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四十一話 貞享四年(1687年) 其の三

この作品が『マンガBANG×エイベックス・ピクチャーズ 第一回WEB小説大賞』の二次選考を通過していました。初めての二次通過なので、凄く嬉しい!!これも読んで応援して下さる皆様のおかげです。ありがとうございました。

 人形(ひとがた)の式は、しゅるしゅると伸びながら黒鉄の両足に絡み付くと、そのまま(すく)い上げるようにして尻餅をつかせ、更に両腕をも拘束した。


「おぉ、良い感じで捕らえれたわ。これは存外、使えるやもしれん」


 香菜姫は、先日から考えていた呪文が上手く働いたのを見て、やる気のない護衛などより式の方がよっぽど役に立つと、ご満悦だ。しかし。


「香菜、これは何だ!」


 泰福(やすとみ)が目を見開き、そのこめかみには青筋が立っているのを見て、さきとなつめは顔を見合わせてため息をつき、次郎爺は苦笑していた。どちらもこの後の展開を予測してのものだが、当の香菜姫は涼しい顔で、


「護身用の式です、父様。先だっての修行で周王が羂索術を修得して参ったゆえ、妾にも似たような事が出来ぬかと色々と試しておりまして」


 ほれ、この様にと自慢げに広目天の真言と共に即縛封肢と書いた式をみせる。


 泰福は娘の相変わらずの神力の強さと、陰陽術への興味の深さに感心するも、


「基礎も出来ておらん者が、新たな呪文を創るのは危ない故禁止じゃと、前にも言うたであろうが!」


 怒鳴り声を挙げると共に、


 ごんっ!


 姫の頭上に拳骨を落とした。


「痛っ!」



 頭を押さえて蹲る香菜姫を眺めながらも、黒鉄は未だに声さえ出せずにいた。なんせ自分では、それなりの使い手だと自負している。実際、里で行われていた齢別けの対抗戦でも、ここ数年は負けた事など無いのだから。


 なのにいくら油断していたとはいえ、自分よりも幼い姫に、文字通り手も足も出ない状態にされたのだ。


「じゃが、父様。やる気の無い護衛なんぞ居っても、いざとなった時、邪魔にしかなりませぬ」


 立ち上がり、崩れた髷を引っ張りながら姫が言う。『やる気の無い護衛』。それはまさに自分の事だと黒鉄は思った。なんせ九歳の姫の護衛など、子守りのようなものだと思っていたからだ。

 直ぐに泣いて、ただをこねる我が儘姫の機嫌をとるのが、己の日々の仕事になるのだろうと決めてかかり、これまでしてきた稽古の全てが無駄になると思い、腹を立てていたのだから。その上、


『はっ、公家のお姫さんのお守りか!【鉄くず】にはぴったりな仕事だな!』


 里を出る時に鋼三(こうさ)に言われた言葉が、楔のように突き刺さり、さらに不愉快な気分になっていた。


(結局、どんなに努力しても、『鉄』にはその程度の仕事しか回って来ないんだ……)


 そんなやるせない思いが、そのまま態度に出てしまった。守るべき相手との顔合わせの場で、碌に相手の事を見ようともしなかったのだ。その結果がこれだ。


 己の情けなさに歯噛みする。小僧呼ばわりされるのも当然だと思った。仕事を請け負う者としてこの場に来たのに、やる気のなさを年下の姫に見透かされた挙げ句に、不要の札まで貼られたのだから。


 そして今、敵意をむき出しにした二匹の動物に踏みつけられていた。最初は犬かと思ったが、すぐに狐だと判った。土御門家の狐とくれば、おそらく稲荷神の使いなのだろう。炎と花の紋様を持つそれらが、黒鉄を()め付けている。


「このような腑抜(ふぬ)け、姫様を御守りできるとは思えぬ」


「そうじゃの。役立たずは、追い返えそうぞ」


 狐が人語を話したことにまず驚いたものの、それ以上に言われた言葉にカチンときた。


「ふん、こんなもの、俺が本気を出せば直ぐにほどいて……」


 そう言った途端に炎の狐がにやりと笑い、


「縛!」


 叫ぶと同時に前足をクルリと回す。途端に式の上から更に細い紐が幾重にも身体に巻き付き、ギシギシと締め上げてきた。


「ふふん。直ぐに、何だ?」


「なっ、術を上掛けとは、ずるいぞ!」


「はて、我は何かずるをしたか?華王」


「いいや。周王は姫様を手伝いしもうしただけ。我らは姫様に仕える身ゆえ」


 ニマニマと笑う狐達の顔が、鋼三のそれと重なり、余計に腹が立つ。


(くっそう、この程度……)


