皆、馴れた様子だったが、一人、五月蝿(うるさ)いのが紛れ込んでいた。


「おお、これは凄い!おい、見てみろ!空だ、空!リア、エリー、俺達、空を飛んでるぞ!」


(五月蠅いの……)


 大声をあげているのは、砂色の髪をした体躯の大きな男で、その横には姫の見知った顔が二つ、並んでいる。ガレリアとエリアナだ。エリアナの顔色は悪く、その手はガレリアの腕を命綱のように掴んでおり、ガレリアの足は騒がしい男の尻を、何度も蹴っている。


「それ以上騒いだら、落とすわよ、サイ。聖女さま、良いですよね。戦力が一人分減りますが、その分私が頑張りますから」


「おい、ガレリア!それが敬愛する兄に対する仕打ちか?!」


「私に敬愛出来るような兄は、いた(ためし)はないわ!」


 戯れ合う兄妹を見る香菜姫の顔が、少し寂しげなのに気づいた華王は、何か気を紛らわせるものでもないかと辺りを見回していて、それを見つけた。


「姫様、あちらに魔素溜まりが見えもす」


 その言葉に、皆の顔が一斉に引き締まる。緊張が高まる中、エリアナが声を上げた。


「わたしの考案した方法で、浄化したいのですが、よろしいでしょうか!」


 姫が頷き、緩く笑う。


「ならば、まずは駆除せねばな」


 その声に少しだけだが、楽しげなものが混じるのを感じた華王は、それ以上心配するのは止め、


「少し待つがよい。華王」


 姫の言葉に頷くと、すいっと方向を変え、主の術が最も有効に使える高さへと移動する。そして、空中で前足を軽く踏み鳴らした。

 たちまち氷の壁がそそり立ち、辺りにいた魔獣達を囲い込み、追い込んでいく。そして。


「朱雀・玄武・白虎・勾陣(こうちん)帝久(ていきゅう)文王(ぶんおう)三台(さんたい)玉女(ぎょくにょ)・青龍!」


 縦横に切られた手刀により出来た九字の格子が、香菜姫の神力を纏い、放たれる。


 ズザ、ザンッ!


