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四十五話 貞享四年(1687年) 其の七

 翌日、算術の稽古を終えた香菜姫は、ひょっこり顔を見せた次郎爺に、昨夜から気になっていた事を聞く事にした。


「次郎爺よ。あの者達は、どうなるのじゃ?」


「本来ならば、奉行所に突きだす所ですが、今回は些か特殊でしてな。恐らくは、あの者達の里の掟にのっとり、裁かれる事になるかと。気になりますかな」


「まあの。父様に、妾が駕籠に乗らなければ、事は起きなんだと言われての。ならば、あの者達も罰を受けずに済んだやもしれんと思うと……」


 呟き俯くその頭に、そっと手が乗せられる。


「そもそも、彼らがあのような事を考えなければ良かっただけの話。己の行いの結果は、己で取るのが道理。ただし、これからはもう少し、動かれる前に考えられた方が良いとは思いますがな。姫さんが思う以上に、知恵の回る者や、容赦のない者は居りますから。後、この爺を心配させるのも走らせるのも、出来れば遠慮して頂きたいかと」


 大丈夫だろうとは思っていても、やはり心配するのだと言われ、姫はさらに深く俯く。すると、こちらも幾分しょぼくれた感の周王と華王が慰めるようにすり寄ってきたので、それらを両脇に抱え込むようにし、その背を撫でる。


「次郎爺。心配かけて申し訳のう思う。妾はそこまで気が回っておらなんだ。ただ、草紙に出てくる者のような気になって、楽しんでおったのじゃ。じゃが、そうじゃの。少し考えれば、それがいかに危ない事か、いかに皆に心配をかけるのか、判る事だというのに」


 そこでようやく顔を上げる。


「皆に謝ろうと思う……」


「それが良いかと」


 優しく言われ、頷くと、まずはと直ぐ傍にいる、さきとなつめに向き合う。


「さき、なつめ。此度は心配をかけるような事をして、申し訳なんだ。今後は重々に考えて、動くと約束しようぞ」


「姫様。私どもは姫様が大事だからこそ、心配するのです。それだけ覚えておいて下されば良いので」


「そうですよ。さ、そんなしょんぼりしたお顔なぞ止めにして、このさきが(こしら)えた草餅でも召し上がってください」


 草餅という言葉に、途端に子狐達が元気になる。


「さき、我は二つ所望す」


「我も!」


「はい、心得ております」


 いつものようなやり取りが始まり、香菜姫の心も幾分軽くなった。だが。


(『己の行いの結果は己で取る』。あの言葉は、妾にも当てはまる事じゃ)


 ならば、わざと事を大きくしてしまった結果も、ちゃんと受けとめなければならない。そう考えた姫は、昨日の男達と話をしたいと思い、夕方、彼ら四人が連れていかれた屋敷奥の牢へと向かった。

 併し、今は中間頭(ちゅうげんがしら)による取り調べが行われているとかで、見張りの者に(はばま)れ、結局、近づく事さえ叶わなかった。


(『里の掟』というのが幾分気になるのじゃが、黒鉄もあまり詳しい事は知らぬと言うし。さて、どうしたものか……)



 ****



 泰福は人の気配に気づき筆を置くと、(ふすま)の向こうの男に声をかけた。


「入れ」


「はっ」


 静かに襖が開き、中間頭が入る。


「調べは済んだか」


「はい。あの者達は四人ともが鞍馬衆で、名は(あらがね)、鋼三、鋼太、鉉造(げんぞう)と申し、歳は十四から十七。今回の事は、昔馴染みである黒鉄を、少しばかりからかおうとしたけだと申しています。それに、自分達は誰も傷つける気はなかったし、実際、誰も傷つけていないと」


 それを聞いた泰福の眉間にしわが寄り、露骨に不快な顔になる。


「わしの娘を連れ去っておいて、そんな事が通用すると思っているとは、なんとまぁ、おめでたい奴等だの。で、朱鉄は何と」


「おそらく、黒鉄への嫌がらせが目的だろうと。目の前で姫様を拐われ、護衛として失格だと評されるのを期待したのではないかと申しておりました」


「まぁ、その辺りであろうな。それでも、香菜が好奇心から駕籠に乗らなければ、未然に防げたのだが」


僭越(せんえつ)ながら、起きたことは戻りませぬ」


「判っておるわ。そもそも里を抜け出し、あのような事を企んだ時点で、あの者達は鞍馬衆として失格とされよう」


 鞍馬衆は、任務以外で里の外に出る場合、総領及び副総領の許しがいる。だが、今回問題を起こした四人は、無断で里を抜け出したようだ。それだけで厳罰に処されるのは避けようが無いのに、加えて香菜の事だ。泰福としても、これを若者の悪ふざけで済ませるつもりは無い。


