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百話

 今度の案内役は、リュカ・クーザン。こちらも島に同行した神官だ。しかしその衣装は香菜姫が知る神官の物とは、少しばかり違っていた。

 形は似ているが色は白ではなく灰色で、装飾も無く質素なのだ。その事を姫が問うと、


「私は女神ビシューラ様を祀る神殿の、神官ですから」


 首から下げた銀の円盤を姫達に見せながら、クーザンが説明する。三寸程の円盤には兎の様な横顔と、大きく枝を広げた木が描かれていた。


 昔から交易の盛んなビュイソン領では、航海の安全を守ってくれる女神ビシューラへの信仰が強く、神殿も多いという。


「我々は女神ドラーラの神官の様な、癒しの術が使えません。その為、領地や国からの補助金以外の収入はあまり無く、昔から質素倹約が基本でして…」


 この色も、汚れが判りにくいからなんですよと、神官服をつまんで笑う。


「もっともドラーラ教の神官からは、もう少し神職らしい服装をするよう、言われたりもしますが」

 

「しかしビシューラ神殿の水難除守のお守りは、昔から船乗りの間では、有名だと聞き及んでいますが」


 ガレリアの言葉に、クーザンが嬉しげに頷く。


「出港前に乗組員達やその家族が、航海の無事を願い買いに来られます」


 世界樹の枝が描かれた首飾り型のお守りが、特に人気だという。 


「一番ご利益が有るといわれているのが、世界樹の枝なのですが、あれは中々手に入りませんから」


「そうなのか?」


「はい。世界樹は、大きな湖の真ん中にポツンとある島に生えているのですが、我々が手にして良いのは、畔に流れ着いた物だけです。それを各神殿に分配するのですから、年に五本も手に入れば良い方で、過去には一本も無かった年もあるんですよ」


 クーザンの言葉に、香菜姫は不思議収納箱に入っている、世界樹の枝を思い出していた。帝国との戦の最中に、ロウェイ王国に上陸しようとしていたペルギニ王国の船から、外した物だ。


(あれは、そういう類の物じゃったか)


 己が持っているよりも、有用な使い道が目の前にいる事に、姫は気付いた。



 ***



 王都の側まで周王達に乗って向かったものの、途中休憩を取ったこともあり、着いたのは夕刻となっていた。


 王都に入るにあたっては、クーザンの持つ神官の身分証とジェルマン・ビュイソンの署名入の書面のおかげで、全員が問題なく入れた。

 一応香菜姫は隠形の術を使い姿を隠していたが、ビュイソン領で味をしめたのか、周王と崋王は王都に入る前から早々に稚児の姿となり、辺をキョロキョロと伺っている。


「ここに来たのは、図録を買う為じゃぞ」


 まずは宿を探さねばという香菜姫にウンウンと頷きながらも、どちらの顔も屋台へと向いている。


「焼串が売ってありもす!」


「あれは、食べたことがありもせん!」


 そう声を上げた事から、その見た目や衣装もあり、周王達はあっという間に人々の視線を集めだした。

 神官が同行している上、護衛らしい女騎士が付いている事から、異国の貴人だと思われたのだろう。次第に辺りが騒がしくなっていく、その時。


「誰か、そいつを捕まえてくれ!」


 声の方を見ると、男が走っているのが見えた。その手には派手な柄の袈裟(けさ)袋の様な物が握られ、脇目も振らず、一直線にこちらに向かって来る。声は、その後ろから聞こえていた。


(物取りか?)


 ガレリアが剣に手を掛けるが、香菜姫がそれを押さえ、周王に目配せする。


 にまりと笑う周王の手から、細い紐が飛び出たかと思うと、ヒュルンと男の足に巻き付く。


 びたんっ!


