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実戦訓練


魔界の門が開く時が刻々と近づいてる中、僕はハーミット公爵領内にある小さな山に来ていた。

今現在僕が真剣を構えて対峙しているのは大きな熊さん。


明確な敵意をむけられる。

大人の二倍はある巨体から振り下ろされる爪の直撃を喰らえば重傷…どころかこの世とおさらばだ。


死のプレッシャーをヒシヒシと感じながらもしっかり熊の攻撃を避ける。

どんなに一撃が強くても上手く躱せば大丈夫だ。相手が人間だとこうも上手くはいかないけど、所詮は動物。攻撃が当たらないとどんどんイライラが集っていき、やがて攻撃が雑になる。



「胴がガラ空きだよ!」



お腹に一撃、分厚い毛皮と肉を切り裂いて急所へ斬撃が届いた。

熊はしばらく怪我をもろともしない暴れっぷりを見せていたが、やがて地面に倒れ込み絶命した。あっけない。



「ふんふんふん〜♪」



周囲に危険な動物がいない事を確認して、鼻歌を歌いながら解体する。

血抜きが面倒なので、毛皮を剥いでから大雑把に肉を切り分ける。解体の練習をしたいだけだから馬鹿丁寧にはやらない。


作業を終えて熊の皮だけ回収してその場を離れた。

骨は地面に埋めて肉はその場に放置してる。血の匂いにおびき寄せられた他の獣が処理してくれるだろう。



さて、そろそろ僕がどうして山の中にいるのか説明しよう。


だいたい察してるとは思うが、これも修行の一つだ。

僕はこの三日間、半分山籠りの状態でこの山に住む獣を狩ってまわっている。


ルーカス曰く、実戦経験をさせるため。

命を賭けた死合いをして死への恐怖、重圧に慣れる事が目的だ。


いくら体を鍛えて誰にも負けない自信が生まれていたとしても命のやりとりの場に立つと途端に体が動かなくなる人が多いらしい。

どんなに実力があってもそれを100%引き出せなければ意味がない。対人練習をしたとしてもそれは実戦を想定した試合であって本物の死合いではない。


僕も最初は野犬相手にビクビクしていたし。



「近いうちに盗賊や犯罪者とも戦わせるってルーカス言ってたな」



“死合い”を経験すれば次は“人を殺す覚悟”が求められる。

()らないと()られる。それが分かっていても人間(同族)を殺すのは躊躇ってしまう。



「僕も人を殺せるようになんのかな…」



本能による同族殺しの躊躇い、そして僕に限って前世の倫理観が人に刃を向けるのを拒絶させる。

前世は戦と関わりのない平和な時を生きた。しかしここは異世界、戦争も起きる。僕も覚悟を決めなきゃならない。

一度経験すれば吹っ切れるとルーカスは言うが…



「その時はその時か」



迷っていては前に進めない。

三ヶ月後に門が開けば、僕は館の外へ迂闊に出れなくなる。


それまでにできる限りのことをする。

今はとりあえずこの山で害獣を駆逐しよう。



「素材は金にもなるしね。貯金は多い方がいい」



当然僕が街に降りて売却することはできないからルーカスにやってもらう。

僕がいっても子供だからと足を見られてぼられるだろうけど、冒険者だったルーカスなら顔がきくし高く買い取ってくれる場所を選んでくれる。

いや、いつも本当にありがとうございます!



