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二十二話

 ウィリアムが王に成るための儀式迄、後八日となった日。香菜姫は、バーリーをはじめとする精鋭部隊と共に、再び魔獣討伐・魔素溜まりの浄化に向けて、出発した。


 今回は、裏鬼門にあたるエジャートン領と、それに隣接するキャラダイン辺境伯領周りが主で、彼等が王宮での儀式に出席出来るようにするのも、目的の一つとされている。


 そのため、行程は事前に姫とバーリー、そしてシャイラの三人で話し合ってあった。ウィリアムとオルドリッジは儀式の準備で忙しく、ビートンも同じだからだ。


「今回は、妾とバーリー達だけでかまわん。前回と違い、すべき事は判っておるでの」


 それに、その方が身軽じゃと言う姫の言葉に、バーリーも同意する。


「先ずは、聖女様が裏鬼門と仰るエジャートン領へと向かい、その後、王妃様のご実家でもある辺境伯領地へと向かうべきかと。その後は、街道沿いに王都へと戻りながら、目についた魔素溜まりを中心に討伐、浄化をしていけば、良いと思われます」


 討伐隊長の言葉に王妃も頷く。


「そうですね。わたくしも、それで良いかと。先日、全ての領主に、魔素溜まりの消滅方法を伝える書簡を送りましたので、小さい物でしたら、各々で対処出来るでしょうから」


 そう言って、バーリーの方を向くと、


「いくら聖女様の浄化の力が素晴らしいとはいえ、自分達で出来る事までお願いするのは、間違っています。もし、その様な事を言う者がいても、取り合う必要は有りませんからね」


 と、しっかり釘を刺す。こう言っておけば、例え高位貴族であろうと、無理は言わないはずだとシャイラは考えていた。バーリーは民衆の人気は高いが、その身分が子爵だということで、下に見る者が居ないわけではない。


 特に、彼の重要性が判っていない子息や奥方、令嬢達は、要注意な存在だった。


「重々承知しております」


 その返事に頷くと、王妃は次に姫の方を向き、


「それから、香菜姫様。お手数でしょうが、兄への手紙をお預けしても、よろしいでしょうか?」


「かまわん。その程度、たいした手間ではないしの。そうか、其方(そち)には兄が居るのか……」


 少し、年が離れていますがと微笑むシャイラには、兄が二人おり、長兄が現・キャラダイン辺境伯で、次兄は辺境・国境部隊の隊長だという。その二人に宛てた手紙は、出発の直前に受け取り、今は姫の不思議収納箱の中だ。


 前回同様、それぞれが華王、周王に乗っての移動で、目的地まで止まる予定は無かったのだが、半ば迄来た時点で、眼下の街が魔獣に襲われている場に行き当たった。


 さすがにこれを見過ごして進む訳にも行かず、香菜姫は華王に降りるよう命じ、周王も後に続く。


 ただ、この街は外壁が無く、代わりに柵が張り巡らされているが、それも数か所破壊されており、既に多くの魔獣が街中に入り込んでいた。

 住民達は逃げ惑いながらも、兵士の指示のもと、出来るだけ頑丈な建物へと避難している最中(さなか)で、被害はまだ、それほど出ていないように見えた。


(しかし、これでは九字は使えんの。ならば…)


「バーリーよ。この場は其方(そち)達に頼みたい。妾は、先に魔素溜まりを浄化してこようぞ」


 姫はバーリー達にそう言うと、華王に合図して再び空へと舞い上がり、少し離れた場所に見えた魔素溜まりへと向かった。




 それは、これまで見てきた中では、さほど大きいものではなかったが、出来たばかりなのか、姫の目には、魔獣が産み出されるのが、他よりも早いように見えた。

 しかもすでに、十名ほどの兵士と三人の魔術士が魔獣と戦っていたのだが、次々に産み出され続ける魔獣達に、押されているのは明らかだった。


 おまけに、こちらも人・獸混じっての混戦状態のため、やはり九字が使えそうに無い。


(邪魔じゃの……)


 煩わしさに、ため息をついた姫だが、じっとしていてもらちが明かないので、退魔と書いた呪符を数枚取り出し、息を吹き掛ける。そして。


「退きや!」


 上空から声をかけ、呪符を放った。


急急(きゅうきゅう)如律令(にょりつれい) 呪符退魔(じゅふたいま)!」


 パン、パパンッ、パンッ!


