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百二話

 目的地であるカルダナ島は、香菜姫の想像以上に大きかった。四方に港があり、東側の港が一番大きく、それ以外はこじんまりとしている。

 島の至る所に竹林があるのが見え、それ以外は果樹らしき物が植えられており、今を盛りとばかりに、白い花を咲かせている。

 唯一ある川の海岸近くには、藺草によく似た草がびっしりと生えていた。


 島の家屋は勾配の強い草葺きの屋根を持つ高床式で、大きさに違いはあれど、どれも同じ様な作りにみえる。


 行き交う人々の衣装もまた、変わっており、男女共に刺繍が施された上着に、下は腰巻きの様な布を巻き付けている。その上から細い帯を締めており、こちらの世界でこれまで見た中では、一番着物に近いように思えた。


(あの形は、涼しくて良いやもしれん)


 東の港近くで、人通りの少ない場所を選んで降り立ち、隠形の術を解くと、そこからは徒歩で港へと向う。

 港に停泊している船はその大半が小型で、聞けば漁のための船だという。


「潮の流れのおかげで、昔から良い漁場がありましてな。もちろん交易もしとりますが、ここから船を出すのではなく、ビュイソンの港迄小型船で向かい、そこで大きな船に積み替えるんですわ」


 クーザンが島外の神官だと気づいた男が、気安く説明してくれる。

 主な交易品は魚や貝を加工した物だが、一部、新鮮な魚も扱っているという。ただしマジックボックス持ちが運んでいる為に高級品で、貴族や一部の金持ちしか買えない値段だと、笑いながら言う。


「近場の者は、魚を食べるために小型の定期便でこの地を訪れますな。ついでに大バブゥを使った便利な道具を買って帰る者も、多いですよ」


 言いながら、船の竹製品を指差す。

 漁の道具だろう。魚をすくう為の物か、長柄のついたザルや、魚籠に似た籠が置いてある。

 商店の方を見れば、籠やザルだけでなく、棚や出店の骨組みも、竹が多く用いられている。竹製品ばかりを扱った店もあった。


 何に使うのか判らない物もあるが、見知った形の物もあり、懐かしさから姫の顔に笑みが浮かぶ。


「妾達も、なんぞ買うて帰ろうか?」


 男に礼を言い、皆で商店の方へ向かいながら姫が言うと、


「なれば、アレが好いです!」


 崋王の指がピシリとさしたのは、串焼きの屋台だ。どうやら串が竹で出来ているのが、その理由らしい。


「いや、食べ物ではのうて、こういう物を言うておるのに」


 竹製の背負いかごを手に姫が言うが、先ずは魚や貝を食べるべきだと崋王が力説し、周王もそこに加勢する。


「先の男が、ここの魚は格別美味しいと申しておりもした」


「ならば、是非とも食しましょうぞ!」


「何より、竹串を使った串焼きは、まだ食べておりもせん!」


 結局、魚、貝、海老の三種の串焼きを食べて

白狐達は漸く納得した。


「おかげで、串の中では竹が一番良いと判りもした」


「全ての串焼きの串は、竹にすべきでありもすな」


 口直しにどうぞと、ガレリアに差し出された果物の切った物に手を伸ばしながら、満足げに述べる崋王達は、では二人が責任を持って作る様にと姫に言われ、慌てふためく事となった。



 **


 この島の領主であるヴァルタン・カレは、港横の商店街で一番大きな店にいた。どうやらその店自体が、カレ家の経営らしい。


 クーザンが店員と話をしている間、香菜姫はガレリアと共に店内を見て回った。

 貝を使った置物や、装飾品が棚にきれいに並べられ、真珠を使った物もいくつかある。その横には、この地の者達が着用している衣服が、畳まれた状態で並べられていた。


 刺繍が外で見たものよりも華やかな所を見ると、特別な時の衣装かもしれないと、姫は思う。


(何枚か、買うて帰ってみようか……)


 そう思った途端、こちらの世界に来て、初めて着物以外の物を着てみようと思った事に、香菜姫は驚きを感じた。


(この様にして、少しずつこちらの世界に馴染んでいくのか……)


 しかしそれは、己が元の世界から遠ざかって行くのを認める様で、華やかな刺繍を施された布を手に、姫の心は少しばかり沈んでいた。



 この地でも、クーザンの神官という立場は非常に有効で、領主との会談も、早々に取り付けることが出来た。

 店の奥へと案内され、領主と対面した香菜姫が、早々にこの地を訪れた目的を語ると、


「大バブゥとマットグラスの採取ですか?」


 領主というよりは、やり手の商人に見えるヴァルタン・カレは、それならばと、己の管理する林の場所を教えてくれた上に、好きなだけ採取して構わないと申し出てくれた。

 マットグラスに関しても同様で、海に近い場所ほど、良いものが採れるとまで教えてくれる。 


 付き添いの女騎士と共に、場所の説明を受ける香菜姫をちらりと見たあと、カレはクーザンに向き直ると、少しばかり声を落とした。


「あちらの方々は、シュミル真聖国のある大陸からいらしたのですよね。お忍びの様なので詮索しませんが、おそらくかなりの身分の方でしょう。もし可能でしたら、世界樹の枝の欠片でも良いので、こちらに送って頂けるよう、お願い出来ないでしょうか」


 島にも一応神殿はあるが、あまりにも小規模な為、世界樹の枝は殆ど回ってこないのだという。

 しかし、古い友人であり、元領主であるジェルマンの恩人に無理をいうのが躊躇われたクーザンは、カレの言葉に頷きながらも、この事は香菜姫には伝えずにおこうと決めた。


(何時になるか判らんが、うちの神殿に回ってきた物から、なんとかお分けしよう……)