「山を降りて畑荒らす猪とか人襲う凶暴な熊は退治しないと」



次の獲物を求めて山を駆ける。





「ルーカス、これが今日取ってきた分だ。また市井で売って来てくれないかな」

「随分と山奥まで入られたのですね」

「分かるの?」

「最奥地域にのみ群生地があるキノコが入ってましたから」

「ああ、あれの事か…」



傷ついた体を癒す回復薬(ポーション)の素材となる薬草と奇怪な紋様をしたキノコがあったから一緒に取ってきたのだ。

ルーカスによればそれは毒キノコらしいから売れないと思った時はガッカリした。だけど一部の人は高額で買い取ってくれるらしいからそれ以来見かけたら採集している。

毒キノコを何に使うのかは聞かないでおいた。


ルーカスから素材を売った金袋を貰って自分の部屋へ戻る。


たった一ヶ月だが毎日山に行って狩りをしてれば金も貯まっていく。

二年後、学園でのトラブルに備えて着実に貯金する。二ヶ月後の開門までにいくら稼げるか、楽しみにしておこう。



「疲れた…少しリラックスしよう」



部屋の隅にある箱へ金袋を放り投げ、柔らかいベッドに身を投げ出す。

白く綺麗な天井を仰いで一時の休憩を堪能する。


記憶が戻ってから毎日が大忙し、身も心も休まる暇がなかった。

ルーカスのしごきは厳しさを増すばかりだが、最近はマナーや礼儀作法の勉強も叩き込まれるようになって疲れがたまってく。


礼儀作法なんかはもっと幼い段階から教え込むものだけど、父様に放って置かれた僕は当時遊んでいた。そのしっぺ返しが今になって帰ってきた。


貴族として生まれたからには後回しにしたり避けたりすることはできない。



「あーー………だりぃ……」



あまりの疲労に前世の自分がひょっこり出てくる。

まあ言葉遣いが荒くなるくらいには疲れてるって事だ。


体に限らず心もとある事情で疲れきってる。



『おーおーおー! 顔が死んでるねえ、どうしたんだい?』



心労の元凶が枕元に現れやがった。

それは耳元で大きな声を出してくる。耳が痛くなるのはこれで何回めだろうか。



『耳塞いじゃって…そんなにうるさかった?』

「おまえ…声がでかいのはしょうがないとして、耳元で話しかけるなっていつも言ってるだろうが。これで何回めだよ」

『六回目だな!』

「覚えてるならやめろ」

『ヤダね!』

「……」



一瞬首を締めてやろうかとその小さな体に手を伸ばしかけたが、童子のような邪気のない彼の笑顔にため息をついて手を降ろした。


目の前で笑っているのは土の精霊。

雄大な大地に力を宿し土の元素をつかさどると言われている大地の守護者。

そんな土の精霊の…一つだ。



精霊はゲームでも存在する。

『精霊使い』という上級職の者が精霊を使役して戦っていた。


精霊使いというのはゲーム中では凄くレアな職業で、そもそも精霊を可視することが出来るのは一部の特別な種族だけという設定だったのだが……



「なんか見えるんだよな……精霊が」



羽も無いのに空中を飛び回っているあの精霊と会ったのはつい先週だ。


山で火を焚いて昼食を食べてた時に彼はふらりとやってきた。

最初は『なんだあの虫みたいなの…』と彼を凝視していたら『おや? キミはボクが見えるのかい?』と急に尋ねられたものだから口に含んでたのを盛大に拭いてしまった。


近くで見てやっと彼が虫ではなく精霊だと分かったのだ。

その後、咳をしながら口の中の物を吐き出してしまった僕に精霊は大爆笑しながら精霊の見える事に興味を持ったらしく、山を降りた僕について来た。

それからは僕の部屋が気に入ったらしく、ずっと僕の部屋に入り浸っている。



「なんで僕はあの時反応しちゃったんだろうな…」

『死んだ魚みたいな目してるねぇボーイ、そんな顔してたら幸せが逃げちゃうぞ☆』

「うるせえ」



顔を寄せて来た精霊にデコピンをかまして吹き飛ばす。

『oh!』と声を上げて遠くに飛んでいくも痛がった様子はない。精霊の怒りをかうことは避けたいから弱気でやったが、あんなに元気ならもっと強めにぶっ飛ばせばよかった。

というかアイツが怒るところ自体想像できないが……



「はあ……」



再度ため息をつく。


物を壊すし部屋を荒らす。そしてうるさい。

あいつがやったことは全部僕のせいになるし、深夜でも大声で叫ぶから睡眠を妨害される。精霊じゃなかったらあの体雑巾搾りしてやりたい。

そんなむごい事を考えるくらいにはあの精霊に迷惑かけられてる。


僕は彼を使役してるわけじゃない。契約してるわけでもないし、彼から精霊の加護をもらってるわけでもない。

ただ精霊が『キミ面白いネ!』って感じで居座られてるだけだ。ただの害ちゅ……精霊だ。


屋敷に来てからギリギリ一週間経ってない。リコールで山に返品(送り返すこと)はできないのか……


僕の心の限界はゴリギリまで来てる。

いい加減彼を追い出さなれけばならない。



「……なあ精霊さん、僕と契約してくれないか? もしダメならこの屋敷から出てってくれ」



条件を提示して家から出てもらう事を提案する。

契約は一心同体になるも同然、断られるのは確実。だからこんな提案をしたのだが……



『契約? 別にイイヨ!』

「は……いいの?」



なぜだかOKされてしまった。

精霊の予想外な答えに思考停止する。



ぽぁぁぁ……!


『はい、契約完了! これからよろしくね!』

「え、ええ…」



体を微かな光が包み込むと契約が完了する。

訳がわからないまま土の精霊と契約したのだった。


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