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九十七話

「隣の大陸とは。また、えらく遠いの」


 ムーンの言葉に、香菜姫は前にガレリアが見せてくれたこの世界の地図を思い出す。


 中央にレストウィック王国がある大陸が描かれていたそれには、他に四つの大陸と、大小様々な島が記されていた。


「西隣と東隣、どちらの大陸じゃ?」 


(確か西側の大陸とは、交流があると言うておったな。ならば、そちらの方が行きやすいか……)


「西側の大陸だ。国名は覚えて無いが、東側だったのは間違いない」


 西の大陸の東端ならば、こちらの大陸からは最も近い位置となる。


「ふむ。遠いと思うたが、そうでもなさそうじゃ。ガレリア辺りに詳しい話を聞いてみるか……」


「姫様。ガレリアならば、今は城にはおりもせん。例の魔獣の養殖計画とやらで、アベケット領に帰っておりもす」


 崋王の言葉に、姫はそうであったと思い出す。

 蛙によく似た、ぬぺんとした顔の魔獣は寒いのが苦手なのか、冬の間はあまり出てこないらしい。その為、寒いうちに蘭丸から教えを受けて、養殖の為の結界を張っていたのだ。

 そろそろ暖かくなってきた為、その様子を見に行ってくると、三日前に報告を受けていた。


 戻って来てからでも問題ないのだが、出来れば早く知りたい香菜姫は、ならばオルドリッチかシャイラに尋ねてみようと思い、ムーン達に礼を言うと、宮殿へと戻った。



 **



 是迄、外交は主にシャイラが担っていたと聞いていたので、まずはシャイラの執務室へと向う。 

 ムーンに聞いた話をすると、シャイラは直ぐにそれが何処なのか判ったのだろう。迷い無い返事が返ってきた。


「それでしたら、バルザック王国の事でしょう。十年程前に訪ねたおり、クロスベリーで織られたシッククロスという布を頂きました」


 十年前にあったのならば、少なくとも作り方を知る者は、まだいるだろうと言う。


「言葉は通じるのか?」


「こちらとは文字も言語も少々異なりますので、通訳が必要かと。ただ、聖女様に関しては、もしかすると必要ないかもしれませんが……」


 召喚時から問題なく会話が成り立つ上に、こちらの文字も理解出来る香菜姫だ。他の言語でも、同じ様に使えるかもしれないと、シャイラは推測していた。


「じゃが、いざ向こうに着いてから、使えなんだら不便ゆえ、誰ぞ喋れる者を同行させたい」


「ならば、ガレリア・アベケットが適任かと。デラノ・エジャートンもそれなりに話せますが、彼女ほど堪能ではありませんし、長時間を共にするのであれば、気の置けない女同士の方が宜しいかと」


 後1週間ほどで戻って来ますからと言うシャイラに頷き、姫はこれからの予定を立てる為に、オルドリッチの元へと向かった。


 騎士を一人、暫くの間借り受けるのだから、話を通しておく必要があると考えたからだ。然しオルドリッチの興味は、それが紙の原材料探しだと聞いた途端、そちらへと移った。

 

