表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/128

プロローグ

元禄五年(1692年) 冬至


「姫様、足元に気をつけて下さいまし。夕べの雨のせいで、少々ぬかるんでおりますゆえ」


 二人の侍女に先導されながら山道を登るのは、やんごとなき身分とおぼしき少女だった。


「判っておる。さきは心配性じゃの」


 そう答えたのは、つややかな黒髪を笄髷(こうがいまげ)に結い、紺地の切袴に緋色の単衣、井桁花菱紋に四ッ華文の入った紫の表着と、同柄の薄紅色の唐衣を纏った少女で、その足元は褄皮(つまかわ)付きの雪駄を履いている。


 そして、その両脇には少女を守るように二匹の白い狐が同行していた。右手にいる狐には花のような文様が、左手にいる狐には炎のような文様が、それぞれの額に緋色で刻まれている。


「姫さんに何か起こる前に、俺が何とかしますから、大丈夫ですよ」


 年のころは十八、九歳ぐらいの灰色の伊賀袴(いがばかま)脚絆(きゃはん)姿の護衛が、笑いながら姫と呼ばれた少女の後に続く。


黒鉄(くろがね)、妾はもうすぐ十五となる。五つ六つの幼子のような扱いを、するでない」


「そうですよ、いざとなったら、私が踏み板がわりになりますから」


「なつめまで、そのようなことを」


 軽口を叩く様子から、彼女等が主従ではあるものの、親しい間柄なのが見て取れる。頂上まで後少しの所で、あえて少し道を左に外れて進むと、そこに目当ての物が見えた。


「あぁ、これじゃ。これが見たかったのじゃ」


 それは六尺ほどの白い薮椿(やぶつばき)だった。葉を落とした木々の中、艶やかな緑の葉を誇るそれは、いくつもの白い花をつけていた。一重の小輪だが、やや筒咲きの花は寒さを堪え忍んでいるようでいじらしく、その(つぼみ)はコロンと丸く、愛らしい。


「綺麗よのぉ。屋敷の庭に有るのは赤い椿だけゆえ、わざわざこうして裏山に登って来たが、その甲斐はあったというものよ」


 少女がそう言うと、右横に控えた狐が不満げに鼻を鳴らす。


「華王よ、お主に乗ればあっという間に着くのは判っておる。じゃが、おのが足で登ってこその景色というものが在るのじゃ」

 

 その言葉に、少し離れた場所で待機する侍女達が微笑む。主である香菜(かな)姫は、まだ幼いところがあるものの、その美しさは今まさに花開かんばかりであり、これから多くの殿方の心を惑わすだろうことは、想像に難くない。


「まるで一幅の絵のようでございますねぇ」


 なつめと呼ばれた侍女が溜息をつきながら言ったその時、見たこともない紋様が姫の足元で白く光ったかと思うと、その空間が歪められた事が判った!


(しまった、罠か?)


 そう思った護衛が急いで駆け寄るが、時、既に遅く。


「姫!」


「「姫様!!」」


『さき、なつめ、くろが…』


 侍女達を呼ぶ声は、霞んで行くその姿と共に、遠くなっていった…



*◇*◇*◇*◇



「成功だ!」


「おぉ、なんと神々しいお姿…」


「これは…もしや異世界の姫君か?」


「これで、この国も救われる!」


「聖女さま!」




「ここは…どこじゃ?」


 香菜姫は途方に暮れていた。つい先ほどまで裏山で椿を見ていた筈なのに、今は全く見知らぬ場所にいるのだ。おまけに彼女を取り囲んでいるのは、髪は茶色や金色だし、目も青や緑をしている者達だ。


(異人がこんなに大勢…ではここは異国か?じゃが、言葉が判るという事は…もしや出島?それにしても、一体どうやって…おまけに、この床の文様。この様な物は見たことがない…)


 床に座り込んだまま、思案にふけっていた香菜姫は、自分の前に誰かが跪いたことに気づいた。それは金色の髪に青い目をした青年で、白地に金の刺繍が施された華やかな衣装を纏っていることから、高い身分の者だと察せられる。

 その青年は嬉し気に微笑みながら、香菜姫に話しかけてきた。


「ようこそお越し下さいました、聖女様」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
普通に考えてよほど世の中が嫌じゃない限り、勝手に異世界に誘拐されて喜ぶ人はいないでしょうからね。我が身に変えたら超怖い。そら恨まれるよ。姫様は強いからまだ良いようなものの、元の世界を思ってする涙。おい…
[一言] 他の作者さんの作品で、聖女召喚したら、がちの聖女様(それもどうも聖女=女王級)でこの痴れ者どもがで征服されましたとか有りましたが、こちらもがちの姫様カドワカシ。
[良い点] 序盤までしか読んでいませんが、面白そうです。 ブックマークにいれます。 [気になる点] 帰還の方策を探ろうともしないのは、イラっとしますね。 拉致加害者は賠償の為の現状回復に尽力すべきです…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