 輝く格子によって、魔獣達が一瞬で切り刻まれていくのを、新顔三人は唖然とした顔で眺めていた。それを見たバーリー達は、かつての自分達を思い出したのだろう、苦笑する。


 その後は、周王が魔獣の遺骸ごと魔素を吹き飛ばすと、その後はガレリアが影のような物を操り、蠱毒の壷を持ち上げ、エリアナが浄化して、終わった。


 そのまま、休憩する事になったので、周王達は本来の大きさへと戻る。


「少し、よろしいでしょうか」


 軽食を供された姫が、それらを食べ終わる頃、ガレリアが声をかけてきた。後ろにはエリアナもいる。


「聖女様。これから行く地はアベケットだらけですので、よろしければ私の事は、名で呼んでいただければ、ありがたいと思いまして」


「構わぬぞ。確かそちの名は、ガレリアじゃったの」


「聖女様、おれはサイモンです!ぜひ、サイと呼んで下さい!」


 急に割って入ってきたサイモンの腕を、ガレリアが小突き、それをエリアナが(たしな)める。


「兄妹で仲が良いのじゃな」


「それ程では」

「そうなんです!」


 声が重なる。否定した妹の眉間にはシワが寄り、肯定した兄は上機嫌だ。そのような様も、姫には微笑ましくも羨ましく映る。


「ところで、聖女様。祝宴の時に側に居た、小さい子達は、留守番ですか?いや、さすがに討伐は危ないですがうちの領地は、色々と面白いものが……」


「なんじゃ。『小さい子達』ならば、ほれ、そこにおるぞ」


 サイモンの質問に、姫は先程から好き勝手に寛いでいる、白狐達を示す。


「えっ、えーっ!もしかして、変身出来るんですか、うわっ、凄い!さすが聖獣様!」


 ガレリアやエリアナも驚いたのだが、サイモンの驚きように圧され、何も言えずにいた。しかも。


「もし良ければ、変身される所を見たいです!お願いします!」


 用意された座布団に、テロンと寝そべる周王の前で、サイモンは座り込み、頼み出した。これには流石に呆れてしまい、驚きはどこかに霧散する。


「重ね重ね、申し訳ありません。兄は昔から、静寂や遠慮とは、縁遠い者でして」


「よい。確かに五月蠅くはあるが、あれの言葉には邪気がないゆえ、それ程嫌な気はせぬ」


「そう言って頂けると、ありがたいです。如何せん、あの(やかま)しさから、令嬢達からは敬遠されがちでして。まぁ、腕は良いですし、性格も見たままの者ですので、今は、あれが気にならない兄嫁を募集中です。もし、お心あたりがありましたら、お教え下さい」


「そうじゃな。気にかけておこうぞ」


 欠伸をしながらそっぽを向く周王に、領地の案内をするので、なにとぞと頼んでいる男の背を見ながら、姫は答えた。




 ゲーコッ、ゲロゲロゲロッ、ヴェーッ

 びっだん!びよょよーん、べっぢょん!


 眼下に広がる後景を見た途端、香菜姫の顔は引きつっていた。アベケット領に入り、最初に遭遇した魔素溜まりは、さほど大きなものではなかったものの、そこに居たのは、蛙によく似た魔獣達だった。しかも大きさが尋常ではない。大きな奴だと、米俵八つ分は在りそうだ。


(うぅ、ぬめぬめと……しかもなんじゃ、あの大きさは……)


 おまけに、舌を延ばして獲物を捕らえる所までそっくりで、あろうことか、姫たちに向けて舌を伸ばしてきた奴までいる。


「周王、華王」


「「あいな、姫様」」


「焼き払え!」


「畏まり―。炎禍!」


「華王、一匹たりとて、逃すでないぞ!」


「承知!」


 渦巻くような炎が、あたり一面を包み込み魔獣達を呑み込んでいく。中には飛び上がり、炎から逃れようとするものや、水辺へと逃げるものもいたが、それらは全て怪しく蠢く蔓草に捕まり、炎へと引きずり込まれていった。

 後に残されたのは、黒い塊が散乱する焼け野原だ。蠱毒壺もひび割れ、中身は灰と化している。

 

(お嫌い、なんだな……)


 その場に居た者達は思ったが、誰も言葉にはしない。そして。


「あぁ、勿体ない……」


 触れた途端にぼろぼろと崩れる魔獣の遺骸を前に、残念そうな男が一人。サイモンだ。それを見た香菜姫は、ガレリアに尋ねた。


「こ奴らは、もしや食せるのか?」


「結構な時間、水に晒さねばなりませんが。食べれます」


「ふむ。鳥の魔獣と同じか」


「そうですね。味もよく似てるかも」


 見た目は全く違うのに、不思議ですよねと、首をかしげるのを見ながら、確かに食べれる物を黒焦げにするのは、些かやり過ぎかもと思う。


「仕方ないの。ならば次は、氷漬けにでもしてやろうぞ」


 その機会は直ぐに訪れた。そこは領都の直ぐ近くで、既に幾人かが、魔獣と対峙している。すかさずサイモンが大声を出す。


「聖女様、あのゴツい背中を持つのは、皮が鎧に使えます。燃やさないで」


「あい、判った」


「あ、顔の横の文様が青と赤の奴は、毒袋が採れるので、出来れば生け捕りに!」


「あぁ、うるさい。生け捕りはせぬわ!じゃが、焼かずに凍らせてはやろうぞ。まずは、あそこにおる者達を、何処かに退けよ」


「了解です。おーい、みんな、今すぐ退却だ!」


 突然上空から声をかけられ、驚いたようだが、そこは領主の息子の言葉という事もあり、すぐさま命令どおりに退却する。それを見届けると、


「華王!」


「畏まり。氷禍!」


 ピシッ、ピキッと軋むような音を立てながら、辺りが凍りついていく。危険を察し、伸び上がったものや、飛び跳ねていたものが数匹、倒れたり、落下して粉砕したが、それ以外は概ねサイモンの希望通り、原形を留めている。 



