表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

113/128

百五話

 扉の奥は白い石造りの柱が並び、その中を香菜姫達を包んだ球体が進んでいく。しばらく行くと雪の中にあった物とよく似た、文様付きの台座の現れ、球体はその上で止まると。瞬く間に消え失せた。


「この先が『女神の箱庭』です」


 トゥルーが説明する。

 その名から、香菜姫はなんとなく花咲き乱れる庭園を想像していたが、その予想に反して、目の前にはがらんとした、長い廊下が続いていた。


「こっちだ」


 ムーンに先導されるまま、奥へと進んでいくと、やがて両方の壁沿いに、何十どころか、何百もの透き通った箱が積み上げられている場所に出た。興味を引かれた香菜姫が側に寄ると、一つ一つ、違う風景が収まっているように見える。

 そしてその中の一つから、変な声が聞こえる事に、姫は気付いた。


『メァー、メェ~、メョー』


 その箱には色とりどりの花が咲く風景が収まっていたのだが、本来ならば心和むその景色を台無しにしている物があった。

 箱の前に張り付くようにして山羊のような生き物が、ホロホロと涙を流し、泣いているのだ。その横には、なぜか肉の塊の様な物が積み上げられている。


「これは…ヤギか?」


 側に寄り首を傾げる香菜姫に、そちらに視線を向けたムーンが答える。


「そいつが、ペガサスの成れの果てだ」  


 しかしその視線は、山羊の横の肉に気付いた途端、そちらに釘付けになっていた。


「天馬が山羊の姿とは……確かに酷いですね。しかし、何故(なにゆえ)肉が?馬も山羊も、食べるのは草でしょうに」


 香菜姫の横で、蘭丸も首を傾げる。


「きっと、嫌がらせでありもす」


「嫌いな物を、積み上げられる罰を受けておりもすな」


 山羊の鼻の穴に草が詰められているのを見て、臭いも嫌なようだと笑う周王達の声に、


「これが罰とは、羨まし…い、いや、なんと不憫な」


 今にも涎を垂らさんばかりのムーンが、小さく呟く。


(この様子……どうやらあの肉は、ブッシュカウルのもののようじゃな)


「ムーン、先に進もう?」


 山羊の箱から目が離せなくなっていたムーンを、トゥルーが急かした。


 **


 些か速度の落ちたムーンの先導で、何度か曲がり進むうちに、一行は開けた場所へと出た。そこは白で統一された調度品が並んでおり、その奥には、曲線的な長椅子が置かれている。


 その肘掛けに寄り掛かる様に、一人の女が座っていた。


 緋色の筋が幾つと入った黄金の髪に、黄金色の瞳。ゆったりとした白銀の衣装は、着物とも、シャイラ達が着ているドレスとも違う形で、どことなく唐様な雰囲気だ。


「あちらに居られるのが、女神ドラーラ様です」


 前へと進み出たトゥルーが跪き、頭を垂れる。


「我が主である女神ドラーラ様に、ご挨拶いたします」  


 その言葉に女神は頷くと、トゥルーの後ろにいる者達に目をやり、呆れたような顔をする。


「あらトゥルー、久しぶりだこと。それにしても、ずいぶん沢山のおまけを連れて来たわね。いったいどうやって入った……」


 パンッ、パンッ、パンッ!


 女神の言葉を遮ったのは、香菜姫だった。神力を使い、一気に女神の前へと走り出た姫が、間髪入れず三発、女神に平手打ちをかましたのだ。


「何を!」


 突然襲われ、頬を押さえて驚いた女神が立ち上がろうとした瞬間。


 パッシーン!


