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九話

 「聖女様!お怪我は!」 「ご無事ですか!」


 周王の背上でバーリー達が慌てるが、飛んできた弓矢は、周王と華王の二間ほど開いた中程を抜けていったため、香菜姫に当たることは無かった。しかし、狐達を怒らせるには、十分過ぎた。


「味方だと思って油断しておりもした。あのような不心得者、即刻、切り刻んでやります故!」


「援軍に来た我らに矢を向けるとは!姫様、あやつら全員、凍らせてしまいましょうぞ!」


 それらの言葉と同時に、氷を纏った風がゴゥゴゥと不穏な音を立てながら渦巻き、うねりながら前方の防御壁へと狙いを定める。


「周王も華王も、落ち着かぬか。どうやら妾達は、敵やもしれぬと思われておるようじゃな。しかし、まぁ、よくぞここまで飛んできたものよ」


 矢を射った者が居ると思われる防御壁との距離を測るように見ながら、腕の良い射手(いて)がおるのじゃなと感心する姫に、魔術士ノーマンが説明する。


「おそらく、矢に風魔法を纏わせ、射ったのでしょう」


「ほんに、魔法とは便利なものよの。まぁ、空飛ぶ白狐なぞも、あの者達からすると、魔獣としか思えんのであろうから、致し方あるまい」


 実際、地上にいる魔獣ほどではないものの、街の上空を大型の鳥のような魔獣が何体か飛び回っているのだ。

 新手の敵だと思われても仕方あるまいと笑いながらも、防御壁の上に立つ射手があれきり射って来ないところから、どうやら此方の出方をうかがっているのだと確信した香菜姫は、ならばと、魔獣達を攻撃する事にした。


「周王、華王。今出しておる()()は、下に向けて放っておけ」


 その言葉に、狐達は不満げな顔をしながらも、小さな竜巻のようになったものを、真下に放つ。


 ゴガガッ、バンッ!


「「グギャッ、ギヴャッ」」


 足元から、爆発音と共に、魔獣達の断末魔が聞こえるが、そちらに視線を向けようとさえせず、防御壁の方を睨んでいる狐達を見た姫は、苦笑しながら、


「では、周王、少しばかり離れておれ。妾が魔獣どもを幾らか倒した後に、共に壁の内へと向かおうぞ。さすれば、味方だと認識されるであろうて」


 そう言うと、では、我もと言う周王を下がらせ、


「退魔術が如何(いか)ほど通用するのか判らぬからの。色々と試してみたい故、見ておれ。さて、とりあえず呪符ではどれな具合かの」


 そう言うと、退魔と書かれた呪符を三枚取り出し、それに息を吹き込むと、魔獣の群れに向けて、一気に飛ばす。


急急(きゅうきゅう)如律令(にょりつれい)呪符退魔(じゅふたいま)!」


 パンッパンッパンッ!


 一枚につき、一匹の魔獣が木っ端に弾け飛ぶ。その周りでは、先程に引き続き、降ってわいたような攻撃に驚いた魔獣達が、辺りを伺い警戒しだしたのが判った。


「「「「なんと、一度に三匹も…」」」」


 周王の背にしがみついた討伐隊の面々が、驚き感心するが、当の香菜姫は眉をしかめ、不服げだ。


「ふむ。通用は、するようじゃな。しかし、これでは少々効率が悪いの。ならば、次は九字を試してみようぞ。じゃが、それにはちぃと角度が悪いか…」


 このままでは防御壁に穴が開くやもしれんと言って、華王に指示して少しばかり方向を変えると、


「朱雀・玄武・白虎・勾陣(こうちん)帝久(ていきゅう)

 

 手刀で縦4本,横5本の線を空中に描きながら九字を唱える。


文王(ぶんおう)三台(さんたい)玉女(ぎょくにょ)・青龍!」


 それに神力を纏わせ、一気に眼下の群れ目掛けて叩き込んだ!


 その瞬間、格子状に輝く光りが魔獣の群れを襲う!


