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百十三話

(直接会えば、ウィリアム陛下は絶対に私を好きになるわ。あんな使者達の判断で、この婚約が成り立たないなんて事、あってはならないもの。私こそが、あの国の王妃に相応しいのだから)


 アデラ・トレは国を出た時、そう考えていた。だからこそ、先に聖女の所領に来たのだ。自分は聖女よりも上だと思い知らせるために。


(次期王妃となれば、聖女の屋敷を燃やしたなどという些細な事で、私を咎める事は誰にも出来やしない)


 なのに現状は、聖女に反撃された挙句、惨めに汚れ姿を姉と陛下に晒していた。


(それもこれも、全ては聖女のせいだ。おそらく姉も、あの女が連れて来たのだろう。私の惨めな様をわざわざ見せるために。なんて意地が悪い……)


 このまま終わらせる訳にはいかないと、アデラ・トレは己の行動を正当化する為に、思い付いた言葉をはく。


「こ、この様な粗末な屋敷に、この国の聖女が住むなんて、ウィリアム陛下の、しいてはこの国の評判を下げるだけですわ。すぐに建て直させるべきだと思ったのです!」


 (しか)しそれは、ウィリアムをさらに怒らせる事となった。


「だから、燃やせと命じたと?貴女にそんな権利は無い!」   


 例え王女であっても、他国の土地で好き放題する権利などなく、ましてや建造物の破壊など、以ての外だ。


「しかも、中に人がいるかどうか確認もせずに、火をつけようとしたのだぞ!」


 実際、屋敷の中には姉とウィリアムがいたのだから、これに関しては、言い逃れは出来ない。


「それは……確かに軽率だったかもしれません。しかし、私はウィリアム陛下の事を想って…」


「誰かを想ってしたことゆえ、見逃せと?なんとまぁ、厚かましい事よ」


 上空から、笑いを含んだ声が降ってきた。


「少なくとも、この女は妾の屋敷を燃やそうとした事に対して、欠片も悪いと思うておらんようじゃな」


 声の主は徐々に降りてくるが、その言葉は容赦がない。


「火付けは、妾の世界では死罪じゃ。さて、どうしてくれようか」


 言いながら目の前に降り立った少女を見て、アデラ・トレは眉を顰めた。おぼろげながらも記憶している聖女とは、全くの別人だったからだ。


「あなた、誰よ!」


「今更、何を言うておる。さっきから妾の事を何度も聖女、聖女と呼んでおったではないか」


 相手はカラカラと笑いながら答えるが、


「そんな筈ないわ!はっきりとは思い出せないけど、懇親会に現れた聖女は貴女ではないもの。お姉様も見たでしょ?これは別人よ!」


 同意を求めるように姉を見るが、悲しげに首を振るだけだ。そこに少女が問うてくる。


「そもそも、懇親会に現れた女人が聖女だと、誰が言うたのじゃ?」


「だって使者の男が、我が国で最も尊い方に仕えている者だと……」


「じゃから、それがどうして聖女だとなる?」


 少女が不思議そうに、首を傾げる。そこてウィリアムがおもむろに言葉を発した。


「我が国で最も尊い方とは、聖女様自身の事だ」


 その発言に、アデラ・トレだけでなくカーチア・ウンまでもが瞠目する。


 ペルギニ王国では実際に召喚の儀を行った事はないが、召喚された聖女や賢者は、その術を行使した者に仕えると云う認識を持っていた。

 だからこそ、カーチア・ウン達は使者の言葉から勘違いし、アデラ・トレは聖女を下に見ていたのだ。

 しかし、それはたった今、間違いだと指摘された。


 アデラ・トレの顔色が変わる。取り返しのつかない過ちを犯した事に、漸く気付いたからだ。


(では、私のした事は……)


 自覚した途端、恐怖で動けなくなる。頼みの綱である姉の方を見るが、目を背けられた事から、庇って貰えそうにない。


 しかも、いつの間にか護衛騎士達どころか、馬車にいたはずの魔術師までレストウィック王国の兵に取り押さえられていた。

 その指揮を取っている男が、アデラ・トレを見て、馬鹿にしたような笑みを向けてくる。あの生意気な使者だ。

 

「周王!」


「あいな、姫様!」


 聖女の呼びかけに神獣が答えたかと思った瞬間、アデラ・トレの身体が拘束され、吊り上げられる。


「きゃあー!」 


 そこで漸くカーチア・ウンが声を上げた。


「聖女様、お願いですからそれ以上は!陛下もお止めください。今回の事は我が国が責任を持って対処いたしますから、妹の命だけはどうか!」


「ならば、ここからは政治の話じゃ。この者の命と引き換えに、其方(そち)の国は何を出す?」



 ***



 結果として、ペルギニ王国はレストウィック王国に対して、三年間の期間限定ではあるが、港の使用料と、運河の通航料を大幅に引き下げる事になった。


 そしてアデラ・トレは己の将来を儚んで自死したと発表され、その日のうちに、密かに国外に追放された。


 身分を失い、髪を短く切られた元王女は、デラという名の平民として船に乗せられていた。行き先は隣の大陸の半島にある神殿だ。そこで下働きとして働くのだという。

 逃げ出したいと思うが、見張りがついている上に、どこへ逃げれば良いかも判らない。誰かが助けに来るかもという希望も、船が離岸した時点で掻き消えた。


「なぜ私だけ、こんな酷い思いをしなくちゃいけないのかしら……」


 出港した船の看板の隅で、少しずつ遠くなる母国を見ながら、アデラ・トレは呟いた。



(あぁ、この女はダメだ)


 見張り役の女は思った。

 今回のことで、命じられたとはいえ、レストウィック王国への出奔に同行した元王女の護衛騎士達は皆、降格処分となり、指先を失った魔術師は、その職をクビになっていた。

 そして、国も大きな損害を(こうむ)った。期間限定とはいえ、国ひとつ分の運河と港の使用料の引き下げは、かなりの減収となる。 


 それらは全て、この愚かな元王女の行動が招いた結果だ。しかし当の本人は、理不尽な処遇を受けたと嘆いて見せたのだ。


(こんな女のせいで…)


 見張り役の女に、元王女への殺意が湧く。彼女の姉は治療されたものの、短くなった指先では上手く術が使えず、職を失い半病人のような姿で家に引きこもっていた。

 幸いにもカーチア・ウン王女から見舞金と手紙が届いたおかげで、落ち着いてはいるが、アデラ・トレからは、謝罪の言葉さえなかった。



(今ここで、この背を押せば……) 


 それは、あまりにも大きな誘惑だった。幸いにも、追悼の鐘が鳴り響いていている上に、この場所は皆から少し離れている。


(やるなら、今だ)


 ドンッという音に続き、「あっ」という小さな悲鳴、そしていくらか大きな水音がしたが、今は亡き美姫を弔う鐘の音が、其れ等を全て覆い隠した。

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― 新着の感想 ―
命乞いしなければ減収もなかったのに…高くつきましたね。(命じられた魔術師は気の毒だったので、この結末の方が相応しかったかもしれません…)
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