 蘭丸が手にした扇を振り下ろす。しかもその扇は紙ではなく羊皮紙で出来ており、骨組みも動物の骨を削って作られている為に、余計に攻撃力が増している。


「いっ……」


 頭を押さえながら、長椅子に倒れ込んだ女神だが、すぐさま顔を上げて叫ぶ。


「おのれ、神である私に対してなんという無礼を!」


 しかし、蘭丸がその鼻先に扇を突きつけ、


「神だと思うからこそ、これだけで済ませたのですよ。本来ならばその首、落としたいところですか、そうすると、この世界がどうなるか判らないと言われたので、この程度で我慢しているのです。感謝して欲しい位だ」


 長椅子の前に立ち、女神を睨む。手首を返し、自らの手のひらにパシパシと扇を打ち付ける様を見るに、まだ打ち足りないと思っているのは明白だ。


「異世界人の妾達に、この世界の神を敬えと言われてものう。なんせ未だに無理やり連れてこられた事に対する腹立ちが、消えぬゆえ」


 香菜姫も、己の右手を観ながらその横に立ち、女神を睨めつける。

 そんな二人を忌々しげに見上げながらも、ようやく事態を察したのだろう。ドラーラは椅子に座り直すと、指をパチリと鳴らし己の傷を治し、そのまま椅子ごと中へと浮き上がった。

 今度は姫達が、見下ろされる。


「あぁ、召喚された勇者の片割れと聖女ね。道理で私の力の範疇外なわけだわ。だけど、こちらも一応この世界の絶対的存在なの。こんな事をされて、黙ってるわけにはいかないわ。プルート、来て!」


 女神が声を上げると、香菜姫達が来た廊下とは反対側から、トコトコと白熊の聖獣が走ってきた。

 その大きさは二尺ほどしかなく、短くふっくらした手足はその幼さを強調しており、糸のように細い目は、開いているのかさえ判らないものの、その顔は愛嬌がある。

 しかし、その姿を見たトゥルーは、途端に慌て出した。


「皆さん、気を付けて!あれは、ただの白熊ではありません。ウルソスです。それもオールドワンと呼ばれる、巨大種の!」


「巨大種?あれが?」


 トゥルーの言葉に、蘭丸が異議を唱えるが、その間にも、それは大きくなっていった。 


 メキン!


 目が赤く光り、大きく見開かれたかと思うと、


 ミョキン! 


 手と足が一気に伸び、


 ボン!


 弾けるような音と共に、全てが大きくなった。背丈は優に十尺は超え、顔付きも、それまでの愛嬌のあるものから変貌し、獰猛極まりない。その目は赤く輝き、牙をむき出して咆哮を上げる。


『グゥオォー!』


「えらくデカいな」


 腰の不動行光(ふどうゆきみつ)に手を掛け臨戦態勢になった蘭丸の横で、周王が若武者姿となり、小狐丸を抜く。


 崋王は姫を背に乗せると、空中へと舞い上がり、ムーンはトゥルーを庇うようにして、部屋の隅へと下がった。


 カンッ、キィーン


 蘭丸と周王が左右から切り掛かるが、硬い毛に阻まれ、傷一つ付けることができない。


急急(きゅうきゅう)如律令( にょりつりょう)呪符退魔(じゅふたいま)!」


 パシンッ!


 香菜姫が術札を放つが、それさえも片手で無造作に弾かれてしまう。


「なっ、どういう事じゃ?」


「聖女さま、プルートは女神の神獣ですから、退魔の術は効かないかと!」 


「先に申せ!」


「くそ、どれほど硬いんだ」


 蘭丸と周王が協力しながら、角度や狙う場所を変えつつ、攻撃を仕掛け続けているものの、一向に効果が無い。


 香菜姫の九字さえも、その身を素通りして、微かな傷えさ負わせる事が出来ずにいた。


 一方、相手からの鋭い爪と凄まじい腕力による攻撃は、休む事なく襲いかかって来る為、周王も蘭丸も、今や攻撃を躱すだけで手一杯となっている。


 術が効かない焦りもあり、香菜姫の声が荒ぐ。


「なんぞ弱点は、無いのか?」


「在るには、あるんですが…」


 トゥルーがムーンを見ながら口籠ると、それがいっそう、姫を苛つかせる。


「何でも良い、さっさと申さぬか!」


「あ、甘い物がすごく好きなんです。ただし、気を引くためには、とんでもない量が必要で…」


 そこで香菜姫は、漸くこれまでのムーンの不可思議な言動の意味に気付いた。


「なぜ、菓子がいる理由をはっきり言わなんだのじゃ?」


「我は、トゥルーが思い出した事しか喋れぬという、規制がかかっておるから……」


(そういえば、前にその様な事を言っておったな)