「なんと、そのクロスベリーという木から、紙が作れるのですか?」


「実物を見なければ判らぬが、その可能性が高いと思うておる。出来るまでに時間は掛かるであろうが、妾の屋敷の建具に、どうしても大きな紙が使いたくての」


 少し照れくさ気に話す姫の言葉に、オルドリッチは頷いた。建具に使える程大きな紙。それは彼自身、欲している物でもあったからだ。

 この国において、紙とは羊等の動物の皮を使って作られるが、非常に手間がかかる上に、一頭分の皮から取れるのは、せいぜい書類用が四枚から六枚程度だ。

 その為、オルドリッチは香菜姫が普段使用している紙の製法を、何とかして知りたいと思っていた。


「その技術、出来ましたら我が国との共同開発に出来ませんか。是非ともお願い致します!」


 身を乗り出して頼んでくるオルドリッチに、手伝って貰えるなら、都合が良いと思った姫は、ついでだからと、もう一つの物の協力を仰ぐ事にした。


「それは構わぬが……ならば妾からも一つ、頼みたい。蘭丸殿が麦藁の敷物を作る者達を連れて来た時に、協力を頼みたい。畳という敷物を作りたいのでな」


「勿論です!では、さっそくバルザック王国に渡った時に問題ないよう、身分を証明するものを準備致します」



 **



 話し合いから二日後。筒に入れられたウィリアムの王印付きの手紙と、王家の紋章を模った首飾りが、香菜姫の元に届けられた。持ってきたのは、デラノ・エジャートンだ。


「それと、こちらはバルザック王国の東側に領地を持つ領主の名簿と、王国近隣の地図です」


 デラノが説明する。


「面倒だとは思いますが、名簿の一番上に書かれているビュイソン家へは、訪問頂きたいのです」 


 手紙や首飾りは、その際に使って欲しいという。確かに他所の国の植物を持ち帰ろうというのだから、その土地を治める者の了解は必要だと、姫も納得する。

 もっとも、相手が嫌がろうが持ち帰る気でいる事は、口にしないが。


「了解じゃ」 


 さらに五日後。戻って来たガレリアに、香菜姫は計画を話した。


其方(そち)には通訳として、同行して欲しい。既にオルドリッチの許可は貰うておるが、無理強いするのは嫌なのでな」


「そんな遠慮は、なさらないで下さい。久しぶりの外交となりますが、可能な限りお手伝いしたく思います」


 ガレリアから快諾を受け、これで必要なものは全て揃ったと姫は安堵した。


「ならば、戻ったばかりで疲れておろうから、三日後に出立したいが、良いか?」


「勿論です!」


 **


「では、行って参る」


 シャイラやオルドリッチに見送られ、香菜姫とガレリアはそれぞれ崋王、周王の背に乗り、出立した。


 安全を考慮して途中の島で休憩を兼ねて一晩泊まり、その後、隣の大陸に渡る予定だ。

 それに必要な物は、全て香菜姫の不思議収納箱に入れてある。


「あの島です」


 ガレリアの指差すその島は、大半が岩肌を晒しているが、中央に小さな林があった。その林が今夜の野営地だという。その林の横に降り立つと、すぐさま周王達は島の探索へと向った。


 天幕は手間を省くため、既に張った状態で収納されている。香菜姫はそれを取り出しながら、焚き火用の枝を集めているガレリアに声をかけた。


「ガレリアは、バルザックとやらに行った事があるのか?」


「はい、四年前に一度。親善大使として訪問された、ウィリアム様と共に。一応、通訳としてですが、兄やデラノ、ケンドリックも一緒でした」


 話しながら手早く焚き火の準備を済ませ、火を付けると、今度は夕食の用意を始めた。それに合わせて、姫も必要な物を収納箱から出していく。


 食事の準備が整った頃、周王と崋王が戻ってきた。どちらも頭に何か乗せている。


「姫様、こんな物がありもした!」


 焚火の灯を映し、キラキラと輝く頭上の物を見て、姫が驚く。


「これは冠に、こちらは首飾りではないか。いったい何処からこの様な物を?此処は無人の島の筈では?」


「この島は小さいせいか湧き水が無く、しかも周りの海流が複雑な為、昔から人が住み着く事は無いはずです」


 姫の問に答えながら、冠を仔細に眺めたガレリアは、己の推測を口にする。


「聖女様、もしかしたら海賊か何かの隠し財宝かもしれません。周王殿に崋王殿、これをどちらで?」


「林の奥にある洞窟の奥で。海に繋がっておりもした」


「骨が守っておりもした」


「では、食事を終えたら見に行きましょう」


 **


 月明かりを遮る林の中だが、狐火が辺りを照らすため、視界には問題がない。

 白狐達の案内で林を少し入った所に、人一人が何とか通れそうな洞窟の入口が見えた。その中からは、確かに潮の香りがしている。


「こちらでありもす」


 周王に先導され中に入り少し歩くと、波の音が聞こえて来た。それは進む程に大きくなり、偶にドーンという音も混じる。


「どうやら、海流の侵食によって出来た洞窟のようですね」


 ガレリアの言葉に頷きながら、周王が視界の先に新たな狐火を照らす。


「足元にお気をつけて、まずはこちらを」


 狐火によって照らし出された眼下の風景は、圧巻だった。荒々しい波が渦を巻きながら流れ込んで来たかと思うと、洞窟奥の岩に当たり、驚く速さで引いていくのだ。そしてまた、次の波が押し寄せる。


