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五十四話 

 人々を押し退けるようにして現れたのは、香菜姫の足元の娘とよく似た髪色をした、中年男だった。


「あぁ、あなた。どこにいらしたの?ヤスミンが……」


「判っている。任せなさい」


 先程まで喚いていた夫人の言葉と、足元から「おどうざまぁ……」と聞こえた事から、姫は中年男が小蝿の父親だと確信した。後ろに二人、兵を連れている所を見ると、娘が潰されて直ぐに、呼びに行ったのだろう。


(ならば娘の行動を、無礼とは思うておらんわけか。しかも、城の兵士を連れて来ねば、妾の前に立つ度胸も無いようじゃな)


 案の定、男は近づきすぎないよう、注意深く距離を取りながら姫の前に立つと、殊更偉そうな態度で、


「聖女様。ここは貴女が居られた野蛮な世界とは違い、守るべき法と制度がある国でしてな。そのような乱暴な行動は、許されないのですよ。もっとも、誠意ある謝罪をしていただけるなら、捕らえるのは大目に見ても宜しいが」


 言いながら、オルドリッジの方にチラチラと視線を向ける。


「まぁ、謝罪の内容は追って決めるとして、ほれ、捕らえられたくなければ、さっさとその足をのけ…」


 スコーン!


 悦に入った調子で話す男の額に、香菜姫が投げた扇が直撃すると、男は白目を向いてその場に崩れ落ちた。


「あなた!」


「おどうざまぁ!あ、あなた、おどうざまは……ぎひっ、」


 顔を上げて抗議しようとする小蝿の頭を、再度踏みつける。


「うるさい事よ。ほんに、この親にして、この子ありじゃの。娘の非礼を詫びるどころか、妾の国を侮辱し、更には謝罪を要求するとはの。なんと、不快な」


 姫の言葉に、広間は完全に静まりかえってしまう。だが、その時。


「プッ、ふっははっ」


 笑い声が溢れた。直ぐ様、声の主である若い男に、周りの視線が集まる。背が高く痩身だが、それなりに鍛えているのだろう。均整の取れた体躯をしており、髪の色と同じく黒に近い瞳は、柔和さを纏っているが、鋭い。


「あぁ、失礼。ただ、あまりにも、父がお粗末だったので」


 若い男はスタスタと歩いて来ると、香菜姫の前にひざまずき、


「聖女様。この様な場所での挨拶となりますが、ご容赦を。ベックウィズ侯爵家が当主、ケンドリックと申します。この度は、私の愚かな家族がご不快な思いをさせた事、真に申し訳なく思います。直ぐ様排除致しますので、暫しお時間を頂きたく」


「其方の家族とな」


「はい。残念ながら」


 そう言い終わるや否や、姫の足を崩れた髪からそっと下ろす。何をするつもりか、問うように片眉を上げる姫に笑いかけると、這いつくばっていた令嬢が伸ばしてきた手を叩きはらい、その襟首を掴む。そして手早く身に着けていた宝飾品を外すと、先ほどから直立したまま待機していた衛兵に、突き出した。


「これ、ごみだから片付けて。ついでに、そこの二つも」


 周王と華王の足元に転がる、二人の令嬢を顎で指し示す。


「お、お兄さま、ひどい……」


 崩れた髪と鼻血のせいで、見るも無惨な状態となった令嬢が、文句を言うが、


「酷いのは、お前のその顔と、頭の中身だ。最低限の礼儀も覚えられないのなら、社交の場に出て来るな。それと、これは返してもらう」


 外した宝飾品をしまうと、さっさと連れていけとばかりに、追い払う仕草して見せる。衛兵達が項垂れる三人を立たせて、手早く縄をかけていると、「詰め所横の小部屋にでも、放り込んでおけ」というオルドリッジの指示が出たので、それに従う。


「聖女様の御御足(おみあし)を、あのような下品な物で汚しては、もったいないですからね」


 立ち上がった男が、香菜姫の手を取り、オルドリッジの側へと誘うが、そこへ、


「ケンドリック。あなた、どういうつもりなの!妹を助けるどころか、そんな女の肩を持つなんて!」


 娘が縄をかけられるのを、呆然と見ていた夫人が我に返ったのだろう。急に声を荒げだしたのだ。姫は横の若い男の顔に、一瞬笑みが浮かぶのを見逃さなかったが、それは直ぐに、うんざりとした表情に取って替えられる。そして。


