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五話

王たちの幼い頃の愛称が出てきます。

 ジェームズ四世(国王)→ジェイ

 シャイラ(王妃)→シャラ

 タイラー・ビートン(騎士団長)→タイ

 ブレント・オルドリッジ(宰相)→レン

 ベネット・バーリー(未登場・討伐隊隊長)→ベニー

 レストウィック王国の騎士団長であるタイラー・ビートンは、今日起きたことが未だに信じられずにいた。

 国王ジェームス四世とアルトン第二王子、そしてその母である側妃トリシャの首が切り落された上に、ウィリアム第一王子は怪しげな術によって、一人の少女の駒とされたのだ。


 しかも、それ等すべてが国王の命によって召喚された、聖女自身の手によって行われたのだから。


 このような事態は想像だにしなかった。


『其方等には、その覚悟が在るようには見えんの!』


 召喚された聖女、香菜姫の言葉がビートンの脳裏に蘇る。


(確かにそうかも知れない)


 先ほどまでの陛下達の様子を思い出し、苦笑する。確かにあれでは、国を背負うものとしての覚悟が足りないと批判されても仕方ないと思ったのだ。

 ただ、それでも幼いころから共に学んだ友であり、生涯仕えると誓いを立てた主君だったのは揺るぎない事実だ。なのに、その相手を守る事ができなかった。その喪失感と罪悪感で、心が押し潰されそうになる。


『優先順位だ、タイ。間違えるな、最優先は……』


 ほんのさっきまで、自分の背にしがみつき、震えていた男の呟きが思い出された。繰り返し、何度も呟いていたその言葉こそが、彼の喪失感の元だというのに。


(あいつは小心なくせに、変なところで頑固だったから…)


 ビートンは込み上げてくる感情を振り払うように頭を振ると、今からしなければならない事に意識を戻した。


 宰相であるオルトリッジと話し合い、既に今日見聞きしたことは一切喋らないよう、この場に居た者全員に箝口令を敷いてある。今は、特急で魔術士たちに守秘契約の魔術誓約書を作らせている最中だ。それが出来上がり次第、今度は署名させる作業が待っている。


 大臣や魔術士、騎士に衛兵まで合わせて46名全員にだ。


 そして亡くなった陛下達は今、騎士たちのマントがかけられた状態で、部屋の隅に安置されている。彼等を拘束していた紐状の物は、いつの間にか消えていた。

 それらの処遇については……こればかりはシャイラ王妃やウィリアム王子の意見を聞かなければ決める事が出来ないため、王妃と宰相が戻って来るのを待つしかなかった。


 その王妃は先程香菜姫に連れられて部屋を出ていき、宰相はその後を追ったまま、どちらも未だ戻ってきていない。

 彼らが何をしているのか気にはなるが、今はこの部屋から誰も出さないことが、ビートンの仕事だ。


 何せ、先程からいろんな理由をつけては、部屋から出ようとしている者は一人や二人ではないのだから。


(こんな時に、なに考えてやがる。ちったぁ、協力しようと思えよ、クソが!)


 そんな心情が顔に出ていたのだろう。書類の束を持った魔術士が、おびえた顔で近づいてきた。どうやら、ようやく誓約書ができたようだ。

 この書類はサインする者の他に、二名の魔力を通すことによって初めて効力を発揮するため、面倒でもきちんと作動しているか、見届ける必要がある。その為ビートンはぶつぶつと文句を言う連中を一列に並ばせた後、魔術士達と協力し合って、一人づつ確認しながらサインさせていった。


 最後に魔術士たちにサインをさせ、ようやく終わりかという頃に、宰相と王妃が戻ってきた。

 ビートンが宰相達が居ない間の、不満の多かった者や部屋から出て行こうとした者の名を書いたリストを渡し、特にひどかった連中は印を付けている旨を説明すると、相手も側妃やアルトン王子の私室に賊が入り込んでいた事についての報告書が在るので、後日提出すると言う。


 次から次へと出てくる問題に痛い頭を抱えたまま、三人は話し合いのために連れ立って、ウィリアム王子の部屋に赴く事にした。


 王子はベッドで横にならず、座ったまま何やら思案しているようだったが、先ほどの苦しみ具合から考えると、体調は悪くなさそうに見えた。もっとも、大事を取るに越したことはないという事で、話し合いは王子のベッドサイドで行うことにした。

 

 その結果、三人の遺体は王宮地下にある霊廟に安置し、守秘契約の魔術誓約書にサインをさせた魔術士達によって、凍った状態を維持する事が決まった。

 そして折を見て、側室と第二王子は病死と発表し、国王も又、病に伏していると公表する事になった。そのため、急いでウィリアム王子の立太子の儀を行う必要が出てきたが、これについては日程も含め、詳しいことは後日話し合う事となった。


 また、執務は当分の間、宰相と王妃が代行することで話がついた。香菜姫の命令に逆らえない可能性が高いウィリアム王子は、しばらく外れた方が良いだろうという事になったのだ。これは、主に宰相の意見だったが、王子自身も了承したので、問題は無いと思われた。


