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第二夜:一時の逢瀬

私は自分の部屋で部下が提出する書類に目を通して印を押しながら心は彼の元へと走っていた。


本当なら直ぐにでも彼の元へと行きたい。


しかし、そんな事は出来ない。


だから必死に、自分を理性という鎖で縛りながら仕事に打ち込む。


早く夜になって。


夜になれば皆は寝静まる。


そうすれば私は彼の元に行ける。


夢魔や悪魔が夜を好ましく思う気持ちが解ってしまう。


昼間は人目などが多くて行けないが、夜になれば自由だ。


彼を匿うようになってから夜が待ち遠しくなった。


『・・・・・早く貴方に会いたい』


そして貴方が居る事を確かめたい。


私が居ない間に居なくなってしまうか、不安で堪らない。


だから、夜が早く来る事を願う。


昼食を取り休憩を入れて再び仕事を開始しながら私は彼を想い続ける。


拷問とも言える長い昼の時間を終えた。


夕食を一人で済ました私は早々に寝室に入り誰も来ないように言う。


そして本棚にある赤い本の場所を移動させて秘密の部屋へと行く。


私がプライベートな目的で作り上げた秘密の部屋は誰も知らない。


下へと通じる石の階段を喜々とした様子で駆け下りて頑丈な木の扉を開ける。


中に入るとキングサイズのベッドと小さな本棚、木製のテーブルと椅子というシンプルな部屋がある。


ベッドで彼は天井を見上げていた。


「・・・ラファエル」


彼は天井から視線を外して私を見つめた。


名前を呼んでくれた。


憎悪の叫びではなく、親しい友人を呼ぶような声で・・・・・・・・・


「飛天」


私は嬉しくて笑顔になる。


抱き付きたい気持ちを抑えて私はベッドに歩み椅子を引いて座る。


「傷の具合はどう?」


シーツを退かして包帯が巻かれた逞しい鋼の肉体を撫でる。


私の身体より逞しく、どの男たちより堅く熱い肉体。


「今の所は大丈夫だ」


飛天は笑いながら答えた。


私に微笑むなど今までなかった。


あったとしても嘲笑だった。


しかし、今の微笑みは嘲笑ではなく安心させる笑みだ。


初めて見せた笑み。


私はそれだけで嬉しかった。


歓喜が止まらない。


「そう。良かった」


微笑み返して持ってきたバスケットを開けて林檎を取り出す。


アダムとイヴが食べてエデン(楽園)から追放された禁断の果実、知恵の実。


甘美な味と知恵と引き換えに楽園を追われた二人の男と女は下界へと降りて人間の祖となった。


天界で知恵の実は“愚かな果実”とされている。


私はナイフを取り出して皮を綺麗に剥く。


彼は黙って見つめた。


「どうしたの?」


私は聞く。


「・・・・いや。お前の手は綺麗な手だと思って、な」


まるで、女神だと言う飛天に私は笑う。


「女神なんて仰々しいわ」


本当の所は、女神なんて言われたくなかった。


私が知る限り女神は自分勝手で男遊びが絶えない不謹慎な女たちだ。


中には真面目な女神もいるが、殆ど我が強かったり我儘だ。


ある意味ではそちらの方が、性質が悪い。


愛の女神、アフローディナしかりフレイアしかり、アルテミスしかり、ヘラしかり・・・・・・・


愛を司りながら男を犬や猫のように拾っては愛でて飽きたら捨てるような女を私は認めない。


だから、私は女神と言われた時は少し怒りを感じた。


・・・・・・でも、飛天はそんな事を思って言ったのではなく、単純に手が綺麗だから言ったと解っていたので嬉しかった。


それのせいで少し油断してしまい・・・・・・・・・


「痛ッ」


私はナイフで指を切ってしまった。


「怪我をしたのか?」


飛天は私の指から出る血を見た。


「大丈夫よ。掠り傷だから」


笑いながらナイフと林檎をテーブルに置いた。


この程度の傷、直ぐに治癒魔法で癒せる。


しかし、飛天は私の指を取ると徐に口の中に入れた。


「ひ、飛天!!」


思わず大きな声を出す。


飛天は指を口に含んで舐め始めた。


消毒をしているつもりだ。


飛天の舌が指を舐める事に全身に痺れが走り甘美に襲われる。


指に唾液が付着する感覚がする。