 ズザザザッ、ザンッ!


 魔獣達が格子状に切り刻まれていき、後には幅二間、長さ半町程のバラバラになった遺骸(いがい)の道が出来た。その淵では、体の一部を失った魔獣が「ギャァッ、グギィィィッ」と、叫び声をあげながら、のた打ち回っているのが見てとれる。


 それに、流石に今度は攻撃してきた相手の存在に気づいたのだろう。何体もの魔獣が上空を睨み、うなり声を上げだした。中には飛びかかろうと、大きく跳躍するものもいたが、それらは前足を一振りした周王の豪風で吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。


「「「なんと凄まじい……」」」 「「「これが聖女様の力……」」」


 バーリーを含む兵士達が目を見開き、(おのの)く。討伐隊長自らが選んだ歴戦の猛者達だが、そんな彼等でさえ、誰かがボソッと呟いた「味方でよかった…」という言葉に、激しく頷くしかなかった。


「おぉ、こちらは結構使えるの。さすがは、土御門家の九字じゃ。では、もうちぃとばかし、込める力を増やしてみれば、それなりに減らせそうじゃな」


(((今よりさらに、強力にできるのか……)))


 その言葉を聞き、さらに戦いた面々の背筋を、冷たい汗が流れおちる。しかし、誰一人として開いた口から言葉が発せられることは無かった。なぜだか急に魔獣達が気の毒に思えた者さえいたが、当然口に出せるはずもなく。


 驚愕と畏怖のこもった視線が注がれる中、防御壁の出入りロであろう落とし扉に群がっていた魔獣達を、払いのけるように香菜姫は三度、角度を変えて九字を切り放ち、魔獣の骸道(むくろみち)を三本作り上げた。

 既に魔獣達は、こちらを新たな敵だと認識したのだろう。今、その視線は皆、上空の姫達に向いている。領都の上空を旋回していた魔獣に至っては、どう見ても臨戦態勢だ。


 しかし、香菜姫はそんな事など気にも止めない様子で、狐達にいったん更に上空に上がるよう命じると、そのまま周王を従えるようにして、壁の内へと向かった。



 丁度中心辺りにある、背の高い建物の前が開けていたため、そこに向かってゆっくりと狐達は降りて行った。

 しかし、それを動きが鈍ったと考えたのだろう、後を追うように降りてきた魔獣が二体いたが、途中で凍りつき、落下して砕け散った。華王が、ふんっと鼻をならし、香菜姫がその背を撫でる。


 付近にいた領民達は、それらのさまを遠巻きに伺っているものの、兵達にはそれまで姫の攻撃する様を見ていた者達が何人もいたためだろう、すでに味方の援軍だと理解されていたようで、直ぐに責任者らしき武人と、その部下の兵達が、香菜姫達の前に走り寄って来た。


 その風体から、先頭の男こそが、先程矢を射ってきた男だと、姫には直ぐに判った。だが、遠目に見たときには気づかなかったが、腕や顔に傷があり、着ている鎧も傷だらけだ。

 彼は並び居る白狐達にどう対処していいのか判らないのであろう、少し前で立ち止まり、困惑した顔をしていたが、周王の背上にバーリーの顔を認識すると、途端に安堵の表情を見せ、そちらに向かって動いた。


「バーリー隊長、ご助力、感謝する。しかし、まさかこのようなもので現れるとは思わなかったため、貴殿と気付かず、矢を射ってしまったぞ。すまなかったな。ところで、これは新しい魔術士のものか何かか?それに、こちらの少女は?何やら不思議な術を使っていたし、見かけん服装…だが……まさか……」


 徐々に声が小さくなっていく男を、気の毒そうに眺めながらもバーリは、


「そのまさかだ。これは聖女様の神獣だ」


 その言葉を聞いた途端に、自分が先程しでかしたことに気づいたのだろう。男の顔色が変わったと思ったら、慌てて香菜姫の前に来て跪いた。同時に、周りにいた兵達も一斉に跪く。