「やつらは姫様を、この屋敷にお連れすることも出来たのです。そうであれば、まだ許されたかもしれません」


「まあな。それで、袴の件は、どうなった」


「里の変装用の衣装の中から、よく似た物を調達したそうです。駕籠は知り合いの寺の物を、無断で借りたと白状しました。直ぐに返せば、ばれないと思ったようです」


「屋敷から盗まれた物では、無いのだな。なら良い。引き取りは、いつだ」


「明日の昼過ぎには、こちらに着くとのことです」


 娘のちょっとした好奇心が、事を大きくした事は否めないが、だからといって、厳罰を求める書状を書き直す気は無かった。第一、香菜姫だからこそ気づき、対処出来たのであって、他家の姫ではこうはいかない事を泰福は理解している。


「それと、陰陽博士からの伝言です。香菜姫様の例の札ですが、前回と同様、姫様が作られた札は、誰が使用しても目当ての効果が得られますが、他の者が作った札では、全く効果が現れなかったとのことです」


「やはりか」


 神力の低い者でも、ある程度修行を積めば作れる物だけが、正式に呪文として記する事が出来るのだ。新しい呪文が中々出来ず、昔からの呪文を使い続けているのは、その為だった。


「おそらく墨をする、式の形を整える、呪文書く、のいずれか、もしくはその全ての段階で、神力が使われている為かと」


「他の者にも作れねば、新たな呪文としては、意味をなさんな。またしても、香菜にしか作れん札とは……」


「ただ、本阿弥殿に渡した式に関しては、いくらか動きましたので、文字を加えれば何とかなるかも知れないため、少し研究したいとの事です」


「判った。進捗の報告だけは忘れぬよう、伝えおけ」


「かしこまりまして」



 ****



 久方ぶりに故郷の土を踏んだ伊造(いぞう)は、帰郷早々に、まさかの仕事に駆り出される事になった。勝手に里を抜け出し、馬鹿をやった者達四人を回収する役を命じられたのだ。


「伊造、帰って来た早々悪いな。ただ、あいつらを逃がさずに連れ帰れる者は、限られていてな」


 えらく顔色の悪い総領に頼まれては、嫌と言う訳にもいかず引き受けたが、詳しく話を聞いて、()もあらんと思った。


 馬鹿の中に総領の末息子が含まれていた上に、抜け出した理由が、職に就いた鉄組の者に、嫌がらせをするためだったというのだから。しかもその為に、公家の息女を利用しようとしたらしい。


(どこまで馬鹿なんだ?)


 そう思った。いくら総領の息子とはいえ、公家の息女になんかに手を出したら、命がいくつあっても足りないというのに、そんな事も判らないのかと呆れてしまう。おまけにその息女に、逆にしてやられたと言うのだから、開いた口が塞がらなかった。


(己の力量を弁えず、感情で動く者は、鞍馬衆が請け負う任務には向かない。今回の連中は一生、村で農作業や飯炊き等やらされる『石』の身分に落とされるだろう。『石』は逃げ出さないように、仮に逃げても里の事を喋れないよう、処置される……)


 そこで伊造は総領の顔色の悪さと、その言葉に含まれた意味を察した。


(わざと逃がすだろう者を、排除した結果の人選って訳か。仕方ねぇ)



 翌日、仲間三人で鋼三達を乗せる荷車を牽いて目当ての屋敷へと入っていくと、まだ幼いが明らかに身分が高いと判る少女が、二匹の子狐と、護衛と思しき少年と共に待ち構えていた。

 その護衛を見た途端、伊造は自分が手拭いでほっかむりをしていたことに感謝した。


(黒鉄……)


 それは自分が八年前に里に預けた少年が、成長した姿だったからだ。幸い、相手は気づいていないようで、安堵する。


「すまぬが、ちと聞きたいことがあっての」


 少女に問いかけられ、急いで声音を変えて応える。


「何でございましょう」


「其方達、鞍馬衆であろう?」


「その通りでございます」


「ならば聞くが、妾を連れ出した者達は、どうなるのか教えて欲しいのじゃ」


「そのような事を、姫様が気になさる必要は……」


「妾は聞いておる。答えよ」


「……当然、罰を受けます。ただし、命まで取られることは無いかと」


 その言葉に姫が安堵の表情を浮かべたことから、伊造は姫の心根の優しさを知り、黒鉄が主に恵まれた事を嬉しく思いながらも、当然顔には出さない。


「そうか。ならば良い。邪魔したの。黒鉄、戻るぞ」


 そうして去っていく二人の後ろ姿を眺めながら、伊造は深く頭を下げた。



 伊造は長年『浮草』として働いていた。それは一つどころに留まらず、旅をしながら情報を収集するのが役目の者を指す。

 そしてこの役に就いた者は、妻も子も持つことは許されなかった。旅先で情を交わした者が出来たり、子ができると任務に支障が出るからだ。

 その代わりとして、一人だけ、己が選んだ子を里で育ててもらえる、という決まりがあった。その大半は捨て子か、子だくさんの貧乏農家の子を貰い受ける形で里に連れてこられた。


