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二話

「さて、妾からの情けじゃ。最後に会いたい者がおるのなら、申してみよ」


 床に転がされた三人に香菜姫が質問すると、ウィリアム王子は一瞬躊躇するも、


「母に…」


 そう答えた。


「あい判った。これ、そこの者、こやつらの母親を連れて参れ。ただし、今度謀ろうとしたら…判っておろうな?」


「はっ、はい!」


 命じた男があわてて部屋を出ていくのを香菜姫が見ていると、華王が何かを咥えて側に寄って来た。

 それは今朝出掛ける際に、長い髪が道中の邪魔にならないようにと、さきが挿してくれた(かんざし)だった。姫の脳裏にその時の皆の楽し気な顔が浮かび、思わず感情が揺れる。


(まだ、駄目じゃ。今はまだ…)


 きつく目を閉じ、乱れかけた息を整える。そうして、


「華王、礼を申すぞ」


 周りに聞こえないよう、そっと労いの言葉を呟くと、簪を懐に入れたのだった。




 しばらくするとドタドタという足音に先導され、二人の女性が部屋に駆け込んで来た。

 一人は濃緑(こみどり)の衣装を纏い、装飾品は結い上げた髪を飾る冠と、耳と首元の金細工のみだが、洗練された雰囲気を醸し出しており、もう一人は、少しばかり目に痛い山吹色の衣装で、赤銅色の髪や首元だけではなく、腕や指にもゴタゴタとした宝飾品を着けている。

 二人は国王達が拘束されているのを見て、共に驚いた様だったが、その後の行動は全く別の様相を呈していていた。


「だから、あれほど反対しましたのに…」


 そう呟いた濃緑の衣装の女は、香菜姫に向き合うと、深々と頭を下げた。


「シャイラと申します。聖女様におかれましては、このような事に巻き込んでしまい、大変申し訳無く存じます。この国の王妃として、深くお詫び申し上げます」


 すでに事情を把握しているらしきその言葉に、この世界にもまともに頭が働く者が居たのかと香菜姫が思うも、


「あら、シャイラ様。このような者に頭を下げる必要は有りませんわ。異世界から来た聖女とか言っても、所詮は物知らずな小娘でしかありませんもの」


 山吹色の衣装の女が、シャイラと名乗った女を押し退けるように前に出てくると、手にしていた扇子を姫に向けた。


「あなた、今すぐ陛下達を解放しなさい!彼らはこの国で最も尊い身分の方達なの。このような無礼を働いて、許される相手ではないのよ!」


「ほう、無礼と申すか」


 山吹色の女の高圧的な言葉に、香菜姫の魔力が蠢く。その事に気づいた騎士団長が、慌てて動こうとするが、その前に王妃シャイラの声が響いた。


「トリシャ、今すぐ黙りなさい!」


「でも、シャイ…」


「黙れと言ったのです!」


 不満げな顔をしながらも、口を閉じた女を見ていた香菜姫が、


(この女人、次に何か言おうものなら、脳天から圧をかけてぺしゃんこにしてやろうぞ)


 等と少々不穏なことを考えていると、王妃がそれを止めるかのように手を上げ、一歩前に出た。そして先ほどよりもさらに深く頭を下げる。


「側妃トリシャの無礼に関しましては、わたくしが代わってお詫び申し上げます。また、聖女様のお怒りはごもっともと存じます。ですが、子の不始末は親の責任。もし宜しければ、わたくしの命を引き換えとして、我が子ウィリアムの命を助けて頂ければと、お願い申し上げます」


