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百二十話【最終話】

松ノ木セブン先生作画のコミック『苛烈な聖女様』は、マンガBANK!のアプリとピッコマで読めますので、そちらも宜しくお願いします。

 十日後、ガレリアは胃の痛い思いをする事となった。

 香菜姫の所領を訪ね、判った事の報告の場には、国王(ウィリアム)の他にシャイラやオルドリッジだけでなく、騎士団長(ビートン)に、討伐隊長(バーリー)魔術師団長(ヘンリー・ギンゲル)まで揃っており、おまけに教皇である聖アンブロウズ・ブラッカム二世の姿まであったからだ。


 しかもサイモンの報告は、案じていた通りの物だった為、皆の視線が更に自分に集まるのが判った。

 ガレリアは胃を押さえたくなる手を後ろへと回すと、報告の為に進み出る。


「やはり聖女様が元々おられた世界の神々が、力を行使したようです」


「その様な事が、可能なのか……」 


 神に仕える者の意見が聞きたいというウィリアムの要請で、報告の場に呼ばれていた教皇が、驚きを隠せずに声を漏らす。

 聖女から、新たな神を祀りたいと相談された時には、この様な事が起きるなど想像もしなかったのだ。


「もしかすると、聖女様が建てられた『お社』が、何らかのきっかけとなったのかもしれません」


 ならば、今後この様な事が起きぬよう、いっそ社を破壊した方が良いのではないかという考えが、教皇の頭に浮かぶ。しかしそれは、聖女と敵対する事になると気付き、言葉には出さずにいた。