 両足に巻き付いた紐のせいで、男が倒れた。途端に周りの者達が倒れた男を押さえ込み、近くの店の者が衛兵を呼びに走る。

 男の手から落ちた袈裟袋をガレリアが拾っていると、そこに肩で息をしながら、小太りの男が人を掻き分けながらやって来た。


「おぉ、ありがとうございます!」


 先程の声の主だ。中年の脂ぎった男で、赤茶けた長い髪を一本の縄のように編んでいる。この大陸の北部特有の髪型だと、ガレリアが小声で姫に伝えてきた。


 男はガレリアの持つ袈裟袋に手を伸ばしながら、


「どうやら、取引の帰りを狙われた様で」


 言いながら袈裟袋を掴むと、さりげなくその中を見せる。中には金貨らしき物があった。


「貴女方は恩人だ。ぜひとも御礼がしたいので、これから我がビスタ商会にお越しください。見慣れない衣装ですが、どちらから来られたので?こちらには観光ですか?でしたらご案内しますよ。なんなら、お食事をご一緒にしながら…」


 袋を取り戻した男が矢継ぎ早に言う。しかし。


「いや。その様に気を遣う必要はない。それ程の事はしていないし、我々は先を急ぐので」


 ガレリアは素っ気無く断わると、相手に次の言葉を話す間を与えずに、周王達を促してその場から離れる事にした。


「聖女様、お気をつけください」


 男から少し離れた時点で香菜姫に言う。

 姫の姿は同行しているガレリア達以外には見えていないが、念の為、用心しての事だ。


「姫様、あれは怪しい」


 崋王も眉をしかめる。


「じゃろうな」


「あやつ、我らが離れた途端、舌打ちしもした」


「放っておけ。どうせ何もできぬ」


「なら、良いのですが……」



 ジェルマン紹介の宿屋は、王都でも高級な部類らしく、二部屋続きの大きな部屋が用意された。クーザンの部屋はその隣で、そちらもかなり広いようだ。

 そのせいで、宿の食堂で夕食を取っている間中、こんな所に泊まっても良いのかと、恐縮していた。

 その間も香菜姫は隠形の術を使っていたので、一番奥に座る姫の存在に気付く者はおらず、はたから見れば、四人連れが食事している様にしか見えていない。


 一応、宿屋がバレている可能性を考え、香菜姫は自分達の部屋には結界を張り、クーザンの部屋には、侵入を禁じる札を扉と窓に貼るよう、渡した。



 しかし翌朝、クーザンの姿が消えていた。


「聖女様、こんな物が」


 寝台横の小机に置かれた紙を見つけたガレリアが、姫に手渡す。

 そこには、神官の行方が知りたければ、有り金全部を持ってビスタ商会まで来るようにと書かれてあった。


「ビスタ商会。やはり、昨日の男か……」 



 ***



 前日、深夜。


「おい、どうなってるんだ、部屋に入れないぞ!」


「くそっ、こっちもだ!」


 香菜姫達の部屋の扉を、力任せに開けようとしていた五人の男達は、焦っていた。

 偶然を装った誘いを断られた頭が、酷く腹を立てていたからだ。

 ビスタ商会は、表向きは普通の商売をしているが、裏では様々な悪事に手を染めた、犯罪集団だった。特に人身売買は、彼等の大きな儲けとなっている。

 それなのに、目をつけた子供が手に入らないのだ。男達は、足元に転がした男に目を向けた。



 少し前、広い寝台のせいか、中々寝付けなかったクーザンは少し身体を動かそうと思い、部屋の外へと出た。すると、ちょうど階段を上がってくる男達と鉢合わせしたのだ。

 しまったと思った時には、既に二人がかりで押さえつけられていた。



「仕方ない。こいつを使っておびき出そう」


「来るか?」


「女、子供ばかりの中で、唯一の男だ。心細くなって探しに来るだろう。異国の子供は高く売れるからな。しかも、あの見た目だ。女騎士にしたって、利き手を潰せばただの女だ。どうとでも出来る」


 言いながら、下卑(げび)た笑みを浮かべる。それを聞いていたクーザンは、大きく溜息をついた。男達に同情する気は無いものの、これから起きるであろう事を思うと、哀れに思えたからだ。


