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百八話

 レストウィック王国に戻った香菜姫を待っていたのは、嬉しい知らせだった。

 草木による紙作りの研究が順調に進んでいる事を、オルドリッジが報告しに来たのだ。小さいながらも、試作品が幾つも出来ているという。


「研究熱心な者達のおかげです。一年と経たぬうちに質、量ともに揃った物が作れるようになるのではと、期待しています」


 姫に報告するその顔があまりに嬉しげな為、姫の顔も思わずほころぶ。


「そうか。妾も社を建てる許可を得たゆえ、近いうちに細かな細工の出来る大工を幾人か、よこしてもらいたい」


 その言葉の意味を解した宰相が瞠目するが、直ぐに平静を装い、頭を下げる。


「ならば、二日後には」


 言いながら、先程の言葉の意味を再度考える。


(許可を得たとは、女神様に直接会われたという事か?人の身で、その様な事が可能とは……)


 立ち去る香菜姫の後姿を見送りながら、オルドリッジは改めて彼女がこの国に与してくれた幸運に、感謝した。



 ***



「ところで周王、崋王。稲荷社の中は、どの様になっておるのじゃ?」


 とりあえず大工に説明する為には、社の絵が必要だと思った香菜姫だが、いざ筆を手にすると頻繁に目にしていた筈なのに、細かな所がとんと思い出せない。

 しかも社の中がどうなっているのか、知らないことに気づいたのだ。


 年に数回行われる祭事の(たび)に、社の扉は開かれるのだが、御幌(みとばり)(白い布)が張られている為に、香菜姫がその奥を目にする機会は無かった。

 だが、それは神使達も同じだったらしく、揃って首を傾げている。


「中を覗いた事はありもせんが、御簾(みす)や鏡等があり、小さな居室の様であると聞いたことが。後は、神璽(おみたま)が祀られておるという事ぐらいしか……」


 崋王が自信なさげに答えるのを、かまわぬと言いながら姫が紙に書いていく。

 神璽(おみたま)とは、伏見稲荷で授かる御分霊(わけみたま)の事で、これを御神体としている稲荷社も多い。


(御神体のお住まいとして、整えれば良いのやもしれん。じゃが、流石に神璽(おみたま)は無理ゆえ、五柱様の御名を心を込めて書かせていただき、それをお祀りするしかないか……)


「狛狐がおりもした!」


 ポンと手を打ち、周王が答えるが、


「それは中ではないし、妾も知っておる」


 言いながらも、鳥居と狛狐と記していく。

 屋敷の社に鳥居と共に置かれていたのは鍵を咥えたものと、玉を咥えたものの二体で、白地に赤や金で彩色してあった。


 しかしそこで皆の言葉がピタッと止まり、それ以上続かないため、どうしたものかと考え込んでいると、崋王が解決策を提案してきた。


「姫様、とりあえず土で作ってみましょうぞ!」


 瓦や皿をこしらえる粘度のある土を使い、思い出すまま、形にしようというのだ。


「そうじゃな。それならば、絵に描くよりも容易そうじゃ」


 ならばと城を飛び出し、近くを流れる川へと向かう。街道や村落から離れた場所を選び降りると、


「ここらが宜しいかと」


 崋王は地中へと潜り、しばらくすると己と同じ程の大きさの土塊(つちくれ)と共に戻ってきた。


「良い土がありもした」


 それは灰色に赤黒い筋がいくつか入っている粘土で、崋王はそれを回しながら押し固めると、幾つかに分けた。


「では、試してみようぞ」


「まずは鳥居を!」


「そして狛狐!」


 周王が鎌鼬(かまいたち)を使って粘土を刻み、風を操り組み立てていけば、崋王は薄い氷を使って、細かな細工を施していく。飛び散る粘土が我が身にかからぬよう、香菜姫は結界を張りながらも、楽しげな白狐達見ていた。