 それと共に、洞窟の低い場所だけでなく、かなり高い場所にまで、かつて船であったらしき残骸が、幾つも散らばっているのが判った。

 古いものも多く、朽ちた色をしており、香菜姫は足元に落ちていた一片を拾うが、それは手に持った端から、ポロポロと崩れていく。


「難破船か……一つや二つではなさそうじゃな」


「姫様、骨はこちらでありもす」


 少し下がった場所にある、小さな横穴に崋王が案内する。


 そこには縦横共に二尺程度の粗い生地の袋を守るように抱えた、骸骨が座っていた。着ていた衣服もボロボロだが、その形状からは男だと思われる。その片方の手の小指の部分が欠けているのが、姫の目に入った。


 その抱える袋からは、周王達が持って来た物と同じような首飾りや、宝剣等がこぼれ出ている。


 そして、その側には小さな本があった。


「日記のようですね」


 本を手に取ったガレリアが、慎重にめくっていく。

 水に浸かったせいかブヨブヨと波打ち、膨れ上がった紙は脆く、綴じも緩んでいるようだ。しかも消し炭のような物で書いたのか、えらく掠れた文字が列んでいる。


「ここに日付もあります。……判りづらいですが、今から四十年以上前のようですね」


 ガレリアが読み易いよう、崋王が狐火の数を増やす。


「どうやらこの人物は、何者かに捕まっていたようです。そこから逃げ出す際、宝の一部を奪ったようですが、船の扱いに慣れていない為に潮に流されたのでしょう。ここに漂着したようです」


 日記の内容をかい摘んで語っていたガレリアが、ふと、顔を上げて周りを見回す。そこには、漂着者に対する哀れみが見て取れた。


「乗っていた船は壊れ、抜け出すことも出来ぬまま、湧水の無いこの島に取り残された。この人は、長く生きるのは叶わなったのでしょうね……」


「名は判るのか」


「ここに、薄れてますがなんとか読めます。えっと、カート、いやカールでしょうか、それとビュイ、ソン……!」 


 ガレリアが驚いて、姫と顔を見合わせる。

 それは、ちょうど尋ねる予定となっていた領主と同じ姓だった。

楮布は日本最古の布の一つと言われ、今ではほとんど織られていませんが、一部の地域ではその技法を次世代に残すための活動が、されています。

元々、楮を始め、麻や葛、芭蕉、藤などの植物を材料として用いた布を綿花と書いて、『ゆふ』と呼んでいました。しかし戦国時代以降に綿が広まるにつれ、『たふ』と呼ばれるようになります。字は『太布』と書きます。

これを見た時に思い出したのが、中学の教科書に載っていた歌劇『夕鶴』の冒頭の歌でした。


『じやんにきせる ふとぬうの

 ばやんにきせる ふとぬうの

 ちんからかん とんとんとん

 ちんからかんから とんとんとん』


その時『ふと』は『立派な着物を表す方言』だと教わりました。だから、『ふとぬの』とは、『立派な着物のための布』だと。


そこで生意気なお年頃だった私は、『なんで成長著しい子供や、働き盛りの旦那でもなく、老い先短い爺と婆に立派な着物を着せるんだ?』と、話とは全く関係ない事に疑問を持ちまして、出した結論が『もしや、死に装束用?!えっ、怖!』でした。

死装束用の布を織るさまを、子供が楽しげに歌っている、怖い歌だと思ったんです。


でもね、この年になると、布を織るのってすごく手間がかかる事が判ってきまして。これは綿花から糸を紡ぐ体験や、さをり織りや、裂き織りの体験をした事があるから判った事ですが、かかる時間と手間がホント大変。


爺と婆の具合が悪くなってからなんて、絶対間に合わない!


楮布だと、冬に木を切って、蒸して皮を剥いで水にさらして、さらにほぐして剥いでをくりかえして、糸になる頃には季節はすでに夏!そこから織り機に経糸を渡して織っていく。織れたら今度は着物に仕立てる。その全てを家のことや農作業の合間に行なうのだから、一年ががりの大仕事です。


それだけの手前と時間をかけて、最後の衣装を作ってもらえるのなら、それは爺と婆が皆に大事にされている証だと、年を取ったからこそ思えるようになりました。

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