五十三話
ウィリアム(ウィル)の側近達の登場です。
デラノ(デリー)・エジャートン
ケンドリック (ケニー) ・ベックウィズ
サイモン(サイ)・アベケット
ガリレア(リア)・アベケット
の四人です。
ただ、自分で書いているにも関わらず、思ってしまった。頼むから、いっぺんに喋るのは止めてくれ……
厳かな鐘の音が、葬儀の始まりを王都中に知らしめす。
秋晴れの中、王宮から神殿へと、タイラー率いる第一騎士団に先導されて、黒の布に覆われた馬車が三台出発する。
先頭から、王、王子、側妃の棺が納められており、その後を第二騎士団、魔術師団、王族の馬車、そして第三騎士団と続く。沿道には、それらを見送る人々で溢れていた。時々、物悲しい楽器の音が聞こえるのは、吟遊詩人が最近流行りの、恋歌を奏でているのだと思われる。
神殿では教皇自らが出迎え、棺が厳かな音楽の中、祭壇前へと運ばれていった。
既に貴族の大半は予め決められた席に着席しており、皆、黒を基調とした喪服をまとっている。ウィリアムとシャイラは、最前列へと案内され、その着席を合図として、葬儀が始まった。
慈悲深い女神の元へと旅立った魂が、平穏に過ごす事を確約する文言が教皇によって述べられ、献花が捧げられる。今回、ブラッカー侯爵の断っての願いで、オレンジ色の薔薇が献花となっていた。そのため、費用は全て侯爵家が出している。この薔薇は、側妃との婚姻が決まった時に、王自らが、彼女の為に創った品種だという。
最後にウィリアムが献花を行い、神殿での儀式は終了した。
後は王室専用の墓地への埋葬だ。墓所には司祭と王家の者以外は入ることを許されないが、墓地のすぐ外側に献花台が設置され、一般の者達はそこに献花が出来るようになっていた。既に長い列ができており、皆、示し合わせたようにオレンジの薔薇を手にしている。あれもまた、侯爵が準備したのかもしれないと、ウィリアムは思った。
埋葬がすむと、急いで王宮へと戻り、今度は即位、戴冠式の準備が待っていた。
喪服から祭典用の式服へと着替え、控えの間へと向かう。扉を開けると、そこに皆がいた。
「よう、ウィル」
「あっ、だめでしょ、きちんと挨拶しないと!」
最初に声を掛けてきたのは、サイモン(サイ)とガリレア(リア)のアベケット兄妹だ。どちらも砂色の髪に水色の瞳をしており、背が高い。
「あー、相変わらず口煩い!」
少しばかり皮肉な物言いは、赤毛で青い目のデラノ(デリー)・エジャートン。彼は昔から、ガリレア に絡まずにはいられないのだ。よく似た色合いを持つ兄がいるが、正反対の印象を持つ。
「この度は、お悔やみ致します。で、大丈夫か?」
最後に弔意を表して来たのは、すでに爵位を継いで侯爵となっているケンドリック (ケニー) ・ベックウィズだ。
「あぁ、ありがとう」
久しぶりに見た友の顔に気が緩み、思わず足の力が抜けそうになり、慌て側の椅子に腰かける。心配そうに覗き込んで来る懐かしい顔ぶれは、どれも元気そうなので、ウィリアムは安心した。
「デリー、元気そうだな」
「まぁね。うちの兄貴程ではないけどさ。あれは化け物並みだから」
「ケニーも。領主の仕事はどうだ?」
「とりあえず、何とかやってるよ。今は寄生虫を排除する大義名分を、探している最中さ」
「変わらないな。サイ、リア。二人とも、ギリギリまで討伐に行ってたんだろ?怪我はない?」
「あるわけない!」
「問題無いわ!」
「それより、一番大変な時に、傍に居れなくて、悪かったな」
サイモンがすまな気にする横で、ケンドリックが困ったものだと言わんばかりに、首を振る。