 必死に縄脱けの術を試みるが、縄と違って細い紐は隙間が巧く作れず、しかもぴったりと張り付いている式のせいで動くこともままならい。

 結局その状態のまま、宿舎に案内するために迎えに来た朱鉄に担がれて、中間長屋にある自室へと連れていかれる事になった。



  ****



 あきれ顔の朱鉄が手伝ってくれたお陰で、漸く拘束から抜け出た黒鉄は、板張りの床に寝転がり、これからの事を考えていた。


「なぁ、黒鉄。お前を推薦した事を後悔させるな」


 去り際に朱鉄がいった言葉が突き刺さる。


(辞めさせられる……だろうな)


 その場合は、また里に戻ることになるのだろう。そう思うと、気が重かった。




『お前は赤子の時に、鞍馬寺に捨てられていたのだ』


 父だと思っていた男からそう聞かされたのは、黒鉄が六歳になってすぐの事だった。そして、ずっと薬の行商人だと思っていたその男が、実は鞍馬衆と呼ばれる隠密や護衛を生業としている一族の者だという事を知ったのも、その時だ。


 子連れの方が警戒されない、訪れた村で受け入れて貰いやすいという理由で、俺を息子として連れ動いていたらしい。しかも、それももう終わりだと言う。これ以上大きくなると逆に警戒される場合もあるからと、お払箱となったのだ。

 そして、これからは里で訓練を受けるよう言われ、鞍馬山にある村へと連れていかれた。そこで黒鉄が入れられたのが、『鉄組』だった。


 そこは村の外れにある板葺きの長屋のような建物で、すぐ前には広い空き地があり、横手の小さな畑には、何種類かの野菜が植えられているのが見えた。

 その空き地では黒鉄よりも少し小さな者から、そろそろ大人といっていい体格の者迄全部で二十人ほどおり、数人の大人から武術の訓練の様なものを受けていた。子供は皆、貧しい百姓の子や、捨て子だという。


「ここでの訓練は辛いかもしれんが、飯は腹一杯食べられるし、将来は仕事も紹介してくれる」


 そう言って、父だった男は二歳ぐらいの子を背負い、去って行った。後を追いたいのを必死でこらえるために蹲り、顔を伏せていた黒鉄を引っ張り起こしてくれたのが、朱鉄だった。


「俺は丹波の貧乏百姓の五番目でな、体がでかいのと丈夫なだけが取り柄だと言われて大きくなったんだ。五年前、ちょっとした飢饉があってな。その時に馴染みの行商人に誘われて来たんだ」


 聞きもしないのに勝手に身の上話をし始め、黙って聞いている黒鉄の頭を撫でる。


「だが、ここでは飯は毎日二回、ちゃんと食える。訓練に励めば、やがては仕事も斡旋してくれる。まぁ、色々と面倒な事もあるが、どんな所も、住めば都と言うだろう」


 だからお前も力をつけるために、まずは飯を食えといって厨房に案内してくれ、雑穀混じりの握り飯を食べさせてくれた。何故か酷くしょっぱかったのを覚えている。



 次の日からは、師範と呼ばれる男達に言われるままに身体を動かし続けた。走って、飛んで、投げて。お陰で身体中が痛んだし、全身擦り傷だらけになったが、確かに腹を空かせることはなかった。


 十三歳と『鉄組』で一番年長だった朱鉄は、新入りである黒鉄の世話を何かと焼いてくれた。

 朱鉄という名は、ここに来た時につけられた名で、元は五助だと言い、『鉄組』の者は皆、鉄の字が入った名をつけられるのだと教えてくれたのも、彼だった。

 他にも、この村が、武芸の盛んな村として、口入れ屋等を通じて公家や武家、裕福な商家等に中間や護衛等を斡旋している事も教えてくれた。


 だが黒鉄が八歳の時、朱鉄は仕事が決まったからと言って、村を出ていったため、黒鉄はまた、捨てられた様な思いを抱かずにはいられなかった。




 後から知ったのだが、鞍馬衆は()()()()術を密かに受け継ぐ集団で、一族の者は独自の武術を、幼い頃から仕込まれていた。

 その中でも特に優秀な者達は『八本刀』と呼ばれており、彼らは非常に重要な任をまかされているらしい。もっとも八本刀になれるのは、一族の者に限られ、『鉄組』から選ばれることは無い。