「何度も申し上げますが、夫人。このような公の場で、私の名を呼び捨てにするのは止めて頂きたい。それに、なぜ私が()()を、助けなければならないんです?」




(あぁ、これは寄生虫を排除する絶好の口実を見つけて、ケニーが喜んでいるやつだ……)


 離れた所で行われている口論を、そろそろ止めようと思っていたウィリアムは、せっかく友が手に入れた機会だからと、このまま静観する事にした。




「ヤスミンは、あなたの妹なのよ!」


 気を失っている夫を何とか目覚めさせようと、上体を引っ張り起こしながら、夫人が反論するが、ケンドリックのうんざりとした表情は、変わることなく。


「だから、何です?そんな下らない理由で、愚かな行動を見過ごせと?厚かましくも、宰相閣下と聖女様の行く手を阻み、挨拶も無しに話しかける事からして、礼儀知らずも甚だしい。しかも、この国をお救い下さった聖女様の御召し物に、難癖をつけるなど、不敬の極みとしか思えない。そんな礼儀知らずで、恥知らずな行動を見過ごした上に、それをやった馬鹿の味方をしろというのですか?」


(こやつ、まるで猫が獲物をいたぶるように、楽しんでおるの)


 饒舌に語るケンドリックを見ながら、思う。


「仮にあの態度や発言に、全く悪意が無かったとしても、何を言っても許されるのは、幼児位です。まあ、あれの頭の中身が、幼児並みなのは、確かなようですが」


「貴方は昔からそうやって、私やヤスミンを馬鹿にして!いくら私が男爵家出だからって……」


「都合の良い解釈をして、被害者面しないでください。私は貴女の出自を理由に馬鹿にした事は、一度もありません。貴族としての最低限の礼儀さえ持ち合わせておらず、更には娘に礼儀作法を教える事を放棄している事を、非難し続けているだけです。実際、男爵家出身であっても、礼儀作法の完璧な夫人や令嬢は、この場に大勢おられる。そうですよね、レデイ・パルモア」


 言いながら、近くにいた品の良い夫人の手を取る。


「あら、侯爵様ったら。嬉しい事を言って下さるのね」


「当然です。貴女も、貴女のお嬢様方も、完璧な淑女ですから」


 にこやかに微笑みながら、恭しくお辞儀をして見せる。


 そんなやり取りの間に、オルドリッジの誘導によって、ちゃっかりウィリアムの横の席についていた香菜姫に、ウィリアムが囁く。


「聖女様、申し訳ありません。ケンドリックは、父親とその後妻親子を屋敷から追い払う口実を、ずっと探していたもので。丁度良い機会だと、思ったのでしょう」


 夫人や小蝿が、先程の若い男の父親の後妻と、その娘だと聞かされた姫は、色んな事に合点がいく。


「ふん。良い見世物じゃったわ」


「そうですな。それに、これで聖女様に無理を言ったり、言うことを聞かそうなどと考える者は、居なくなりましょう」


 オルドリッジの言葉に、新国王がうなずく。実際、ついさっきまで、聖女の説得等、容易いと思っていただろう者達は、今、恐れるような視線を向けている。

 

「ふむ。妾にとっても、丁度良かったようじゃな」


 香菜姫は、優雅な笑みを浮かべた。



  ****



 翌朝。


 午前のうちに、平民四名の処刑が執行され、午後からの四名も、既に二名は終わっていた。元子爵と元男爵は、最後まで自分達は、公爵に騙された被害者だと訴えていたが、どちらの領地も殆ど魔素だまりが無かった事や、出所不明の大金を隠し持っていたことから、同罪とされた。


 二人の遺体は、観衆から石を投げられたり、足を引っ張られたりされたため、悲惨な状態となっている。後は、最も罪が重いとされる二人の刑を残すだけとなった。


 既に刑場の前には多くの民衆が押し寄せ、罵声が飛んでいる。その中を、元アークライト公爵マックスウェルと、ダレン・ガリットソン は引き出された。


 民衆の声が更に大きくなり、「売国奴!」、「さっさと死ね」、「裏切り者」という言葉と共に、石やゴミが投げられる。後ろ手に縛られているため、幾つもの石がぶつかり、その中の一つが額に当たり、流れた血が目に入るが、それを拭う事さえ叶わない。その痛みと屈辱にマックスウェルは必死に耐えていたが、腸が煮えくり返っていた。


(今に見ていろ!お前ら全員、血祭りに上げてやる!)