「聖女様であられましたか。挨拶が遅くなって、申し訳ありません。私はこの領の領主で、ダリル・クラッチフィールドと申します。先程は、大変失礼をいたしました。なんとお詫びをしたら…」


 頭を下げ、謝罪する男とその部下たちを眺めながら、姫は彼らがどれほど必死になって、ここを守って来たのかを理解した。

 どの鎧も傷だらけで、怪我を負っていない者は一人もいない。中には大層な怪我のために座り込んでいた者さえ居たが、それでも皆、領主に習って必死に体を起こし、頭を下げているのだ。


 だが、それだけではない。彼らの姿を見た周りの領民たち全てが今、彼等と同じように彼女の前に跪いていた。


(善き領主のようじゃな)


「妾の名は、香菜じゃ。先程のあれは、ここを守ろうと思うてした事であろう。ならば、気にせずともよい。それより、随分と待たせたようじゃな。討伐隊長らも同行しておる故、もう案ずる事は無いぞ」


 姫はそう言いながら華王から降りると、周王の方を向き、皆を降ろすよう合図した。バーリーを始めとした討伐隊の面々は、ようやく地面を踏むことが出来、ほっとしているのだろう。何度も足を踏みしめている。


 早速ヘンリーがマジックボックスから救援物資を取り出し、兵達に指示を出しているのを見ながら、香菜姫は領主に立つように言い、旋回しながら此方を伺っている魔獣を指差した。


「聞きたい事は色々あるが、先ずはあやつらを減らすのが、先じゃろう。バーリー隊長、門周りの魔獣どもは其方達に任してもよいか?妾は外にいるものを(ほふ)るゆえ」


「勿論です。お任せを!」


 隊長の返事に頷くと、姫は皆を降ろして通常の大きさに戻った周王に向けて、一振りの太刀を差し出した。


「周王、お主は()()を使うが良いぞ」


 それは先だって香菜姫が自身の収納箱の中で見つけた一振りの太刀だった。名刀小狐丸(こぎつねまる)

 平安の昔、名工として知られる三条宗近(さんじょう むねちか)が、稲荷明神と相槌(あいづち)を打って鍛えたと伝えられる御神刀だ。


 ここ百年ほどは稲荷神の命婦(めいふ)であられる阿古町(あこまち)様預りとなっていると、話には聞いていたのだが、それを収納箱に見つけた時は、さすがの姫も驚いた。しかも太刀ゆえに、姫の手には少々余るが、化身した周王ならば問題なく使いこなせるだろうと思ったのだ。


「姫様、これは!……ありがたく!」


 パンという音と共に若武者姿に化身した周王が、恭しくではあるが嬉しげに太刀を受け取る。それを腰に()くと、途端に周王の身体が輝き、着けていた鎧兜が白銀色に変化した。

 なぜか兜に狐耳の形をした飾りが新たに加わっていたが、それもまた、ご愛敬だと姫は思う事にした。なぜなら、周王の笑みが一層深まったからだ。


 すると、どこからともなく≪きゃー≫と黄色い悲鳴が上がる。どうやら若武者姿の周王が、女衆(おなごしゅ)の注目を集めていたようだ。


(このような状況でも、女衆というものは、元気だの)


「では、空はお主に任せるぞ、周王。さて、華王よ、一気に殲滅させようぞ!」


 その言葉を合図として、周王が空を蹴るように一気に駆け上がり、


 ザンッ!


 上空にいた鳥型の魔獣を、触れる事なく一刀両断にする。下からはまた、悲鳴のような歓声が上がった。


 バーリーたち討伐隊の面々も一気に駆け出し、雄叫びを上げながら門へと向かっていた。

 腰に差していた時は普通の大きさに見えていた彼らの剣だが、抜かれた今は、それぞれ特徴的な武器へと変貌していた。炎を纏っていたり、バチバチと火花を散らしながら光っていたりと様々で、中には、身の丈ほどまでに巨大化したものまであった。