 ***  



「ちょうど良い時期に、来たようじゃな」


 こちらでは、あまり食べないのだろう。教えられた大バブゥ林では、大きく育った竹の子があちこちに生えていた。その中を進みながら、崋王が時々土に潜っては、筍を掘り出していく。


 二十本ほど掘り出した時点で、香菜姫か不思議収納箱にしまう。それ以外にも、根を数本と、周王が切った竹を三十本ほど収納すると、次に川へと向かった。


 こちらでも、崋王が根ごと掘り出した物と、周王が切った物を分けて収納していく。とりあえず、(むしろ)程度ならば、何枚か作れそうな量だ。

 それを横で見ていたガレリアだが、落ちた草を拾って暫く思案した後、思いも寄らない事を口にした。


「聖女様。これに似た物ならば、うちの領地にもあるかもしれません。これよりもかなり大きな物ですが、湿地に生えていた物とよく似ております」


「そうなのか?あっ、じゃが湿地というと、あの、ぬぺっとした奴がおる所か……」


 その朗報に一瞬喜んだ姫だが、直ぐにそれを採るにはアレと対峙する必要がある事に気づき、その顔が曇る。

 その顔を見たガレリアは、切った物を届けますからと言いながらも、笑わずにはいられなかった。



 納得する量を採った香菜姫達は、カレの店を再度訪ね礼を言うと共に、数着衣装を買い込むと、ビュイソン領へと戻る事にした。



 **


 クーザンを領主の屋敷に送った香菜姫は、今回の協力に対して、再度ジェルマンに礼を述べることに。


「案内をつけてくれたおかげで、随分と助かった。よければ、これを」


 香菜姫は不思議収納箱から世界樹の札を出すと、少し考えた後、三本と唱えた。 


 カランッ。


 乾いた音と共に現れた枝に、クーザンが目を見張る。白く輝くそれは、紛れもなく世界樹の枝で、しかもその太さはクーザンの腕ほどあり、長さも肘から指先に届く程ある。それが三本。


「これは……」


「此度の礼じゃ。其方ならば、有益に使う事が出来るであろう」


 カレからの依頼は、姫の耳にも聞こえていたが、クーザンが香菜姫に枝の話をする事はなかった。それ故に、余計にその労に報いたいという思いが姫にはあった。もっとも、それだけではないが。


「そうじゃな。カレには少しばかり余分に分けた上で、妾が今後も採取に向かうやもしれぬと伝え置いて貰えると、ありがたい」 


 レストウィック王国は海に面していないため、良質なマットグラスの育成は難しいのではと、香菜姫は考えていた。勿論、ガレリアの言っていた草も取り寄せるし、購入予定の島での栽培も試みるが、それだけでは心許ない。

 それに竹細工を作れる者たちを派遣してもらい、レストウィック王国内でも作れるようにしたいという思いもある。そのため、恩を売るのも兼ねているのだ。


 こうして元領主と神官から深々と頭を下げられる見送りを受けた香菜姫達は、レストウィック王国へと戻った。


 ***


 三本もの世界樹の枝を一度に出すと、流石に混乱を招きかねないと判断したクーザンは、二本をジェルマンに預け、一本だけを神殿に持ち帰る事にした。


 案の定、その一本だけでも、神殿は大騒ぎとなった。

 クーザンは手に入れた経緯と香菜姫の考えを他の神官達に伝え、どの様に扱うか、一晩かけて議論を交わした。

 その結果、三等分されることが決まった。世界樹の枝を、専用の銀のナイフで慎重に分ける。

 その一つを、カルダナ島の神殿宛に送る手続きをし、残った二つのうち一つは、更に小さく切り分けていく。これは、船乗りたちのお守りの加工用だ。

 そして最後の一切れは、祭壇の上部にある、ガラスで出来たケースへとしまった。


 陸に残された家族が、海上の家族の無事を祈るための物だ。しかしあまりにも品薄状態が続いていた為に、ここ数年の間、空の状態が続いていた。それが漸く収める事が出来て、神殿に務める者達は皆、感無量の面持ちでガラスケースを見上げていた。



 **


 隣大陸の貴人と思しき少女が、風変わりな要件で訪ねてきて十日程、後。

 神殿から世界樹の枝が届けられたと聞いたヴァルタン・カレは、クーザンの律義さに感謝しながらも、精々、小指の先程度の細く小さな物だろうと思っていた。


 しかし送られてきたのは、カレの掌からはみ出すほどの大きさで、太さは手首ほどもある。

 直ぐ様、全て買い取るから、主要な船のお守りに加工して欲しいと神官に頼むが、神官は半分だけならばと譲らなかった。聞けば、残り半分は、一度も使われたことのない祭壇のガラスケースへ入れたいという。


「ようやく、使えるのです。この機会を逃せば二度と使うことは……」


 ガラスケースに入れる枝の大きさは、ある一定の大きさがないと、その効力を発揮しないと言われている。

 少しばかり惜しい気がしていたカレだが、ガラスケースを見上げる神官の目に涙が浮かぶのを見た時点で、そんな思いは霧散した。


 その翌日、大バブゥ林とマットグラスの生息地の一部が柵で囲われ、『神殿管理地 レストウィック王国・香菜姫様専用』と書かれた看板が立てられていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 華王と周王の食べっぷり! 育ち盛りですものね~。 その結果が、くwしwづwくwりww [一言] 毎週の更新がとても楽しみです。 暑い日が続きますがお身体大切に。 千椛様のペースで筆をすすめ…
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