「異世界とはいえ神々のされた事に関して、我々が今更どうこう言っても仕方あるまい。問題は、こちらに来た三人の者達についてだ」


 現実的な対応を優先させたいオルドリッジが報告を続けるよう、ガレリアに求め、彼女もそれに頷く。


「一人は聖女様の護衛をしていた男で、名は黒鉄と申します。その実力に関しましては、サイモンが保証してくれます」


「神獣である周王殿の、兄弟弟子だと聞いております。その実力は確かで、この私とも互角にやり合える程です」


 そこでなぜかサイモンが胸を張り答えると、すぐさまガレリアが後を引き継ぐ。


「後の二人は女で、さきとなつめと申し、さきは主に聖女様の食事等を、なつめは衣服の仕立てや身の回りの事を担当していたようです」


 書きまとめた紙に目をやりながら、答える。


「どちらも幼い頃から仕えてくれている、大事な侍女だと仰られてました」


 この報告は、多くの意味と問題を孕んでいた。


 絶対的な力を持ち、その上神獣である周王と華王が常に側にいる香菜姫に対して、危害を加えようとする無謀な者達は、この大陸にはまずいない。

 しかし新たにこちらの世界に来た三人、特に武力を持たない侍女二人は別だ。恐らくだが香菜姫が大事に思う程、利用価値があると考える愚か者が出てくる可能性がある。


「いっそ、国として独立してしまえば、その様な者達への牽制になるのでは?」


 シャイラの提案に、ウィリアムが頷く。

 他国の要人や貴人が相手となれば、迂闊に手を出すことは無いだろうという考えだ。


「そうですね。直ぐに聖女様を王として国を建て、その者達に高位の身分を与えれば、手出しはしにくく成るでしょう」


 バーリーが賛同したその時、ヘンリーが深刻な顔で手を挙げ、発言を求めた。


「一つ、宜しいでしょうか。先日ムーンから、あの地に新たな神が降臨されたという情報がもたらされました」


 その言葉に、その場にいた者全員の動きが止まり、顔色が変わった。


「新たな神……それは間違いないのか?」


 オルドリッジの呟きに、ヘンリーが頷く。


 トゥルーと共に、魔術師団の一員のようになってはいるが、ムーンは元々『森の守護者』と称され、女神ドラーラに使える神獣フェンリルだ。

 そのムーンが寄越した情報なのだから、確かだろう。


「間違いありません」


 強大な力を持つ聖女に、異世界から来た者達、そこに新たな神の存在まで加わるとなれば、もう人の手でどうこう出来る範囲を超えている。

 なのに『己なら上手く使える』と考える愚か者が出てくるのが、人の世の常だ。


「ならば早急に独立国として承認するよう、近隣の国々に書面を送る。今すぐ準備を!」


 ウィリアムの命令に、皆が一斉に動いた。



 ***



「なぁ、姫さん。おかしくないか?」


 (ひとえ)の上から奴袴に(ほう)(表衣)といった略式の衣冠(いかん)を身に着けた黒鉄が不安そうに尋ねるが、王宮の裁縫師と時間をかけて相談したうえで、なつめが仕立てた衣装は黒鉄によく似合っていた。


「案ぜすとも、よう似合(にお)うておるわ」


 艶を抑えた黒い生地で仕立てられた袍は、金を基調とした華やかな刺繍が施されている。

 これはカルダナ島から派遣された刺繍職人三人が、一月以上かけて刺した物だ。


 屋敷を建てる際にカルダナ島から派遣された職人達の一部は、そのまま香菜姫の所領に住み着き、香菜姫専属として働いていた。

 もちろん出来上がった製品は、レストウィック王国を始めとして、近隣の国々へ販売している。特に信長は、大のお得意様となっていた。



 黒鉄達がこちらの世界に来て半年程。本日をもって、香菜姫の所領は国として独立する事が決まっている。国の名は『稲荷社神国(いなりやしろしんこく)』。


 その国王となる香菜姫の衣装もまた、豪華な物だった。白の小袖に長袴、二枚の(うちき)の上から唐衣。其れ等を()で結んであり、更にその上から(あこめ)を纏っている。

 唐衣は金糸の刺繍と真珠で華やかに飾られ、傍らの台に用意されている冠もまた、多くの真珠で飾られている。

 それらは全て、バルザック王国のビュイソンから贈られた物だ。


「流石にこれは重たい上に、少しばかり暑いの……」


「これでもだいぶ減らしたのですよ。我慢なさって下さい」


 朝から何度もぼやいている姫を、なつめがいさめるという事が、繰り返されていた。




 建国の儀と戴冠の儀は、どちらも香菜姫の屋敷で行なわれるため、来賓は多くない。国を代表して、レストウィック王国からはオルドリッジとガレリアが、ロウェイ王国は信長と蘭丸が、ガニラ共和国からはハアティムが来ているだけだ。

 僅か五人が見守る中、教皇が儀式を執り行う。



 稲荷社の前に特別に設えた舞台の上で、粛々と儀式が進行する。

 ドラーラ教の教義とレストウィック王国に伝わる戴冠の作法に則り、祝辞を述べた教皇が香菜姫の頭上に冠を掲げた時、 


 パン!


 突如として、それが宙へと跳ね上がった。しかもクルクルと回りながらも、落ちては来ない。


『ひかえろ、人間。それは我の役目ぞ』  


 そこに現れたのは小さき姿ではあるが、阿古町によく似た白狐だった。白の小袖と浅葱の(うちき)の上に、青地に白鳥と白椿の文様が描かれた着物を纏っている。


「あれは……」


 その姿を呆然として見る面々を、白狐は面白げに見下ろしながら、宙に浮いた冠を更にクルクルと回す。すると冠はその輝きを徐々に増していき、やがてそれ自体が光を発するようになった。


『我が名は稲荷社神。遥か彼方の神々の末裔にして、この地の新たな柱となりしもの。今ここに、土御門 香菜をこの地を統べる者として、我が祝福を与えようぞ』


 稲荷社神は香菜姫の頭上に、新たな輝を得た冠をそっと降ろす。姫がそれを落とさぬよう、横に控えていた黒鉄が、冠の横についている細い金具を髪に差し込むのを見届けると、今度はその様子を見ていた者達全てを見下ろした。そして。