「やはり不思議な世界じゃの。さて、妾達も負けてはおれんの」


 そう言いながら香菜姫は華王に跨がると、一気に防御壁の外へと飛び出した。そして、壁を傷つける訳にはいかないからと、今度は防御壁側から魔素溜まりに向けて、九字を切り放っていく事にした。


「朱雀・玄武・白虎・勾陣・帝久・文王・三台・玉女・青龍!! 」


 新たな躯道を広げ、伸ばしながら魔物を倒すその様は、まさに先ほど姫が口にした≪殲滅≫という言葉がふさわしいものだった。 


 一方、それまで好き放題に辺りを蹂躙していた魔獣達は、突然立場が逆転して、己達が蹂躙される側になった事にようやく気づいたのだろう。戸惑いながらも、姫から逃れようと,次々に山の方へと逃げ出し始めた。

 しかし、それはあっという間に氷の壁に阻まれる。しかもその上に、先が鋭利な氷の塊が次々と落ちてくるものだから、結果として、その下を逃げまどいながらも、ただ潰されていくだけだ。


「華王、やるではないか」


恐悦至極(きょうえつしごく)にて!」


 やがて、魔獣が減ったおかげか、魔素溜まりの中心がはっきりと見えるようになった。


(あれが原因じゃな。なんとまぁ、禍々しい。あれには此れが調度良かろうて)


 浄化のために香菜姫が取り出したのは、神が作り給うし弓・矢天之麻迦古弓(あめのまかこゆみ)とその矢である天羽々矢(あめのはばや)だ。右手に下がけと(かけ)を付けながら、


(ほんに、夕べ確認しておいて良かったぞ)


 昨夜の事を思い出しながら、苦笑した。



 **



 オルドリッジの提案で魔術士の訓練場へと出向いた姫は、此処ならば大丈夫だと思い、神器でもあるこの弓と矢を取り出したのだが、その途端、途方に暮れたのだ。


 なぜなら、弓袋(ゆぶくろ)には、弓巻(ゆま)きに巻かれた弓のほかに、下がけや(かけ)、そして、手入れに必要な薬煉(くすね)、ぎり粉、筆粉まで入っていたものの、肝心の弦が無かったのだ。しかも、矢筒から出てきたのは、一本の大きな羽根のみ。


(これは、どのようにすれば良いのか、さっぱりじゃ。さて、どうしたものか……)


 何か見えぬかと、月明かりにそれらを(かざ)してみるが、綺麗な漆黒の弓と、赤金色に輝く美しい羽根だという以外、何も判りそうにない。


 しかし、よく見ると、その羽根は鷹や雉のように羽枝が密着していないのが見て取れた。羽枝の一本一本がバラバラになっているのだ。


(もしやこれは…)


 物は試しと羽枝の一本を引っ張ってみる。すると羽軸からすっと抜けたそれは、輝く一本の見事な矢羽となった。


「こういう事か…じゃから、天羽々矢という名がついておるのか……」


 納得し、それを使って弓構(ゆがま)えようとすると、弓にも弦が出て来た。


「なるほどの」


 しかし、弓矢の仕掛けが判ったからといって、実際に何もない場所に、ありがたくも、もったいない矢を放つわけにもいかず、結局、数度引き分けるまでの動作をしただけで、終える事にしたのだが……



  **



(じゃが、今こそは!)


「オン マリシェイ ソワカ、オン マリシェイ ソワカ」


 摩利支天の真言を唱えながら、天之麻迦古弓(あめのまかこゆみ)を左手に、天羽々矢(あめのはばや)右手に持って打ち起こし、引き分ける。


「オン マリシェイ ソワカ、ゆけぇ!!」


 狙いをすまし、魔素溜まりの中心に向けて一気に打ち込んだ!

「小狐丸」に関しては、謡曲の『小鍛冶』を参考としております。

また、天羽々矢の形状に関しては、私の勝手な想像です。ダチョウの羽根をイメージしていただけたら良いかと。

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神事を思い浮かべると、弓は矢がなくても弦の音で魔を祓えそうな気がしたり
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