「公爵が(前)陛下の陰口を叩いていたのは周知していたけど、まさか、あれほど王位に執着していたとはね」
「うん。帝国に手を貸すとは、さすがにね」
デラノが肩をすくめると、ガリレアが腹立たしげに言う。
「うちの領地でも、どれ程の被害が出たか。特に弱い女子供や、年寄りが…… あんな奴、絞首刑では、生ぬるいわ。いっそ、八つ裂きにしてやれば良いのよ!」
「魔獣のいる檻に放り込むのも良いな」
「それ賛成!」
少しばかり過激になっていく、妹とデラノの発言を聞きながら、サイモンは今、一番気になる事を口にした。
「それはそうと、バジリの奴は、まだ捕まってないのか?」
「バジリ商会って、うちの領地にも結構出入りしてて。今は一切来ないけど、お陰で一部流通の悪い地域が出来てしまって。そこらも何とかしなきゃいけないのよね。ほんと、腹立つ!」
すぐさま、ガリレアが口を挟んで来る。ウィリアムは、雑然とした会話が出来るのを嬉しく思いながら、サイモンの質問に答えた。
「あぁ、未だだ。隣のロウェイ王国に逃げたという情報が入ったが、あの国も、最近は国交が殆ど無い状態だからな」
一部では、既に王が殺され、代理の者が立っているという噂もある。
「まさか、すでに帝国の手下に?」
「なに、それ。隣も、帝国と手を結んだって事?」
デラノとガリレアが、直ぐ様反応するのも、以前と変わらないと思う。
「今のところ、なんとも。これまでは、国内の事で手一杯だったからね。これからの課題だ」
「やること、山積みだな」
ケンドリックが溜め息をついた時、ノックの音がして、間もなくお時間となりますと、声がかけられた。
「あら、私たちも、そろそろ戻るわ。あなたが入ってきたとき、席に着いていないと」
ガリレアが皆の背を押す様にして、部屋から出ていくが、最後に振り向き、ひらひらと手を振ると、声を出さずに『がんばれ』と口が動く。
手を振り返したウィリアムは、笑って頷いた。
今回の戴冠式は、謁見の間で行われる。晴れがましいファンファーレに迎えられ、ウィリアムズが入場すると、一斉に視線が集まった。
その中を、中央に設置された祭壇へと向かう。普段は城内の礼拝堂に置かれている女神ドラーラ像も、一時的に移されており、慈愛に満ちた微笑みを浮かべていた。その前には、王冠と聖獣プルートの飾りのついた王笏を捧げ持つ神官達と、聖書を手にした教皇が待っている。
教皇の承認宣言により、始まった。聖書に手を当て、
「今私の前に居られる方は、まごう事なき、疑いようのない国王であられる」
そう宣言した教皇の手によって、ウィリアムに王冠が被せられ、次に王笏が差し出される。それを受け取ると、此方を凝視している貴族達の方を向く。聖書に手を置き、
「正義と法を遵守し、国を治める事を、ここに宣言します。また、国教である女神ドラーラの教義を守り、その慈悲を受けるに値する信徒であり続ける事を、約束します」
一斉にラッパが吹きならされ、拍手が起きる。後は家臣の認証と忠誠だけだ。本来ならば、これはアークライト公爵家が行うべきものだが、今回の事で取り潰しとなったため、代わりにバムフォード公爵が行う事となった。まだ若いが堅実な人柄で、前公爵の後妻と異母妹を、毛嫌いしている事で有名な御仁だ。公爵はウィリアムの前に跪くと、恭しく頭を下げ、
「貴方こそが、神が認めし唯一の王。私が全ての国民の代表として、ここに生涯の忠誠を誓います」
朗々とした声が響いた後、会場に湧いた拍手が、戴冠式の終わりを告げた。