 伊造が選んだのは、赤子の捨て子だった。黒鉄と名付け、乳飲み子の間は里で育ててもらい、粥が食べれるようになった頃から、共に旅に出た。まだ襁褓(むつき)(おしめ)も取れぬうちからと、里の女達には心配されたが、離れていると、なぜか落ち着かなかったのだ。それに、幼い子を連れた行商人は警戒心を抱かれづらいのか、仕事もやりやすかった。


 しかし、黒鉄が五歳を過ぎた頃から、少しずつ、今度は警戒されるようになってきた。元気一杯の男の子は、何か壊さないか、悪さをしないかと思われるからだ。


 だから、そこからは里で育ててもらう事にした。ただ、その為には親子ではない事を、明らかにしなければならなかった。それも又、決まりだった。一族で無い者が、里を出た後に、戻ってくる理由を無くすためだ。


 その後は、飢饉で親を亡くしたを引き取り、あかねと名付けて、これまでと同じように薬の行商を続けた。

 そのあかねも先日十歳となり、気の良い商家の夫婦の元に、奉公に出る事になった。既に黒鉄を里に預けているため、里には連れていけなかったからだ。


 これからも、たまに手紙のやり取り等をしながら親子のふりを続け、適当な所で死んだ事にするつもりでいる。


 そうして里に戻ってきたのだ。これからは田畑を耕しながら、鉄組の子供に稽古をつける仕事が決まっている。もちろん、既に黒鉄は里にはいない事は、承知の上だ。


(もう、会うことはあるまい)


 そう思っていたのに、思わぬ再会の場が用意された。鋼三が、黒鉄に嫌がらせをしようと思わなければ、こんな事は起こらなかったと思うと、運命の皮肉に苦笑が漏れる。


(さて、仕事だ)


 屋敷の者の手も借り、四人を縛り上げると荷車に乗せ、傍からは見えないよう、その上に、予め積んできた稲藁を積み上げていく。


「げほっ、ぺっ。何だよ、この扱いは!俺が誰か、判ってるのか!」


 文句を言われるが、知ったことではない。


「お前が誰か?もちろん判ってるさ。掟を破った馬鹿だ。わざわざ回収に来てやったてぇのに、扱いがどうのと言うなら、今、ここでシメるぞ」


「くそっ、おぼえてろ。里に戻ったら、父さんに言いつけてやるからな!」


(それが可能だと思っているとは、やはりこいつは馬鹿だ)



 **



「なぁ、何でだよ!何で俺が『石』になんか、ならなきゃいけないんだよ!父さん、やめてくれよ!母さん、助けて!嫌だ!嫌だ!嫌だ!!」 


 鋼三をはじめとする四人は今、総領の屋敷の前で今回の行いに対する罰を言い渡されていた。全員『石』にすると。

 『石』は逃げ出さないように、仮に逃げても里の事を喋れないよう、喉を潰され、両足の親指を切り取られる。

 既にそのための道具も用意されていた。


「後生だから、せめて痛まないよう、薬を使ってやって!」


 総領の奥方の言葉に副総領が頷き、薬缶から薬湯を湯呑みに注ぎ、鋼三の目の前に突きだす。


「これを溢したら、次はない。凄まじく痛い思いをすることになる」


 鋼三は湯呑みを凝視しながら手を伸ばすが、それはブルブルと震え、到底掴めそうにない。すると奥方が駆け寄って来て、副総領の手から湯のみを奪い、鋼三の口に押し付けた。


「飲みなさい!早く!」


 震えながらも口を閉じ、首を振る息子の口に、更にきつく押し付ける。

 その顔は苦渋に歪み、両の目からは涙が溢れているが、手は微動だに動かない。


「飲みなさい!」


 その剣幕に気圧されたのだろう、鋼三の口が少し開くと、そこに一気に流し込んだ。


 げほげほと噎せながらも、そのほとんどを飲み込んだのを確認した奥方は、安堵の為か、その場にへたりこんでしまった。

 それを見ていた他の親たちも一斉に動き、我が子に薬湯を飲ませる。


 やがて四人共がぐったりと動かなくなるのを眺めながら、伊造は今回のことは、一種のみせしめだと考えていた。掟を守らなければどうなるか。特に年若い者達へ知らしめる為の物だと。


 なぜなら、厳罰を求めるという書状の事もあり、本来なら死罪となるところを、あえて『石』としたからだ。おそらく彼らに、死んだ方がましだと思わせるためだろう。

 もっとも、あの奥方のように、それでも我が子には生きていて欲しいと願うのが、親という生き物なのだとも思った。


 ただ、今、意識の無いまま、足の指を切られている者達に、それが判る日が来るとは思えなかった。なぜなら、『石』は『石』としか婚姻出来ない。そして今、里には女の『石』は一人も居ないからだ。

コミカライズに関しては、担当編集者さんとのミーティングが始まり、少しずつ進んでおります。

設定資料をまとめたりと、することが色々あるのですが、自分の資料があまりに乱雑に、いろんな所に散らばっている事に愕然!

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術や呪いじゃなくて物理かぁ 手の指あるなら文字書けるやん
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