 目の前で魔獣が弾け飛ぶ様を見て、驚きに目を見張る者達に、姫は再び声をかけた。


「退けと言っておろう!邪魔じゃ!」


 漸く、自分達が言われた事に気づいたのだろう。不思議そうに上空を見て、香菜姫を目にした途端に、再び驚く。しかし、その場を動こうとするものは居らず、逆に睨み付けて来るものまでいた。指揮をとっている兵士だ。しかしそんなものを、姫は一顧(いっこ)だにしない。


「次は巻き込まれても、文句を言うで無いぞ!」


 そう言うと手刀を構え、九字を唱え、放った。


「朱雀・玄武・白虎・勾陣(こうちん)帝久(ていきゅう)文王(ぶんおう)三台(さんたい)玉女(ぎょくにょ)・青龍!」


「「「ぎぎゃゃぎぃぃぃぃぃぃぃっ」」」


 すぐ目の前で魔獣達が断末魔をあげながら、切り刻まれていく様を呆然と見ていた兵達だが、さすがに言われた事を理解したのだろう。一斉に下がり、魔獣達から距離を取った。


 そこへ、姫は空かさず二回目の九字を放つ。そして、三回目を放った所で、生き残った数匹が逃げたものの、大方、片がついた。


 しかし、香菜姫が地面に降りる事は無かった。なぜなら、先程の兵達が、姫に向かって剣を構えていたからだ。もっとも、敵意を向けて来ているのは先頭の若い男だけで、残りの者達は、命じられた為、とりあえずといった感じではあったが。


「おい、女。見慣れん服を着ているが、どこから来た? それに、その狐はなんだ。空を飛ぶ狐なぞ、怪しいにも程がある!」


 赤みかかった金色の髪に、水色の瞳をした若い男が香菜姫に剣を向け、今すぐに下りてこいと、大声を張り上げる。


(降りたら確実に攻撃してくる者がおる場所に、降りる阿呆(あほう)が何処におる。まぁ、あの程度、どうとでも成るが)


 確かに、初めて見る者達にしてみれば、己の着物や華王は不思議に思えるかも知れないとは思ったものの、だからと言って、横柄な態度を許容する理由にはならない。しかも、姫以上に華王は不快だったようで、


「姫様。奴めら、全員凍らせても?」


 尻尾を膨らませ、殺意を隠そうともせずに、聞いてくる。


阿呆(あほう)相手に、そう(いきどお)るでない。そうじゃの。少しばかり、凍え、動けなくさせよ。邪魔さえせねば、良いわ」


「畏まりー!ふん、うまい具合に集まりよるわ。では、梅蕙草(ばいけいそう)を少しばかり使いますゆえ、口元を抑えていただければ」


 そう言ってニマリと笑うと、空中で前足をタンっ、と踏み鳴らすような動きをする。瞬く間に兵士たちの周りに分厚い氷の壁がそそり立ち、閉じ込めた。


 まさか、そのような反撃を受けるとは思わなかったのだろう。一斉に慌てふためくが、その全てが遅かった。


朧舞(ろうぶ)!」


 氷の壁の内側に、ふわりと雪のような舞い降り、それと共に、潰した植物の臭いが辺り一面に満ちる。


「「なっ、これは……」」


「「えっ、身体が…冷たい…」」


「くそっ、毒か……」


 なんとか冷気や、得体のしれない臭いから逃れようとするが、閉ざされた壁の中は、互いの距離が近すぎるため、剣を振るうことも氷を融かす火魔法を放つ事もできない。おまけに、息を吸うたびに冷たい痺れが体の中からじわじわと全身へと広がり、動けなくなっていくのが判った時、恐怖が兵士たちを襲った。その為、


「ひっ、お助けを……」


「お願いです、助けて……」


 上を見上げて姫に手を伸ばし、懇願する者も出てきた。しかしその時、先程の男が叫んだ。


「おい、お前ら何をしている!今すぐ俺を守れ!」


 しかし、そんな理不尽な命令を聞こうにも、兵達は寒さと痺れで次々と動けなくなっていき、折り重なるようにして倒れていった。叫んだ男も当然動けなくなり、そうして、全員が倒れたのを見届けてから、姫は魔素溜まりの側へと降り立った。


「さて、漸くじゃ。華王、頼んだぞ」


「あいな、姫様!」


 姫の唱える真言に合わせて、花紋様の白狐が霧をおこし、魔素溜まり全体を覆い、凍らせていく。


「オン アボキャ ベイロシャノウ マカボダラ マニハンドマ ジンバラ ハラバリタヤ ウン、オン アボキャ ベイロシャノウ…………」


 

 そうして浄化が済み、水が引いた後からは、やはり壷が現れた。しかしそれは、これまでと違い、埋められてはおらず、地面にポンと置かれていた。


(よほど慌てていたのか、それとも……)