城門前広場の内側は、普段、平民は入る事の出来ない場所という事も手伝い、多くの庶民が詰めかけていた。新王がバルコニーに出た途端に、大きな歓声が沸く。ウィリアムは、その声を誇らしく受け止めながら、錫杖を持つ手を上げると、静まるのを待ち、この日のために考えていた言葉を発した。
「この二年間というもの、我が国は苦難の連続だった。災いの種はつきず、更には国を裏切るという、恥ずべき行いを取った者達の為に、更なる悲しみがもたらされた」
一旦言葉を切り、静かに聞き入る観衆を見たのち、続ける。
「しかし、今、聖女がこの地に召喚され、災いの原因や裏切り者の存在が明らかとなった。これからは、我らに災いをもたらした元凶どもに、我らの力を見せしめし時。そして、平穏で美しい我が国本来の姿を取り戻そう。その為に、私は生涯をかける事を、ここに誓う。私はこの戴冠を、未来への希望の宣言としたい!」
力強い語尾で締めくくられた言葉に、再び大きな歓声があがり、『新王に祝福あれ』、『おめでとうございます』などの言葉が飛び交い、国の記章である【白百合と白熊】が描かれた何百もの布が、大きく振られた。
****
(ようやくここまで、終わった……)
今ウィリアムは、下位の貴族からの祝辞を受け終わった所だった。流れ作業のように繰り返される言葉に、少しばかりの退屈と倦怠を感じているが、祝宴は始まったばかりで、逃げ出すわけにもいかない。しかも。
「この度はおめでとうございます」
そこで終わってくれれば良いのに、必ずと言って良いほど、『ところで聖女様は』の言葉が続くのには、うんざりしていた。最初はウィリアムの隣に控えている騎士団長のビートンが、
「聖女様は、こちらの世界に来られて日が浅いうえに、直ぐに討伐、浄化の旅に出られたのです。しかもその後は辺境伯をお連れするという仕事まで、引き受けられた為、お疲れです。皆の挨拶が終わる頃には来られます」
と、律儀に答えていたが、すでに「後で来られる」としか言わなくなっている。まだ多くの魔素溜りが残っていのだから、仕方ないとは思うものの、こうも明白だと、少しうんざりする。いつ派遣されるのかを気にする者達もまた、多かった。
(せっかく聖女が魔素溜りの原因と消滅方を見つけたのだから、まずは自らが減らす努力をしろ!たいした努力もせずに、要求ばかりを押し付けてくる輩が多すぎる。先ずは出来る事をしてから言え!)
ウィリアムはそう叫びたいのを堪え、ひたすら笑顔を張り付けて、耐えていた。
***
桃色の無地の小袖に、白地に蝶と牡丹の柄が華やかな打ち掛けを羽織り、帯は吉祥文様の銀。屋内での宴だというので、裾はそのまま引いている。
髪は、華王の手により、おすべらかしに整えられている。全身を映す鏡の前に立つ香菜姫は、自分の姿に納得の笑みを浮かべていた。
実はシャイラの侍女達が、王国の衣装を持ってきて、髪も結おうと申し出たのだが、そのどちらをも、姫は断っていた。窮屈そうなこの国の衣装に、さして興味が無かった事もあるが、何より姫の衣装の大半は、なつめが仕立ててくれた物だからだ。
(この姿の妾を侮る者がおれば、容赦はせぬ)
扉を叩く音の後、オルドリッジの声がする。
「聖女様。ご準備は、整いましたでしょうか」
「入って良いぞ。支度は済んだゆえ」
「これはまた、見事な!僭越ながら、私が会場まで御一緒させて頂きたく。よろしいでしょうか?」
「介添え役をしてくれるのか。では、頼む」
大きな扉が開かれ、迎え入れるように管楽器の音が鳴る。その中を、オルドリッジに手を引かれ、水干姿の周王と華王が両脇を固めての登場に、会場内の者たちは息を飲んだ。