 聖女には、王子自身が明日伝える事を約束してくれた為、この日の話し合いは終わりとなった。



 **



 階段を降り切ると、すぐに管理室と書かれた扉があった。ビートンがそれを開けると、管理人の痩せぎすな男が黙って書類を手渡してきた。手早くそれにサインして所定の箱に入れると、入ってきたのとは反対側の扉を開ける。


 湿っぽい臭いのする石造りのアーチを抜けると、その先には開けた空間があった。その中央には、厳かな佇まいの祭壇が設けられている。初代国王と王妃の名が刻まれていて、それらが、ここが王家専用の霊廟だと示していた。

 もっとも、霊廟と言っても、本来は歴代の王や王妃の遺髪のみが収められている場所なのだが、今は三つの棺が置かれる遺体安置場となっていた。


 地下ではあるものの、何本も蝋燭が灯されているため明るかったが、驚くほど冷気に包まれていた。先ほど三人の棺を安置した際、魔術士たちが氷の魔法を施したせいだろう。

 ビートンは三つ並べてある棺の側で見張りをしている二人の兵士に近づき、声をかけた。


「悪いが、少しばかり席を外してくれ」


 いくら騎士団長の頼みでもとしぶる相手に、ほんの少しの間だけで良いからと頼み込み、何とか納得してもらう。


「判りました。でも、くれぐれも棺にはお手を触れないよう、お願いいたします」


「了解した」


 返事に頷いた兵達は管理室へと歩いて行った。管理室の一角には、小さなコンロが設置されているので、暖を求めて暖かい飲み物でも飲みに行くのかもしれないと、ビートンは思った。


 触れないようにと言われた棺に近づく。彼らの落とされた首は、今はあるべきところに置かれ、切り口が見えないよう、スカーフのようなものが巻かれている。その姿だけを見ると、三人共、まるで眠っているようだった。その中の一つにさらに近づき、友の顔を見る。


「ジェイ、守れなくてすまない。それに優先順位も、あれでは守れたと言えるかどうか。しかし、さすがにあれは無いだろう。仮にも君は王なんだから、せめてもう少し毅然とした態度をだな……」


 それ以上は、言葉にならなかった。


 『だから、抗うと言っただろう?タイ』そう言って笑う友の声が聞こえた気がした。



 ≪優先順位≫。それは今から10年以上前、隣接するゲートヘルム帝国との間に不穏な空気が立ち込めていた時期に、王に成ったばかりの友が言った言葉だった。その時はプライベートな空間にいたため、言葉も互いに砕けたものだった。


「ねぇ、タイ。守る優先順位は、決まっているんだよ。一番は、ウィリアムだ。そして二番目がアルトン、三番目が妃たちで、最後が私だよ」


「ジェイは最後で良いのか?」


「うん。でも、心配しなくていいよ。きっと私は生きるために、みっともなく抗うから。カッコ悪く、いさぎ悪く、周りの人を盾にして、死にたくないと泣いて抗うよ」


「けっ、仮にも一国の王が、そんなんで良いのかよ」


「いいんだよ。私は他に出来ないからね。タイのように武力に秀でているわけでも、ベニーのように胆力がある訳でもない。かといってレンのように優秀な頭脳も、シャラのような外交能力を持っているわけでもない。そんな私に出来るのは、どんなにみっともなくても、生にしがみ付く事だけだからね。それに、生きていさえいれば、なんとでも成るから」


 そう言って笑った気が弱くて優しい友は、今、凍りついた棺に横たわり、もう二度と語らう事は叶わないのだ。



 棺の横に、ビートンはただ立ち尽くしていた。目の奥が熱く、鼻の奥は痛い。喉の奥には何か大きな塊が使えているようだった。涙ばかりか他のものまで次から次へとあふれてくるが、どうしようもない。ただ、唯一出来る誓いを言葉にする。


「あんな事になったが、ウィリアム殿下だけは、何があっても守るから。その為には、あの少女を守ることになるが、気を悪くするなよ。国を守るためには、他に方法がない。俺は何としても、彼女の信用を勝ち得て、その側に居るよ。そうやって、君の息子を守るから…守り切るから……ジェイ……」




  ◇*◇*◇



 ビートンに支えられながら椅子に座ったウィリアムは、暫くして側に来た騎士二人の手を借りながら、自室へと戻った。すぐさま侍従達の手によって寝支度が整えられ、ベッドへと運ばれたのだが、余りにも頭が混乱していた為に、横になる気になれなかった。

 ベッドに腰かけた状態で、先程起きた出来事を思い起こす。


 今朝目覚めた時は、聖女召喚に対する期待と不安でいっぱいだったが、今の情況は、不安と後悔しか存在しないのだから。


(私は生きているのに…………)


 それと同時に、幾つもの≪何故≫がウィリアムの脳内で渦巻いていた。≪何故≫己は生きているのだろう、≪何故≫アントンは部屋で待っていなかったのか、≪何故≫父はあのような失策をしてしまったのだろうか、≪何故≫母の代わりにトリシャ様が死ぬことになったのだろう、何故、何故、何故……