「さて。周王がおれば、さっさと燃してしまうのじゃが、どうしようかの?」


 壺を前に、姫が思いあぐねていると、


「姫様、ご無事で!」


 上から声がかかった。見ると、バーリーを乗せた周王が、まさに舞い降りようとしている所だった。


「おぉ、ちょうど良いわ。周王よ。今、これを燃してしまおうと思ておったところじゃ」


「ならば急ぎて!」


 姫の言葉に、すぐさまバーリーを降ろした周王が走り来る。


「ノウマク サンマンダバザラダン カン、ノウマク サンマンダバザラダン カン……」


 香菜姫が不動明王の真言を唱えると同時に、周王の炎が舞い、壺は瞬く間に燃え尽きた。




「さて、漸く済んだの。しかし何故、バーリーだけなのじゃ?他の者達はどうした。まだ片付いておらぬのか?」


 不思議そうに聞く香菜姫に、困った顔をして討伐隊長が答えた。


「いえ、既に街に入り込んでいた魔獣どもは退治したのですが、どうやらこの地の領主のご令嬢が、是非とも聖女様とお話されたいと申されまして……」


「なんと面倒な。そのような者の相手をする必要を、妾は感じぬが」


「私もですが、どうしてもと言われて断りきれず。ところで、聖女様。この氷の塊は一体?」


 先程華王が作り上げた氷の壁に気づいたバーリーが聞いてきたので、姫は先程起きた事の次第を説明した。


「浄化の邪魔じゃった為、退くように言うたら、歯向かってきての。暫くの間、凍え、痺れてもらう事にした迄じゃ」


 そう言いながら、姫は華王に氷を融かすよう命じ、また暴れると面倒だからと、融けたと同時の捕縛を周王に頼んだ。


「「畏まりー」」


 返事と共に、すぐさま氷の壁は消え、代わりに紐で体中を巻かれた芋虫のような兵士達が、小山のように積み上がった。その数にバーリーは少しばかり驚いたようだが、兵達の中に、どうやら見知った顔があったようで、


「これは、連絡を入れておかねばならんな」


 と呟くと、懐から何やら筒のようなものを出してきて、それを地面に刺すと、火をつけた。最初は炎が出ていたが、やがて収まり、その後はゆらゆらとした煙が上る。


「バーリーよ。それは、狼煙(のろし)か?」


「はい。煙は半時間ほど出続けますから、探しに来た者たちが、見つけやすいかと」


「確かにの。さて、とりあえず、戻るとしようぞ。さっさとせねば、色々と間に合わんからの」


「彼らは?まさか死んだりは……」


「死にはせん。まぁ、しばらくは冷えと麻痺に苦しむかもしれんがの」


「さて、皆を迎えに行こうぞ」


 そう言って華王の背に乗り、周王と共に先程の街に戻ったのだが、姫が思うほど、簡単にはいかなかった。





「聖女様、ぜひともわが領地にある、全ての魔素だまりの浄化をお願いします!そして、傷ついた領民達を、癒して下さい!」


 今、香菜姫の目の前には、若い娘が跪き、目に涙を浮かべて懇願していた。




 今から少し前、香菜姫が街の開けた場所にいる討伐隊員達の元へと、周王と共に舞い降りると、数名の兵士に囲まれ、上等の衣裳を着た娘が、こちらを凝視しているのが判った。その赤みかかった金色の髪と、水色の瞳見た途端、姫は嫌な予感がした。


(面倒くさい事にしか、成らん気がする…)


 案の定、娘は姫の前まで走り寄ってきたかと思うと、両手を握りしめて地面に跪き、先程の言葉を叫んだのだ。おまけに、


「お嬢様、なにも、自ら跪かれる事などございませんのに…」


「良いのよ、ばあや。私はこのぐらい、なんて事無いわ。だって、大事な領民達の為ですもの」


「お嬢様、なんてお優しい……」


 などという、三文芝居付きだ。


(喋る度に、此方をチラチラ見おって。ほんに、面倒くさいの……しかも、この髪に、瞳。ついさっき、よう似た顔を、見たところじゃ)


 香菜姫はため息を一つ付き、隣に立つ討伐隊長に声をかけた。


「バーリーよ。この世界の者達は皆、押しなべて、此のように強欲なのか?それとも、この娘のような顔をした者達が、特に厚かましいだけなのか?」


 その言葉を聞いた娘の顔が不快に歪んだのを、姫は見逃さなかった。

今回登場した梅蕙草ばいけいそうは、全草アルカロイド系の毒を有する毒草です。困ったことに山菜のオオバギボウシとよく似ており、誤食されることの多い植物でもあります。山菜取りが趣味の皆様、お気を付けください。

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― 新着の感想 ―
[一言] まあでも三文芝居でもしない奴よりは、まとも。
[良い点] やはり時代は暴力……暴力が全てを解決する……!! 姫様の最後のセリフは何だか「どおりでその顔…」となりそうで面白かったです。地味に危ない毒草を使用しているのも容赦がなさすぎて笑顔がこぼれま…
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