表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

58/128

五十五話 

 手前にいた者達が、我先にと足を引っ張りに行く。その為、直ぐに元公爵の身体は動かなくなったが、お構いなしに引っ張り続けていた。

 その様を暫くの間、見下ろしていた香菜姫だが、やがて首をつっていたロープが切れ、その遺体が地面に落ちた時点で、両足を切り落とした男に視線を戻した。


 男は己の膝から下の部分を、何とか元あった場所へ持っていこうと、必死になっていた。直ぐに密着させた状態で固定し、腕の良い神官に頼めば、つくと思っているのだろう。実際、綺麗に切断された場合、それは可能だという事を、姫はバーリーに聞いて、確認している。だから。


「さて、怪我人相手に尋問するのもなんじゃしの。ここは、妾の寛容さを示しておこうぞ」


 にまり笑うと、華王に目配せしてから、薬師如来の真言を唱え始めた。


「オン コロコロ センダリマトウギソワカ、オン コロコロ センダリマトウギ……」

 




(まだ、今なら……相手は一人だし、油断している。この場を凌いで、見張り役の奴に助けを求めれば、きっと間に合う筈……)


 少女が他所を見ている間にと、凍えた身体で己の膝下二つに手を伸ばし、手繰り寄せようとしていた男は、少女が振り返った瞬間、笑っているのを見て怖気(おぞけ)立った。


 その口から紡がれる、聞いたこともない呪文は、悪魔の文言にしか聞こえず、凍えていた身体に温度が戻って来ているのが判るのに、肝は冷える一方だ。

 やがて速まる鼓動に合わせて、傷口がズキンズキンと激しく痛みだし、情けない声が漏れる。しかし、それは徐々に治まっていき……その理由に気づいた男は、目を見開き、再び叫び声を上げた。


「止めろ、今すぐ止めろ!止めるんだ……」


 しかし、疼くような痛みは、既にむず痒さに取って代わり、呪文を唱え終わった少女の笑みが、更に深まる。


 男は震える腕で、なんとか身体を起こすと、恐る恐る己の両足へと目を向けた。半分程になった足の先は今、少し盛り上がった肉によって丸みを帯び、それを薄い皮膚が覆っていた。そう。傷痕は綺麗に治されていたのだ。希望は潰えた。男の足が元に戻る事は、無い。


 その絶望は即座に、怒りと憎しみへと変わる。

 

「くそう、くそう…………」


 片肘で上体を起こし、少女を睨み付けながら、もう片方の的を少女に向かって突き出す。渾身の術を込める。


(僕の足……絶対、許さない!)




「周王」


「あいな。縛!」


 パァン!