 ***


「おそらくですが宿屋の表と裏側に、見張りがいるかと。我々が衛兵詰所に行かないよう、見張っているのでしょう」


 さりげなく窓の外を伺うガレリアの言葉に、姫も同意する。宿から出た途端に、接触して来るだろう。

 ならばと隠形の札をガレリアに渡すと、


「半刻程したら、あ奴らを捕らえてもらえるか。妾はちょっと悪党退治をしてくるゆえ」


 言いながら窓を大きく開け放つと、周王達に隠形の札を貼る。そうして崋王に跨ると、窓から飛び出していった。


「これも旅の余興と思おうぞ」


 楽しげな声に、ガレリアは微笑んだ。




 商会の場所は、すぐに判った。昨日男が誘ってきたとき、指差していた方向を頼りに、クーザンの気配を追ったのだ。

 そこは表向きは普通の店のように見えるが、裏に回ると、人相の悪い者が出入りしている。


「さて、参るか。崋王、手と足じゃ」


「畏まり!」


 裏口の前に降り立つと、出て来た者達の手足を次々と凍らせていき、動けなくしながら中へと進む。無理に動いた者は、足が砕け、その場で叫び声を上げる。

 クーザンはすぐに見つかった。縛られてはいたものの、鍵の無い小さな部屋に転がされていたのだ。


「さて、無事の様じゃな」


「お陰さまで」


 香菜姫はクーザンの縄を切り、助け起こすと、


「では、帰るとするか」


「この者達はいかがしましょう?」


「そうじゃな」


 近場に置いてあった棒切れを手にする。


「少しばかり、痛い目におうてもらおうか」


 クルクルと振り回しながら、にまりと笑う姫の姿に、 クーザンは誘拐犯達に少しだけ同情した。



「神官様、助けてください」


 昨日の男から、縋り付くような視線を向けられるが、いくらなんでも自分を拐った者を助ける気は、サラサラない。しかもそれが恩人である少女たちに、良からぬ企みを持っていた者達だ。


「それ以上喚いたら、首を叩くぞ?」


 その言葉に辺りが静まる。しかし直ぐに


 ガンっ!グシャリ


 手首が落ち、砕け、叫び声が上がった。




「さて、少しばかり仕事をしてまいります。あれ等をあのまま放っておくわけにはいきませんのでな。あぁ、助けるわけではありませんよ。衛兵に捕まえてもらおうと思いましてな。聖職者を誘拐したのですから神罰がくだされました、とでも申しておきます」


 結局、いくら男達が異国の少女達にやられたと訴えても、信じてもらえなかった。

 そもそも神官を拐うという悪行を犯した者の言い分なぞ信じられない上に、男達が言うような少女を見た者など、宿屋の従業員の中にも、一人もいないからだ。

 しかも周王達は宿から一歩も出ていないと、ガレリアが捕まえた見張り役が、証言している。

 護衛役が見張りの目をかいくぐる事は出来ても、あれほど目立つ風体の、しかも幼い二人にそんな事が出来るとは、思えなかった。


「お前らの仲間が証言してるんだよ。あの異国の子供達は、宿から出てないってな。だからそれは、神罰だ」


***


「ついでですから、図録を元に、欲しい物を探されては如何ですか」


「それもそうじゃな」


 書店で図録を手に入れた香菜姫は、一旦宿屋に戻って図録を調べ、気になる植物の生息地を回ることにした。


「これは、藺草(いぐさ)に似ておりもす」


「竹です、竹がありもす!」


「姫様、これは……」


 その箇所には、茸ばかりが描かれていた。勿論食用か、毒かも書かれている。


「これは……茸じゃな。こちらは椎茸とよく似ておる。そして、これは…!」


「どう見ても松茸…でありもす」


 その下には『食用、独特の香りあり』と書かれてあり、間違いなさそうだ。


「この茸ならば、フェンリルの森にもありますよ」


 ガレリアの言葉に、周王が飛び跳ねる。


 竹と藺草によく似た物は、更に南側にあることが判った。しかしせっかくだから、ぐるりと大外を回って戻ろうという事になり、香菜姫達は北へと向かった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 100話到達おめでとうございます。楽しく読ませていただいております [気になる点] 御行の術。隠形かとも思ったけれど、前回もこの字なんですよね [一言] 竹は色々使い道がおおくて良いですね…
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