その艶やかで異国情緒満載の姿は、居並ぶ貴族、特に衣装に関して、目が肥えていると自負している夫人達をも、感嘆させる。多くの視線を受けながら、香菜姫は最奥にいるウィリアムの横に用意されている席迄、静かに歩く。
「なんと、艶やかな黒髪!」
「あの刺繍、全て銀色ですわ!なんと、贅沢な」
「ご覧になって。あの羽織られている衣装を。縫い目があるのに、絵柄が綺麗に繋がっておりますわ。仕立てた後に描かれたのかしら?それにしても、なんて鮮やかな!」
「両脇の子供達、大層美しいですが、あの二人は一体?しかも、あのような衣装は初めて見ますわ」
声が飛び交うが、そんな声の中、一部の者達は、異国の衣装に身を包んだ聖女に、あからさまな侮蔑の視線を向けていた。
「この国の聖女となったからには、この国の衣装を身に付けるべきであろう」
「いくら豪奢でも、礼儀としては些か……」
そんな声に押されるようにして、しゃしゃり出てくる者達がいた。ひときわ豪華な衣装を纏った令嬢と、その取り巻きらしき令嬢達だ。彼女達は香菜姫とオルドリッジの行く手を遮る程ではないが、少しばかり邪魔に思えるところまで寄ってくると、クスクスと笑いながら声をかけてきた。
「聖女さま。そのような衣装で祝宴に出席なさるだなんて、もしかして、此方の衣装をお持ちでないのでしょうか?もし宜しけれ、ぶぎゃぁあ!」
言い終わるまで待つことなく、最前列にいた三人を、姫は神力で押しつぶした。当然、衣装の裾は肌蹴け、皆、足が半分ほど見えている。
「うるさい蠅がおるようじゃの。これは妾の国の衣装での。珍妙な小蠅風情に、とやかく言われるものではないわ」
言いながら一番手前の娘の、結い髪が崩れた後頭部を踏みつける。残りの二人には、周王と華王がそれぞれ片足を、頭に乗せていた。どこかで悲鳴が上がったが、気に掛ける事もなく、姫は隣にいるオルドリッジに質問をする。
「のう、宰相よ。この国の者は、他国の文化を尊重するという事を知らぬのか?しかも、名乗りもせぬうちから、馴れ馴れしく話しかけてくるとは。礼儀も成っておらんの」
「まことに申し訳ない。このような輩が紛れ込んでいるとは、私の不徳の致すところ。ご勘弁を」
宰相までもが、自国の令嬢達よりも聖女を優先するのを目の当たりにし、辺りは静まり返った。そんな中で、
「今すぐ、娘の頭からその足を下ろしなさい!陛下ご命令を!衛兵、直ぐに助けなさい!」
母親らしき夫人が一人、金切り声を立てるが、
「うるさいの。それ以上騒げば、此処に両の足で乗るぞ?」
「ぐっ、おがあざま、だずげでぇぇっ……」
更に力が加え得られたのか、悲痛な声が漏れるが、誰も動く事が出来ずにいた。先程まで回りを囲んでいた令嬢達は、巻き添えを食らって敵わないと、そろり、そろりと後ろに下がっていく。その時。
「今すぐ、その女達を放り出せ!」
声が響いた。
今回の戴冠式等は、先日行われたイギリス王家の戴冠式を、少しばかり参考にさせていただきました。また、ウィリアムのスピーチでは、亡きエリザベス女王が戴冠式の際、されたスピーチを、一部引用しています。
「私の戴冠式は、未来への希望の宣言です」
第二次世界大戦において、イギリスは連合国軍と共にナチス・ドイツと戦い、勝利はしたものの、その被害は甚大で、ロンドンなど都市部は無数の建物を爆撃により破壊され、死傷者も多く出ました。だからこそ、戦後の女王の戴冠は新しい時代を予感させ、希望の光となりました。女王陛下も又、そうした国民の期待を感じ取り、それに応えたいと抱負を述べたのだと思います。