 姫に向かって、何か術を放とうとしている男の手を、周王が術ごと羂索(けんさく) 術で縛り付ける。術はその場で破裂し、男の片腕を吹き飛ばした。


「ぐあぁぁー!」


「大人しく転がっておれば、良いものを。流石に、そこまでは治してやらんぞ」


 肩を押さえながら、のたうち回る男を見下ろしながら、香菜姫が呆れた様に言う。


「聖女様、ご無事ですか!」


 爆発音がした為だろう。建物の下から、バーリーが心配気な声をあげる。


「案ずるでない。妾に害は及んでおらぬ」


 華王の背に跨ったまま答えると、姫は周王の『隠形』の札をはがし、男の拘束を命じた。そのまま地上へと降りる。


「残りの三人はどうじゃ?」


「全員、言い逃れが出来ないよう、火を着けるのを確認した後、捕らえてあります」


 バーリーが、笑顔で答える。


「上出来じゃの。では、引き上げるとするか」



  ***



 事は前日の早朝にまで、遡る。


 まだ早い時間に、オルドリッジとの面会を取り付けた香菜姫は、昨夜、地下牢に潜ませていた式から受けた報せを伝える為に、彼の執務室へと向かった。


「宰相よ、大事な式典の前にすまぬの。じゃが、緊急じゃ。どうやら昨夜、地下牢に賊が侵入しての。明日の処刑時に、何やら物騒な企みをしておることが判明したのじゃ」


「先ほど衛兵からも、似たような報告を受けました。こちらは、ダレンからの密告によるものですが」


 ここ最近の激務で疲れているのだろう。オルドリッジは眉間を揉みながら、新たに増えた問題に対処するため、新しい紙を手元に広げると、姫に話の続きをするよう求めた。


「妾は用心の為に、地下牢に式を配置しておったのじゃが、昨夜、それが異変を報せに戻って来ての」


 香菜姫は、侵入者が帝国の者で、元公爵と襲撃について話していた事などを伝え、


「式はそのまま、侵入した男の後をつけたのじゃ。其奴(そやつ)はその後、処刑場へと向かい、そこにいた仲間に何かを手渡すと、その場を去ったらしい」


 式はその場に留まり、仲間か三人である事や、何かを穴を掘って埋める所まで見聞きした後、姫の元へと戻っていた。


「その内の一つを、先程華王が回収してきたのじゃが、どうやら火薬のようでの」


「『火薬』、ですか。それはいったい、どのような物なのですか?」


「簡単に言えば、爆発する粉じゃ。妾の国では、主に武器として使用されておったの。まぁ、見て確認するのが一番であろう」


 姫に促され、オルドリッジが魔術士の演習場へ向かうと、そこには、小さな木箱がポツンと置かれていた。その横には、水干姿の周王と華王が立っている。


「では、頼む」


「暫し、お待ちを」


 周王が手を使わずに箱を開け、一部を取り出すと、華王がそれを紙でもって、きっちりと包み込む。


「参りもす」


 周王が紙の端に小さな火をつけると、おもむろに放り投げた。


 バァン!


 盛大な爆音と共に、火花がちり、爆風が起きる。それを見ていたオルドリッジの口元が、真一文字に引き結ばれた。


「ほんの一部を使こうて、あれじゃ」


 周王が箱を持ってきて、手渡してきたので、姫はその中身がオルドリッジに見えるよう、蓋を外す。

 掌に乗る程の箱だが、黒い粒状の物がぎっしりと詰められており、その中に金属片や釘等が混ぜられている。爆発と同時に、これらが飛び散る仕掛けだと判り、オルドリッジはゾッとした。


「このような技術が、帝国に……」


「材料自体は、さほど珍しい物ではないと記憶しておる。恐らくこの世界においては、魔術による攻撃が有効であった故、これまでは、あまり知られずにいたのじゃろう」


 蓋をしてオルドリッジに手渡すと、執務室へと戻る道へと向かう。先ほどバーリー討伐隊長と、ビートン騎士団長には連絡を入れてあるため、二人とも執務室で待っている筈だからだ。その道すがら。


「危険な物ではあるが、使い方によっては、便利な道具ともなる。誰ぞ、得意なものに研究させれば良い」


「聖女様は、これの材料がお判りなのですね。よろしければ、お教え願えますか?」


「硫黄と炭、そして硝石が使われておる。じゃが、さすがにそれ以上の事は知らぬ。今回手に入れたそれを使って、調べればよかろう」



 執務室では、案の定、二人が待っていた。どちらも既に黒を基調とした礼服を着ており、今日行われる式典の準備で忙しくしているところを呼び出された為か、些か不機嫌な顔をしている。しかし、そんな顔は、姫と宰相の説明を聞いた途端、吹き飛んだ。


「あの野郎、どこまで腐った性根をしているんだ!」


 バーリーが机に拳を打ち付けながら、吠えるように言い、ビートンに至っては、今すぐ処刑しましょうと言い出す始末だ。それを宰相が諫めて、今後の対応についての話し合いが始まった。


「後、幾つ埋められておるのかは判らぬが、火薬を探すのには、ムーンとトゥルーを使うのはどうじゃ?もちろん護衛は要るが……そうじゃの。バート辺りと父子のふりでもさせて、辺りを探らせればよかろう。敵も親子連れと犬ならば、さぼど警戒せんじゃろうて。回収は別の者の手で、夜中に秘密裏にさせれば良い」