 しょぼくれた様に言うムーンをこれ以上責めても仕方無いと、


「結構食べたからの。足らぬやもしれんが、まぁ、出してはみようぞ」


 蘭丸と周王が白熊の気を引いている隙に、香菜姫は有るだけの菓子を、少し離れた場所に積上げはじめた。

 焼き菓子が多いが、砂糖漬けや乾燥させた果物もある。


 すると、菓子の匂いに気付いたのだろう。白熊はスンッと鼻を鳴らすと攻撃の手を止め、菓子の山へと駆け寄り、嬉々として食べ始めた。


「ちょっと、プルート、今はそれどころじゃないでしよ!」


 女神が叫ぶが、白熊が菓子を食べる手は止まらない。やがてその眼が、徐々に細くなっていくのが判った。


「満腹になったら、無功化出来ます!」 


 しかし、菓子の減っていく速さがあまりにも凄まじく、どう見ても足らないようにしか、見えない。


「あと少し。何ぞあれば……」


 香菜姫が不思議収納箱の中を、何かないか探していると、


「何じゃ、これは?ハニーアップルの樽とな。しかも二つも。トゥルーよ、これでも良いか?」


「大丈夫です!」

「「あっ、それは!」」


 トゥルの返事と周王と崋王の声が重なるが、姫にひと睨みされて、白狐達は黙り込む。

 バンと放り出された二つの樽の上部を、蘭丸が切り飛ばし、姫が神力で白熊の前へと押し出した。


 ゴロゴロと黄色い実がこぼれる樽は、直ぐに白熊の注意を引く。

 少し涙目の周王達の目の前で、新たな甘味に取り掛かった白熊の手は休むことなく、樽と口を行き来して、とうとう最後の一個を食べきった時、その目は完全に一本の糸となっていた。


 ポヒュンッという音と共に、白熊は最初の大きさに戻る。


「一体、あの菓子の山は、どこに消えたのじゃ?」


 白熊はどこから出したのか、小ぶりの座布団と掛布を持って来ると、座布団を枕代わりにして掛布に潜り込み、プースカと(いびき)をかきだした。


「あー、もうなんてことをしてくれるのよ!こうなったら三日は起きてこないのよ!」


 空中から降りてきた女神が、小さくなった聖獣のほっぺたを引っ張るが、クフクフ笑って、確かに起きそうにない。


(なんか、可愛いの)


「こうなると、どうしようも無いのよね」 


 諦めたようにほっぺたを離すと香菜姫達に向き合う。


「ところで貴方達、私をひっぱたくためだけに、ここまで来たわけではないんでしょ?」


 その言葉に姫達が頷くと、まずは蘭丸が前に出た。 


「我等は元の世界に戻る事は、叶わぬと言われた。それは事実か?」


「事実よ。肉体を持つ身では、召喚の術を遡る事は出来ないの。魂のみならば、術の外殻に沿って戻れるけど、それにも多くの時間を要するわ」


 女神の言葉で、香菜姫の僅かに残った希望の灯が消えた。しかしそれと共に、どんなに時が掛かろうと、ホルガー・ダンスクの魂は戻れるのだと判った事には、安堵する。


 これ以上聞くことは無いと下がった蘭丸に代わり、香菜姫が前に出た。


「妾は、もとの世界の皆が息災かを知りたいのじゃ。それと、妾の事は居らなんだ事になっておると言うのが事実かも、教えてほしい」


「貴女がいた事を忘れているのは、本当よ」


 その言葉は、覚悟していたとはいえ、姫の心に突き刺さった。

お読みいただき、ありがとうございます。

来週は親族大集合があるので、お休みいたします。

その為、次作の投稿は8月31日午前6時を予定しています。


評価及びブックマーク、ありがとうございます。

感謝しかありません。

また、<いいね>での応援、ありがとうございます!何よりの励みとなります。


誤字報告、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
「貴女がいた事を忘れているのは、本当よ」 その言葉は、覚悟していたとはいえ、姫の心に突き刺さった では、信長のことは、どうして皆の心に記憶として残ったのか。ケースバイケースなんかではないように祈り…
[良い点] 信長の同行を拒否するから荒事にするつもりはないのかと思ったら、やっぱりそんなことはなかった。 香菜は単独でも女神を撃破できてしまうのですね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