 そして一族の子が入るのは『鋼組』と呼ばれ、その訓練場所や道具は、鉄組とは当然のように差がつけられていた。



 早い話が、一族の者があまりしたがらない、しかし、付き合い上引き受けなければならない仕事を押し付けるために、作られたのが『鉄組』だった。


 その事もあってか、『鋼組』は『鉄組』を【鉄くず】と呼び、バカにしていた。


 年に一回、『鋼組』と『鉄組』が年齢別で、弓術と剣術、そして体術の三種目を競う対抗戦が行われるが、鉄組の者がその三つ全てに勝てたためしは無かった。

 体術で朱鉄が何度か勝っているのは見たが、剣術と弓術ではそもそも使う武器の質から違うため、どうやっても勝てずにいた。


 黒鉄も、『鉄組』に入って三年は全く歯が立たなかった。しかし、十歳を過ぎた頃から背が伸び始め、それと平行するように技量も伸び出した。そしてその年、初めて体術の一種目だけだが勝つことが出来た。


 更に十一歳となると、ついに三種目全てに勝利し、対抗戦の勝者となる事が出来た。


 しかし勝ったからといって、『鉄組』や黒鉄の待遇が変わる訳ではない。それどころか、黒鉄が勝った相手が総領の三男坊の鋼三だったため、些か面倒な事になった。


「お前なんかがいくら頑張っても、八本刀には成れやしない!頑張るだけ無駄なんだよ!」


 事あるごとに、鋼三にそう言われるようになったのだ。彼の長兄は現在の八本刀の一人で、鋼三は将来は自分も八本刀になるものと決めていたのだ。

 だが、黒鉄に負けたことで、その将来は危うくなった。対抗戦で負けた事のある者が八本刀になったためしはなかったからだ。その為、黒鉄は鋼三に酷く恨まれていた。


(帰ったら、きっとあいつに嫌みを言われるだろうな。【お守りさえ出来ない鉄くず】だと……)



*****



「さて、どうしたものか……」


 護衛と香菜姫の顔合わせは散々な物となったが、泰福は黒鉄を辞めさせる気は、無かった。朱鉄がもう少し様子を見て欲しいと頭を下げた事もあるが、それ以上に鞍馬衆の剣技に対する信頼があったからだ。


 公にはされていないが、鞍馬衆は鬼一法眼から直に教えを受けた八人の修験者の血を引く一族であり、京八流を密かに受け継ぐ集団だ。その為、一族の者は男女を問わず剣術、弓術、槍術、棒術、抜刀術、体術からなる独自の鞍馬流と呼ばれる武術を、幼い頃から仕込まれている。

 中でも極めて優秀な者達は、『八本刀』と呼ばれ、主に天皇家の影の護衛組としての役割を担っているのだが、その存在を知る者は貴族の中でも極少数だ。


 ただ、鬼一法眼が陰陽師だったこともあり、土御門家はそのことを知る数少ない家の一つだった。その事もあり、泰福はしばしば彼らから護衛を雇い入れていた。


 もっとも泰福が雇うのは、「鉄」の名が付く者が大半を占めている。「鋼」は気位が高く、使いづらいというのが泰福の考えだからだ。


 今回、香菜姫の護衛となった黒鉄は、朱鉄が強く推してきた者だ。いわく、将来は八本刀にもなれるかというほどの実力の持ち主ではあるものの、いかんせん「鋼」ではないため、その資格が無い者だという。


「だからこそ、こちらで雇うて頂きたいのです」


 雇って五年、息子の専属として一年。真面目に勤めた男が薦めてきた上に、歳別け対抗戦の三年連続の勝者なのだ。その実力は疑う余地は無かった。


(当人のやる気はともかく、優秀な護衛が雇えたのは、有り難いことよ。だが、肝心の香菜や神使達が要らんとごねているのはどうしたものか……ここは一つ、本阿弥殿に相談してみるか……)


鉄と鋼はどちらも原材料は鉄鉱石で、鉄(Fe)と炭素(C)からできています。その違いは含有している炭素量です。これは鉄が0.02%未満、鋼が0.02%~2%で、炭素量の多い方が、硬く強くなる傾向があります。

鋼は、鉄により強度を持たせるために、意図的に炭素量を増やした合金で、鉄に比べると強度と靭性じんせいと呼ばれる粘り強さに優れています。さらに加工もしやすいので、一般に広く用いられる合金です。

そして炭素量が増えるほど、鋼は強く硬くなっていきますが、同時に靭性やしなやかさが失われてしまい、増えすぎると、固いけれど折れやすい物となります。



羂索術 羂索とは仏像が手にする持物じもつの一つで「羂」がワナ、「索」が縄を意味し、この話では「縄や紐を使った捕縛術」という意味合いで使用しています。なので「〇術廻戦」の登場人物とは関係ありません。


鬼一法眼は『義経記』に登場する文武の達人で、京の一条堀川に住んでいたとされる僧侶の身なりをした陰陽師です。また剣術においても、多くの剣術の源流となった京八流の始祖として、崇められています。伝説上の人物とされますが、鞍馬寺境内には鬼一法眼を祀る鬼一法眼社があります。

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