「手前には柱を!」


「土台と階段!」


「屋根は前が長うて、後ろは短く!」


 うにーんと伸ばされた屋根に、姫が注文をつける。


「ちと長過ぎじゃ」


 すかさず崋王がバッサリと切り落とし、周王が嘆き声を上げる。


「ならば代わりに、飾りを沢山!」


 周王がゴテゴテと屋根周りを飾り立てると、それを崋王がサクサクと削っていく。そうして一刻程かけて、完成した。


「「姫様、いかがでしょうか?」」


 出来上がったのは、縦横共に一尺半程の小さな社で、少しばかり飾りが多い気もするが、概ね見慣れた形に近い物が出来上がっていた。


「良い出来じゃ。では周王よ、城へと持ち帰るゆえ、崩れぬよう、軽く焼き固めてもらえるか」


「畏まり!」


 炎に包まれ、温度が上がるにつれ、粘土の社が赤く光る。


「これを見本に、作ってもらうことにしようぞ」


「色は朱でありもすな」


「そうじゃな。木は朱色に、漆喰は白で作ってもらわねばな」


 少し冷めるのを待ち、不思議収納箱へとしまうと、城へと戻った。



 翌日、箪笥や小物作りを得意とする職人三人が城にと呼ばれ、香菜姫の元へと来た。 


 姫は粘土の社を取り出し、それを使って職人達に説明し、質問を受けた。

 その結果、屋敷のような図面があるわけではない為、社は城内の作業場で作られることとなり、粘土の社もそこへと運ばれる。

 香菜姫や白狐達は連日通っては、注文をつけたり、工程を眺めたりする事になった。


 御簾(みす)御幌(みとばり)は、ガレリアに頼んで取り寄せた布の中から香菜姫が選び、数回浄化した後、姫が手づから縫いあげていく。


 鏡は、シャイラから紹介された工房に出向いた。そこでは最新だというガラス鏡を勧められたが、香菜姫は白銅を使った円型の鏡と、それを据える台を注文し、狛狐は王都の陶器職人の手によって、周王と崋王の姿に似せて作られた。


 そうしてひと月後、全てが揃った。出来上がった社は香菜姫自らが屋敷の庭へと運び入れると、既に屋敷の外側は出来上がっており、今は内部の仕上げにかかっているのだろう。中から微かに大工たちの声が聞こえていた。


 それを聞きながら、香菜姫は何日も前から浄化をしていた場所に、社を据える。

 白い漆喰に朱色の柱や扉がよく映えていて、その前に置かれた狛狐と鳥居も良い感じだ。


 社の扉を開け、小さな御簾をたくし上げ、其処に五柱の御名を記した札を立て掛けていくと、御簾の前には白銅の鏡を配した。

 その時香菜姫はふと思いたち、クラッチフィールドで買った小さな狐の置物を、御簾の前にそっと置いた。



***



 季節は夏となり、ついに香菜姫の屋敷が完成しようかという頃、ウィリアム新国王に縁談が持ち上がった。


 後継を残すのも王の責務の一つだとして、即位前後から密かに妃候補探しが始まっていたのだ。しかし、国内では未だ聖女との婚姻を望む声が多く、その為に打診を受けても、皆、躊躇するのか一向に話が纒まらずにいた。

 そんなところに、舞い込んできた話だった。


 相手はペルギニ王国の第二王女アデラ・トレ。とはいっても、つい三月ほど前に即位した新国王の娘で、元は公爵令嬢だ。実は投獄された国王の第一王子の婚約者だったが、王子が投獄された時点で婚約は解消している。

 レストウィック国王宛の親書には、王妃になるための教育を受けてきた美姫として、書かれていた。


 しかし当のウィリアムだけでなく、シャイラやオルドリッジまでもが、この話には乗り気ではなかった。

 身分的には、十分な相手だし、元公爵令嬢で、妃教育も受けていたとなれば、教養や礼儀作法も問題ないと思われる。

 だが、ペルギニ王国との婚姻がレストウィック王国に何らかの益をもたらすかといえば、何も無いのだ。


「今あの国は、ガニラ自治区やロウェイ国への賠償金の支払いや、運河の修繕や破損した船の持ち主から修繕費用の請求を受けて、国庫が悲鳴を上げている。そんな国の姫に、如何ほどの価値があるというのか」


 オルドリッジの口元はへの字に歪み、


「しかも戦の際には、卑怯な手口を使おうとしていたし」


 シャイラは、ため息をつき、


「そもそもバビジは、あの国の出だ」


 ウィリアムの鼻にも、皺が寄る。


 交易に関しても、独立予定のガニラ自治区に新たな港を作る計画が持ち上がっており、それに向けて、共同で道の整備が進められている最中だ。

 それらが完成すれば、わざわざペルギニ王国の港を使う必要はない。


 ただ、国内で妃となる者が未だ決まってない為、即座に断るのが躊躇われているのが現状だった。

 


「断って良いんじゃないか?相手に会ってみたいと思っているなら別だけど」


 親書と共に送られてきた肖像画の、誇示する様に盛り上がった胸元を指さしながらケンドリックが言うと、サイモンも頷く。


 ウィリアムは今、王の執務室に側近達を集め、今回の縁談についての意見を聞いていた。


「とりあえず、向こうの思惑を知りたいですし、ここは使者を送っては?」


「もしかしたら、すごく優秀な方かもしれませんし」


 デラノとガレリアが言うと、こんな絵を描かせて送ってくる時点で、疑わしいとケンドリックは笑った為、ならばと、ケンドリックとガレリアを中心に五名が選ばれ、使者としてペルギニ王国に向かう事になった。

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