 姫の提案に、ビートンが頷く。


「ならば、万が一、確認に来た時にばれないよう、土を詰めた箱と入れ替えてもいいかもしれませんな」


「導火線はそのままにしておいた方が良いぞ」


「『導火線』、ですか?」


「種火の誘導する、縄のような物じゃ。箱に取り付けられており、それを使えば離れた場所から爆発を起こせるのじゃ。爆発せぬよう細工をした上で、明日、導火線に火をつけた者を捕えれば良かろう。一人は式が覚えておる故、妾にはすぐに見つけられる。残りは其方達に任せたい」


 バーリーが直ぐに手配すると確約し、その場の話し合いは、ひとまず終了となった。そして自室へと戻る際。


「姫様、よろしかったのですか?大砲や鉄砲の話を、されもせんでしたが」


 元の世界での火薬の利用法として、最も多かったのが、『鉛や鉄の球を飛ばし、相手を殺す道具』としての利用法で、鉄砲はその最たる物だ。


「そこまで教えてやる必要はなかろう。それにあのような物は、放っておいても、いずれ誰かが思いつく。ならば、遅いほうが良い」


「でも、もし既に帝国で作られていたら、どうなさいもす?」


「妾の前には、意味のない物だと思い知らせてやるまでじゃ。その為にも、新たな札でも考えるとしようかの。もう、叱られることもないのじゃから……」


 寂しげに笑う主を見て、周王と華王は寄り添うようにその両脇を固めると、かつて弓道場に通った時のように、主の手をしっかと握った。このような状況に、自分達を追い込んだ者達を、絶対に許さないという思いを一層強め、決意する。


((我らもまた、精進せねば!))




   ****




 ゲートヘルム帝国・帝都ファリゲイト。



 ゲートヘルム皇帝クーンラート三世は今、腹立たしい報告を受けている最中だった。その風貌は茶色の髪に茶色の瞳という、平凡な色合いではあるものの、その顔には常に残忍さが浮かんでおり、強欲さに溢れている。

 そして、今は更に不機嫌が加わっていたため、周りの者は戦々恐々としていた。頭を下げ、報告の最中である筆頭魔術士のヒュープ・クープマンも、例外ではない。


「失敗しただと!」


「申し訳ございません!見張りの者の話では、狐に乗った少女によって、襲撃が妨害されたという報告が。おそらく、バビジの言っていた聖女の事だと思われます……」


 今回、刑場に仕込んだのは、最近帝国の新しい武器として使われ始めた『爆炎粒』(帝国での火薬の名称)と呼ばれる物だ。これは少量でも大きな爆発を起こす物だが、直前まで火をつける必要がなく、しかも小さい種火で良い為、魔術攻撃を避ける為の結界等にも、察知されない。

 これを処刑場の貴賓席や、一般席の地面に予め埋めておき、その時が来たら、火をつけるだけの簡単な仕事の筈だった。それを失敗したのだから、皇帝の怒りは当然とも言える。


「それで、魔術士達は?」


「今回の計画に関わった者達は全員、捕らえられたと……」


「『呪毒壺』(帝国での蟲毒の名称)のカラクリがばれた上に、『爆炎粒』による暗殺も失敗。おまけに帝国(こちら)の手の者が捕えられたというのか?!揃いも揃って、能無しどもが!」


 皇帝は怒りのあまり立ち上がり、筆頭魔術士を睨みつける。その手に抱えている『マレフィクスの魔導書』は、四年前に自らが貸し与えた物だ。


 あの中に封じられている『深淵の賢者』の知識を得るには、その度に()()()()()()()()()()として奉げなくてはならず、『呪毒壺』のときは二百人、『爆炎粒』に至っては、五百人もの犯罪者や犯罪奴隷を殺す事になった。中には微罪の者もいたが、そんな事は些細な事だった。得られた成果の方が大きいからだ。


 魔素溜りを作り出す『呪毒壺』(帝国での蟲毒の名称)で、隣接した二国の国力を徹底的に削ぎ、新たな兵器である『爆炎粒』で、一気に攻め落とすというのが、三年ほど前から秘かに推し進めていた計画だった。