 そう願い出た。その言葉を聞いたウィリアムは驚きに目を見張り、声をあららげる。


「母上、駄目です!お止めください!私はただ、最後に母上にお会いしたかっただけです。その様なことをさせるためでは…」


「良いのですよ、ウィリアム。あなたにはこれ迄、あまり親らしい事はしてやれなかったのだから、最後ぐらい母親らしい事をさせてちょうだい」


 その言葉に何も言えなくなったウィリアムは、唇を噛みしめながら、ひたすらに首を横に振り続けた。

 しかし、そんな母子の会話を聞いていた王は、自分の代わりを申し出る者が現れないか、期待したのだろう。


「なぁ、わしも…誰か…」


 必死に身体を起こして回りを見るが、先ほどの騎士団長の例もあるため、名乗り出る者がいる筈もない。



「で、其方(そち)はどうする?」


 今、香菜姫の視線は側妃トリシャに向いていた。アルトン王子も、すがるような視線を己の母親に向ける。


「母上、助けて下さい!」


 誰も王や王子達を助けようとしない上に、王妃が我が子の身代わりになると申し出をしたこの流れでは、自分も又、息子のために首を差し出さなければならないのだと気付いたのだろう、側妃の顔色が変わった。同時に、漸くこの場を支配しているのが誰なのか、判ったようだった。


「わ、私は…」


 香菜姫は、アルトンと姫の顔を交互に見ながらも、なにも言えずにいる側妃に対し、呆れたように鼻で笑うと、哀れなその息子に目を向けた。


「ふむ、どうやら其方の母は、息子のために差し出す首は持っておらぬらしい」


「そんな…母上…」


「ち、違うわ!わたしはそんな事は一言も…」


 ヒステリックに弁明する側妃を無視して、香菜姫は王妃に尋ねた。


「妾はこの国を救って欲しいと、お主の息子に言われた。≪この国≫とは、お主にとって何じゃ?こやつらか?それとも…?」


「この国に住まう全ての民にございます」


 一瞬の躊躇もなく王妃が答える。


「ならば、息子一人の命程度は諦めよ」


 姫のその言葉に、王妃は苦し気に目を閉じるが、その時、ここぞとばかりに側妃が口をはさんできた。


「でも、王や王子は国の要です!要無くしては、国は立ち行かなくなりますわ!」


 聞いた事には答えぬくせに、聞かれもしない事に口を挟んでくる側妃に対して、香菜姫は容赦なかった。


(うるさ)いわ!」


 言葉と同時に姫の魔力の圧がぶわりと動くと、


ビタンッ!


 という音と共に、側妃が俯せに倒れた。


「ぐぇっ…げっ…」


 結い上げた髪は無残につぶれ、その口からは、押し潰されたカエルのような声が漏れるばかりだ。


其方(そち)には、聞いておらぬ!その要のために差し出す首を、其方は持っておらんのだろうが。ならば黙っておれ!それに神に縋るしか能の無い者の首なんぞ、すげ替えても周りが有能ならば、なんとでもなろうぞ。

そもそも他国が攻めてきた場合、真っ先に狙うは城主の首じゃ。国を背負うということは、その覚悟をするということでは無いのか?だが其方等には、その覚悟が在るようには見えんの!」


 そう言うと、香菜姫は王妃の方を向いた。


「じゃが、こちらの母の思いはよう判った。では、一つ提案しよう。おぬしの息子に≪魂縛り(たましばり)≫の呪をかけ、妾の駒となる事を承知せよ。さすれば、お主が息子の代わりとなることを、妾もまた認めようぞ」


 少しばかり楽しげな様子で、案を提示する。


「それは…」


「心配するな。別に傀儡人形に成るわけではない。妾の命令に逆らえなく成るだけじゃ。もっとも、そやつが死んでも妾はなんともないが、妾が死んだら、そやつも又死ぬがの」


「…それでも、我が子には生きていて欲しく思います」


 香菜姫はその返事に満足げにうなずくと、転がされたまま呆然としているウィリアムに向き合い訊ねた。


「そなたの母はそう申しておるが、どうする?」




 ウィリアムはひどく葛藤していた。確かに自分はまだ、死にたくはない。しかし、母を身代わりにしてまで生きたいとは思わないし、誰かの言いなりとなる未来も必要ない。そう思っていた。