 貴賓席を見ると、三人の肖像画を抱えた侯爵が、最前列に陣取り、こちらを睨み付けていた。最上段にはオルドリッジと新国王のウィリアムの姿も見える。


(そんな澄ました顔をしていられるのも、今だけだ。直ぐに……)


 その時、先ほどから騎士や兵士の数が、ずいぶんと増えている事に気がついた。マックスウェルが怪訝に思っていると、隣のガリットソンがニヤリと笑う。


(こいつ、まさか襲撃がある事を、密告したのか?ならば、襲撃は失敗か?)


 一気に不安が高まり、鼓動が激しくなる中、必死で記憶を探っていく。


(いや、まて。あの時、連絡係は隣の牢にも、何度か目を向けていた。おそらくこの程度は想定内のはず……そう、大丈夫だ。大丈夫に決まっている……)



 少し離れた建物その屋根の上で、フードの男は刑場の様子を眺めていた。


「バカだねぇ。数を増やしたって、無駄なのに」


 クツクツと笑う。予想通り、隣の囚人が密告したのだろう。しかし、そんな事は想定内というより、むしろ予定通りだった。


 おそらく、襲撃があると聞かされて、兵士の乱入か、魔術による攻撃を予測しているのは、明らかだった。騎士達は、防御の魔法陣を刻んだ盾を構えている。おそらく貴賓席にも魔術の攻撃を防ぐための、魔法陣が刻まれているだろう。


「ふふん、無駄なんだよねぇ、そんな事をしても」


 魔法による攻撃を防ぐ防具は、基本、生活に使用する細やかな魔法には反応しないように出来ている。調理の最中に少量の水を出したり、火を点けたりする程度の魔法に、いちいち反応していては切りがないからだ。

 だが今回仕込んだものは、その小さな火で結果を出せる優れものだった。


 指を鳴らし、小さな火を出すと、下へと落とす。そこにはロープのようなものが顔を出しており、それに火が燃え移る。

 パチバチと音を立て、小さな炎が地を走る。事前に埋め込んでいた誘導線だ。案の定、魔法陣は反応しない。男の笑みが大きくなった。



 マックスウェルの名と共に、その罪状が長々と述べられる中、当人はジリジリしながら、待っていた。


(助けはまだか!?いつになったら……)


 その時、バチバチと音がしながら地中を何かが走って来るのが見えた。


(あれだな!よし、これで)



 マックスウェルの顔に、歓喜が広がる。しかし、それは処刑台の直ぐ側まで来た時点で、ピタリと静かになった。


「えっ……」


 そう思ったのは元公爵だけではない。

 少し離れた場所から、刑場を眺めていた男もまた、驚愕していた。


「何で、爆発しない…?」


「妾が回収したからの」


 背後からの声に慌てて振り向くと、そこには見たことのない衣装の少女が、白い狐に跨がり、笑っていた。


(後ろをとられた?いつの間に…)


 急いで距離を取り、攻撃を仕掛けるが、その瞬間、グラリと身体が後ろへと傾いた。直ぐに視界が青空だけになり、


 ドンッ!


 上半身に衝撃が走った。仰向けにたなったまま、全身が氷のように冷たいのが判る。


(氷系の攻撃魔法を、もろに食らったのか……)


 動けなくなっている魔術師に、姫は笑いながら声をかけた。


「驚いておるようじゃの。姿を隠せるのはそちだけではないぞ。それとも火薬がばれた事を驚いておるのか?」


()()の事を知って……?」


「あれほど臭う物が、ばれないと思うておるとは、めでたいの」



 下では今、マックスウェルの新たな罪状が読み上げられていた。


「罪人・マックスウェル・アークライトは、この期に及んで、さらに帝国と秘密裏に連絡を取り、この場にいる全ての者を殺害するという、恐ろしい計画を立てていたことが、判明した」


 悲鳴と罵声が飛び交い、石が投げられる。


「この事実は、ここにいるダレン・ガリットソンによって情報がもたらされ、無事にその計画を阻止することが出来た。よって、その功績を認め、ガリットソンの刑を一つ軽い終生労働とする事が先程決定した。なお、その場所はオルバリア銀鉱山である」


 こんどは不満足の声はあったものの、拍手と喝采がそれを覆い隠す。


「さて、あちらは滞りなく、進んでおるようじゃな」


 言いながら、少女が何かを蹴った。パタンと倒れて視界に入ったそれは、見覚えの在る布に覆われた、凍った肉で……その意味する事が、じわりと脳に染み込む。


「あ、足、僕の足がぁーーー!!」


 しかし、その叫び声は歓声にかき消された。公爵が吊るされたのだ。

小便で作られた物は、『火薬』です。詳しくは、次回の後書きに書きます。

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