『今より我は、この地を護る守護神となる事を、宣言しよう』


 その瞬間、稲荷社神国は名実ともに、神の守護を持つ国となった。



***



 一年後。


「姫様、そろそろお戻りください。夕餉の支度が出来ております。周王と華王も。今日は松茸ご飯ですよ!」


 さきの声が、響く。


「やっぱり、この場所を貰ったのは正解じゃったな」


 松茸と聞いてはしゃぐ周王達に、香菜姫に自慢げに言う。


「まさか、この世界で松茸が食べられるとは、思いませんでしたよ」


 傍らを歩く黒鉄も、嬉しそうに言う。

 図鑑によれば、テリュー茸という茸だが、見た目も香りも松茸そのものだ。


「黒松に似た木があるゆえ、もしやと思うたが当たりであったな」 


 それに稲作も思いの他、上手くいっていた。


「まさか黒鉄が、米作りに詳しいとは」


「子供の頃、多くの農村を回っていたのと、鞍馬の村でも米は作ってましたから」


 それがまさか、こんな場所で役に立つとは、黒鉄自身、不思議な思いだ。


「それにしても、随分と豊作でしたねぇ」


「あれは、お稲荷(いなり)様のおかげじゃな」


 稲荷社神は、お稲荷様の愛称で皆に親しまれ、あまりに多くの者が小さな社に日参するおかげで手狭となり、先日、新造した大きなお社に移られたばかりだ。


「ずいぶん大きくなられましたもの。神様も成長されるとは、知りませんでした」


 なつめが不思議そうに話すが、それも致し方ない。

 当初掌ほどの大きさだった神は、今では幼児程の大きさになっているのだ。その為、なつめは今、社に奉納する為の着物を縫っている最中だ。


 国の(まつりごと)に関しては、デラノ・エジャートンとガレリアが頻繁に訪ねて来ては色々と教えてくれていた。

 香菜姫自身、もとから計算等は得意としている為、それなりの形を成している。


 来月には、ウィリアムと エリアナの婚儀が控えており、その一月後には、サイモンもソフィーナとの式が決まっていた。


「姫様も、そろそろどうですか?」


 なつめが香菜姫と黒鉄の間を、意味ありげな視線で見比べる。


 元々黒鉄が香菜姫に対して、身分違いの想いを抱いている事に気づいていたさきとなつめからすれば、香菜姫さえ嫌でなければ、悪い話ではないと思っている。


 香菜姫とて、そんな周りの思いに気づいてはいたものの、未だ早いような気がして、素知らぬふりをしている状況だ。

 当然、一国の主としては跡継ぎの事も考えなければならないのも判っている。


(ただ、もう暫くは、このままが良い……)


 そう思いながら日が暮れかかった道を屋敷へと向かう道すがら、香菜姫がふと空を見上げると、そこには半分ほど欠けた月が浮かんでいた。

お読みいただき、ありがとうございます。


今回をもって、香菜姫の物語はいったん終了となります。長い間お付き合い頂き、ありがとうございました。


この後は、番外編等を不定期に書いていく予定にしています。



評価及びブックマーク、ありがとうございます。

感謝しかありません。

また、<いいね>での応援、ありがとうございます!何よりの励みとなります。


誤字報告、ありがとうございます。

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とても良かったです!
ええぇー終わり? グインサーガぐらい長編にしてもらえません?w 最終話まで見れてよかったです お疲れ様でした♪ また小話などがあれば最速で読みたいと思います 超面白い作品に出会えてよかったです あ…
最後まで一気に読み切ってしまいました。本当に面白かった!異世界転移に日本の神話、陰陽師の世界まで描かれて、最後まで中だるみなど一切なく、おまけに黒鉄たちまで送られて本当に大団円(*^^*) でもまだま…
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