 しかし、『爆炎粒』を作るのに、思っていた以上に時間がかかっていた。材料となる硝石の鉱床が、帝国中を探しても、見つからなかったせいだ。これは大誤算だった。その為、新たに百人程の生け贄を奉げ、その問題を解決する方法を、探らなければならなかった。しかし、その結果、驚く物から作れることが判った。


 人の糞尿を、ある種の草と一緒に埋めることで、人工鉱床が出来るというのだ。早急に軍の宿舎の横に穴が掘られ、そこ以外での用足しを禁止する命令を出し、近くの領民にも肥溜めを作らせ、そこに運ぶよう、命じる。当然、草は国中からかき集められた。そうまでしても、満足のいく物が安定して採れるようになったのは、ここ数ヵ月の事だ。


 まさか『呪毒壺』がバレるとは思わなかったが、既に国力は十分に削げたと判断し、次の段階に進む事にしたのだ。新国王即位のお祝いムードのところに起きる処刑場での惨劇は、レストウィック王国侵略への、大いなる一歩となるはずだった。


「バビジを呼べ」


 レストウィック王国で指名手配を受け、帝国に逃げ込んできた商人は、以前と比べると肉が落ち、些か貧相な風貌となっているが、クーンラート三世は直ぐにロウェイ王国へ行くように命じた。


「これ以上の失敗は認めん。心して、かかれ」


「ははっ」

今回出て来た火薬は、いわゆる黒色火薬と言われるもので、その材料は【黒炭(木炭)、硫黄、硝酸カリウム(硝石)】です。戦国時代、大量に鉄砲が作られますが、その際に問題となったのが、硝石でした。なんせ、日本では硝酸カリウムが採れないのです。そのため、硝石の輸入が可能であった大貿易港・堺は非常に栄えることになります。

しかし、輸入に頼るばかりではなく、自分たちで作ろうとした結果、考えだされたのが「古土法」、「硝石丘法」、そして加賀藩の「培養法」です。


また、それらとは別に、忍者の製法として、「ヨモギに尿をかけて土中に伏せこむ」というのもあります。これは微生物発酵させて、尿の中のアンモニアとヨモギに多く含まれるカリウムを反応させて硝酸カリウムを作る方法です。この方法を使って作った火薬で、焙烙火矢ほうろくひや【陶器を使った手榴弾のような物】や、埋め火【地雷のような物】を作ったと云われています。


火薬を作る為に糞尿を利用する事は、漫画「忍たま乱太郎」や、「ドリフターズ」など(どちらも未読の為、詳しい事は判りません)にも出ているそうなので、ご存じの方も多いかもしれません。私は昨年金沢に旅行に行った際、知りました。


余談ですが、『昔のロンドンでは、排泄物が窓から捨てられていた』とよく言われますが、そのロンドンでも排泄物がリサイクルされていた時代が、それなりに長い期間、あります。

各家庭に肥溜めがあり、夜になると下肥を回収して回り、船で運んで、一箇所に集めていたのです。これは主に農業肥料として使用されていたようですが、ヘンリー八世の時代(1509~1547年)には、硝石の国内生産用としても、利用されました。

日本同様、火薬を作りたいのに、硝石が採れなかったからです。

これは東インドで、硝石の鉱床が見つかるまで続きました。


ちなみに『黒色火薬の臭い』に関しては、線香花火か、パーティークラッカーでご確認を。どちらも基本的には、黒色火薬を使用していた筈です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
糞みたいな知識を糞みたいな手段で得る… 帝国というか、この世界終わってるなぁ…
帝国…ついに諸悪の根源が登場しましたねo(`ω´ )o 第二章、本当に素晴らしく…やはり香菜姫が戻れないのが悲しくてなりませんで。 なんとか、道は無いものか…と願ってしまいます。(せめて会話できる手段…
[一言] >『深淵の賢者』の知識を得るには ・・・この世界、もう滅んだろう方が良いのでは?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