 勿論、彼は聖女召喚を決めた父の判断は正しいと、今でも思っている。しかし、あのような犠牲が出ると判っていたら、賛成しなかったのにと、悔やむ気持ちが先に立つのはどうしようもなかった。


 だが、それ以上にウィリアムが疑問に思ったのは、『自分達は何故、≪召喚した聖女が嫌がりもせずに、我々の手助けをしてくれる≫と、()()()()()()()のだろう?』ということだった。


 (そう、思い込んでいたのだ。相手が()()()()()



 『心優しい乙女である聖女は、異世界に来た不安を抱えながらも、我々の庇護下に入れたことを感謝し、快く我々の願いをかなえてくれる』と、頭の何処かで決めつけて、疑いもしなかったのだ。


 だが、召喚された方に視点を変えれば、拐われて、もう帰れないと言われた挙げ句、保護してやるから言うことを聞けと脅されたのと同じなのだ。当の香菜姫に言われるまで、その事に気づきもしなかった。


(おめでたい頭の集団か。確かにそうだな…)


 もしかすると、この召喚を最後まで反対していた母や宰相には、判っていたのかもしれない。自分達の問題を、異世界の少女一人の肩に背負わせるような事は、すべきではないと言っていたのだから。

 しかし、我が国がこれ以上持ちこたえるのは無理だという父の判断も又、間違いではない。だからこそ、召喚の儀が無事に行えるよう、騎士団や討伐隊、魔術師達は今日まで必死で討伐に明け暮れていたのだから。ウィリアム自身、何度も討伐に参加していたので、よく判っている。皆、聖女さえ無事召喚できれば、全て上手くいくと信じていたのだ。


 だが、その結果が今日の出来事だった。

 そこでふと、ある事がウィリアムの頭に浮かんだ。


 歴史書にも、聖女はその聖なる力をもって平穏を取り戻し、新たな国を築いたとあったが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()事に気が付いたのだ。


(もしかして、似たようなことが起きたのか?浄化の力を持つ聖なる乙女が、自分達に危害を加えるはずはない、もしくは、そんな力は無いと勝手に決めつけていた結果、聖女からの反撃にあったとしたら?)


 その可能性は否めなかった。いや、歴史書に書かれていないという事実こそが、それが真実だと雄弁に語っているしている気がしてきた。


(だとすれば、今日の事は、起こるべくして起きた事になるが……)


 しかし、自分がいまさら気づくような事を、あのオルドリッジが気づかなかった筈はないと、思い至る。


(もしかしたら、彼は今回の事を予期していたのかもしれない。だから、あれほどまでに反対していたのか?しかし、それなら、そう言ってくれれば自分だって賛成しなかっただろうに…)


 思考がぐるぐると同じところを周り、一向に答えが出そうにないこ事にため息が出た。すると部屋の扉をノックする音が聞こえ、侍従が母たちが来たことを知らせてきた。そのままベッドに居て良いからと母の声が聞こえる。


 寝室に入ってきた三人は、それぞれがひどく疲れた顔をしていたが、それも致し方ないことだと思った。


 宰相に、これからの事をいろいろと決めなければなりませんと言われたため、そのままベッド横を話し合いの場とした。話は主にオルドリッジ主導で進み、細かい日付は後日とした上で、いろんな事を決めていく。

 その中にはウィリアムの立太子の話もあった。そこでようやく彼は、自分が王になるのだという事実に直面した。昨日までは、まだずっと先の話だと思っていた事が、急に目の前に据えられたのだ。その責任の重さは、想像しただけで彼を怯ませた。


 結局、そのことに気を取られていたせいで、肝心の聞きたい事は聞けないまま、その日の話し合いはお開きとなったため、ウィリアムは再び答えが出そうにない思案の海に漂う事になった。




 明け方近く、ようやくうつら、うつらとした際、ウィリアムは幼い頃の夢を見た。それは王に対する陰口をたまたま耳にした時の事だった。『宰相の傀儡』だの、『王妃の言いなりの小心者』という言葉に腹を立てたウィリアムは、「あのようなことを言う者は、首にすべきだ」と父に進言したのだ。すると父は笑いながら、あながち嘘ではないから、怒る必要はないと言い、


「武力においては、内に向けてはビートンが、外にはバーリーが睨みを効かせてくれている。政治に関しては、内政はオルドリッジが、外交はシャイラ王妃が手腕を発揮してくれている。そして私は、それらが支障なく、円滑に回るようにする事が仕事なんだよ。それが私の王としてのあり方なんだ」


 だから、言いたいものには言わせておけば良いと。


 目が覚めた時、ウィリアムはその時の事を思い出していた。まだ幼かった彼は、納得出来ずにいたものの、父がそう言うのならと、それ以上は何も言わなかったのだ。


 だが、今なら判る。母も含めて父達五人は、互いに深く信頼し合っていたのだ。誰が上か下か、などという事も、誰かが犠牲になっているとかでもなく、四人がそれぞれの形で王を補佐し、王も又、皆を支えていたのだと。

 穏やかな父の顔が浮かぶ。その笑顔に、お前はお前としての王の在り方を見つければいいよ。そういわれている気がした……


「私は…王になるんだな……」

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