 思っていたが、≪それでも、我が子には生きていて欲しい≫という母の言葉が、その願いが、己の死にたくない、生きたいという欲を後押しする。母を見ると、少し寂し気だが微笑んでいて…


「…母の望みのままに」


 ウィリアムは、己の口から零れ出たその言葉に嫌悪を感じながらも、まだ生きることが叶った事に、ほっとしている事実を否定できなかった。そんな自分の浅ましさが嫌で、情けなく、腹立たしい。きつく目を閉じ、唇を咬む。

 滲む涙が、非力で何も出来ない自分を顕してる気がした。




「あい判った。では、」


 そう言って頷いた香菜姫が、懐から小振りな剣を取り出して徐に近づいてきた為、ウィリアムは思わず身構えたが、姫は彼の前でしゃがむと、その額に小さな傷を付けただけで、すぐに立ち上がった。


 そして剣に着いた血を指に取り、人型の依り代に血で何やら文字を書いていく。書き終わると、次に自分自身の指先にも傷をつけ、さらに文字を書き足していった。そうして出来上がった呪符を手に、


「さて、こんなものかの。周王、華王、良いか?」


「「あいな、姫様。万端にて」」


 姫の問いかけにそう答えたのは、二匹の狐ではなく、不思議な衣装を纏った二人の子供だった。


 異世界の者達は知る由もないが、それは水干と呼ばれる衣装で、一人は炎を思わせる緋色を基調とした裾濃(すそご)括袴(くくりばかま)に、やはり緋色の水干を着籠(きこ)め、もう一人は氷を思わせる白藍を基調とした裾濃の括袴に、こちらも又、白藍の水干を着籠めている。


 色違いの衣装を纏い、眉の上と肩の上で切りそろえられた髪型の二人は、幼子の姿を取っては居るものの、妖しいまでに美しかった。これから何が行われるのか、固唾を飲んでいた者達でさえも、その姿に思わず見惚れる。


 (これは…聖獣様が化身されたのか?)


 ウィリアムもまた、呆けたようにその姿に見入っていたが、彼らが自分に近づいてきた時点で、ようやく拘束が解かれていることに気づいた。幼子たちは彼を立たせると、その両脇を固め、幾つもの鈴を付けた楽器(神楽鈴)を、どこからともなく取り出した。


 香菜姫が呪符をウィリアムの額に張り付けたのを確認すると、幼子達は一度礼をした後、鈴を揺らし奏でだす。


 リンッ、リーン


 その鈴の音を合図に、香菜姫が呪文を唱え始める。


泰山府君(たいざんふくん)に謹んで(もう)さくー、我が血を贄とー、結びたまえー』


 すると、姫の唱えに合わせるように、呪符から何本もの細い紐が、シュルシュルと音を立てながら伸びてくる。それはさながら生きた蛇の様であり、ウィリアムの周りを跳ねるように舞う二人が振る鈴に触れると、その度にうっすらと輝いた。


シャリン、リーン、シャリン、リーン…


 香菜姫の声に沿うように、鈴が振られる。


『その(こん)我の盾となりー、その身は我の駒としてー』


リーン、シャリン


『我が意にのみぞ従いてー、数多の災に挑めしをー、核より深く刻みたもうことをー、(うやま)て申すー』


 そして、紐は徐々にウイリアムの身体に巻き付いていく。それは鈴が振られる度に透明感を増していき、


シャリリーンッ!


 長く尾を引くように鈴が打ち鳴らされると同時に、


パンッ!


 香菜姫が一つ開手を打ち、高らかに唱う。


『 縛!』


 その瞬間、紐は呪符と共に、一気にウィリアムの身体に吸い込まれた。


「ぎっ、くっ…ぅ」


 ウィリアムが顔を苦痛に歪め、胸を押さえてうずくまる。


「術に抗えば抗うほど、苦しいぞ。まぁ、好きにすれば良い。結果は同じじゃ」

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