ヌルヌルとした感触と淫らな水音に熱い感覚が私の思考を停止させる。


暫く飛天は指を口にしていたが、少しすると離した。


指は唾液と舌で濡れていたが、傷口は塞がっていた。


「こんな事しか出来ないが、それで傷口は塞がる筈だ」


私は濡れた指を見つめる。


飛天の唾液と舌の感覚が未だに熱く甘美な感覚も私の身体に残っている。


「ラファエル?」


心配そうに覗いてくる飛天に私は慌てて取り繕う。


「あ、ありがとう。飛天」


私は微笑んで安心させる。


まだ甘美な感覚が残る指に再び林檎を持ち残りの皮を剥く。


「はい。どうぞ」


皮の剥けた林檎を飛天に渡す。


飛天は皮を剥いた林檎を丸齧りした。


荒々しく粗野だが、そこがまた魅力的な食べ方をする飛天。


私は黙って彼が食べる姿を見つめる。


口から洩れた林檎の汁が唇から流れ落ちた。


それが、また荒々しく魅惑的に見えてしまう。


数分で林檎を食べ終えた彼は、食べ足りない顔だった。


彼の体格なら林檎一個だけで満たされる訳がない。


だけど厨房からくすねてきたから多くは持って来れないのだ。


それを話すと飛天は納得してくれた。


「お茶でも飲む?」


私はバスケットからコーヒーの入ったポットとティーカップを出す。


紅茶が好きだが、彼はコーヒーが好きだ。


ポットからコーヒーをティーカップに注いで飛天に渡す。


飛天は香りを楽しみながらコーヒーを飲む。


林檎を食べていた時と違い今度は品があって優雅だった。


食べ方と違う魅力が、また私には堪らない。


コーヒーを飲み終えた飛天は眠くなったのか、眼が虚ろになり始めた。


私は飛天を寝かせてシーツを掛ける。


飛天は直ぐに眠った。


暫く飛天の寝顔を見つめる。


子供のように無邪気な寝顔。


この寝顔を誰にも見せないで、私だけが見ていたい。


誰にも渡したくない。


魔界にも天界にも、サリエルにもガブリエルにも渡したくない。


ずっと、永遠とも言える長い月日を私だけの物にしたい。


それをしたいなら飛天を殺せば良い。


だが、そうしたら私は後悔する。


それは分かり切っている。


無邪気な寝顔を浮かべる飛天を、もう一度みて静かに椅子から立ち上がる。


「・・・・お休み。飛天」


私は眠る飛天にキスをしてバスケットを持ち階段を上り秘密の部屋を後にする。


夜は長いようで短い。


飛天と居られる時間は昼の仕事時間に比べれば、余りに短い。


昼が長すぎて憎らしい。


夜が、もっと長ければ飛天と一緒に居られる時間も長くなるのに・・・・・・・・・


階段を上り終えて赤い本を元の場所に戻して階段を隠す。


そして、部屋を出て寝室へと戻る。


私は寝室に戻ると衣類を脱いで寝具に着替えてベッドに入った。


一人だけ寝るベッドは大き過ぎて寂しさに襲う。


大柄な飛天は問題ないが、私にとっては大き過ぎる。


もしも、飛天と一緒に眠れたら良いのに。


自分の考えを打ち消す。


そんな事をしたら駄目だ。


飛天と一緒にベッドを共にするという事は飛天と・・・・・・・・・


願っている事だが、それは駄目だ。


そうしたら、私は仕事を放棄して飛天を貪り続けてしまう。


それだけは駄目だ。


飛天の為にも私の為にも。


これからの、長い、この生活を守る為にも・・・・・・・・


自分の考えを打ち消して目を瞑る。


暫く眠れなかったが、少しずつ睡魔が襲って来て眠りの世界へと旅立った。


眠ると普段は見ない夢を見た。


とても良い夢だった。


他人からは笑われるかもしれないが。


飛天と一緒にご飯を食べて街に買い物に行き買い物をして何気ない話題で笑い合い一緒に寝る夢。


何の変哲もない、ある意味では下らない夢だと言うかもしれないが私には幸せな夢だった。


私が望んでも叶う事が出来ない夢だから。


朝を迎えた私は、夢が叶う事を願いながらも、どうせ叶わない夢だと自嘲して寝具を脱いで衣服を着て部屋を出た。


秘密の部屋がある書斎を一度だけ見て心の中で、飛天に行って来ますと言って背を向けて歩き出す。


窓から朝日が入って来て廊下を照らして私は眩しくて少し目を細めた。


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