「いやぁ、助かりました。色々と在庫が減っていたので、どうしようかと思っていたんです」


 氷漬けにされた巨大な蛙が、次々と荷馬車に積み込まれて行くのを、嬉々として眺めながら笑うのは、ソバカスのある女人だった。

 名をソフィーナといい、薬師見習いで、アベケット兄妹の幼馴染みだという。


「あの肉、意外と人気がありまして」


 嬉しげに一つ持ち帰ろうとして、止められているサイモンを眺めながら、微笑む。


(おや、これは……)


「ところで聖女様。ご到着早々ですが、お耳に入れたい事が」


 ソフィーナが、急に声をひそめる。


「実はヘレム火山の向こう側から、何かが爆ぜるような音がしたと、報告がありまして」


 爆ぜる、という言葉が、姫の興味を引く。


「それは調べてみる必要が、ありそうじゃな」




 ****




(なんで俺が、こんなことを……) 


 アルロ・バビジは荷車を引きながら、現状への不満を腹の中で募らせていた。一台を四人ががりで引く荷車四台には、排泄物と草を発酵させた物がいっぱいに詰まった樽が幾つも積まれ、そこから悪臭を放っている。


 何とか馬に引かせようとしたのだが、臭いが嫌なのか、荷車に近付こうとさえしないため、結局、人力に頼るしか方法が無かったのだ。しかも人手が足らないため、自らも、引くしかない。


 バビジ商会の会頭であった彼は、『呪毒壺』(帝国での蟲毒の名称)の仕掛けがバレて、帝国に逃亡した時点で、それまでの賓客扱いから一転、失敗者として処遇されるようになっていた。

 マジックボックスを持つ部下は皇帝に取り上げられ、わずかな人員しか与えられない中で、新たに命じられたのが、偽装工作だった。


 『呪毒壺』と『爆炎粒』(帝国での火薬の名称)が作られたのは、隣国ロウェイ王国だと、レストウィックの連中に思わせるよう、命じられたのだ。しかも何ヵ月どころか、何年も前から準備していたように、見せろという。


(無茶ばかり、言いやがって!)


 挙げ句に、硫黄の取れる場所の近くの方が、信憑性も上がるだろうと言われ、わざわざヘレム火山の近くの森にまで、運ぶ羽目になったのだ。



 もう何日も荷車を引いてるせいか、段々と鼻の感覚が狂ってきたようだった。ここ数日は、あまり臭いを感じなくなっていたからだ。


 だが、すれ違う者達はあからさまに顔を背け、中には道端へと走り、吐く者さえ居る。指を差され、笑われるなどは優しい部類で、非道いものは桶に入れた馬糞を浴びせてきた。あの時の事は、思い出しただけで、屈辱感でいっぱいになる。


 本来ならば、このような汚い仕事は、犯罪奴隷の仕事とされた。だが今の帝国に、そんな者は存在しない。全員が、処刑されたからだ。しかも国民は、犯罪者が処刑された事を喜び、皇帝を称えるばかりで、なぜそんな事が起きたのか、疑問にさえ思わない。


 一部、微罪だった者の家族が、不満を口にしたが、直ぐに収まった。女、子供関係なく、皆、密かに連行されたからだ。それが今の皇帝のやり方だった。


(いっそ逃げ出してやろうか……)


 何度か思ったが、どうせ隠れて見張っている者がいるはずだからと、止めておいた。


 しかし、これが済んだら、次は『結界解除』される場所に出向いて、『呪毒壺』の材料を手に入れなければ、ならない。


(クソッ、今に見ていろ!絶対に、後悔させてやる。この世は、一番最後に笑う者こそが、勝者だ。そして、俺こそがその勝者になるべき男だ!)

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